自称『整備士』の異世界生活
46
ごめんなさいっ!46話抜けてました!
トラさん。教えてくれてありがとうございます!
建物を出ると同時に心臓を貫かんと先端が鋭利な氷柱が豪速で襲い掛かってきた。
しかし、軽く手で触れて氷柱を構築するマナを少し弄るだけで容易く砕け散った。
煌びやかな光を放ち舞う氷塵に紛れて鋭い蹴りが迫るが、避けずに片手で足先ではなく、足首を受け止める。
轟ッと衝撃波が俺達を中心に吹き荒れた。
「〜〜〜っ!!」
「…?」
身体をマナで強化すれば受け止めるのも、反動を耐えるのも余裕だ。でも、なんだか負けた気がした。
塵も埃も全て吹き飛び視界がクリアになって、ようやく敵の姿を視界に捉える事が出来た。
だが、これは人と言っていいのか?
魔物のような赤黒い双眼を怒り一色に染め上げ、まるで蝙蝠を彷彿させる真っ黒な片翼を背から生やした少年だ。
足を掴まれて動けない少年は鉤爪のような左手が振るってきたが危なげなく回避する。お返しとばかりに軸足とは反対方向へと足を捻ってやると、そこを支点に軽々と宙を舞う。
いや、違う。今のはワザと跳んだんだ。
そのまま地面に叩きつけてやろうと思っていたが、少しばかり予測を訂正する。
少年は俺が掴む足を支点に一回転しながら顔面目掛けて蹴りが繰り出してきた。
予測した通りだ。
空いた手で蹴りを受け止めると、今度は魔法を放とうとマナを片手に集め始めた。
詠唱はなく、言葉からどんな魔法を使うのか予測は出来ない。だが、これまでの経緯を振り返ると安易に予測は出来る。
氷系統の魔法だ。
両手が塞がっている今、少年が放とうとしている魔法を防ぐ術を俺は持ち合わせてーーいる。
「上へ飛ぶ」
少年の頭上に生成された氷柱は、標的を俺から空へと変更して飛んで行った。
「っ!?」
ハッとして頭上を見上げる少年。その顔は戸惑い…か?
そりゃ、発動した魔法を一部とは言え乗っ取られたんだ。確実に発動するって自信があったのに、そうならなかったら驚いたりするだろう。
でもな…戦闘中に余所見は頂けないだろ?
少年の両足を掴んだまま、片足を一歩下げ、そこを軸足に。その場で横に一回転する。
俺の背後には崩れた建物の壁。そのすぐそばにはまだ健在な壁がある。遠心力を利用して壁にぶち当て、あと二周回ってようやく手を離してやる。
砲丸投げで飛んで行く球のように、勢い良く教会方向へと投げ飛ばされる少年ーーと、それに追随する俺。
教会の門を超える寸前で足を捕まえる事が出来たので、当初の予定通り地面に叩きつけてやる。
「カハッ…!?」
反動で浮き上がったから、それっ、もう一発っ。
俺を中心に、反対側の地面に叩きつける。
「あ゛うっ…」
よし、動かなくなったな。
足を離して振り返ると、目と口を半開きにして唖然とする少年少女達がいた。
「むっ?」
ヒョイっと首を傾げると、背後から放たれた氷柱が耳先を擦って教会の屋根を破壊した。
まだ起き上がれたのか。俺も詰めが甘いな…。
キチンと反撃が出来ないようにしておこうと少年の方へと視線を向けると、「バケモノ…め…」と言いながら今度こそ本当に動かなくなった。
「クロエっ…!」
少年の元へ駆け寄ろうとする少女に、ハッと我に返った周りの男の子達が必死に止める。
少女が憎しみを込めた瞳で俺を睨みつけてくる。
………で、俺はなんで戦ってたんだったっけ?
ああ、そうだった。この教会に用がーーあ、丁度カッカ達も掃除を終えてここに集まって来たようだ。
「んなっ!?クロエっ!?おまっ!一体誰にやられたんだっ!?」
ん?この黒装束の男…カッカの部下だよな?
そこの少年と知り合いか?
