自称『整備士』の異世界生活
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ペコリ((・ω・)_ _))
71階層目からダンジョンの光景はまたもや一変した。
階段を降りきって扉の先に進むなり、固く閉ざされた扉。
四方は壁だ。地面は勿論、天井もある。見た感じ全て同じ長さで、目算で直径200mほどの正方形に近い部屋。
そして、その部屋の中央をソイツ等が陣取っている。それはもはやダンジョンとは名ばかりの決闘場だ。
閲覧者の存在しない多数対多数の決闘。
マナ感知を広げて周囲を警戒するまでもない。敵は眼前の魔物達のみ。一切の邪魔は入らず、全力で挑まなければ敵わないような魔物。
とは言え、全力で挑まなければ勝てないのはクロエを除くアリアンナやハリスやサーファ達なんだけどな。
能力値云々はよく分からないけれど、この四人の中でクロエが一番強い。特に魔法の扱いに長けている。
次にアリアンナ。ダンジョンで拾った細剣と覚えたての魔法を駆使し、休む暇なく連撃を繰り出す。立ち回りは素早く、遊撃のようなポジションだ。
ハリスは普通サイズの剣から「カッコいいから!」なんて理由で身の丈に合わない大剣を使用していて、剣に振り回されているように見える。だが、一応は戦えている。
サーファは魔法弓とやらを使っている。矢をストックしておかなくてもマナを消費して魔法の矢を放つ弓だ。命中率はそこまで良くないものの、後方支援としては十分に役立ってはいる。
その証拠として、84階層まではクロエ抜きの3人のみで勝ち進む事が出来ていた。
だけど、84階層目の魔物は三人の攻撃が全く通じず、見てられなくなったクロエが参戦。多少の苦戦はしたけれど、勝ち進めた。
ちなみに、84階層目の魔物はミノタウロス。神話伝々は分からないけれど、牛の頭を持った巨人だ。
剣で攻撃しても薄皮一枚しか切れず、魔法で攻撃しても僅かしか傷を与えれない強敵だった。
まぁ俺は安全地帯で見てるだけだったけど。
倒し方はアリアンナがミノタウロスの両目を細剣で抉り、ハリスとサーファで片足を集中攻撃。膝をついた所で、クロエがミノタウロスの口内に爆発する炎玉を撃ち込む事で終えた。
それからの階層にはクロエが参戦した事で、順調に階層を勝ち進んでいた。たまに苦戦する事もあったけれど、それは相性が悪かった時とかだ。例えば80階層目の鋼鉄の鱗を持ったレッサー・アイアンドラゴンや、92階層目の姿を透明に出来る能力と相手の姿をコピーする能力の二つを持ったインビジブル・ゲンガーなどなど。その二体には苦戦していた。
レッサー・アイアンドラゴンは重鈍そうな体をしている癖に動きは素早く、魔法攻撃も物理攻撃も通じない。それは体内に限っても同じで、口内にクロエが魔法を投げ込んでも通用しなかった。しかし、ある時を境に魔法限定で突然攻撃が通るようになった。
まぁ、俺が隠れて手を貸したからなんだけどな。レッサー・アイアンドラゴンの魔法防御を潰してやった。
インビジブル・ゲンガーは、対峙した相手の姿形や能力までもコピーする能力を持った魔物だった。しかも、ようやく倒したとしても本体の姿はどこにもなく、休憩の間も無く復活するんだ。
少し気を抜いたりすればインビジブル・ゲンガーを見失い、同一人物が二人も居たりする現場が出来上がったりしていた。
ま、隠れている核の場所を教えたら速攻で終わったけど。ちなみに、核は天井に埋まっていた。
でも…。
98階層目の事だった。
ここまで来て…。なんて野暮は言わない。なんせ、四人共凄い速度で成長を遂げていたし、なにより頑張っていた。
その分食事量は増えていたけれど、何も問題はない。敵を倒せば、それが食事になる。倒した魔物の肉は下の階層に進むに連れて美味くなるし、敵と戦えば戦うほど経験を積んで四人は強くなってきていた。食事の時とかは多少野生的になりつつあって飯の奪い合いが起きていたりもしたけれど、戦闘時のチームワーク力は目を見張るほど。
阿吽の呼吸とでも言えば良いのだろうか。何も言わずとも、相手の考えていることを予測して動けるようになっていた。
