自称『整備士』の異世界生活

九九 零

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一度目の試験は『追撃型爆撃槍』。標的はゴブリン。
性能は名前の通り。上空目掛けて投げると、目下にいるマナを感知して標的目掛けて着弾するまで追い掛ける。そして、着弾時に自爆。半径100mほどなら軽く吹き飛ばす威力は持っている。10匹やそこらのゴブリンには過剰戦力かもしれない。

それを投げると、ハクァーラが「え?え?」みたいな顔をして辺りをキョロキョロと見渡し、爆発が聴こえてきた途端、驚いたハクァーラは兎耳を両手で抑えて蹲ってしまった。

二度目の試験は30分後程で確認したゴブリン数体。『部分分離型爆撃矢』。超長距離用の矢だ。
一本の矢が空中で分離しながら直進し続ける。さながら宇宙ロケットのような感じで、小尻から風魔法で突風を噴き出させて直進し続ける。エネルギー不足になると最後部にあるエネルギータンクを切り離して次の噴射を始める仕組みだ。そして、全て使い切る前に着弾すると、残った分が漏れ出して爆発する。

その時のハクァーラの一言は「うそ…」だった。

三度目の試験は10分も経たずに見つけたゴブリンの集団。やけにハクァーラが怯え始めたので確認してみれば500m先に居た。
俺のマナ感知範囲ギリギリだった。さすがハクァーラだ。

それはともかく。

三度目の試験に使用したのは『剣を生み出す剣』だ。名前なんてないから適当だけどな。
これは刃自体は適当にあしらえた鋼だけど、柄全体の内部にエーテルを封入していてマナを保管する事ができるようにしている。
あとは柄に剣を創り出す筆記魔法を描いて、適当に振ったら、振る度に剣が降り注ぐ。

性能自体は問題なさそうだけど、前方5mの位置から100m間を集中して降るから改竄が必要だ。できれば操作できるようにしたい。
まぁ、一度使ったら壊れたので作り直しだ。

ちなみに、その時のハクァーラの一言が「そんなのアリなんですか…」って言ってた。

四度目の試験は『一撃必殺の斧』。標的はまたもやゴブリン集団。
これは攻撃力極振りにした頭のおかしいぐらい重たい大斧だ。体全体を体内マナで強化しつつ振らなきゃならなかった。
威力は申し分ない。地面と山を真っ二つにカチ割った。やりすぎたと反省はしている。

改良点は軽量化だな。

ちなみに、ハクァーラは「えぇ…」って。なんだよ『えぇ…』って。もう呆れてるじゃん。

その他にも、沢山のゴブリンに犠牲になってもらいながら試験を繰り返して、最後にゴブリンの団体様に魔法をお見舞いしてみた。

前々から考えてて一度はやってみたかった魔法だ。ちょっとテンション上がったのは俺だけの秘密な。

んで、その魔法だけど…。実は、かなり適当だったりする。
太陽から発せられるエネルギーを収束させて一箇所に集めて黒鉛筆で塗り潰した紙を燃やすって言う小学生の時の実験を参考にしたもので、特に難しい事はしてない。

やり方としては、熱を持つ光を一カ所に掻き集めて、圧縮。ひたすら圧縮。小さい太陽が出来たら、あとは適当に落とすだけ。
簡潔に言ってしまえば、極大のレーザー光線みたいなもんだな。

っと言っても、当てる事を目的にしててそこまで範囲を狭めてなかったし、だいぶ適当にやったから、俺としてはそんな威力も出ないだろうと思ってたけど…まぁ、思ったより凄い魔法になった。