「おお兄ちゃんっ!コイツがっ!コイツがっ!!兄ちゃんとクロエ姉ちゃんをっ!」
「おお兄っ!」
「おお兄ちゃんっ!」
子供達が口々にまるで悪者を指差すように、俺を指差しながらカッカの部下Aを煽り始めた。
その煽りにまんまと乗った部下Aはユラユラと身体を起こして、腰の短剣をゆっくりと抜きながら俺の方へと向く。
「ちっ…。お前か。俺の大切な弟た…ち…を……すいませんっすっ!!」
物凄い速さで部下Aが土下座した。
「「「おお兄っ!?」」」
「「「おお兄ちゃん!?」」」
戸惑いと驚きが入り混じった声を上げる子供達。
そのタイミングで、ようやく姿を現したカッカはさも不思議そうな顔をして周りを見渡して言った。
「あー…旦那?こっちの掃除は終わったが…これは一体どう言う状況なんだ?」
肩を震わせて土下座をする部下A。気を失って倒れている少年二人。俺を見て困惑や混乱を露わにし、部下Aの土下座を見て戸惑いを見せる少年少女達。
どう言う状況って…敵を倒したら味方が土下座した…?うん。俺もよく分からないな。
○○○
その後。カッカと俺と部下Aと教会の管理者であり、孤児院の経営をしている神父的な人を交えて話し合いをした。
題目は孤児院を継続させるための資金と子供達の未来についてだ。
それとは別に、俺がとんでもない勘違いをしていた事も気付かされた。
どうやら、さっき戦った少年や、俺に石を投げてきた子供達は、この孤児院で育てられている子供だったみたいだ。
例え、向こうが先に敵意や剣を向けたりしてきたとしても、話し合いをすれば済むような事だった。酷く恥ずかしい勘違いだ。
あぁ、穴があったら入りたい…。
ちなみに、俺がボコボコにした少年二人は『回復』の簡易スクロールで治した。
古傷までは無理だけど、俺との戦闘で負った傷は全て癒やした。あとは目を覚ますのを待つだけだ。
「孤児院の経営は旦那がアーマネスト男爵にちーと頼んでくれれば済む話だな。だが、もし却下されたら」
「その時は、そこまでの人間だったと諦める」
「諦められると私としては困るのですが…」
「問題ない。金はある」
カッカ達を雇うのに簡易スクロールを販売して得た利益を消費しているが、所詮はそれだけだ。
ハクァーラが街でアクセサリーを売って得る利益の方が圧倒的に多く、貯蓄は十分すぎるほどある。
「それなら心配はねぇな」
カッカに街までハクァーラの護衛を何度か頼んだ事もあるし、おおよその俺の金銭事情を把握しているカッカは満足気に頷いている。
でも、神父は訝しみを持った眼差しで俺を見ている。『心配ない…?こんな子供に任せて?』なんて思ってそうな顔をしている。
「あとはガキ共の将来だが…」
チラリと横目で部下Aを見やるカッカ。
「アイツ等は俺の家族みたいなもんっす。だから、俺みたいになって欲しくないんっすよ。出来れば、表の世界で生きてもらいたいんっすけど…」
「孤児院。それも、タングの街出身となりゃ、どこも雇ってくれないわな。冒険者ギルドなら年齢と戦闘経験さえ足りてれば加入はさせてもらえるだろうが、それでも死と隣り合わせの危険な生活を送る事になるだろうな」
「ふむ…」
それなら…いや、でも、あれは『いつかやってみようかな?』程度の曖昧な思い付きのようなものだ。計画性も何もありはしない。ただの妄想であり、夢のようなものだ。
「何か考えがあるのか?旦那?」
「む?」
「なんでもいい。思った事があるなら言ってみてくれ」
現実的ではないし、計画性もなければ方向性すら決まっていない話だぞ?
それに、下手をすると俺の将来を決めてしまうような重大な話になってしまう。
さて、どうしたものか…。
「……俺が雇うか?」
意を決して言ってみると、部下Aがバンっと机を叩いて勢いよく立ち上がって言った。
「なっ!アイツ等には俺みたいになって欲しくないってさっき言ったばかりっすよっ!?」
そんな部下Aの激情からの言動を手で制して座らせた後、カッカは真剣な表情で俺を見やる。
「詳しく話してくれ」
どうやら言葉が足りなかったようだ。
「俺は自分の店を建てたい。そこで雇うかと聞いた」
「どんな店なんすっか?」
部下Aがムスッとした顔をしたまま聞いてきた。カッカを見ると、自分で言えと言わんばかりに顎で話を促してきた。
…ああ、そう言えばカッカにも言ったことなかったな。
「車…新型の馬車を売り、整備する店だ」
カッカが眉を潜めながら天井を見上げ、何か考え事をし始めた。
それを横目に神父が疑問を投げかけてくる。
「まさか、新たに整備場をお造りになるつもりで…?」
ゆくゆくはそうしたいと思っている。だが、
「未定だ。ハッキリとは決めていない。だが、知識と技術の提供は可能だ」
一々教えるのも面倒だから、教科書でも作って後は丸投げだけどな。
いや、教えるなら一人ぐらいキッチリと教え込んだ方が良いか。
「ハハッ。魔法道具、魔道具。その次は馬車かっ。また俺達の仕事が増えそうだなっ」
冗談交じりにそう言ったカッカだけがケラケラと笑う。神父は苦笑い。部下Aは困った顔をしている。
この場面を見ていると、三者三様ってコトワザを思い出す。意味が合ってるのかは分からないけれど。
ところで、魔法道具とか魔道具ってなんだ?
「で、どうするよ?ハルト?俺は悪い話じゃないと思うぞ?」
「団長がそこまで言うなら…分かったっす。俺からアイツ等に話しておくっす」
「無理強いはしない。他の案も考えておく」
さっきの一件もあるし、希望者なんていやしないだろう。子供達が俺を見る目なんて畏怖や憎悪しか映っていなかったぐらいだ。
ま、十中八九、俺はこの孤児院の子供達から嫌われてるだろう。気にしてないけど。
「そうしてくれると助かるっす!」
これにて会議はお開きとなった。
結果は後日カッカが伝えに来てくれるとの事だ。それまでに他の案を考えておかないとな…。
○○○
カチャカチャと食器が擦れ合う音だけが鳴る静かな食卓。普通の味の料理を無言で食べる一同。
家族団欒の食事なのに、部屋が無駄に広い事もあって少し殺風景に感じるのは俺だけか?
