自称『整備士』の異世界生活
19
マナを使用しない俺の攻撃は、そこらの子供以下の力しかない。俺がどれだけ力を込めようと、所詮は貧弱だ。
しかし、ナルガンはその攻撃を全て本気で防いでいた。いつ俺がマナ操作を誤って馬鹿力を発揮し兼ねないからこそ、俺の一挙手一投足に向けられる警戒心は大きかった。
逆に、俺はナルガンの攻撃を全力で避けていた。
ナルガンと俺の体格の差は大きく、同時に力の差も激しい。俺みたいな子供にその一撃は重すぎるんだ。
子供相手に本気で攻撃する大人じゃないのは分かるっているけれど、それでも気を抜かずに避けまくった。当たれば痛いどころじゃ済まないのは目に見て明らかだったからな。
そして数刻が経ちーー。
「休憩だ」
俺の体力が底を尽きるそうになっていたのを見計らったかのように、ナルガンは模擬戦を中止してくれた。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
すぐに膝に手を置いて荒い息を吐くけれど、それも辛くて地べたに寝転がる。
さすがに疲れた。
今更気が付いたんだけど、攻撃を受けて立つのと避け続けるのは体力の消耗の仕方が段違いになる。
なのに、俺には肝心の体力がない。
これからは持久力も鍛えた方が良さそうだ…。
○○○
その日の晩。
夕食がズラリと大きな食卓に並んでいる。
夕方に食事をしたばっかりだけど、動いた後はお腹が空く。そして、この光景は何度見ても広く豪勢で、部屋は広々と感じる。軽く十人は座って食事できそうな広さがある。
上座にはナルガン。右側の席にはマリミア。
左側の席には、長女から順にニーケ、アカルシア、レーネと着席している。
下座であるナルガンの真正面には父ちゃんが座り、その右の席に俺が座っている。
「神に感謝を…」
「「「神に感謝を」」」
食前になんだかよく分からない宗教染みた祈りを捧げ始めるベルモンド一家。
対する父ちゃんは、全く気にする事なく食事に手を付け始めている。
「………いただき、ます」
なんだか父ちゃんが行儀悪く見えたので、俺はベルモンド一家同様に…とまではいかないものの、両手を合わせて合掌。
日本人特有の謎の祈りでも捧げておく。
確か意味があった筈だけど…なんだったか?……あっ、そうだ。そうそう、確か、食材への感謝と、料理をしてくれた人への感謝を込めての言葉だったはずだ。
今の今まで気にした事なかったけど…よくよく考えてみれば大切な作法だな。
特に、この世界は実際に自分の手で獲物を獲る事だってあるんだ。これを機にこれからは『いただきます』を使っていくか。
「ん?どうしたエル?食わないのか?」
そう言って、俺の前に置かれた何の肉か分からない分厚いステーキを盗ろうとしてきた。
俺は父ちゃんみたいにはなりたくはないな。
「食う」
父ちゃんが伸ばした手を弾きつつ、流れるようにステーキにフォークを突き刺してパクリと大きく齧る。
あっ、美味い。
これまで食べてきた料理の何倍も美味しい。
………日本が懐かしい。
まるで、スーパーで売ってる安物のステーキ肉のような味だ。少し硬くて、でも味付けはちゃんとされてて…白米が欲しくなる。
でも、白米なんて見たことがない。あるかどうか聞こうにも、言葉が分からないからどうしようもない。すごく残念に思える。
「食事だ」
ベルモンド一家がようやく食前の祈りを終えたようで、食事を開始した。
カチャカチャと父ちゃんの食事の音だけが食卓に響き渡る。
ーーと思いきや。
「そう言えば、あなた、今日は何してたの?訓練場に来ないってみんな言ってたけど」
「………」
マリミアの素朴な疑問にナルガンは無言を貫く。
「まぁ、別に訓練なんて私には関係ないけど…まさか、浮気とか…してないよね?」
ニッコリと笑うマリミア。目が全く笑っていない。その笑顔がまた怖い。
正面に座っていたレーネがビックリして食事の手を止めてしまうほどだ。
「あなたにしては珍しいもんね。訓練をサボるなんて。さて、どこで一体何をしていたのかなぁ〜?ほら、洗いざらい吐いた方が身の為よ〜?」
ナイフを手の上でクルクルと軽快に回して、サッと投げればナルガンの手元の卓に突き刺さる。
見事なナイフ捌きだ。
レーネの血の気がサァーッと引く。
父ちゃんだけは向こう側が危ない状況に陥っても気にせずに食事を続けている。
……思うんだけど、これは今言う必要あるのか?
