自称『整備士』の異世界生活

九九 零

66

ごめんなさい!かなり遅れました!!










学院の入学試験の魔法試験を終え、最終試験の会場へとゾロゾロと移動する。

移動中に軽く説明されたのは、そこで現役冒険者との模擬戦を行うらしい。
冒険者のランクはB。一流と呼ばれる位階だ。

そして連れてこられたのはーー。

「ここは室内闘技場で主に生徒達が自主練をする場所だ。この学院には室内闘技場が全部で5つある」

と説明を受けた。

室内闘技場の広さは四方50mほど。高さが3m程の小汚い空間だ。壁の内側にマナを循環させているところを見ると、この部屋全体に何か細工がされているのが解る。

「で、そっちの3人が今回世話になるBランク冒険者の"赤き剛鉄"の皆さんだ」

Bランク冒険者。パーティー名は"赤き剛鉄"。ああ、知ってる。覚えている。

顔を見るのは久し振りだ。

「こんにちは、みんな。僕は"赤き剛鉄"のリーダーのアルサだよ。で、こっちの熊みたいなのがサルダンで、そっちの怖いお姉さんがラミラ。今日はよろしくね」

挨拶を終えて入学志望者達を見渡すアルサ。そして、俺と目が合うと驚いたような顔をした後、引き攣った笑みを浮かべた。

アルサ達とは三年前。俺が初めて旅に出た際に世話になった冒険者だ。

ヒョロリとした背格好に軽装鎧を身に付け、武器は二本の短剣。手入れされていないボサボサな青髪が特徴的なアルサ。

体のラインが分かりやすい装備を身に付け、細く引き締まった身体付きに全く似合わない大斧使いのラミラ。

全身を全身鎧で覆った大剣使いのサルダン。全身鎧越しでもわかるほど図体は大きく、まるで熊を彷彿とさせる。

3人共、武器が3年前に使用していた鋼鉄製ではなく、魔物の素材を使用したものに変わっているようだ。

「って、おおっ!お前!もしかして、エルか!?それに、フィーネもっ!久し振りだなっ!」

ラミラと目が合った途端、豪快な笑いを挙げて歩み寄ってきて、背中をバシバシと叩いてくる。
ついでに言うと、隣のフィーネも同じように背中を叩かれて痛そうにしている。

「ラミラ。仕事中だよ」

「わーってるよ!ったく。そう言う事だから再開を喜ぶのは後だな」

最後にワシワシと俺とフィーネの頭を雑多に撫で、アルサの元に戻って行った。

教師がコホンッと咳払い一つ。

「どうやら知り合いがいたみたいだが、これは入学試験だから、相手が知り合いだからって手加減はしないでくれよ?じゃあ始めるぞ」

そして呼ばれる一番手。
俺達は壁側へと避難し、観客となる。

ルールは簡単。入学志望者は三人居る冒険者の中から好きなのを1人選び、模擬戦を行う。そして、どちらかが降参を認める。もしくは魔力が切れた時点で模擬戦は終了する。審判を併せて務める教師が模擬戦を停止させた場合も同じく終了とする。

俺の見解で"赤き剛鉄"メンバーのタイプを説明するとすれば、アルサは俊敏性と技が優れたタイプだ。オマケに軽い魔法まで使える万能型。

ラミラは力によって力を制すると言わんばかりの攻撃型。まるで踊るような体捌きと、その体に似合わない馬鹿力で怒涛の連撃を敵を追い込む。

サルダンは不動の防御型だ。大剣の腹で攻撃を受け止め、または逸らす。そして、相手に隙が出来た途端に攻撃に切り替えて重たい一撃を叩き込む事を得意としているようだ。

入学志望者達はそんな彼等の中から倒し易そうな相手を選ぶ。が、アルサ達は現役冒険者でありBランク冒険者だ。
練度や経験の差と言うものがあり、そう易々とは勝たせてもらえず、あっという間に決着がついてしまう。