でも、そんな四人が全力を尽くしても勝てなかった。
それどころか、これまで多少なりとも怪我はあったものの五体満足だったのに、遂にハリスがサーファを庇って左手の肘から先を食い千切られてしまった。
「こっんのおぉぉぉっ!!」
ハリスはそれでも剣を捨てはしない。歯を食いしばって男の意地を見せ、果敢に立ち向かう。
「ああ、見事だ」
俺にハリスほどの根性はない。痛かったら速攻で痛覚を遮断するし、勝てないと悟れば即座に逃げ出す。そんな俺だからこそ、今のハリスは凄いと思えた。
「アリア!回復!はやく!」
「や、やっています!」
クロエに言われる前から後方に逃げて、そこから回復魔法を行使するアリアンナ。だけど、戦闘中のハリスの傷は塞がる気配は一切ない。
陣形が崩れ、ただでさえジリ貧だったのが余計に酷くなる。
「え、援護射撃っ!します!」
魔法で形成された矢が、さっきまでの倍の数になってヒュドラの首に降り注き始める。サーファがヒュドラの標的になってしまうが、回避で難を逃れつつ矢を射る事を止めない。
でも、その分マナの消費は多くなり、体力の消耗も激しい。おそらく、この攻撃を続けていると数分も保たずにサーファはマナ切れを起こして倒れてしまうだろう。
「頼んだわサーファ!ハリス!すぐに退がって!動いてたら傷を塞げないわ!」
「問題ねぇぇぇぇっ!!」
聞く耳を持たずに隙だらけのヒュドラの胴体に片手のみで強烈な一撃を叩き込むハリス。だけど…その攻撃で与えられた傷はヒュドラの全身を纏う鱗の一部が僅かに欠けただけ。
しかも、その鱗は不要とばかりに剥がれ落ち、下から出てきた新たな鱗に生え変わる。
「ハリス!」
更に連続で攻撃を繰り返すものの、どれだけ攻撃を繰り返してもヒュドラに怪我を負わす事すら出来ない。
後方から降り注ぐ魔法矢の雨も、ヒュドラにとってはただの水滴の雨と同義。クロエが攻撃すれば、それなりに傷を負わせる事は出来るものの、それでも決定打にはならず、すぐに傷が再生されてしまう。
どう見ても詰みだ。
ハリスは後数秒もすれば貧血で倒れるだろう。今は激高と大量の出血で頭が碌に回っていない状態になっているはずだ。
クロエもテンパっているし、サーファはマナ不足。アリアンナはまだ大丈夫そうに見えるものの、ハリスの回復に集中していて周りが全く見えていない。
このままだと負けるのは確実だ。助言しようにも、四人の能力じゃ倒せないのは明白。
「…仕方ない」
そろそろ手を貸すか。
とは言え、ここまでの回復能力に加え、鱗の硬さ。さすがにそう簡単に倒せるものではない。
だから、余り使いたくはなかったものの、そうも言ってられないから奥の手を使う。
「退避しろ!」
これは警告だ。逃げなければ死ぬ。死にたいのならそこにいればいい。
鞄からではなく、ポケットからでもない。何もない空間に手を伸ばし、異空間倉庫をこじ開けてソレを取り出す。
名前は…そうだな。前世風に言うなら"重機関銃"。この世界の物とは全く違う、科学が作り出した殲滅兵器。それを魔法とマナを利用して創り出してみた試作品。
「〜〜っ!?に、逃げるわよっ!ハリス!」
これを知ってるからこそクロエの行動は早かった。動きがぎこちなくなっても片手のみで攻撃を繰り出そうとしていたハリスの首根っこを掴み、無理矢理にでも引っ張って俺の直線上から離れた。
そう。それでいい。
狙いは適当だ。もっと言うなら、そこまで上手く作れていないので照準を合わせても意味がない。
ただ弾をあるだけばら撒くだけ。これはそう言った代物だ。
ヒュドラの標的がサーファから俺に向き、九頭ある頭の内の一頭が大口を開けて突っ込んでくる。
『そんなに食いたいのか?なら、好きなだけ食わせてやるよ』
これにはトリガーは存在しない。なんせ、全てマナで動くから。銃火器の細かな知識なんてない俺だからこそ至った考え。
連射性能と威力と貫通力。それさえあれば良いと思った。だから、マナで銃火器の動きの全てを操作する。内部構造を把握していないと難しいだろうけれど、製作者である俺なら可能だ。少し頭に負荷が掛かるけれど、それぐらい問題はない。