そう思っていた矢先にレイエルがふと思い出したように声を発した。
「今日はやたらと外が騒がしかったが、何があったか知ってるか?」
「ごめんなさい、お父様。シルに頼んで部屋の家具を動かしていたりしていたので、騒がしかったでしょうか?」
「そっちの件は大丈夫だ。私が言っているのはーー」
はいはーいっ、と言わんばかりにミリアは食器を持ったまま手を挙げて大袈裟な身振り手振りで言う。
「ミリア知ってるよっ!あのズドーンって音だよねっ!?凄く大きくて、ミリア、ちょっとだけ驚いちゃったっ!」
「街中で爆発か…。セバス。やはりあの噂は本当なのか?」
「誠に残念ながら…」
セバスの返答を聞いたレイエルは頭に手を当てると、疲れたように深い溜息を吐いた。
だが、セバスが「しかし」と言葉を続け、その後に話された内容で顔色を一変させた。
「本日でその件は解決した模様です」
チラリと俺を見やるセバス。
まるで『知っているぞ』と言わんばかりのチラ見。どうやらセバスには全て見透かされているようだ。
「私の入手した情報によると、件の者達は黒尽くめの者達によって粛清されたようです」
「黒尽くめ…?どこの勢力の者だ?」
「いえ。彼等はどこにも属していません。彼等は…」
またもや俺をチラっと見て、何を思ったのか不気味にニッコリと微笑んだ。
「掃除屋と名乗っていましたね」
「掃除屋…言い得て妙な名前だな。セバス、その者達と会えるか?是非とも礼をしたい」
「掃除屋の皆様は素性を隠して行動しておりましたので、おそらく呼び出しても来ないかと。ですが、彼等はこの街の孤児院を建て直す事を目的として動いておりました。そちらに手を貸すのはどうでしょう?」
おっ。ラッキー。セバスが話題に出してくれたおかげで俺が話す手間が省けた。
しかも、上手い具合に俺達の事ははぐらかしてくれている。さすがセバス。気が効くじゃないか。
「そうか…。しかし…。うぅむ…。セバス。私は暫くの間、街の復興などで忙しくなってしまうだろう。お前に孤児院の建て直しの件を任す。他の街などよりも立派に仕上げてみろ」
「畏まりました」
仕事を与えられたセバスは優美な一礼をして厨房へと向かった。
よし。これで孤児院の件は大丈夫そうだな。
皿に残った肉の最後の一切れをパクリと口の中に放り込み、ゆっくりと咀嚼しながら用事が一つ恙無く終えた事に安堵する。
さて。あとはーー。
●●●
他の貴族達に横取りされ、ようやく返還されたタングの街はお世辞にも良い街とは言えなかった。
形だけの領主邸は無駄に贅を拵えられ、その逆に下町は搾取されるだけの掃き溜めと化していたのだ。
それだけじゃない。街の警備はガバガバで、盗賊はおろか、指名手配されている人物までもが入り放題の無法地帯だった。
そんな堕ちる所まで堕ちた街だが、それでも彼にとってーータングの街の元領主であり、現当主に返り咲いたレイエルにとっては大切な街であった。
しかし、いざ領主邸へと帰ってきてみれば、この街に仕えていた兵士や衛兵の汚職に賄賂。この街を奪った貴族達の裏帳簿や極秘扱いにされるような腐った内容の書類まで。何もかもが執務室の机に無造作に置かれ、他にも仕事は山積み。
それでも、レイエルは小窓からの月明かりと小さな蝋燭一本のみで、書類の山を一枚ずつ片付けていた。
それもこれも全ては彼の想い出のため。
タングの街は元からこんな有様ではなかった。産地などはなく多少は貧しかったが、それでも彼が領主をしていた頃は皆が笑顔で手を振って慕ってくれるような笑顔溢れる良い街だった。
それに、この街は彼の生まれ育った街でもあり、今は亡き彼の最愛の妻と出会った大切な想い出の街でもある。
扉がノックされる音にも気付かず、一枚。また一枚。大切な想い出の地を取り戻すために、書類に目を通し、問題の解決方を頭をフル回転させて考える。
ノックをしても返事が帰って来ず、「失礼します」と言ってから部屋に入るセバス。
「旦那様。夜分までお疲れ様です。ですが、少しは休憩なさって下さい。お体に触ってしまいます」
コトリと紅茶の入ったティーカップを机に置きながら、主人の休憩を促すが、当の本人は聞く耳も持たずに無言で紅茶に軽く口を付け、手に持っていた書類を一枚片付ける。
そして、ようやくセバスの方へと視線を向けた。
「セバス。私は一度この街を手放してしまった…。もうあの様な想いはしたくないんだ…っ」
こうして返還されたとは言え、一度でも大切な街を手放してしまった事に彼は酷く後悔していた。
頭を抱え、この様な街へと変貌させた貴族達を心の底から恨み、そして、悲しむほど。
「それでも、旦那様が倒れてしまえば意味がありません。時には休憩も大切ですよ。旦那様がお休みになられている間に私めが書類の仕分けをしておきますので、それまでお休みになられてはどうでしょう?」