そうして、すぐに俺の番は回ってきた。

「次。112番」

「ああ」

立ち上がり闘技場の中央に立つ。眼前にはアルサ、ラミラ、サルダンの三人。だが、誰を選んでも結果は目に見えている。

間違いなく俺が勝つ。これは予測ではない。確信だ。例え二対一であろうと、三対一であろうと、俺が目を瞑ったままでもあろうとも確実に勝利を収めれるのが容易に想像付く。

なぜなら、彼等の体の動かし方、癖、技など全て事前に把握できたからだ。ここまで事前情報を与えられていれば、対策は幾らでも建てれると言うものだ。

「おいおい。何を迷ったんだよ。迷うこたぁねぇ!俺だ!俺を選べ!」

「何言ってんだ!この筋肉ダルマ!選ぶのならウチだ!エル!ウチだ!ウチを選べ!」

「二人とも…決めるのはエル君だから」

相変わらずアルサは苦労していそうだ。よし、決めたぞ。

「アルサ」

「チクショーーーッ!!」
「チキショーーーッ!!」

ラミラとサルダンが似たようなセリフを吐いて膝から崩れ落ちた。そして、真ん中にいるアルサを睨み付ける。

「僕?は、ははは…嘘、でしょ…?」

両隣から険しい眼差しで睨み付けられたアルサは乾いた笑みを浮かべて、大きな溜息を吐く。

ラミラとサルダンが落ち込んだ風にトボトボとした足取りで壁際へと移動するのを横目に、アルサが俺に質問を口にする。

「ねぇ、始める前に一つ聞いていい?」

「ああ」

「どうして僕を選んだの?エル君にとって僕は一番戦い難い相手だと思うんだけど」

まるで俺の実力を知っているかのような口振りだな。

確かに。決められた範囲内とは言え、それでも、どこでも足場にして縦横無尽に動き回るアルサを捉えるのは難しいだろう。

だけど、それは俺には当て嵌まらない。

俺はアルサの動きについていける。今までアルサを観察していた為、同じ動きをする事も可能だ。

「エル君の事は噂で知ってるんだよ?エル君は一撃必殺を得意にしてるんでしょ?だから、僕みたいに動き回るのが相手だと不利なんじゃないの?」

どうして俺が得意な攻撃が一撃必殺なのか判らないな。まぁいい。

「気になるのなら確かめてみろ」

「…そうだね。そうさせてもらうよ」

そう言ってニッコリと笑うアルサ。
短剣を抜き放つと、数歩分跳んで後退すると、姿勢を低くして右手で持った短剣を眼前に、左は肩の力を抜くように構えを取った。

初めて見る変わった構えだ。

対する俺はポケットに手を突っ込んだままアルサの一挙手一投足に意識を向ける。

「初めっ!」

教師…いや、審判が開始の合図を下す。途端にアルサが短剣を持つ利き手を前にして一直線に突っ込んできた。その目には俺しか映ってなく、少しも油断していない事がよく分かる。

少しぐらい油断や驕りを抱いてくれていれば一瞬で終わったんだけどな…。まぁいい。

さぁ、始めよう。戦闘開始だ。


●●●


戦闘開始直後、アルサは後方へ背面飛びをしていた。なぜそうなったのか。アルサ自身も理解が追い付かない。

斬りかかろうとした。油断なく。躊躇なく、相手の首を撥ねる勢いで短剣を振るった。しかし、その刃が届く事はなく、強い衝撃が脳を揺らしたかと思えば気が付くと天井を見上げていた。

しかし、観客達はその一部始終を見た。

アルサの振り翳した短剣がエルを切り裂かんとした刹那。容赦のない膝蹴りを放つエルの姿を。そしてオマケと言わんばかりに挙げた足で顎を蹴り飛ばし華麗にバク宙を繰り出した姿を。

