自称『整備士』の異世界生活
42
エルがアリアンナの家に向かった翌日。
エルが家に居なくて母親のファミナが発狂して家を飛び出して行ってしまい、ドンテは疲れて寝てしまっている息子(アック)と娘(マリン)を抱えて寝室へ向かった。
そして、ただ一人だけが机の上に置かれた一通の手紙に気付いた。が、ハクァーラが余りの文字の汚さに解読に四苦八苦していた。
なんて事がエルの実家で繰り広げられている最中。
また別の場所では、とある会合が開かれていた。
「ーーっと言うわけで、俺んとこは人手が足りねぇ」
どこかで見た覚えのあるような。そうでないような。印象の薄い男が手短に報告を済ませてドカッと椅子に座った。
「次は私ねんっ。私達、漢女部隊は今のところ問題ないわ。情報部の指示通り、あの方の邪魔者は (物理で) 潰してるわよんっ」
バケモノ…ゲフンゲフンッ。鍛え上げた筋肉隆々の肉体を、いかにも可愛らしい女の子が着ていそうなリボンの付いた服やフリルの付いた服で全身を包んだ、バケモ…乙女が軽く報告をしてバチコンッと対面に座る執事服に身を包んだイケメンにウインク弾を放つ。
ウインク弾を受けたイケメンは「うっ…」と小さく呻き声をあげて、撃たれた箇所が痛むのか、しかし、それでも胸元を握り締めながら立ち上がる。
「情報部隊からの報告です。あの方がアルタバフへと向かいました。ですが、そこにはあの方の害になりそうな貴族が…」
「私達の出番ねっ!?」
「いや、ここは俺達の出番だ。その後、必要だったら頼む」
「分かったわよんっ!」
バケモ…漢女がバチコンッと影の薄い男にウインク弾を飛ばす。が、影の薄い男は手をヒラヒラとさせてウインク弾を軽く回避して、遠い目をしながらこの場にいる二人を見やる。
「っしかし、おかしなもんだな。初めこそは俺達は旦那と敵対関係だったが、今こうしてみると旦那に仕えてるなんてな。あん時の俺にゃ考えれなかったぞ」
「突然どうしたのん?」
「アハハ。私も彼には助けられましたね。あのまま豚野郎に飼われて生きる人生でしたら、近い内に私は死んでいたのは目に見えていましたから。まさか、雇って下さるなんて思いもしませんでしたよ」
「私は、私を生まれ変わらせてくれた恩返しみたいなものね!」
「俺も旦那に拾ってもらってねぇと今頃のたれ死んでだろうしな…。感謝してもしきれねぇよ」
この場に居る皆が同じ気持ちを抱いているようで、深く頷いた。
「あれ?私の話はスルー?」
「さってと。エル旦那の為に一働きしますかっ」
そう言いながら印象の薄い男が席を立つと、朧げに姿を揺らめかせて立ち去って行く。
「もうっ!ちょっとぐらい聴いてくれたっていいじゃないのよんっ」
なんて言いつつ印象の薄い男が退出するのを見届けた漢女は感慨深そうに呟く。
「もうっ。闇ギルドの元ギルド長かなんだか知らないけど、少しは話を聞いてくれたっていいじゃないのよっ。そう思わない?カナードちゃん」
ネットリとした眼差しを受けて、執事は身震いし、情景反射でお尻が引き締しめる。
漢女と執事の二人っきりの空間だ。何が起きるか分かったものじゃない。
「そう言う貴方だって、元Aランクパーティーのリーダーではありませんか」
「んもうっ!乙女の過去を掘り返す男は嫌われるわよんっ!アレは私が男だった時の話で、今の私は乙女部隊のリーダー!ピクルちゃんよっ!」
「ハハハ…」
乾いた笑みしか出てこない。
彼…いや、彼女が漢女となったのは、少し前にとある少年を捕らえようとして股間を蹴り上げられたのがキッカケだった。
それから同じ境遇の者達を集め、乙女の会と言う名の、バケモノの巣窟…ゲフン、ゴホンッ。漢女だけで構成されたクランを創設し、なぜか例の少年に仕えている。
その全てを執事は知っている。知っているからこそ、乾いた笑みしか出てこない。