ゴブリンの団体様は跡形も残らず消え去って、地面が一部ガラス化。直撃した箇所は溶けた。

威力は十分すぎるけど、この魔法は封印決定だ。

なんせ、使った後は俺とハクァーラ共々強烈な光で目が見えなくなってしまった。
凄く目が痛かったから、もう絶対に使わない。

ちなみに、その時のハクァーラの一言は「目がっ!目、がああああっ!」だった。あ、いや、これは俺だ。

ハクァーラは「何ですかこれはああああっ!!」って絶叫してた。
怒ってるのか、悲鳴を上げてるのかは判断しづらかった。俺も目が痛かったし。

余りにも目が痛すぎて、家までの小さな旅路の二日目はそこで終了。

三日目は特に何をするわけでもなく、朝食を食ってからただひたすら走った。走り続けて、ハクァーラがバテたら休憩を繰り返してたら朝の内に家に着いた。

どうやらハクァーラは体力が少ないみたいで、休憩に入るたびにハクァーラに「ご主人様は元気ですね…」と疲れ気味に言われた。

そして、家の前に着いて家族との久し振りの出会いにワクワクしながら帰宅すると、出会い頭に俺の顔を見た母ちゃんにビンタされた。

「エル!」

久し振りに見た母ちゃんは凄く怒ってた。

と、思えば、途端に目尻に涙を浮かべて抱き着いてきた。咄嗟に避けようとしたが、寸での所で捕まって母ちゃんの胸に抱き留められた。

って力強すぎっ!?なにこの馬鹿力!?引き剥がせないっ!?

折れるっ!折れるっ!!

「もう!心配したのよっ!手紙の一つも寄越さないで!」

そうだなっ送ってなかったなっ。分かった。分かったから離してくれっ!

「むぐぐぅぅっ!」

マジで死ぬぅぅぅっ!あ、ヤバ…息が…。今ので全部吐いてしまった…。

「あの人ったら本当に何してるのよっ!!」

「あの、お母様…?」

ハクァーラ!?た、頼む!お前だけが頼りだっ!

「あら?あなたは?」

「ご主人…エル様に仕える事になったハクァーラです。これからよろしくお願いします」

頼む…助けて…。

「まぁっ!まぁっまぁっ!エルったらどこでこんな可愛い子を拾ったの!?」

ハクァーラァァ…。

「ファミナさんっ!ゴブリンです!また奴等が来ました!」

誰かの焦燥が混じった声でようやく地獄から解放されて、何度か深呼吸を行う。

ああ、生きてるって素晴らしいっ!

「ええ…分かったわ。すぐに向かう」

「お願いしますっ!」

呼吸が落ち着いて顔を上げると、その声の主は居なくなっていた。
感謝の一つぐらい言いたかったな。

「母ちゃーー」

「エル。お母さんね、ちょっと今から悪者を倒してくるから大人しく家で待っててくれるかな?」

「あ、ああ」

俺、何言おうとしたんだっけか?

「さすが私のエルゥゥ!」

抱き着こうとしてきた母ちゃんの両腕を本気で回避!

母ちゃんに哀しそうな顔をさせてしまったけれど、マジでアレは勘弁してくれ。
死ぬから。マジで死ぬから。

母ちゃんがハグしようとにじり寄ってくる度に後退していると、遂に諦めてくれたようで家のドアノブに手を掛けた。

「それじゃあ行ってくるわ」

ドアを開けた先にある剣を手に、俺が来た道に向かって歩いて行った。

「ご主人様のお母様って、凄くカッコいいですね」

ピコピコと兎耳を動かして母ちゃんを賞賛するハクァーラ。母ちゃんの背中を見る目が、なんだか見惚れているように見える。

気の所為だな。

あんな息子愛の強すぎる母ちゃんに見惚れる所なんてないと思う。そりゃあ綺麗だとは思うけど…。でも、残念美人な母ちゃんだし…。

「あっ!にぃにぃっ!」

声が聞こえて振り返れば、マリンが飛び掛かってくる瞬間だった。
避けると地面に頭から落下コースだから、怪我しないように優しく受け止めてやる。

「ああ、マリン。元気、してる、か?」

「に、にぃちゃん。元気してたか?だと思うんだけど…」

その奥には玄関でモジモジとするアックの姿もあった。
ああっ!俺の天使達よ…っ。癒しだ!これぞ癒しだ!マリンとアックは本当に可愛いなぁ。

「ご主人様もそんな顔するんですね」

するさっ!人間だものっ!