「それだとセバスにばかり負担が掛かってしまうだろうに…」
「私の心配は無用ですよ。私は休むべき時はキチンと休ませて頂いておりますゆえ」
「はぁ…頑固な所は昔から変わらないな…分かった。セバスの言う通り少し休もう」
「ありがとうございます」
セバスの返答を聴きながらペンを置いて椅子から立ち上がると、立ちくらみを覚えてふらりと机に手をつく。
セバスの言う通り自分は疲れているのだと認識させられて苦笑いを浮かべる。
レイエルがふらつき机に手を着いたタイミングでセバスが手を貸そうと歩み寄るが、レイエルはそれを手で制して態勢を立て直す。
「私は大丈夫だ。少し休めば良くなるだろう」
「少しではなく、明日一日ぐらいお休みになられてはどうでしょう?私自身が言った手前なのですが、お恥ずかしながらさすがにこの量の書類の仕分けは老いぼれには荷が重いので一日ほど貰ればありがたいのですが?」
「ははっ。そこで歳を出すのはズルいぞ、セバス。まぁいい。分かった。明日一日シッカリと休ませてもらう事にしよう。無理はするなよ?」
「お互い様ですよ」
そう言って笑い合う二人。
残った紅茶をグイッと飲み干したレイエルがセバスの横を通って扉の前まで移動し、ドアノブに手を掛け、ふと思い出した様に疑問を口にした。
「そう言えば、セバス。一つ聞きたい事がある」
「奇遇ですね。私も旦那様に報告を告げたかったところです」
「先に聞こう」
ドアノブから手を離し、背後のセバスを見やる。
「エル様は明日ここを発つようですが、彼との縁は大事にした方が宜しいかと」
「あの馬車か?確かにアレは他の貴族達も欲しがりそうなものだが…」
ふーむ。と、その後の展開を考え、同時に対策も考える。しかし、資金面が全面的に不足しており、徐々に難しい顔になってゆく。
「それに関しては心配無用でございます」
なぜ?と、今にも声に出して尋ねてきそうな顔をしてセバスを見る。
「エル様は非常に用心深く、とても警戒心が強い。現に、今の今まで一度も私達を信用してくれませんでしたよ」
私の淹れた紅茶を気に入られたのは予想外でしたが、と。冗談交じりに言うと、急に真剣な顔をして言葉を続ける。
「それに、彼はとてもお強い。それこそ、街一つを軽く壊滅させてしまうほどの戦力を持っております」
「それは…冗談か?」
フルフルと首を横にしてレイエルの言葉を否定する。
セバスは知っているのだ。と言うよりも、知らしめられた。その目。その心。その身でありありと感じさせられた。
「久方振りに恐怖と言う物をこの身に感じましたよ」
そう言ってセバスはニッコリと笑うが、内心は諦めの窮地に至っていた。
エルの戦力は全てが暗殺に特化した者達。しかも、そのトップは"影無し"と呼ばれ畏怖されていた知る人ぞ知る伝説的な暗殺者であった。
なぜエルに仕えているのか未だに理解できないが、彼等に敵対すればどうなるかなんて容易く想像が付く。
あんな集団に勝てる術なんてあるはずがなく、その情報の一端を握ってしまった事を酷く後悔していた。
「そうか…」
それを聞かされて深く考え込むレイエル。
あのエル少年にそんな力が?だが、そんな素振りは全く見せていない。勝手気儘で失礼極まりないだけの子供にしか見えない。だが…だとしても…。
考えに考え抜き、一つの答えを出した。
あの性格からして取り込むのは無理だろう。ならばーー。
「旦那様。監視はしない方が宜しいかと愚見します」
「分かっている」
長年共にいて分かってしまうのか、考えている事を読まれて忠告を受けたレイエルは、少し腹が立ったように返事を返して踵を返し、再びドアノブに手を掛けた。
「ああ、そうだった。セバス。ここだけの話に済ます。夕食の時に話した掃除屋と言うのは…」
そこまで話し、ふと先程のセバスとの会話が脳裏をよぎる。振り返れば、セバスはとぼけた顔で首を傾げていた。
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
レイエルの中で全てが繋がった。
ああ、なるほど、そう言うことか…。と、その事実に気付いてしまい、後悔を覚える。
知らなくて良い事を知ってしまい、自ら頭痛の種を増やしてしまった。こうして彼もエルの荒波のような運命に巻き込まれてしまうのであった。
後に、タングの街は国一番と呼ばれるほど素晴らしい街となるーーかもしれない。
………。
レイエルが立ち去った後で静まり返った執務室でポツリとセバスは呟く。
「申し訳ありません、レイエル様」
「って事は覚悟は決まったって事だよな?」
どこからともなく、いつからそこにいたのか。執務用の椅子に腰を掛け、机に足を乗せて大きな顔をするカッカがいつものようにニヒルな笑みを浮かべていた。
「はい」
そう言って振り向いたセバスの顔は覚悟を決めた者のする顔であったーー。
トラさん。教えてくれてありがとうございます!