誰が好き好んで男である象徴を潰した者に仕えようと思うのか…。執事には全く理解のできない世界が目の前にはあった。
「で、では、私もそろそろ…。隠密部隊の人材も集めなければいけませんからね」
「あら。もう行っちゃうの?」
「はい。まずはあの方に人材集めの事を伝えておくつもりですので」
「そうなの?次の報告会は一月後なのね…カナードちゃんと一月も会えないなんて寂しいわ」
バチコンッ!と、再びウインク弾が飛ばされ、胸に命中してしまう。
だが、胃袋から迫り上がってきた異物を喉元で食い止め、胃袋へと送り返しながら立ち上がる。
「こ、これもあの方の為ですので」
これ以上このバケモノと一緒に居てはいけないっ。と訴えかけてくる生物的な危機感知に従い、足早に退出した。
「うふふ」
そんな彼を見送る彼女の瞳は、まるで獲物を狙う獣の眼であった。
●●●
目が醒めると知らない天井が…って、昨日寝る前に見た天井だな。
大きな欠伸をしてから、近くの木窓を全開に開ける。
ああ、太陽が眩しい。
太陽の角度からして昼ぐらいだな。
さて、来客の相手でもするか。
「報告か?」
「さすがエルの旦那だな」
部屋の隅にある影から現れたのは、全身黒ずくめの装束をした男だ。一月前ぐらいに雇ってくれって言ってきたから雇ってやった。
まぁ、優秀なやつだ。
名前はカッカ。変な名前だとは言ってやるな。これでも重宝してるんだ。
村の近くの森に住む魔物の始末とか、ウチに訪ねてくる面倒な来客の後始末とか、裏方の仕事を全て任せている。
今や、何十人と部下を持つ立派な裏方代表だ。
カッカ達がやっている事の詳細は知らないけど、今のところ上手くやってくれているみたいだ。
やれ『アレを作れ!』や、やれ『私の所で働く許可をやろう!』なんて言ってくる面倒な来客が減ったのがなによりの証拠だな。
「報告って程じゃないんだけどよ、アウグートって名前に聞き覚えはないか?」
アウグート…?
あ、あのガキンチョが言ってた名前だな。なんだっけか。確か…。
「ヒィルスク・アウグート伯爵ってやつだ」
それは知らん。俺が知ってるのはウィルク・アウグートって名前のガキンチョだ。
「その様子だと知らないみたいだな。上手いこと入れ違いになったみたいで良かった」
「で、何の用だ?」
「いや、なに。雇い主の機嫌でも伺いに来ただけよ」
「そうか」
特に用もないのか。
面白い話でも聴けると思って少し期待したんだけどな。
「っにしても、旦那も随分と物好きだな。アーマネスト子爵って言やぁ、先先代が功績を挙げて運良く貴族になれただけの落ちぶれ貴族だぞ?」
「ん?」
どう言う事だ?
「領地は他の貴族に奪われ、資金も底を尽きかけている。悪行はしてないみたいだが、人を雇う金すら残ってなくて、近い内に没落するって有名だな。悪い事は言わねぇ。そんな貴族に取り入っても旦那には何の利益もないぞ」
「そうか」
なるほど、そう言う意味か。
根本的な所で間違っているみたいだから指摘してやるべきだな。
「俺は整備士として、呼ばれた」
だから、貴族伝々の話は知らん。
「ハハッ。またお得意の知らぬ存ぜぬか。でも、分かったぞ。良いぜ。旦那がその気なんだったら、俺達は全力で旦那の力になる」
「ああ」
何の話だ?
「元闇ギルドの一員として恥ずかしくない仕事をしてみせる。その代わり、報酬にはちっと色を付けてくれよ?」
「ああ」
本当に何の話だ?
アレか?給料に不満があって、もっと頑張るから給料を上げろってか?
それぐらいなら…いや、俺の収入にも限度がある。…使わないアクセサリーを適当に売って、それをボーナス扱いにして払ってやったらいいか。
それなら満足してくれるだろう。
「期待しててくれよ?」
「ああ」
何に?