ナルガンが手元のナイフを卓から引っこ抜き、それを使って食事を再開させる。
ステーキを一口サイズに切り、食べる。
そして、
「訓練をしていた」
一言だけ言葉を発した。
「何の訓練かな?」
威圧感を放出するマリミアなんて意に介せずと言った風にナルガンはスープを一口飲んで、
「体術だ」
一言言う。
「そう。それって、男と女のアレかな?」
片手で丸を作って、そこに人差し指を出し入れ。
意味が分かったのか、対面に座る長女ニーケが顔を真っ赤に染めて顔を背けた。
「違う。男と男のだ」
次はアカルシアが顔を真っ赤にして顔を背けた。
なぜ顔を背けた?
「まぁっ!まさか、あなたにソッチの気(け)があったなんてっ!?」
マリミアがワザとらしく驚いたように目を見開くと、その場で崩れ落ちるように卓に突っ伏す。
はぁ…まったく、なんてワザとらしい演技なんだ。
これなら父ちゃんの方がよっぽど上手いぞ。
マリミアはナルガンを糾弾中しているにも関わらずチラチラと俺に視線を向けてきている時点ですぐに演技だと分かる。
それに、あの模擬戦の時なんて最初から最後まで一緒に居たんだしな。全て知ってるはずだ。
まぁ、姿は隠せてもマナまでは隠せないって事だ。
「なーんて、冗談冗談」
マリミアがアハハッと軽快に笑うと、レーネがホッと息を吐いた。
「ウチの夫も大概だけど、エル君も反応薄いわね。もう少し動揺するかと思ったんだけど、当てが外れちゃったかな?」
「…知ってた」
「あら?もしかして、バレてた?」
「ああ」
あちゃーっと言った風に額に手を当てて、失敗を嘆くマリミア。
「それで、どこから気付いてたの?」
「ナルガン、看病する、してた」
「っ!?」
まさかバレてないとでも思っていたのか?
いや、この驚き様からして本当に思っていたんだろうな。
驚きすぎてポロリとフォークを手から落とし、カチャンと音を立てて皿の上に落ちる。
その音で我に返ったマリミアはナルガンから向けられる視線に気が付いて恥ずかしそうにすると、バッとテーブルクロスを引っ張って顔を覆い隠した。
「べ、別に心配なんかしてないもんっ!この人がやられてる姿を見て笑ってただけなんだけなんだもんっ!」
「心配してくれたのか?」
「ち、ちがっ!」
咄嗟に否定を口にしようとしたマリミアの頭にポンっとナルガンが手を置いた。
今の彼が浮かべている微笑みは、今まで見てきた笑みのどれよりも優しく、慈愛に満ちている。
イチャイチャしやがって…。
べ、別に羨ましくなんてないからなっ!