弾丸は魔石並みの強度を誇るエーテル結晶。先端を尖らせれば貫通力は上がるだろうと適当な発想によって制作した。
だからーー。
ダダダダダッと連続する炸裂音。銃口に弾丸が擦れる度に火花が散り、調整をミスった爆発が銃口から度々吹き出す。
一発撃つだけで衝撃に負けて銃口が上へと跳ね上がりそうになるのを、力任せに抑えつけ、内部の部品の一つ一つを確実に動かす。
開きっぱなしの異空間倉庫から次々と弾薬が送られ、次々と銃口から勢い良く吐き出される。
俺を喰らおうと迫り来ていた蛇頭が蜂の巣のようになっても止まらないーー止めない攻撃。
その更に奥。本体をも蜂の巣にしてやろうと撃ち続ける。
だけど…足りない。威力が。貫通力が。足りない。足りない。これじゃあ無理だ。
「ちっ…」
思い通りにいかず舌打ちしてしまう。
口内への攻撃は有効打になりえる。でも、鱗を貫通させるほどの威力はない。だったら…だとすれば…。
思考速度を上げて、次の一手。次の行動。次の対策。次の状況を予測して考える。
そう言えば…と、ふと昔を思い出した。俺が前世で整備士の仕事を始めて一年目の時。どうしても外せないボルトがあった。もう切断するしか術はなく、でも、切断するにも手間がかかる。
そんな時はどうするのか、と。新人の頃に先輩に尋ねた。すると、ハンマーとタガネで叩き切ったら良いと教えてもらった。
タガネは切断用の先が鋭い棒の事で、その尻を叩いてボルトを叩き切る。良い案だと思う反面、凄く大変だと感じた。
でも、意外と簡単に叩き切る事が出来た。
何が言いたいのかと言えば、一度で無理なら二度衝撃を与えてやればいいんじゃないか?
そう、例えば、着弾時に弾丸が標的に張り付き、そこに後方から衝撃を与えて核を更に奥へと打ち込むんだ。
そうするには…寸分違わず同じ箇所に弾丸を当てる事だけど、この銃火器では心許ない。…いや、考え方を変えよう。
例えば…弾丸を即席で加工してしまえば…出来そうな気がする。
着弾の際に貫通力は必要ない。潰れやすく、標的に張り付くような…アルミでいいか。それを弾丸の先端に取り付ける。次に、弾丸の中に先端を鋭利にした頑丈な芯を。尻付近を着弾時に爆発するように仕組む。
早速やってみよう。
極端に頭の負荷が大きくなって頭痛がし始めてきたけれど、気にせずに考えたばかりの試作品弾丸を調整を加えつつ放つ。
ダダダダダッと炸裂音が連続しーー着弾した弾丸の爆発が連続する。
これは大きすぎる。これは小さすぎる。これは核を飛ばす向きが違う。これは形が歪だ。これは真っ直ぐ飛ばない。これは重量配分を間違えた。これは爆発量が少ない………。
考える。常に考える。考え続ける。そうする事で、また一つ。更に一つと成長する。その成長は留まる事を知らず、より最適に。より確実に。より的確になってゆく。
新たな弾丸…前世風に言うなら"徹甲榴弾"が完成した時には、既にヒュドラの身体は蜂の巣どころじゃ済まなくなってしまっていた。
「やった…やったっ!さすが…って、そ、そんな物持ってるのなら、さっさと出しなさいよっ!」
喜ぶのか怒るのかどっちかにしてくれ。クロエ。
「あれだけ切ってもビクともしなかったのに…さすがエル…だな…うっ」
無事だったんだな。ハリス。それと、痛むのなら無理して動くな。
「さすがエルさんですっ!」
アリアンナは最近それしか言わないよな。
「………」
サーファは緊張の糸が切れたように安心しきった顔で壁に背を預けて身体を休めている。
だけど安心するのはまだ早い。まだ生きているんだ。マナ感知で見る限り、ヒュドラのマナは活発に動いている。次の動きまでは予測できないものの、数秒もすれば傷口は全て塞がり、そして再び起き上がり攻撃してくるに違いない。
今は傷口を治す事を優先していてヒュドラに動きはないけれど、あの調子だと必ず動き出す。
そうなる前に何か手を打たなければならない。
「ふむ…」
重機関銃じゃ足りない。もっと威力が高く、一撃で全て塵も残さないほどの高威力攻撃。それに加えて、周囲に被害が及ばないような…。うん、そんな物はない。