建物を出ると同時に心臓を貫かんと先端が鋭利な氷柱が豪速で襲い掛かってきた。
しかし、軽く手で触れて氷柱を構築するマナを少し弄るだけで容易く砕け散った。
煌びやかな光を放ち舞う氷塵に紛れて鋭い蹴りが迫るが、避けずに片手で足先ではなく、足首を受け止める。
轟ッと衝撃波が俺達を中心に吹き荒れた。
「〜〜〜っ!!」
「…?」
身体をマナで強化すれば受け止めるのも、反動を耐えるのも余裕だ。でも、なんだか負けた気がした。
塵も埃も全て吹き飛び視界がクリアになって、ようやく敵の姿を視界に捉える事が出来た。
だが、これは人と言っていいのか?
魔物のような赤黒い双眼を怒り一色に染め上げ、まるで蝙蝠を彷彿させる真っ黒な片翼を背から生やした少年だ。
足を掴まれて動けない少年は鉤爪のような左手が振るってきたが危なげなく回避する。お返しとばかりに軸足とは反対方向へと足を捻ってやると、そこを支点に軽々と宙を舞う。
いや、違う。今のはワザと跳んだんだ。
そのまま地面に叩きつけてやろうと思っていたが、少しばかり予測を訂正する。
少年は俺が掴む足を支点に一回転しながら顔面目掛けて蹴りが繰り出してきた。
予測した通りだ。
空いた手で蹴りを受け止めると、今度は魔法を放とうとマナを片手に集め始めた。
詠唱はなく、言葉からどんな魔法を使うのか予測は出来ない。だが、これまでの経緯を振り返ると安易に予測は出来る。
氷系統の魔法だ。
両手が塞がっている今、少年が放とうとしている魔法を防ぐ術を俺は持ち合わせてーーいる。
「上へ飛ぶ」
少年の頭上に生成された氷柱は、標的を俺から空へと変更して飛んで行った。
「っ!?」
ハッとして頭上を見上げる少年。その顔は戸惑い…か?
そりゃ、発動した魔法を一部とは言え乗っ取られたんだ。確実に発動するって自信があったのに、そうならなかったら驚いたりするだろう。
でもな…戦闘中に余所見は頂けないだろ?
少年の両足を掴んだまま、片足を一歩下げ、そこを軸足に。その場で横に一回転する。
俺の背後には崩れた建物の壁。そのすぐそばにはまだ健在な壁がある。遠心力を利用して壁にぶち当て、あと二周回ってようやく手を離してやる。
砲丸投げで飛んで行く球のように、勢い良く教会方向へと投げ飛ばされる少年ーーと、それに追随する俺。
教会の門を超える寸前で足を捕まえる事が出来たので、当初の予定通り地面に叩きつけてやる。
「カハッ…!?」
反動で浮き上がったから、それっ、もう一発っ。
俺を中心に、反対側の地面に叩きつける。
「あ゛うっ…」
よし、動かなくなったな。
足を離して振り返ると、目と口を半開きにして唖然とする少年少女達がいた。
「むっ?」
ヒョイっと首を傾げると、背後から放たれた氷柱が耳先を擦って教会の屋根を破壊した。
まだ起き上がれたのか。俺も詰めが甘いな…。
キチンと反撃が出来ないようにしておこうと少年の方へと視線を向けると、「バケモノ…め…」と言いながら今度こそ本当に動かなくなった。
「クロエっ…!」
少年の元へ駆け寄ろうとする少女に、ハッと我に返った周りの男の子達が必死に止める。
少女が憎しみを込めた瞳で俺を睨みつけてくる。
………で、俺はなんで戦ってたんだったっけ?
ああ、そうだった。この教会に用がーーあ、丁度カッカ達も掃除を終えてここに集まって来たようだ。
「んなっ!?クロエっ!?おまっ!一体誰にやられたんだっ!?」
ん?この黒装束の男…カッカの部下だよな?
そこの少年と知り合いか?