「ありがとう」
ナルガンの心からの純真な感謝を伝えられたマリミアは、頭から被ってるテーブルクロス越しにでも分かるほど耳まで真っ赤にして…姿を消した。
そんでもって、姿を消したまま素早い動きで窓際に移動すると、窓を勢いよく開いて脱兎の如く逃げ出してしまった。
余程恥ずかしかったんだろう。
「………」
「………」
ナルガンだけ慈愛に満ちた笑みを浮かべながら立ち去ったマリミアを見送り、その他の父ちゃんを除く全員が無言で開け放たれた窓を見つめ…俺だけ先に食事を再開した。
○○○
食後に俺は必ず運動をする。
筋トレ、柔軟体操、瞑想、自己防衛訓練、そして、新たに追加した持久走。
この世界は娯楽が少ない。少なすぎて、何が娯楽なのかすら分からないほど。
だからこその暇潰しにと、俺は愛車達の設計図や車の設計図などを作ったりしているけれど、それでも時間が有り余っている。
だから、こうして時間を潰しているんだけど…これがまた楽しくなってきている。
無心で走るよりも、新たな物の設計図を脳内で作り上げつつ、妄想の中でそれを動かしてみる。
これはこれで楽しいもんだ。
かれこれ5kmほど走った所だろうか。激しい動悸と息切れによって、俺はその場でヘタリ込む。
ちょっと休憩…。
この疲労がまた楽しい。
思わず笑ってしまうほどだ。
それはそうと、
「いつまで、付いて、来る?」
「まさか、ホントに気が付いてるなんて…驚きね」
何もない空間がボヤけるように歪むと、そこからマリアナが現れた。
なるほど。訳の分からない不思議現象だな。
「驚かないのね」
「驚いた」
「そうは見えないけど?」
「……驚いた」
ビックリ現象が目の前で起きているんだ。驚くに決まっているだろう。
ただ、俺の場合はそこに誰かがいるのを既に分かっていただけだ。マナの色や形を憶えてさえいれば、個人を特定する事もできるからな。
「ふーん…」
マリアナが訝しむような視線を向けて来るけれど、驚いていたのは本当だ。
まさか本当に姿を消す魔法があるなんて思わなかったから、凄くびっくりしている。
「私のスキルは気配察知すら掻い潜れる自信があるんだけど…どうやって気付いたのか聞いてもいい?」
わざわざ俺の隣に座ってきた。
なぜか距離が近い。少し離れておこう。
「そう逃げないでよ」
離れると、また近付いてきた。
なんなんだ、この人は…。
「………」
ジッと向けられる視線。
俺は黙って遠くで訓練をしている兵士達を眺める。
「教えてくれてもいいでしょ?」
「………はぁ…」
教えなければ離れてくれなさそうだ。
面倒くさい人だ。
「勘」
「超感覚のスキルかな?でも、それだけじゃないでしょ?私の夫も同じの持ってるけど、バレた事がないんだよ?」
………?
スキルってなんだ?
「…勘、だ」
「ふーん」
訝しみの篭った視線を感じる。
暫く遠くに見える兵士達の訓練姿を眺めていると、いつのまにかマリアナは姿を消していた。
でも、姿が見えないだけで近くにはいる。
「趣味、悪い」
「………」
返答は帰ってこないけど、側にいるのはマナ感知で分かる。
もう放っておこう。
構っていたら時間が幾らあっても足りない。
っと言う訳で、体力も回復したことだし、持久走を再開させる。
マリアナが背後から足音も立てずに付いて来るけれど無視だ。
そんなこんなで辺りは完全に真っ暗闇に包まれるまで走りまくってから、疲労で重たくなった体を動かして屋敷へと帰る。
「随分と頑張り屋さんなのね。あのドンテの子供だとは思えないわ。あっ、でも、ファミナの子供だし当然なのかな?」
姿を消していたと思えば、帰路についた所で姿を現した。一体、何がしたいんだ?
