自称『整備士』の異世界生活

九九 零

15


朝食は、黒パンと薄味の塩と野菜のスープだ。

正直に言おう。すごく不味い。
だが、母ちゃんの作るゲテモノ料理と比べると、遥かに美味しいと感じられる逸品だ。

それは兎も角。

「ドンテさん。昨日はありがとうございます。…ほら、フィーネも」

目の前には、カリーナとフィーネが頭を下げている姿がある。

まぁ、フィーネはカリーナに頭を押さえつけられて無理矢理って感じで、その間でも俺の事をずっと睨み付けてきているけどな。

どんなけ嫌われてんだって話だよ。まったく…。

「いいって。フィーネちゃんも無事見つかったんだし、他の攫われた子達も見つかったんだしな。兎に角、頭を上げてくれ。それじゃ飯が食えねぇだろ?」

今、不穏なワードが混じってたんだが…攫われた…?
一体、なんの話だ?

「本当にありがとう…」

感謝の気持ちが大きすぎるのか、頭を上げたカリーナは涙を流していた。

フィーネは終始、俺の事を睨み続けているけどな。
何か言いたい事があるのなら言えばいいのに。

……って、思っていても仕方ないか。

「なんだ?」

大人な俺は会話をリードしてあげる事も出来るんだ。とは言え、前世と同じで人と話すのは上手くないけどな。

いや、今世の方が酷いか?

「……ぁ…ぅ…」

「?」

なんて言ったんだ?
声が小さすぎて聞こえなかった。

「だから…そのっ…あ、ありがとうって言ったのよっ!!」

顔を真っ赤にしてまで言う事か?
怒ってるのか感謝してるのかハッキリして欲しい。

「ああ」

それで…フィーネは何に対して感謝しているんだ?

昨日の話だよな?

昨日…昨日…昨日………思い当たる節が一切ないな。
昨日は1日中馬車で移動しただけで、フィーネは冒険者達と楽しげに雑談していた筈だ。

思い返してみても昨日は一度もフィーネと話してないぞ…。いや、そうじゃなくて、昨日は一度もフィーネが危ない目に遭っていなかったはずだ。

「…何の事、だ?」

「〜〜っ!エルのバカァァッ!!」

なぜか黒パンを俺に投げ付けてから走り去って行った。

黒パンは口で受け止めてから美味しく頂いたけど…。どうして怒られたんだ?
フィーネはそんなにも俺が嫌いなのか?

少し傷付くな…。

「ごめんなさいね、エル君。フィーネには後で怒っておくから許してあげてくれない?」

「いや、その必要はねぇよ。エル。お前が昨日何してたのかは知らねぇけどよ、いいか?男は女の子を泣かしちゃならねぇんだ」

「……泣く、してる、たか?」

「エルっ!!」

怒鳴られた。

そして、父ちゃんは何かを言おうとして、口を閉じ、また何かを言おうとして、また口を閉じ、

「はぁ…。お前はそう言う奴だったな…」

なんだよ、その言い方。
まるで俺に非があるみたいじゃないか。

「もういい。さっさとフィーネちゃんを追い掛けてやれ。ちゃんと慰めるんだぞ?いいな?分かったか?」

随分と執拗な念押しだな。

「あ、ああ」

俺はフィーネに嫌われているはずなんだが、本当に行っても良いのか?

なんて野暮な事は訊かない。
そんな事を訊けば、次はもっと強く怒られそうだからな。

席を立つと、背後から聞こえてくる話し声。

「ウチのエルがすまん…」

「いえ、ウチのフィーネこそごめんなさい。昨夜フィーネから聞いたんですけど、攫われそうになってたのをエル君が助けてくれたらしくて…」

「そうなのか?でも、エルはずっと寝てたと思うんだが…?」

「そうですよね…?」

俺について話しているみたいだけど、一体なんの話なんだろうな。

フィーネが攫われそうになった所を俺が助けた?絶対に人違いだろ。俺にそんな記憶はない。

どうでもいい話だったから、聞かなかった事にして俺はフィーネの跡を追う。

マナ感知を使えば見つけるのは容易……ん?以前よりも範囲が狭まってる?
まぁいいか。元の範囲に戻しておこう。

フィーネが向かった先は井戸のある宿屋の中庭みたいだ。

何の問題もなく慰められてくれればいいんだけどな…。

そんな事を思いながら俺は宿屋の中庭へと移動する。そして、中庭へと続く扉を開けば、すぐにフィーネを見つける事が出来た。

いや、実際に視界に映っていないんだけど、マナ感知で井戸の裏手に隠れて居るのを確認できた。

「………」

で、フィーネの側まで近付いたのは良いんだけどさ、こんな時はなんて声を掛ければ良いんだ?