俺が造った武器や兵器は全て周囲の被害を全く考慮しないようなものばかりで、街一つを滅ぼすに足る物ばかりを造っていた。だから、こんな広い個室で戦闘する状況は想定していなかった。
だけど、方法がなくはない。……ここは一つ芝居でも打つか。
何の変哲もないただのエーテル結晶を取り出し、ヒュドラの元へ歩いてゆく。その間にもヒュドラは物凄い勢いで再生を続けているが、そんなのは関係ない。
「ちょっ!エル!そいつまだ生きてるわよ!?」
知っている。っと言うか、今頃気付いたのか。
ヒュドラの九頭ある内の二頭の頭が持ち上がり、俺を鋭い眼光で睨み付けてくる。が、お構いなしにエーテル結晶をヒュドラの身体に触れさせる。
そして、ヒュドラの真下に異空間倉庫を呼び出す。
「また後でな」
俺の声が聴こえたかは知らないけれど、最後に力のない声で泣き叫びながらヒュドラは重力に従って異空間倉庫内へと落ちて行った。
そう。これは必殺技でもなければ、高威力攻撃でもない。ただ問題を先送りにしただけだ。
俺の使っている異空間倉庫は空間に穴を開けて、その先を荷物置きにしている。それに、生物問わず放り込んでおける。
食材とかも入れてるから衛生面的に生物は入れないよう心掛けているけど今回は仕方がない。
振り返ると、ポカーンッとアホヅラを晒した四人の顔が見えた。
「殺せない。ここに封印した。問題ない」
っと言う事にしておけば良いだろう。
にしても、98階層目でこの敵だ。次の階層はどんな化け物が出てくるんだろうな。
想像するだけで怖くて怖くて仕方がない。
一体このダンジョンは何階層まであるんだよ…。
○○○
ハリスの治療をアリアンナに代わってやってみたけれど、完治は無理だった。失った左腕は失ったままで、傷口を塞ぐ事は出来たものの、新たに腕を生やす事は出来なかった。
失った腕がその辺に転がっていたら回復魔法の応用で引っ付けれるんだけど、おそらく俺がヒュドラと一緒に吹き飛ばしてしまっていて、探したけどどこにも見当たらなかった。
そんなわけでーー。
「完成だ」
「お、おぉ…っ」
以前戦ったロボットの左腕を改造してハリスの左腕にくっ付けてみた。
「すげぇ…動く…動くぞっ。すげぇ!すげぇな!エル!」
「ああ」
手をグーパーして新たな機械仕掛けの左腕の具合を確かめると、本心から喜んで俺を賞賛してくれた。
お世辞でも嬉しい言葉だ。
でも、一番賞賛されるべきなのは俺じゃなく、このロボット達を作った奴だ。
ロボットの神経経路や擬似筋肉や骨など。人間に似せて作られているからこそ、俺はそれを流用して取り付ける事が出来た。
「本当に凄いわね…。ねぇ、エル。アンタって前は何してたわけ?」
前?前…?前……前世の事か?
「整備士だ」
「ふふーん。どうですかっ?エルさんは凄いんですよ!」
なぜかアリアンナが自分の事のように自慢気な顔でドヤ顔をしている。
「じゃあよ!じゃあよ!俺も整備師になったらエルみたいになれるのかっ!?」
「それは違う」
「じゃあ、どうやったらいいんだ?」
俺みたいになるのは不可能だ。俺は俺であり、ハリスはハリスなんだからな。でも、今ハリスが言っているのはそう言う事じゃないはずだ。
きっと、俺の技術力と知識量の事を指しているんだろう。
俺は自分の頭を小突いて言う。
「考えろ」
前世の知識や技術を持っているから。だなんて言えないから誤魔化すしか出来ない。
「俺は努力している。常に考える事をやめない。だから、考えろ」
上手い言い訳だとは思わないけれど、これが今の俺の限界だ。でも、ハリスは真剣な顔で頷いているから理解はしてるんだろう。
「で、そろそろ話してくれるのよね?」
「……?」
なんの話?
「トボけないで。さっきの武器の事よ。どうしてあんな物を持ってるのよ」
あー、そう言うことか。
誤魔化しても良いけれど…下手に誤魔化すと返って突っ込まれそうだな。
「作った」
だから、隠さずに事実を述べよう。
「作ったって…あんなのどうやって作るのよ。ふざけてないで本当の事を言って」
「作ったんだが?」
どうして信じてくれないんだ?