アルサは宙で姿勢を無理矢理整えると、飛ばされた勢いに押されながらも着地して相手を見やるーー事が出来なかった。

目の前が真っ白に染まり、頭の中では星が瞬く。
着地した瞬間に追い討ちを受けたのだ。

アルサ本人には認知しきれない。第三者の目があってようやく認識される怒涛の連撃。

脳天にカカト落としを決め、更に追い討ちで地面に打ち付けられた反動で僅かに浮いたばかりの頭を蹴り上げるとーー無防備な腹を蹴り抜く。

あっと言う間の出来事で誰も口から声が出てこなかった。あまりにも一方的で容赦がなく、整った一連の動作に理解が追い付かなかった。

蹴り飛ばされた勢いで壁に打ち付けられたアルサはピクリとも動かず、まるで死んだように地面に倒れ込む。

審判役の教師も停止の声を忘れて唖然として今目の前で起きた光景を見つめる。

「ふむ。想定外の弱さだ」

彼の一言で全員がハッとして我に帰り、数名は現実を受け入れれず目を何度か擦る。

現役のBランク冒険者が一瞬にして敗れたのだ。しかも、武器も持たずに両手をポケットに突っ込んだままの子供相手に。

訳が分からなかった。

理解できなかった。

どうすればそう易々と勝てるのか。思い返しても実行出来る気はせず、教師ですら全く想像が付かなかった。

「お、おお…。エル…おま…つええな…」

さすがのサルダンもタジタジな言葉を吐き、横目でアルサを心配する。
隣に立つラミラも顔を俯かせ、肩を震わせーー。

「ふっ。ふふふっ。ふはははははっ!いい!いいぜ!いいじゃねぇかっ!!おもしれぇ!やっぱおもしれぇぞ!エル!よっしゃ!次はウチだ!ウチと勝負だ!」

生憎と彼女はバトルジャンキーだった。

ギラギラと輝かせた獲物を狙うかのような眼差しがエルを捉えて離さない。早く戦いたいと大斧を振り上げて大笑いする。

エルはそんなラミラを冷たい眼差しでチラリと見やると、ふっと笑うと観客達に視線を向けて指を指す。

「フィーネ。次はお前だ」

「んなっ!?お、おい!エル!ウチが戦いたいのはお前だ!逃げるのかっ!?」

「ふ、ふんっ!言われなくてもやってやるわよ!ラミラさん!大丈夫よ。私が遊んであげます」

「ーーーっ…。ちっ。そこまで言うなら、楽しませてくれよ?」

不適に笑うラミラと、不適に笑おうと頑張るフィーネ。

エルが立ち去り際にトンッと教師の腕を軽く小突く。

「あ、ああ。分かってる。勝者は112番だ。冒険者の方は誰か端で寝かせておいてやってくれ」

額を抑えて、チラチラとアルサを何度か見て溜息を吐く教師。最後に背を向けるエルを見て、これまた大きな溜息を吐く。

(今の戦い、戦い慣れしてるってレベルじゃねぇぞ。なんだよ、コイツは…)

背中に冷や水を入れられたかのような感覚を覚えてブルリと身体を震わせ、すぐにエルから視線を外した。

兎に角、よく分からないが、これ以上見続けていてはいけないような気がしたから。

「次は113番。前にーー」

「ラミラさん!」

「おうよ!」

教師が全部を言う前にフィーネが大きな声で指名し、それに大きな声で答えてみせるラミラ。

その後、二人は無言で闘技場の中央に立ち、握手を交わして背を向け合い、数歩離れると踵を返して構を取った。

ラミラは大斧を剣に見立てたかのように構え、フィーネはエルと同じく無手。しかし、両足を肩幅程に空け、右足は動かさず左足を引きドッシリと体重を下へ下げ、左手を平手で前に構え、右手に拳を作って胸元の前に移動させる。