「詮索はしないんだ?ドンテの過去とか、ファミナの昔の話とか知りたくないの?」
「ああ」
「即答ね」
「興味ない」
「冷めてるねぇ〜」
人の過去なんて知った所で俺の役には立たないからな。
それに、その話の中には父ちゃんと母ちゃんが知られたくないような話だってあるだろう。
「まぁいいや。じゃあ、これは私の独り言って事で」
そう言って、勝手に話し始めた。
昔のパーティーメンバー。所謂、冒険者のチームを組んでいた頃の話を。
パーティーを組み始めたのは、Fランクと呼ばれる初心者の時。冒険者ギルドで同時期に登録したのがキッカケだったそうだ。
リーダーはドンテ。俺の父ちゃん。
そして、仲間は母ちゃんとマリアナとナルガンと、もう一人。エルフのミミリルアって人が居たらしい。
父ちゃんは盾魔法使い。前衛で盾と杖を持って戦う珍しい攻撃役。
母ちゃんは剣士。馬鹿力で身の丈ほどの剣を振り回す前衛での攻撃役。
マリアナはシーフ。索敵や情報収集や罠の解除などの斥候役。
ナルガンは重戦士。敵の攻撃を一点に受ける盾役。
ミミリルアは弓士。後方からの攻撃役と回復魔法での支援を務めていたらしい。
バランスのとれたパーティーで、個々人の能力も悪くなかったから冒険者ランクはみるみると上がっていた。
だけど、父ちゃんと母ちゃんが恋仲に落ちて冒険者稼業から手を引いた事でパーティーは解散。
ミミリルアはこれを機にと実家に帰ってしまい、残されたマリアナとナルガンは二人で冒険者を続けていたけれど、仲間がいた時のように上手くはいかなくて今に至る。
「あと少しでAランクも夢じゃなかったんだけどねー」
要するに冒険者稼業を中止したそうだ。
とは言え、今でも冒険者登録はしたままで気が向けば依頼を受けたりしているらしい。
「あーあ。もう着いちゃったね。まだまだ話し足りないのにぃ〜」
「ああ」
本当によく喋る。
話さなくて良い事まで話しているほどだ。
まぁ、ほとんどは聞き流していたけどな。
俺が聞いていたのは冒頭の冒険者についての話だけだ。
冒険者にはランクが存在していて、初級や初心者と呼ばれるのがFランク。一人前や中堅と呼ばれるのがCやD。上級や一流がAやBだそうだ。
ついでに、化物と呼ばれてるSランクの話もされたけど、『関わる事なんて滅多にないけどねっ』とまで言われるぐらいのついでの話だ。
その後、夜遅くにマリアナと二人で帰ってきた事でナルガンが機嫌を損ねてしまって、そこに父ちゃんが乱入してきて有る事無い事ペラペラと喋り、嫉妬したナルガンと本気の殴り合いが始まってしまったりしたけど…まぁ、なんとか事なきを得た。
圧勝だったとだけ言っておこう。
○○○
翌日。
「おはよう」
「おっはよー!昨日は良く眠れたかな?」
「ああ」
朝。挨拶をすると、マリアナの元気な挨拶が帰ってきた。
まだ食卓には俺とマリアナとナルガンしか揃っていない。
「………」
チラリとナルガンを見てみると、腕を組んで両目を瞑っている。
この様子からすると、昨夜の事は気にしてなさそうだな。
昨夜、俺に殴りかかってきてから返り討ちにした結果、酷く落ち込んでしまったんだ。
今はそうでもなさそうだし、忘れてくれるっぽい感じがする。
ちなみに言っておくけど、訓練時の俺の状態はマナを抑えているから弱いんだ。素の状態じゃ成人男性並みの力が出ると認識している。
ナルガンと取っ組み合いをすれば互角で、父ちゃんを軽く持ち上げれるぐらいの力だ。
それに戦闘経験は冒険者をやっていたナルガンほど多くないけど、体術は前世でそれなりに柔道や空手などを学んだ事があったから出来ない事もなかったりする。
ナルガンに勝てたのは力任せな背負い投げの一本だ。
「この人のことなら大丈夫よ!なんせ、夜通しで説明したんだからっ!」
えっへんっ。と胸を張るマリアナ。
もしかしてナルガンが両目を瞑っているのは、それがあったから眠たいんじゃ…。
よくよく観察してみると、小さく首が前後に動いていて…あ、寝てるな。これ。
「あ、そうそう。今日からエル君はウチの兵士達と一緒に訓練をしてもらう事になってたけど、ドンテから聞いた話だと、今日行くんだってね?」
「……ん?」
行く?どこに?
「あれ?聴かされてないの?神の祝福を受けに行くんでしょ?」
「今日?」
「うん、今日」
知らん。聞かされてないぞ。
確かに、この旅の本来の目的は俺が神の祝福を受ける事だったけど…まさか、こんなに唐突に言われるなんて思ってもみなかった。
まだ行く教会すら決まってないのに、どうすんだよ…。
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