「はぁ…もういいわ。どうせ、私以外の向こうの人の誰かに作ってもらったんでしょ?」
ああ、なるほど。他の異世界人の可能性か。そこまで考えが及ばなかった。確かに有り得る。
だとすれば…俺はもっと頑張らないといけないな。
クロエはバカそうだから気にかけなくても大丈夫そうだけど、他にもいて、俺のように知識を持っているのなら警戒しなければならない案件になる。
俺の平穏を守る為にも、もっと努力しなければーー。
ペコリ((・ω・)_ _))
71階層目からダンジョンの光景はまたもや一変した。
階段を降りきって扉の先に進むなり、固く閉ざされた扉。
四方は壁だ。地面は勿論、天井もある。見た感じ全て同じ長さで、目算で直径200mほどの正方形に近い部屋。
そして、その部屋の中央をソイツ等が陣取っている。それはもはやダンジョンとは名ばかりの決闘場だ。
閲覧者の存在しない多数対多数の決闘。
マナ感知を広げて周囲を警戒するまでもない。敵は眼前の魔物達のみ。一切の邪魔は入らず、全力で挑まなければ敵わないような魔物。
とは言え、全力で挑まなければ勝てないのはクロエを除くアリアンナやハリスやサーファ達なんだけどな。
能力値云々はよく分からないけれど、この四人の中でクロエが一番強い。特に魔法の扱いに長けている。
次にアリアンナ。ダンジョンで拾った細剣と覚えたての魔法を駆使し、休む暇なく連撃を繰り出す。立ち回りは素早く、遊撃のようなポジションだ。
ハリスは普通サイズの剣から「カッコいいから!」なんて理由で身の丈に合わない大剣を使用していて、剣に振り回されているように見える。だが、一応は戦えている。
サーファは魔法弓とやらを使っている。矢をストックしておかなくてもマナを消費して魔法の矢を放つ弓だ。命中率はそこまで良くないものの、後方支援としては十分に役立ってはいる。
その証拠として、84階層まではクロエ抜きの3人のみで勝ち進む事が出来ていた。
だけど、84階層目の魔物は三人の攻撃が全く通じず、見てられなくなったクロエが参戦。多少の苦戦はしたけれど、勝ち進めた。
ちなみに、84階層目の魔物はミノタウロス。神話伝々は分からないけれど、牛の頭を持った巨人だ。
剣で攻撃しても薄皮一枚しか切れず、魔法で攻撃しても僅かしか傷を与えれない強敵だった。
まぁ俺は安全地帯で見てるだけだったけど。
倒し方はアリアンナがミノタウロスの両目を細剣で抉り、ハリスとサーファで片足を集中攻撃。膝をついた所で、クロエがミノタウロスの口内に爆発する炎玉を撃ち込む事で終えた。
それからの階層にはクロエが参戦した事で、順調に階層を勝ち進んでいた。たまに苦戦する事もあったけれど、それは相性が悪かった時とかだ。例えば80階層目の鋼鉄の鱗を持ったレッサー・アイアンドラゴンや、92階層目の姿を透明に出来る能力と相手の姿をコピーする能力の二つを持ったインビジブル・ゲンガーなどなど。その二体には苦戦していた。
レッサー・アイアンドラゴンは重鈍そうな体をしている癖に動きは素早く、魔法攻撃も物理攻撃も通じない。それは体内に限っても同じで、口内にクロエが魔法を投げ込んでも通用しなかった。しかし、ある時を境に魔法限定で突然攻撃が通るようになった。
まぁ、俺が隠れて手を貸したからなんだけどな。レッサー・アイアンドラゴンの魔法防御を潰してやった。
インビジブル・ゲンガーは、対峙した相手の姿形や能力までもコピーする能力を持った魔物だった。しかも、ようやく倒したとしても本体の姿はどこにもなく、休憩の間も無く復活するんだ。
少し気を抜いたりすればインビジブル・ゲンガーを見失い、同一人物が二人も居たりする現場が出来上がったりしていた。
ま、隠れている核の場所を教えたら速攻で終わったけど。ちなみに、核は天井に埋まっていた。
でも…。
98階層目の事だった。
ここまで来て…。なんて野暮は言わない。なんせ、四人共凄い速度で成長を遂げていたし、なにより頑張っていた。
その分食事量は増えていたけれど、何も問題はない。敵を倒せば、それが食事になる。倒した魔物の肉は下の階層に進むに連れて美味くなるし、敵と戦えば戦うほど経験を積んで四人は強くなってきていた。食事の時とかは多少野生的になりつつあって飯の奪い合いが起きていたりもしたけれど、戦闘時のチームワーク力は目を見張るほど。
阿吽の呼吸とでも言えば良いのだろうか。何も言わずとも、相手の考えていることを予測して動けるようになっていた。
でも、そんな四人が全力を尽くしても勝てなかった。
それどころか、これまで多少なりとも怪我はあったものの五体満足だったのに、遂にハリスがサーファを庇って左手の肘から先を食い千切られてしまった。
「こっんのおぉぉぉっ!!」
ハリスはそれでも剣を捨てはしない。歯を食いしばって男の意地を見せ、果敢に立ち向かう。
「ああ、見事だ」
俺にハリスほどの根性はない。痛かったら速攻で痛覚を遮断するし、勝てないと悟れば即座に逃げ出す。そんな俺だからこそ、今のハリスは凄いと思えた。
「アリア!回復!はやく!」
「や、やっています!」