そう尋ねる前に、カッカは闇に紛れて消えてしまった。
魔法の影移動を使ったようだ。
マナ感知で追跡すると、もう屋敷を出て行ってしまっている。何をするのかは知らないけど、行動が早くて頼りになる。
さて。俺も…腹減ったな。部屋の前で盗み聞きしていたセバスに頼んで何か作ってもらおうか。
○○○
「ねむ…」
俺の日課は今も健在だ。
眠いと言いながらも、飯を食ったら体力がなくなるまで運動する。俺が決めた俺のルールだ。
その後は体力回復しながら瞑想して、マナを操作しながら戦闘訓練をする。
たまに忘れて寝てしまう事もあるけれど、出来る限り欠かさず行なっている。でも、強くなりたいとか、最強になりたいとか、そんな思想の為にやってわけではない。
俺の目的は、安全だ。何かに怯えて過ごす毎日よりも、何にも怯えずに済むようにしているだけだ。
特に、人類の天敵である魔物の存在。
街の外は魔物が跋扈している。人を見ただけで敵意を剥き出しにして襲い掛かってくる魔物が。
種類や各々の持つ力は未知数で、俺は魔物の事を殆ど知らない。そして、子供である俺が知恵を絞って倒せるのもたかが知れている。
だから俺は未だに外に出るのに躊躇する時がある。正直言うと、怖くて怖くて仕方がないんだ。
安全を金で買えるのならそうするが、それでも限界がある。俺が求める安全は余りにも遠くて、自分自身すらも鍛えないと安心して寝る事すら出来ない。
そんなんだから俺は実家でしか熟睡出来ず、外泊の時は未だに必ず罠を仕掛け、神経を張り詰めながら寝入る。
グッスリ寝たはずなのに眠いのは当然で、運動に集中出来ずにズッコケる。
痛てて…。膝を擦りむいてしまった。
回復魔法を使えばあっと言う間に治せるけど、この程度の擦り傷にわざわざ魔法を使うのも面倒くさいので放置する。
傷口に付いた砂を軽く払い落としてからランニングに戻る。
地を踏みしめる度に膝の傷が痛むけど、我慢できないほどじゃない。そうして走り続けていると、まず呼吸が苦しくなり始めてくる。その後、血反吐が出てきそうなほど辛くなってくると、両足が疲労を訴えかけ始める。
これがまた楽しい。
もっと。もっとだ。ある一定のラインを超えると、呼吸の辛さも足の疲労も感じなくなる。ここからが本番だ。
ラストスパートと言わんばかりに全力疾走。前だけを見て、他は何も見ない。地面を蹴り、前へ前へと前進する。
そして、本当の限界を感じ取って、ランニングを止めてその場で仰向けに寝転がる。
この疲労感が。全身の節々の軋む感覚が。息が出来ないほどの辛さが。また、楽しい。
「エル様。お水をご用意しました。どうぞ」
「ああ」
ここで紅茶じゃなくて水を出してくれるってのは気の利いている。
セバスが渡してくれた皮製の水筒を受け取って、一気に飲み干す。
やっぱり疲れた時は水が一番美味い。
「エル様は誰かに師事して、この様な訓練をなさっておられるのですか?」
「いや」
「では…差しでがましいかと存じますが、倒れるまでやるのは間違えでございます」
「そうか?」
「はい。やり方としては間違ってはいませんが、倒れる前に終えた方が宜しいかと」
「ああ。分かった」
要するに、アレだな。
倒れるほどトレーニングをしたら、いざと言う時に動けなくなるって事を言いたいんだな。
失念していた。ありがたい忠告だ。
俺の近くにはトレーニング方法をキチンと教えてくれる人が居なかったからな。今後の参考にさせてもらおう。
さて。残りのトレーニングもさっさと消化して、物作りするぞ!
○○○
って、ここで物作りする必要ないじゃん。と、運動後の休憩中に思った。
そもそも、俺はここに仕事をしに来たのであって、仕事を終えた今ここに居座る必要は全くなかったんだ。
テラスで優雅に紅茶なんか飲んでいい立場じゃない…のか?まぁ、これはこれで別にいいよな。セバスが案内してくれたし。
なら、紅茶も飲み終わったし…。
「帰るか」
用が済んだのなら帰るしかないだろう。
「ご帰宅なされるのでしたら、せめてレイエル様がお戻りになってからにして下さい」
「?」
なぜ?
「馬車の報酬をまだ払えておりません。ただ今レイエル様は商業ギルドへエル様の報酬金を下ろしに向かっていますので、もう暫くお待ち下さい」
「分かった」
そうだった。報酬をまだ貰ってなかったんだ。金額は決めてなかったけど、まぁ別に良いか。
どうせ試作品だ。試してもらう分、逆に俺が金を払っても良いぐらいだしな。
空になったコップ…確か、ティーカップって言うんだっけか?それを受け皿に置くと、何も言わなくてもセバスが紅茶を注いでくれた。
ありがたい。
そんな感じでゆったりとした時間を満喫していると、マナ感知に反応があった。
どうやら戻ってきたようだ。
「では、私は少し席を空けますね」
そこで気を使う必要はない。どうせ盗み聞きしてるのは知っているんだ。
「いや、いい。一人分追加だ」
「かしこまりました」
セバスがもう一人分のティーカップと、新しく淹れたティーポットを持ってきたタイミングでソイツは影から朧げに現れた。
「おっ。やっぱり気付かれてたのか?」