「にぃにぃっ。その人だーれ?」

「ハク…ハグ…ハクル…ハクルラ…」

むぅ…。

「マリン様にアック様。私はお兄様に仕える事になりました、ハクァーラです。よろしくお願いしますね?」

「よろしくー!」

「よ、よろしく…お願い…します…」

マリンは元気よく手を挙げて返事を返して、アックはトテテッと俺の元に駆け寄ってきたと思えば俺を盾にしてハクァーラに挨拶した。

俺が紹介したかった…。

取り敢えず、ずっと家の前に居るわけにもいかないし、家に入るか。
なんだか外が騒がしくなってきたしな。

玄関を上がると、なんだか心の奥底から込み上がってくる。『ああ、我が家だっ!』と声を大きくして叫びたくなる気持ちが疼く。

要するに、我が家が一番であって、凄く落ち着くわけだ。
このよく分からない腐った牛乳と動物の糞を混ぜたような無茶苦茶吐き気を催す臭い…ああ…帰ってきたって感じが…うん、しないな。

母ちゃんの作った飯の臭いだ。新作か?こんな臭いは嗅いだ事ないぞ。

玄関からでも臭ってくるとか…今度は一体どんなゲテモノ料理を作ったんだ?

「あの、ご主人様。なんだか凄い臭いがするんですけど…」

「ああ」

俺達が入った後に続く形で玄関に足を踏み入れたハクァーラが、顔を歪ませて目尻から涙を流していた。

初めてハクァーラの表情が読めたと思う。

いや、今はそれどころじゃないな。マリンとアックを連れ立って臭いの元凶があるだろうリビングに向かえば、ああ。あったあった。

もう、なんて言うかさ、筆舌しがたい異形の料理が並んでいた。見るからに『食べるな危険』と書いてありそうな、そんな真っ黒な何かだ。

俺、こんなの食って生きてきたんだよなぁ…。

「うっ…」

遅れてリビングに立ち入ったハクァーラが、口を抑えてどこかに走り去って行った。

おそらく吐きに行ったんだろう。

俺も引き攣った顔が元に戻らない。

「にぃにぃ、どーしたの?」

「………美味い飯、食う、したい、か?」

「うんっ!」

「ぼ、ぼくも!」

そうか。よし、作り直そう。

母ちゃんには悪いと思うけど、この異形達には裏庭の雑草の肥料にでもなってもらうか。


●●●


エルが呑気に昼ご飯を作り直している最中。
アッカルド村は危機に陥っていた。

現状を語るには、数日前に遡って話さなければいけないだろう。

エル一行がカルッカンに到着するのと同時刻に、アッカルド村は十数匹で構成されたゴブリンの集団に襲われた。
その時はファミナの多大な働きによって事なきを得たが…この件はまだ終わっていなかったのだ。

こんな事は今までなく、間違いなくどこかで異常が起きていると察したファミナは悪い予感を感じて『まだ余裕がある内に』と、先を見越して村の中で一番馬の扱いに長けた者をカルッカンの街に応援を呼ぶ為に送った。

ファミナの悪い予感が的中してしまい、その日から毎日のように休みなく不定期にゴブリンが襲って来た。だが、村を襲うゴブリンの数が十数匹と言うのがまだ救いであった。

この村でまともに戦える人はファミナしか居ない。その他は戦闘未経験者か少し齧った程度だったのだ。
ゴブリンが出る度に唯一まともに戦えるファミナが呼び出され、一度に現れるゴブリンの数が少ないとは言え日に日に疲労が顔に出てくるようになっていた。

そんな時だった。

カルッカンの街まで応援を要請しに行った村人が冒険者を数名引き連れて戻ってきた。
村人達は誰もが『これで助かった!』と心の底から安堵した。が、次の日の早朝に早馬に乗って来た報告内容に誰もが絶望する事になる。

『数万を超えるゴブリンの軍勢がアッカルド村を目指して進行している』

と。それを聞いた村人達は二つに別れた。慌てて避難の準備を進める者達と、この村と心中する決心を付けた者達だ。

そんな最中。夕刻に村の近くで美しい光の柱が立ったと変な噂が立ち始めた。
まるで現実逃避をして幻覚でも見たかのような妄言だと誰もが彼等の言葉に耳を傾けなかった。

その中には村周辺を警戒していた冒険者も含まれ、さっさと村から追い出したい冒険者達が流したデマだと一部の人達から思われていた。

そして、今に至る。

これからゴブリンの軍勢が襲ってくるだろう。それを知ってるからこそ、今は村人達が避難準備を完了させて逃げ出すまでの時間稼ぎをしているのだ。

時間稼ぎと言っても、やる事はここ最近とそう変わらない。村の男衆は桑や鎌を持ち、中には剣や槍などを持ってゴブリンと戦う。冒険者達はその中に混じって村人達を守りながら戦っている。