「おお兄ちゃんっ!コイツがっ!コイツがっ!!兄ちゃんとクロエ姉ちゃんをっ!」
「おお兄っ!」
「おお兄ちゃんっ!」
子供達が口々にまるで悪者を指差すように、俺を指差しながらカッカの部下Aを煽り始めた。
その煽りにまんまと乗った部下Aはユラユラと身体を起こして、腰の短剣をゆっくりと抜きながら俺の方へと向く。
「ちっ…。お前か。俺の大切な弟た…ち…を……すいませんっすっ!!」
物凄い速さで部下Aが土下座した。
「「「おお兄っ!?」」」
「「「おお兄ちゃん!?」」」
戸惑いと驚きが入り混じった声を上げる子供達。
そのタイミングで、ようやく姿を現したカッカはさも不思議そうな顔をして周りを見渡して言った。
「あー…旦那?こっちの掃除は終わったが…これは一体どう言う状況なんだ?」
肩を震わせて土下座をする部下A。気を失って倒れている少年二人。俺を見て困惑や混乱を露わにし、部下Aの土下座を見て戸惑いを見せる少年少女達。
どう言う状況って…敵を倒したら味方が土下座した…?うん。俺もよく分からないな。
○○○
その後。カッカと俺と部下Aと教会の管理者であり、孤児院の経営をしている神父的な人を交えて話し合いをした。
題目は孤児院を継続させるための資金と子供達の未来についてだ。
それとは別に、俺がとんでもない勘違いをしていた事も気付かされた。
どうやら、さっき戦った少年や、俺に石を投げてきた子供達は、この孤児院で育てられている子供だったみたいだ。
例え、向こうが先に敵意や剣を向けたりしてきたとしても、話し合いをすれば済むような事だった。酷く恥ずかしい勘違いだ。
あぁ、穴があったら入りたい…。
ちなみに、俺がボコボコにした少年二人は『回復』の簡易スクロールで治した。
古傷までは無理だけど、俺との戦闘で負った傷は全て癒やした。あとは目を覚ますのを待つだけだ。
「孤児院の経営は旦那がアーマネスト男爵にちーと頼んでくれれば済む話だな。だが、もし却下されたら」
「その時は、そこまでの人間だったと諦める」
「諦められると私としては困るのですが…」
「問題ない。金はある」
カッカ達を雇うのに簡易スクロールを販売して得た利益を消費しているが、所詮はそれだけだ。
ハクァーラが街でアクセサリーを売って得る利益の方が圧倒的に多く、貯蓄は十分すぎるほどある。
「それなら心配はねぇな」
カッカに街までハクァーラの護衛を何度か頼んだ事もあるし、おおよその俺の金銭事情を把握しているカッカは満足気に頷いている。
でも、神父は訝しみを持った眼差しで俺を見ている。『心配ない…?こんな子供に任せて?』なんて思ってそうな顔をしている。
「あとはガキ共の将来だが…」
チラリと横目で部下Aを見やるカッカ。
「アイツ等は俺の家族みたいなもんっす。だから、俺みたいになって欲しくないんっすよ。出来れば、表の世界で生きてもらいたいんっすけど…」
「孤児院。それも、タングの街出身となりゃ、どこも雇ってくれないわな。冒険者ギルドなら年齢と戦闘経験さえ足りてれば加入はさせてもらえるだろうが、それでも死と隣り合わせの危険な生活を送る事になるだろうな」
「ふむ…」
それなら…いや、でも、あれは『いつかやってみようかな?』程度の曖昧な思い付きのようなものだ。計画性も何もありはしない。ただの妄想であり、夢のようなものだ。
「何か考えがあるのか?旦那?」
「む?」
「なんでもいい。思った事があるなら言ってみてくれ」
現実的ではないし、計画性もなければ方向性すら決まっていない話だぞ?
それに、下手をすると俺の将来を決めてしまうような重大な話になってしまう。
さて、どうしたものか…。
「……俺が雇うか?」
意を決して言ってみると、部下Aがバンっと机を叩いて勢いよく立ち上がって言った。
「なっ!アイツ等には俺みたいになって欲しくないってさっき言ったばかりっすよっ!?」
そんな部下Aの激情からの言動を手で制して座らせた後、カッカは真剣な表情で俺を見やる。
「詳しく話してくれ」
どうやら言葉が足りなかったようだ。
「俺は自分の店を建てたい。そこで雇うかと聞いた」
「どんな店なんすっか?」
部下Aがムスッとした顔をしたまま聞いてきた。カッカを見ると、自分で言えと言わんばかりに顎で話を促してきた。
…ああ、そう言えばカッカにも言ったことなかったな。
「車…新型の馬車を売り、整備する店だ」
カッカが眉を潜めながら天井を見上げ、何か考え事をし始めた。
それを横目に神父が疑問を投げかけてくる。
「まさか、新たに整備場をお造りになるつもりで…?」
ゆくゆくはそうしたいと思っている。だが、
「未定だ。ハッキリとは決めていない。だが、知識と技術の提供は可能だ」
一々教えるのも面倒だから、教科書でも作って後は丸投げだけどな。
いや、教えるなら一人ぐらいキッチリと教え込んだ方が良いか。
「ハハッ。魔法道具、魔道具。その次は馬車かっ。また俺達の仕事が増えそうだなっ」
冗談交じりにそう言ったカッカだけがケラケラと笑う。神父は苦笑い。部下Aは困った顔をしている。
この場面を見ていると、三者三様ってコトワザを思い出す。意味が合ってるのかは分からないけれど。
ところで、魔法道具とか魔道具ってなんだ?
「で、どうするよ?ハルト?俺は悪い話じゃないと思うぞ?」
「団長がそこまで言うなら…分かったっす。俺からアイツ等に話しておくっす」
「無理強いはしない。他の案も考えておく」
さっきの一件もあるし、希望者なんていやしないだろう。子供達が俺を見る目なんて畏怖や憎悪しか映っていなかったぐらいだ。
ま、十中八九、俺はこの孤児院の子供達から嫌われてるだろう。気にしてないけど。
「そうしてくれると助かるっす!」
これにて会議はお開きとなった。
結果は後日カッカが伝えに来てくれるとの事だ。それまでに他の案を考えておかないとな…。
○○○
カチャカチャと食器が擦れ合う音だけが鳴る静かな食卓。普通の味の料理を無言で食べる一同。
家族団欒の食事なのに、部屋が無駄に広い事もあって少し殺風景に感じるのは俺だけか?