「ああ」
カッカだ。
「初めまして。私、アーマネスト子爵様に仕えております、セバスと申します。是非とも、セバスと呼んでください。カルッカン闇ギルドの元ギルド長、カッカ様」
「おいおい。そこまで知ってんのかよ。って事は、自己紹介は必要ねぇよな?」
ニヒルと笑うカッカと、にこやかな笑みを崩さないセバス。二人共笑ってるのに、なぜか牽制しあってるようにも見える。
どうでもいいか。
空になったティーカップをコトリと置くと、二人を包んでいた雰囲気が四散し、セバスがゆるりとした動きで紅茶を注いでくれる。
その奥に見えるカッカが居心地悪そうに頬を掻くと、紅茶を一口。驚いた顔で「美味いな…」とティーカップを見て呟いた。
「そうだった。早速で悪いんだが、本題に入らせてもらうぞ?」
「ああ」
「まず、領地の奪還は成功だ。関与していた貴族共は慌てふためく事になるだろうな。なんせ…っと。それは言う必要ないか。簡潔に、だったよな?…まぁ、つまり、だ。邪魔もんは排除した。勿論、相手側に俺達の存在は知られちゃいねぇ。誰の手を汚す事もなく、相手さん方は互いで争って勝手に自滅してくれたって事よ」
あと、な…。と、カッカはポリポリと頬を掻き、躊躇いがちに口を開く。
「ちと頼みがあるんだが、いいか?」
「言え」
言ってくれ。話を聞いてから判断する。
「俺の部下の要望なんだが、俺じゃどうする事も出来なくてな。旦那に面倒を掛けちまうだろうが、ちと帰る時にでもタングの街に寄って欲しい。そこの孤児院を建て直すのに力を貸して欲しいんだ」
「ああ、分かった」
「すまん」
「気にするな」
子供は未来だ。俺個人としては、まぁ正直言うとどうでも良い話だけど、俺の下で働いてくれてるカッカが頭を下げて頼むぐらいだ。力を貸すぐらいならどうって事ない。
「エル様。そう言う事でしたら、レイエル様にもお話ししてはどうでしょう?きっと喜んでお力を貸して下さると思いますよ」
「分かった」
○○○
レイエルが帰ってきたとの事で、通された執務室。そこで、俺はカッカの頼みをレイエルに話した。
勿論、伏せるべき所は伏せている。
「ちょっと待て。話を端折りすぎだ。もっとちゃんと説明出来ないのか?」
「………」
ちゃんと説明したよな…?
『子供を育てる場所を建て直す』って言ったと思うぞ?
「エル様。孤児院です。それと街の名前が抜けていますよ」
「そうか」
街の名前、なんだっけか?
「お困りでしたら、代わりに私がご説明しておいてもよろしいでしょうか?」
「ああ」
「では…。旦那様。落ち着いて聞いて下さい」
一拍。間を空けてから、ゆっくりと口を開く。
「タングの街が貴族達から返還されました」
「……は?はぁ!?ど、どう言う事だ!?あそこは確か…」
「はい。ですが、とある方のお力添えにより返還されたのです」
「事実か?」
「はい。書類も全てあちらにご用意されているようです。一度、ご帰還してはいかがでしょう?」
その話を聞いた途端、レイエルは嬉しそうに頬を緩ませた。
「分かった!すぐに出る!」
凄いな。俺が話すと全く相手に意図が通じなかったのに、セバスが話すと一瞬で話が終わった。
ところで、孤児院の件はどうなったんだ?
「旦那様。一つ大切な事を忘れています」
チラリと俺を見やるセバス。
おっ。ここで孤児院の件を話せば良いんだなっ。さすがセバスだ。気が利く。
「おおっ!そうだった!馬車の報酬だなっ!これがそうだ!受け取れ!」
違う。そうじゃない。
俺が口を開くよりも早く、レイエルはまくし立てるように早口でそう言い、金の入った革袋を机の上にドンっと置いた。
「旦那様。エル様はタングの街で孤児院の再建を目指しております。どうか同行を許可して頂けませんでしょうか?」
「好きにしろっ!」
レイエルは碌に話も聞かず、嬉しそうに頬を緩ませながら足早に執務室から退出してしまった。
………。
「好きにしろ、か…」
「旦那様の態度がお気に障ったようでしたら、レイエル様に代わり私めが謝罪を致します。申し訳ございません。タングの街は元々レイエル様が管理されていた領地なのです。そこが返還されたと知ってあの様な態度を…。本当に申し訳ありません。レイエル様には後で注意をしておきます故…」
なにか勘違いさせてしまったようで、セバスに頭を下げさせてしまった。
「必要ない」
ただ、レイエルの言った通り好きにしようかと思っただけで、さっきのは思った言葉がポロリと出てきてしまっただけなんだ。
深い意味はなかった。逆に、謝らせてしまってすまない。
「ありがとうございます。では、私達もタングの街に向かう準備をしましょうか」
「そうだな」
っと言っても、俺は準備する必要なんて全くないから、皆の準備が終わるまで暇になる。
……うん、そうだな。暇潰しに試したいアイデアの試作品でも作っとくか。
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コメント
トラ
更新お疲れ様です!
エルのお母さんは相変わらずですね
次も楽しみにしてます。