自称『整備士』の異世界生活
61
この無人島に送られてからは、それはそれは怒涛の日々だった。
計画したことを書面に纏めたり。必要資材を書き足したり。送られてきた資材を自らの手で加工し、自らの手で組み立てたり。
とても大変な日々が続いていた。
そして、時は流れて早一ヶ月が過ぎた。
今日も今日とてトンチンカンチンと無人島内に工事の音色が鳴り響き、着々と作業は進んでいた。
「…ふむ」
「形にはなってきましたね。エル様」
「ああ」
作業風景を眺める一人の少年と兎人族の少女。
少年の真っ黒な髪は見るも無残なほどボサボサで、髪も伸び放題。全く手入れがされていないのが見て明らかだ。だけど、その仕草一つ一つには優雅さがあり、落ち着いた雰囲気を纏って兎人族の少女が淹れた紅茶を呑んでいる。
兎人族の少女の毛並みは綺麗なフサフサの白。毎日欠かさず手入れがされているようで、触り心地はとても良さそうに見える。
彼女も少年と同じく落ち着いた雰囲気を纏い、常に余裕を持った動きで空になったティーカップに紅茶を注いでいる。
「ハクァーラ。帰ったら注文しておけ」
「はい」
少年に渡された一枚の紙を受け取った兎人族の少女は内容に軽く目を通した後、懐に紙を仕舞い込む。
外見さえ気にしなければ、まるで出来る社長と、社長秘書のような図に見えるだろう。
「ねぇ、エル。いつも思ってるんだけど、アンタいつも何してるの?」
工事をキリのいい所で切り上げて休憩になった三人の少年少女。と、幼女。クロエ、ハリス、サーファ、そしてグゥガドゥルだ。
その内の少女ーークロエが手拭いで汗を拭いながら出来る社長風の少年ーーエルの元に歩み寄り、質問を投げかけた。
それに対して、エルは冷たい眼差しをチラリとクロエに向けただけで、またすぐに卓上の書類に目を向けてしまった。
「仕事だ」
「仕事って…アンタまだ私と同じ10歳よね?」
「ああ」
一言だけの返事で話が終了した。クロエの額にシワが寄る。
しかし、兎人族の少女ーーハクァーラが割って入ってエルの代わりに話を続けた。
「エル様は既に二つの事業を成功させてますよ。ですけど、一つは私。一つはエル様の部下の名前を使っていますね」
「ふーん。お金持ちなんだ」
「そうですね。私も全て把握してる訳ではないのですが、この様な島をポンっと買ってしまうぐらいお金持ちですね」
「島を買ったって…凄いわね…」
「あ、勿論、名義はエル様の部下のものですよ?」
「いや、違う。今は俺の名前だ」
唐突に話に舞い戻って来たエルの発言に「え?」となって視線を向ける二人。
「メカニック。それが新たな俺の名だ」
そう名乗ったエルは書類の束を一纏めにして、ドンっと机の端に寄せた。
エルの謎の発言。一番理解が早かったのはハクァーラ。
「あ、っと言う事は、ようやくこの前話していたアレを始めるんですね。では、早速カッカさん達に報告をーー」
「済ませた。これから全ての責任者はメカニックとなる」
「分かりました。これからはその様に事を進めていきます」
そう言いながら机に纏めて置かれた書類の束を受け取ったハクァーラは中身をパラパラと軽く確認する。
そこで、一人だけ置いてけぼりを食らっているクロエが疑問の声を上げた。
「なんの話をしてるの?」
「教えてないのですか?エル様」
「ああ」
「では、私から説明しますね」
と言い、受け取ったばかりの書類を何枚か捲り、自己解釈と翻訳を付け加えて読み上げる。