そう思っていた矢先にレイエルがふと思い出したように声を発した。
「今日はやたらと外が騒がしかったが、何があったか知ってるか?」
「ごめんなさい、お父様。シルに頼んで部屋の家具を動かしていたりしていたので、騒がしかったでしょうか?」
「そっちの件は大丈夫だ。私が言っているのはーー」
はいはーいっ、と言わんばかりにミリアは食器を持ったまま手を挙げて大袈裟な身振り手振りで言う。
「ミリア知ってるよっ!あのズドーンって音だよねっ!?凄く大きくて、ミリア、ちょっとだけ驚いちゃったっ!」
「街中で爆発か…。セバス。やはりあの噂は本当なのか?」
「誠に残念ながら…」
セバスの返答を聞いたレイエルは頭に手を当てると、疲れたように深い溜息を吐いた。
だが、セバスが「しかし」と言葉を続け、その後に話された内容で顔色を一変させた。
「本日でその件は解決した模様です」
チラリと俺を見やるセバス。
まるで『知っているぞ』と言わんばかりのチラ見。どうやらセバスには全て見透かされているようだ。
「私の入手した情報によると、件の者達は黒尽くめの者達によって粛清されたようです」
「黒尽くめ…?どこの勢力の者だ?」
「いえ。彼等はどこにも属していません。彼等は…」
またもや俺をチラっと見て、何を思ったのか不気味にニッコリと微笑んだ。
「掃除屋と名乗っていましたね」
「掃除屋…言い得て妙な名前だな。セバス、その者達と会えるか?是非とも礼をしたい」
「掃除屋の皆様は素性を隠して行動しておりましたので、おそらく呼び出しても来ないかと。ですが、彼等はこの街の孤児院を建て直す事を目的として動いておりました。そちらに手を貸すのはどうでしょう?」
おっ。ラッキー。セバスが話題に出してくれたおかげで俺が話す手間が省けた。
しかも、上手い具合に俺達の事ははぐらかしてくれている。さすがセバス。気が効くじゃないか。
「そうか…。しかし…。うぅむ…。セバス。私は暫くの間、街の復興などで忙しくなってしまうだろう。お前に孤児院の建て直しの件を任す。他の街などよりも立派に仕上げてみろ」
「畏まりました」
仕事を与えられたセバスは優美な一礼をして厨房へと向かった。
よし。これで孤児院の件は大丈夫そうだな。
皿に残った肉の最後の一切れをパクリと口の中に放り込み、ゆっくりと咀嚼しながら用事が一つ恙無く終えた事に安堵する。
さて。あとはーー。
●●●
他の貴族達に横取りされ、ようやく返還されたタングの街はお世辞にも良い街とは言えなかった。
形だけの領主邸は無駄に贅を拵えられ、その逆に下町は搾取されるだけの掃き溜めと化していたのだ。
それだけじゃない。街の警備はガバガバで、盗賊はおろか、指名手配されている人物までもが入り放題の無法地帯だった。
そんな堕ちる所まで堕ちた街だが、それでも彼にとってーータングの街の元領主であり、現当主に返り咲いたレイエルにとっては大切な街であった。
しかし、いざ領主邸へと帰ってきてみれば、この街に仕えていた兵士や衛兵の汚職に賄賂。この街を奪った貴族達の裏帳簿や極秘扱いにされるような腐った内容の書類まで。何もかもが執務室の机に無造作に置かれ、他にも仕事は山積み。
それでも、レイエルは小窓からの月明かりと小さな蝋燭一本のみで、書類の山を一枚ずつ片付けていた。
それもこれも全ては彼の想い出のため。
タングの街は元からこんな有様ではなかった。産地などはなく多少は貧しかったが、それでも彼が領主をしていた頃は皆が笑顔で手を振って慕ってくれるような笑顔溢れる良い街だった。
それに、この街は彼の生まれ育った街でもあり、今は亡き彼の最愛の妻と出会った大切な想い出の街でもある。
扉がノックされる音にも気付かず、一枚。また一枚。大切な想い出の地を取り戻すために、書類に目を通し、問題の解決方を頭をフル回転させて考える。
ノックをしても返事が帰って来ず、「失礼します」と言ってから部屋に入るセバス。
「旦那様。夜分までお疲れ様です。ですが、少しは休憩なさって下さい。お体に触ってしまいます」
コトリと紅茶の入ったティーカップを机に置きながら、主人の休憩を促すが、当の本人は聞く耳も持たずに無言で紅茶に軽く口を付け、手に持っていた書類を一枚片付ける。
そして、ようやくセバスの方へと視線を向けた。
「セバス。私は一度この街を手放してしまった…。もうあの様な想いはしたくないんだ…っ」
こうして返還されたとは言え、一度でも大切な街を手放してしまった事に彼は酷く後悔していた。
頭を抱え、この様な街へと変貌させた貴族達を心の底から恨み、そして、悲しむほど。
「それでも、旦那様が倒れてしまえば意味がありません。時には休憩も大切ですよ。旦那様がお休みになられている間に私めが書類の仕分けをしておきますので、それまでお休みになられてはどうでしょう?」
「それだとセバスにばかり負担が掛かってしまうだろうに…」
「私の心配は無用ですよ。私は休むべき時はキチンと休ませて頂いておりますゆえ」