クロエに言われる前から後方に逃げて、そこから回復魔法を行使するアリアンナ。だけど、戦闘中のハリスの傷は塞がる気配は一切ない。
陣形が崩れ、ただでさえジリ貧だったのが余計に酷くなる。
「え、援護射撃っ!します!」
魔法で形成された矢が、さっきまでの倍の数になってヒュドラの首に降り注き始める。サーファがヒュドラの標的になってしまうが、回避で難を逃れつつ矢を射る事を止めない。
でも、その分マナの消費は多くなり、体力の消耗も激しい。おそらく、この攻撃を続けていると数分も保たずにサーファはマナ切れを起こして倒れてしまうだろう。
「頼んだわサーファ!ハリス!すぐに退がって!動いてたら傷を塞げないわ!」
「問題ねぇぇぇぇっ!!」
聞く耳を持たずに隙だらけのヒュドラの胴体に片手のみで強烈な一撃を叩き込むハリス。だけど…その攻撃で与えられた傷はヒュドラの全身を纏う鱗の一部が僅かに欠けただけ。
しかも、その鱗は不要とばかりに剥がれ落ち、下から出てきた新たな鱗に生え変わる。
「ハリス!」
更に連続で攻撃を繰り返すものの、どれだけ攻撃を繰り返してもヒュドラに怪我を負わす事すら出来ない。
後方から降り注ぐ魔法矢の雨も、ヒュドラにとってはただの水滴の雨と同義。クロエが攻撃すれば、それなりに傷を負わせる事は出来るものの、それでも決定打にはならず、すぐに傷が再生されてしまう。
どう見ても詰みだ。
ハリスは後数秒もすれば貧血で倒れるだろう。今は激高と大量の出血で頭が碌に回っていない状態になっているはずだ。
クロエもテンパっているし、サーファはマナ不足。アリアンナはまだ大丈夫そうに見えるものの、ハリスの回復に集中していて周りが全く見えていない。
このままだと負けるのは確実だ。助言しようにも、四人の能力じゃ倒せないのは明白。
「…仕方ない」
そろそろ手を貸すか。
とは言え、ここまでの回復能力に加え、鱗の硬さ。さすがにそう簡単に倒せるものではない。
だから、余り使いたくはなかったものの、そうも言ってられないから奥の手を使う。
「退避しろ!」
これは警告だ。逃げなければ死ぬ。死にたいのならそこにいればいい。
鞄からではなく、ポケットからでもない。何もない空間に手を伸ばし、異空間倉庫をこじ開けてソレを取り出す。
名前は…そうだな。前世風に言うなら"重機関銃"。この世界の物とは全く違う、科学が作り出した殲滅兵器。それを魔法とマナを利用して創り出してみた試作品。
「〜〜っ!?に、逃げるわよっ!ハリス!」
これを知ってるからこそクロエの行動は早かった。動きがぎこちなくなっても片手のみで攻撃を繰り出そうとしていたハリスの首根っこを掴み、無理矢理にでも引っ張って俺の直線上から離れた。
そう。それでいい。
狙いは適当だ。もっと言うなら、そこまで上手く作れていないので照準を合わせても意味がない。
ただ弾をあるだけばら撒くだけ。これはそう言った代物だ。
ヒュドラの標的がサーファから俺に向き、九頭ある頭の内の一頭が大口を開けて突っ込んでくる。
『そんなに食いたいのか?なら、好きなだけ食わせてやるよ』
これにはトリガーは存在しない。なんせ、全てマナで動くから。銃火器の細かな知識なんてない俺だからこそ至った考え。
連射性能と威力と貫通力。それさえあれば良いと思った。だから、マナで銃火器の動きの全てを操作する。内部構造を把握していないと難しいだろうけれど、製作者である俺なら可能だ。少し頭に負荷が掛かるけれど、それぐらい問題はない。
弾丸は魔石並みの強度を誇るエーテル結晶。先端を尖らせれば貫通力は上がるだろうと適当な発想によって制作した。
だからーー。
ダダダダダッと連続する炸裂音。銃口に弾丸が擦れる度に火花が散り、調整をミスった爆発が銃口から度々吹き出す。
一発撃つだけで衝撃に負けて銃口が上へと跳ね上がりそうになるのを、力任せに抑えつけ、内部の部品の一つ一つを確実に動かす。
開きっぱなしの異空間倉庫から次々と弾薬が送られ、次々と銃口から勢い良く吐き出される。
俺を喰らおうと迫り来ていた蛇頭が蜂の巣のようになっても止まらないーー止めない攻撃。
その更に奥。本体をも蜂の巣にしてやろうと撃ち続ける。
だけど…足りない。威力が。貫通力が。足りない。足りない。これじゃあ無理だ。
「ちっ…」
思い通りにいかず舌打ちしてしまう。
口内への攻撃は有効打になりえる。でも、鱗を貫通させるほどの威力はない。だったら…だとすれば…。
思考速度を上げて、次の一手。次の行動。次の対策。次の状況を予測して考える。
そう言えば…と、ふと昔を思い出した。俺が前世で整備士の仕事を始めて一年目の時。どうしても外せないボルトがあった。もう切断するしか術はなく、でも、切断するにも手間がかかる。
そんな時はどうするのか、と。新人の頃に先輩に尋ねた。すると、ハンマーとタガネで叩き切ったら良いと教えてもらった。
タガネは切断用の先が鋭い棒の事で、その尻を叩いてボルトを叩き切る。良い案だと思う反面、凄く大変だと感じた。
でも、意外と簡単に叩き切る事が出来た。
何が言いたいのかと言えば、一度で無理なら二度衝撃を与えてやればいいんじゃないか?