「エル様は事業を全て同一化し、一つの会社として成り立たせるおつもりです。そして、この島全土がその会社となります。会社名はメンテナンス・ハンガー。クロエ様方はその社員となります」
え?聞いてないんだけど?と不満たっぷりな顔をするクロエに対して、ハクァーラは話を続ける。
「ですが、初めの内は勉学と技術の向上からとなり、実際に働いてもらうのは一年後ですね。勿論、その間にも給料は発生しますのでご安心を」
一通り話し終えたのかハクァーラの説明に区切りがついた。
それを聞いてクロエには色々と言いたい事が出てきた。『なに勝手に決めてるのよっ!』やら『そんな話聞いてないわよっ!』やら。
だけど、気が付けば当の本人であるエルの姿はそこにはなく、周囲を見渡しても居なかった。
クロエは「はぁ…」と諦めを含めた深い溜息を吐いて、取り敢えず聴きたい事だけ質問しておく事に決めた。
「勉学と技術の向上って…実際のところ、何をするの?」
「その件に関しては…えーっと…」
ペラペラと紙を捲って、数ページ目で目を止めた。
「勉学はクロエに任せる…と書かれていますね。それから、技術の方は物を解体して中身を把握。その後、復元…組み立てたりするらしいですね」
「成る程ね。なんとなく分かったわ。名前の通りってわけね」
「名前の通り…?クロエ様はエル様の付けた名前の意味を知っているのですか?」
「まぁね。メカニックは整備士。メンテナンスは整備って意味よ。ほんと、エルらしいわね…」
「整備師ですか。確かにエル様らしいですね」
二人共、エルがこんな名前を付けた事に対して思い当たる節があるのか、クロエは呆れたように笑みをこぼし、ハクァーラはクスリと笑った。
●●●
島の四方を囲う海ーーの近くの海辺にて。
「俺様をこんな所に呼び出して何の用だ」
俺は元ドラゴンの…なんだっけか?グゥガ…いや、スカ…スカ…すかしっぺ?まぁなんでもいいや。兎に角、元ドラゴンの幼女を呼び出していた。
要件はコイツに関係する事だ。でなければ、呼び出さない。
「おい、バケモノ人間。早く話せ。俺様はこう見えて忙しいんだ」
誰がバケモノ人間だ。
折角、コイツの為に色々な魔物で実験して確証を得て来たってのに、そんな態度を取られると教えたくなくなる。
それに、そもそも、お前は忙しくもなんともないだろ。クロエ達が頑張って家を建てている側でお前は寝ていただろうが。
っと、色々と言いたいのをグッと堪える。
一応、コイツが建築に貢献していたのを俺は知っている。俺がこの島に来ている間はいつも寝ていやがるけれど、俺がいない間は張り切って建築の設計図片手に的確な指示を出していた。
だから、俺も手を貸すつもりになったんだ。本当に何もしていなければこんな事に手を貸そうなんて思わない。
さて。本題に戻ろう。
「力が欲しいか?」
「藪から棒になんなんだ。お前が俺様から力を奪ったのだろうが」
それは否定出来ない事実だ。
確かに奪った。だけど、地力までは奪っていない。それはちゃんと幼女の体の中に残っているんだ。
ただ自力で取り出せないようになっているだけだ。
「お前に深紅の名をやる。受け入れろ」
「ハッ。人間如きが図に乗るなっ!俺様の名はグゥガドゥルだ!誰がそのような名を使うものかっ!」
でも、クロエやハリスに他の名前で呼ばれても返事をしていたよな?
「受け入れろ。でなければ、力は与えられない」
「っ…ぅぅっ…」
苦悶の表情で悩む幼女。そんなにも嫌なのか?