「はぁ…頑固な所は昔から変わらないな…分かった。セバスの言う通り少し休もう」
「ありがとうございます」
セバスの返答を聴きながらペンを置いて椅子から立ち上がると、立ちくらみを覚えてふらりと机に手をつく。
セバスの言う通り自分は疲れているのだと認識させられて苦笑いを浮かべる。
レイエルがふらつき机に手を着いたタイミングでセバスが手を貸そうと歩み寄るが、レイエルはそれを手で制して態勢を立て直す。
「私は大丈夫だ。少し休めば良くなるだろう」
「少しではなく、明日一日ぐらいお休みになられてはどうでしょう?私自身が言った手前なのですが、お恥ずかしながらさすがにこの量の書類の仕分けは老いぼれには荷が重いので一日ほど貰ればありがたいのですが?」
「ははっ。そこで歳を出すのはズルいぞ、セバス。まぁいい。分かった。明日一日シッカリと休ませてもらう事にしよう。無理はするなよ?」
「お互い様ですよ」
そう言って笑い合う二人。
残った紅茶をグイッと飲み干したレイエルがセバスの横を通って扉の前まで移動し、ドアノブに手を掛け、ふと思い出した様に疑問を口にした。
「そう言えば、セバス。一つ聞きたい事がある」
「奇遇ですね。私も旦那様に報告を告げたかったところです」
「先に聞こう」
ドアノブから手を離し、背後のセバスを見やる。
「エル様は明日ここを発つようですが、彼との縁は大事にした方が宜しいかと」
「あの馬車か?確かにアレは他の貴族達も欲しがりそうなものだが…」
ふーむ。と、その後の展開を考え、同時に対策も考える。しかし、資金面が全面的に不足しており、徐々に難しい顔になってゆく。
「それに関しては心配無用でございます」
なぜ?と、今にも声に出して尋ねてきそうな顔をしてセバスを見る。
「エル様は非常に用心深く、とても警戒心が強い。現に、今の今まで一度も私達を信用してくれませんでしたよ」
私の淹れた紅茶を気に入られたのは予想外でしたが、と。冗談交じりに言うと、急に真剣な顔をして言葉を続ける。
「それに、彼はとてもお強い。それこそ、街一つを軽く壊滅させてしまうほどの戦力を持っております」
「それは…冗談か?」
フルフルと首を横にしてレイエルの言葉を否定する。
セバスは知っているのだ。と言うよりも、知らしめられた。その目。その心。その身でありありと感じさせられた。
「久方振りに恐怖と言う物をこの身に感じましたよ」
そう言ってセバスはニッコリと笑うが、内心は諦めの窮地に至っていた。
エルの戦力は全てが暗殺に特化した者達。しかも、そのトップは"影無し"と呼ばれ畏怖されていた知る人ぞ知る伝説的な暗殺者であった。
なぜエルに仕えているのか未だに理解できないが、彼等に敵対すればどうなるかなんて容易く想像が付く。
あんな集団に勝てる術なんてあるはずがなく、その情報の一端を握ってしまった事を酷く後悔していた。
「そうか…」
それを聞かされて深く考え込むレイエル。
あのエル少年にそんな力が?だが、そんな素振りは全く見せていない。勝手気儘で失礼極まりないだけの子供にしか見えない。だが…だとしても…。
考えに考え抜き、一つの答えを出した。
あの性格からして取り込むのは無理だろう。ならばーー。
「旦那様。監視はしない方が宜しいかと愚見します」
「分かっている」
長年共にいて分かってしまうのか、考えている事を読まれて忠告を受けたレイエルは、少し腹が立ったように返事を返して踵を返し、再びドアノブに手を掛けた。
「ああ、そうだった。セバス。ここだけの話に済ます。夕食の時に話した掃除屋と言うのは…」
そこまで話し、ふと先程のセバスとの会話が脳裏をよぎる。振り返れば、セバスはとぼけた顔で首を傾げていた。
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
レイエルの中で全てが繋がった。
ああ、なるほど、そう言うことか…。と、その事実に気付いてしまい、後悔を覚える。
知らなくて良い事を知ってしまい、自ら頭痛の種を増やしてしまった。こうして彼もエルの荒波のような運命に巻き込まれてしまうのであった。
後に、タングの街は国一番と呼ばれるほど素晴らしい街となるーーかもしれない。
………。
レイエルが立ち去った後で静まり返った執務室でポツリとセバスは呟く。
「申し訳ありません、レイエル様」
「って事は覚悟は決まったって事だよな?」
どこからともなく、いつからそこにいたのか。執務用の椅子に腰を掛け、机に足を乗せて大きな顔をするカッカがいつものようにニヒルな笑みを浮かべていた。
「はい」
そう言って振り向いたセバスの顔は覚悟を決めた者のする顔であったーー。
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コメント
トラ
更新ありがとうございます!
昨日から間が気になって夜しか眠れなかったんですよねー
この程度のことならいくらでもお手伝いしますよ
次も楽しみにしてます!