ファミナは、その更に奥。敵陣の中央で持ち前の剛腕でゴブリンの頭を鷲掴みにすると、そのまま握り潰し。剣を一振りすれば他のゴブリンを巻き込んで切り裂く。
まさに鬼人の如き戦いを繰り広げていた。

そして、もう何度目か分からない襲撃を数名の怪我人を出して切り抜ける事が出来たのだった。

場所は変わって、エルの家で。

「出来ましたー!」

ハクァーラが料理の完成を喜びの声を上げ、マリンとアックと共に両手を挙げてリビングをピョンピョンと兎らしく跳ね回っていた。

またまた場所が変わって。

とある場所に集まった大勢の冒険者達が眼前の異様な光景に目を奪われ、顔を引攣らせていた。

彼等の目的は件のゴブリン達を討伐する事だった。その中にはゴブリンキングと呼ばれるゴブリン達の長の存在も確認されており、緊急案件とされていた。

が、ここに着くまでゴブリンの姿を一度も見てない。それどころか、おかしな光景を見せられてばかりだった。

「一体、何が起きてんだ…」

昨日の偵察チームの報告だと、この付近にゴブリンの軍勢が居た筈だった。

だが、やはり居ない。

先日も、その前も。街を出てから一匹たりともゴブリンの姿を見ていない。どれも先日に調べた報告内容と異なるのだ。

代わりとして爆発でも起きたような現場を何度も見せられてきた。

「周りを捜索したけどよぉ…やっぱゴブリンの姿らしきのはちっとも確認出来なかった。…マジでどうなってんだ?」

なのに今はゴブリンの姿らしきものは全くなく、指の一本すら見当たらない。

「一体どうなってんだよ…」

その代わりに、これまで同様…。いや、それよりもおかしな光景が眼前に広がっていた。
彼等の眼前に広がる光景…。それは、おかしな形をしたクレーターだった。

いや、クレーターと言えるかどうかも怪しい。そこに傾斜はない。爆発痕もない。なのに、草原に突然現れた綺麗な円状の窪みの中は真っ黒に焦げていた。

その付近はガラス化させられ窪みを守るかのように外界へと矛先を向け、穴の底は決して平らとは言えない。まるで溶岩が固まったかのようにデコボコとしている。

これまで見てきた光景と全く異なる光景で。関連性の一つもなく。どうしてこうなったのか理解すらできず。誰もが頭を悩ませる場景だった。

ゴブリン討伐隊の一人として参加していたドンテだけが、現実から目を背けるように空を見上げて小さな声でボソリと一言。

「まさか…な」

と、呟いた。

その頃。エル達は。

「さすがご主…エル様です!これ!凄く美味しいですっ!」

兎耳をピコピコと興奮気味に動かしつつ、我を忘れて食事をするハクァーラ。

「ふふーんっ!マリンのにぃーにはすごいもんっ!」

まるで自分の事のように胸を張ってドヤ顔をしながら、それでも食べる事を決してやめないマリン。

「ぼ、ぼくのにぃーちゃんっ…だもん…」

頑張って張り合おうとしたけど徐々に言葉が尻すぼみになって、大人しく食事をするアック。

そんな食卓でエルだけが『次は何作ろうかな?』なんて。食事と全く関係ない事を考えていた。

ちなみに、これは補足になるが、エルが村に着くまでの間で倒したゴブリンの数は約11万5千体。周辺地域全てのゴブリンが集まって出来た一種の軍隊だ。
目安としては一国を攻め滅ぼせる数だった。

その内。
小鬼王ーーゴブリンキング1体。
小鬼君主ーーゴブリンロード7体。
英雄小鬼ーーゴブリンチャンピオン約20体。
放浪小鬼ーーホブゴブリン約1万7000体。
騎乗小鬼ーーゴブリンライダー約5000体。
残り、ただの小鬼(ゴブリン)。

そしてーー混合小鬼(キメラゴブリン)。
黒い肌。真っ赤な瞳。背中からは触手を生やし、小さな身体に似つかわしくない巨腕を持ち、まるで犬や狼のような脚を持つ異形の怪物。このゴブリン騒動の元凶となった、何者かに造られた魔物。

が、つい今しがた付近でこの件に全く関係のない通りすがりの勇者に悪戦苦闘の末に倒された。




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コメント

  • トラ

    更新お疲れ様です!
    さらっととんでもないことしてんな

    1
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