でも、1分かそこら悩みに悩み続けた結果、よくやく答えを出した。
「…分かった」
渋々。嫌々。などの言葉が似合いそうなほど苦しい言葉で返事が返ってきた。
刹那ーー幼女。いや、深紅の中にあった枷が解き放たれ、莫大なマナが俺の中から深紅に流れ込んで行った。
これで"契約"は完了だ。
「お…おおっ…戻ってくる…戻ってくるぞ…俺様の力が…っ!」
パサッと紅色の翼が背中から生えた。小さくて可愛らしい翼だ。
「………」
翼を確認した後フヨフヨと頼りなさげに空を飛ぶと、すぐに着地。手足を何度か動かしたり確認したりしてーー深紅が無言で俺を睨み付けてきた。
不満そうだな。仕方ない。なら、その力の一端を感じさせてやる。
「力の行使を承認する」
顎で『もう一度やってみろ』と合図を送る。
深紅は半信半疑で俺を睨み付けながら軽く飛びーーあっと言う間に空の彼方まで飛んで行き、爆風が辺り一帯に撒き散らされた。
咄嗟に防御魔法を展開させて砂塵を回避する。
……。
…………。
………………。
暫く待っていると、ようやく深紅が戻ってきた。
とても嬉しそうな笑顔を浮かべたまま豪快な着地をすると、またもや砂塵が舞い上げられた。
砂塵を吸い込んでしまったのかケホケホと咳き込む声が聞こえてくる。
バサっと翼が一薙。砂塵が吹き飛ばされる。
「戻った!戻ったぞ!俺様の力が戻った!!」
本当に嬉しそうだ。そんな時に悪いとは思うんだけど、これだけは言っておかないと何か勘違いを起こしてしまいそうだから言っておく。
「戻った訳ではない。俺の力を貸しているだけだ」
「んあ?」
「お前の力は全て俺の物だ。故に、俺の許可なく使えない。残念だったな」
「………」
事実を話してやると、深紅が一時停止した。そして一拍置いてーー。
「くそおおおおぉぉぉぉっ!!」
その悲痛な叫び声は島中に響き渡ったのだった。
○○○
ほろ苦い緑茶を呑んでホッと一息吐く。
「ーーで、僕の所に来たと?」
「ああ」
「それって僕に聞く事なのかな?」
「分からない」
「そっか…まぁ、何はともあれ君がまた来てくれて僕は嬉しいよ」
「ああ」
先日、メンテナンス・ハンガーと言う名の会社を立ち上げた。
そんでもって、桐乃絵に教えてもらった素材も全て冒険者ギルドに依頼して集め、試作品のバイクを製造した。
しかし…全て失敗に終えた。
ようやく完成したのに動かない。または、不備がある。そんな事ばかりが続いて、かなり気持ちが落ち込んでいた。
だから、完成させる為には何をすればいいかを教えてもらおうと桐乃絵の元を訪ねたんだけど…。まぁ、結果はこの通り。教えてくれなかった。
「話を聞いた限りだと、スランプに陥ってるのかな?」
「スランプ…?」
「いつもよりも調子が出なかったり、いつもと比べて不振や不調な感じの事を指す言葉だね」
言われなくても知っている。だけど…俺はスランプに陥っているのか?
「もしそうなら、気分転換したらどうかな?少し体と心を休めて、他の事をしてみるとか」
「他の事…」
「うん。エル君は物作りばかりしてるでしょ?だったら、一度物作りをやめて旅をしてみるとか。僕の知り合いなんかは『全力を出し切ってくる!』とか言って強敵に挑みに行ったりもしてたね」
「全力を出しきる…成る程…」
「あ、例えの話だから、別に彼女の真似しなくても良いんだよ?僕が言いたいのは、気分転換になるような事をすれば良いんじゃないかなって事さ」
「ふむ…」
気分転換か…。悪くない考えだ。
「助かった」
「うん。君の力になれたのなら良かったよ」
そうと決まれば早速行動だ。
「もう行くの?もう少しゆっくりしたらどう?」
「時間は有限だ。有意義に使用しなければならない」
要するに、善は急げ。忘れる前に行動しなければならないって事だ。
「そっか。そうだよね。長居したら家族が心配するかもしれないもんね」
心配…。ああ、忘れていた。早く帰らないとな。
「…また来る」
「うん。またね」
その後。家に帰って、俺は一晩考えた。息抜きとはなんなのか、と。気分転換をするのはどうすればいいのか、と。
そして行き着いた答えはーー。
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コメント
トラ
更新お疲れ様です
色々進み始めましたねぇ
早くバイク乗れるといいですね
次も楽しみにしてます!