そう、例えば、着弾時に弾丸が標的に張り付き、そこに後方から衝撃を与えて核を更に奥へと打ち込むんだ。
そうするには…寸分違わず同じ箇所に弾丸を当てる事だけど、この銃火器では心許ない。…いや、考え方を変えよう。
例えば…弾丸を即席で加工してしまえば…出来そうな気がする。
着弾の際に貫通力は必要ない。潰れやすく、標的に張り付くような…アルミでいいか。それを弾丸の先端に取り付ける。次に、弾丸の中に先端を鋭利にした頑丈な芯を。尻付近を着弾時に爆発するように仕組む。
早速やってみよう。
極端に頭の負荷が大きくなって頭痛がし始めてきたけれど、気にせずに考えたばかりの試作品弾丸を調整を加えつつ放つ。
ダダダダダッと炸裂音が連続しーー着弾した弾丸の爆発が連続する。
これは大きすぎる。これは小さすぎる。これは核を飛ばす向きが違う。これは形が歪だ。これは真っ直ぐ飛ばない。これは重量配分を間違えた。これは爆発量が少ない………。
考える。常に考える。考え続ける。そうする事で、また一つ。更に一つと成長する。その成長は留まる事を知らず、より最適に。より確実に。より的確になってゆく。
新たな弾丸…前世風に言うなら"徹甲榴弾"が完成した時には、既にヒュドラの身体は蜂の巣どころじゃ済まなくなってしまっていた。
「やった…やったっ!さすが…って、そ、そんな物持ってるのなら、さっさと出しなさいよっ!」
喜ぶのか怒るのかどっちかにしてくれ。クロエ。
「あれだけ切ってもビクともしなかったのに…さすがエル…だな…うっ」
無事だったんだな。ハリス。それと、痛むのなら無理して動くな。
「さすがエルさんですっ!」
アリアンナは最近それしか言わないよな。
「………」
サーファは緊張の糸が切れたように安心しきった顔で壁に背を預けて身体を休めている。
だけど安心するのはまだ早い。まだ生きているんだ。マナ感知で見る限り、ヒュドラのマナは活発に動いている。次の動きまでは予測できないものの、数秒もすれば傷口は全て塞がり、そして再び起き上がり攻撃してくるに違いない。
今は傷口を治す事を優先していてヒュドラに動きはないけれど、あの調子だと必ず動き出す。
そうなる前に何か手を打たなければならない。
「ふむ…」
重機関銃じゃ足りない。もっと威力が高く、一撃で全て塵も残さないほどの高威力攻撃。それに加えて、周囲に被害が及ばないような…。うん、そんな物はない。
俺が造った武器や兵器は全て周囲の被害を全く考慮しないようなものばかりで、街一つを滅ぼすに足る物ばかりを造っていた。だから、こんな広い個室で戦闘する状況は想定していなかった。
だけど、方法がなくはない。……ここは一つ芝居でも打つか。
何の変哲もないただのエーテル結晶を取り出し、ヒュドラの元へ歩いてゆく。その間にもヒュドラは物凄い勢いで再生を続けているが、そんなのは関係ない。
「ちょっ!エル!そいつまだ生きてるわよ!?」
知っている。っと言うか、今頃気付いたのか。
ヒュドラの九頭ある内の二頭の頭が持ち上がり、俺を鋭い眼光で睨み付けてくる。が、お構いなしにエーテル結晶をヒュドラの身体に触れさせる。
そして、ヒュドラの真下に異空間倉庫を呼び出す。
「また後でな」
俺の声が聴こえたかは知らないけれど、最後に力のない声で泣き叫びながらヒュドラは重力に従って異空間倉庫内へと落ちて行った。
そう。これは必殺技でもなければ、高威力攻撃でもない。ただ問題を先送りにしただけだ。
俺の使っている異空間倉庫は空間に穴を開けて、その先を荷物置きにしている。それに、生物問わず放り込んでおける。