そしてーー。

「初め!」

開始の合図が下された。双方共に猛然と駆け出し、たった5mの距離が一瞬で縮まる。

初撃はラミラ。斧を振るっている暇などないと本能で察して斧の石突部分を突き出して攻撃を繰り出した。

が、それを反射的に左手で逸らし、相手の懐に入り込むフィーネ。それを良しとせずに後方へと跳んで回避しようとするラミラだったが、少し間に合わずにチリッと腹部横をフィーネの拳が掠る。

「ちっ!」

後方へ跳びながら牽制のつもりでグリンッと斧を振るう。しかし、それはフィーネの左手によっていなされ、接近した状態を維持しようと追いかけてくる。
近寄らせてたまるもんかとラミラは斧を連続で回すように振るう。そしてその全てをフィーネは左手でいなす。

遂に地面に着地したラミラ。その機を待っていたと言わんばかりにフィーネが肉薄してくる。

それに対してラミラが取った行動はーー体当たりだった。

さすがのフィーネもその行動は予想外だったのか、対応が遅れてモロに攻撃を食らって後方へと軽々と吹き飛ばされ、30mも離れた壁に背中から打ち付けられる。

たったそれだけで力の差は歴然としている事が分かる。だが、フィーネは地に足を付け踏み止まった。

顔を僅かに苦痛に歪めたのも束の間。楽しそうに笑った。
対するラミラも楽しそうに笑う。

「いいね!いいねっ!いいじゃねぇか!ウチが求めてたのはこう言うもんだ!さぁ!来い!フィーネ!!」

「言われなくても…行くわよっ!」

ドンッと壁を足場にして最初から最高速で駆け出す。

「マジかっ!?」

その速度は予想以上。いいや。普通なら考えられない速度で、これまで幾多もの戦闘を経験してきたラミラですら驚きを隠さずに声を上げて、一瞬にして眼前で拳を振るったフィーネの重たい一撃を斧の腹で受け止める。

「ぐっ…!」

数瞬も保たず、今度はラミラが後方へと飛ばされた。が、斧を地面に突き立てる事によって勢いを殺し、そのままの体勢から地面を蹴り上げると斧の重さを利用して飛び上がった。

宙を舞うようにグルングルンっと回転し、フィーネ目掛けて斧を振り下ろす。

それすらもフィーネは左手でーー。

「ぅっ!」

攻撃を逸らしきれずに咄嗟に回避行動を取った。攻撃の余波だけで地面を何度かバウンドし、ゴロゴロと転がる。
石礫を何発も受けて全身が痛む。だが、いつもの遊びと称した訓練ほどじゃなく、立たないほどじゃない。

「まだまだぁ!」

しかし、ラミラは立ち上がる暇さえ与えてはくれない。猛烈な勢いで追撃を行う。

大振りの横薙ぎ。と思えば、軌道が歪に曲がって袈裟切り。からの逆袈裟切り。
攻撃をいなす余裕すら無くなったフィーネは辛うじて避けるが、ラミラの斧は執拗に追いかけてくる。

これ以上やっても、もう勝負は見えている。そう判断した教師が模擬戦を止めようとした刹那。

場が一転した。

突如、優勢だったラミラが吹き飛ばされたのだ。
それもさっきまでとは比べ物にならない程の威力で。まるで、巨人が全力で振り被った大槌に殴られたかの如く、殴り・・飛ばされた。

誰に。なんて野暮な事は聞かなくても分かるだろう。

「本当はあんまり使いたくなかったんだけど、仕方ないわよね」

防戦一方だったはずのフィーネだ。

やけくその一発?追い詰められて馬鹿力を発揮した?いいやどちらも違う。これこそがフィーネの力であり、ここからがフィーネの本領を発揮するーー。

「って、あ。強くやりすぎたみたい」

第二ラウンドが始まる前に、先程の強烈な一撃でラミラは意識を喪失してしまっていた。





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