食材とかも入れてるから衛生面的に生物は入れないよう心掛けているけど今回は仕方がない。
振り返ると、ポカーンッとアホヅラを晒した四人の顔が見えた。
「殺せない。ここに封印した。問題ない」
っと言う事にしておけば良いだろう。
にしても、98階層目でこの敵だ。次の階層はどんな化け物が出てくるんだろうな。
想像するだけで怖くて怖くて仕方がない。
一体このダンジョンは何階層まであるんだよ…。
○○○
ハリスの治療をアリアンナに代わってやってみたけれど、完治は無理だった。失った左腕は失ったままで、傷口を塞ぐ事は出来たものの、新たに腕を生やす事は出来なかった。
失った腕がその辺に転がっていたら回復魔法の応用で引っ付けれるんだけど、おそらく俺がヒュドラと一緒に吹き飛ばしてしまっていて、探したけどどこにも見当たらなかった。
そんなわけでーー。
「完成だ」
「お、おぉ…っ」
以前戦ったロボットの左腕を改造してハリスの左腕にくっ付けてみた。
「すげぇ…動く…動くぞっ。すげぇ!すげぇな!エル!」
「ああ」
手をグーパーして新たな機械仕掛けの左腕の具合を確かめると、本心から喜んで俺を賞賛してくれた。
お世辞でも嬉しい言葉だ。
でも、一番賞賛されるべきなのは俺じゃなく、このロボット達を作った奴だ。
ロボットの神経経路や擬似筋肉や骨など。人間に似せて作られているからこそ、俺はそれを流用して取り付ける事が出来た。
「本当に凄いわね…。ねぇ、エル。アンタって前は何してたわけ?」
前?前…?前……前世の事か?
「整備士だ」
「ふふーん。どうですかっ?エルさんは凄いんですよ!」
なぜかアリアンナが自分の事のように自慢気な顔でドヤ顔をしている。
「じゃあよ!じゃあよ!俺も整備師になったらエルみたいになれるのかっ!?」
「それは違う」
「じゃあ、どうやったらいいんだ?」
俺みたいになるのは不可能だ。俺は俺であり、ハリスはハリスなんだからな。でも、今ハリスが言っているのはそう言う事じゃないはずだ。
きっと、俺の技術力と知識量の事を指しているんだろう。
俺は自分の頭を小突いて言う。
「考えろ」
前世の知識や技術を持っているから。だなんて言えないから誤魔化すしか出来ない。
「俺は努力している。常に考える事をやめない。だから、考えろ」
上手い言い訳だとは思わないけれど、これが今の俺の限界だ。でも、ハリスは真剣な顔で頷いているから理解はしてるんだろう。
「で、そろそろ話してくれるのよね?」
「……?」
なんの話?
「トボけないで。さっきの武器の事よ。どうしてあんな物を持ってるのよ」
あー、そう言うことか。
誤魔化しても良いけれど…下手に誤魔化すと返って突っ込まれそうだな。
「作った」
だから、隠さずに事実を述べよう。
「作ったって…あんなのどうやって作るのよ。ふざけてないで本当の事を言って」
「作ったんだが?」
どうして信じてくれないんだ?
「はぁ…もういいわ。どうせ、私以外の向こうの人の誰かに作ってもらったんでしょ?」
ああ、なるほど。他の異世界人の可能性か。そこまで考えが及ばなかった。確かに有り得る。
だとすれば…俺はもっと頑張らないといけないな。
クロエはバカそうだから気にかけなくても大丈夫そうだけど、他にもいて、俺のように知識を持っているのなら警戒しなければならない案件になる。
俺の平穏を守る為にも、もっと努力しなければーー。
コメント
トラ
更新お疲れ様です
ヒュドラ戦が始まる前に四人が苦戦したとあるけど、何に苦戦したのか、ミノタウロスの時のように説明を入れるといいと思います。
特に全長や体色等の特徴の込みだとその場を創造しやすいと思いますよ。