フィーネは蹲ってグスグスと鼻水を啜って泣いている。でも、俺はこう言う時の対処方法なんて知らない。

なにせ、生前に恋人の類は居なかったからな。独身道を貫いていたぐらいだ。女の子の慰め方なんて知るはずがない。

「…なによっ」

俺が戸惑って話しかけれずにいると、先にフィーネが俺に気付いて声を掛けてきた。

キッと険しい瞳で睨み付けてくる。

「…いや、なに……悪い」

どうして泣かせてしまったのか全く分からなくて、どう話せばいいのか分からない。考えに考え抜いたけれども、最適な答えなんて見つからなくて…取り敢えず謝罪を口にしてみた。

俺は生前共に人付き合いが苦手だったからな…。こう言う時にどう返答すれば良いのかなんてサッパリ分からない。

いや、こんな所があるからこそ、人付き合いが苦手だったんだ。

「ふんっ」

ソッポを向かれた。

けど、それだけだった。
どこかに走り去ったり怒鳴ったりせず、その場で膝に顔を埋めてダンマリだ。

まぁ、その方が助かるんだけど。
探すのは手間が掛かるし、怒鳴られたら怒鳴られたで困る。
気持ちが落ち着くまでそうしていてくれると凄く助かる。

「「………」」

俺も井戸に背中を預けて空を見上げる。
今日は晴天だ。雲が少なく、天気が良い。気温も若干高いぐらいだし、こんな日はバイクで走り回りたくなる。

気持ちの良い天気だ。

「…どうして」

「ん?」

愛車に乗って晴天の下を爆走する想像をしていると、唐突にフィーネに声を掛けられた。

「どうしてエルは強いのよ」

俺の名前知ってたんだな。
碌に話すらしてなかったから、知らないとばかり思っていた。

っと、そんな事よりも、返答だな。返答…。

「強い、か…」

どう返答をすれば正解なんだ?

っと思っていると、フィーネが怒鳴ってきた。

「私は魔法が使えるのに!火も雷も出せるのにっ!毎日剣だって振ってるのにっ!なのに、どうして私よりも強いのよっ!?」

「………」

そう言われても困るな。
俺は特段強くなんてないからなぁ…。

俺がフィーネより優っているのはマナの扱い方だけだ。それも独学だから、優劣の差なんてないも同じだろう。
誰かに教示してもらえば、俺なんて軽く抜けるはずだ。

それに、普段から鍛えてるフィーネの方が俺より圧倒的に強いに決まっている。

俺はこの通り、腕立てや腹筋が五回も満たない体力しか持ち合わせてない軟弱者だからな。

「昨日も…あの時も…どうして…」

昨日?あの時?
なんの話だ?

まぁいいか。所詮は子供の話だ。話半分に聞いていれば勝手に満足するだろう。

「「…………」」

と思っていたら、無言の時が再来した。
これは俺の返答待ちなのか?

でも、どう返答を返せばいいのか分からないんだが…。うーん…困ったな…。

………あ、そう言えば、

「熊か…」

ピクリとフィーネが反応した。

今更になって思い出した事だ。
思い返せば思い返すほど、今のフィーネと若干似てるような気がする。

確か、あの時。森で試作品六号機のボウガンの試射をしてる時、少女が熊に襲われていたのを見かけて助けたんだった。

あの時の子供がフィーネだったんだと今更になって気付いた。

「怪我は?」

「………」

ダンマリ、か。
っと思いきや、ゆっくりとだがコクリと頷きが返ってきた。

そうか、怪我はしてなかったか。
それは何よりだ。

あの時は村の中限定で外出許可を貰った初日で、試作品のボウガンの試し撃ちをする為にコッソリと森に入っていた。

偶然フィーネらしき少女が野生の熊に襲われているのを見かけ、試し撃ちも兼ねて熊を射殺した。
フィーネには目撃されたけれど、俺は何も見なかった事にして立ち去ったわけだ。

勝手に森に入った事がバレると父ちゃん達に怒られるからな。

顔を見られはしたけど、目撃者はまだ幼い少女だったから、怪我がないかだけをパパッと確認して見て見ぬ振りをした。

例え少女が俺の事を話しても、それは子供の話す事であって信用性は遥かに低い。だからその時の俺は知らぬ存ぜぬを貫き通すつもりだった。

まぁ、結局は誰に何を聞かれる事すらなくて俺の心配は杞憂に終わったけどな。

……もしかして、フィーネの言っている『強い』って言うのは、アレの事を指しているのか?

もしそうだとすると…なんとなくフィーネの話の意図が読み取れる。

確かに、俺に知る限りでアレはこの世界には存在していない。いや、見た事がないって言った方が正確か。
なんにせよ、俺が前世の記憶を頼りに作った武器だからな。

便利そうで、護身用として役に立ちそうで、比較的に構造が簡単で、使い勝手も楽そうだからって言う理由で作った。

もしその事を言っているんだったら、フィーネの機嫌を直すのは案外簡単そうかもしれないな。

「…やる」

異空間倉庫(ガレージ)から例のアレを取り出して、フィーネの足元に置く。

前世ではボウガンと呼ばれる飛び弓矢の代わりとなる武器で、作ってみると、あらビックリ。思ったほか使い勝手が良くて愛用していた。
つい最近も活躍してたぐらいだ。

ただ、大きすぎて荷物がかさばる。
折り畳みは出来るようにしたけど、やっぱりデカイ。

普通の弓よりは小さくて持ち運びしやすくはしてるけど、それでも子供の俺が使うには大きすぎる。撃った際の反動も大きいし、使い慣れるのに少し時間が掛かった。

そんな代物だけど、これでも結構手を掛けて作った一品モノだ。

「使え。調整、する」

あげるとなると、フィーネ用に調整し直さなきゃならない。

弦の張り具合やトリガーの硬さなど全て常に体にマナを流している状態の俺に合わせて作っているから、フィーネが使うのには少し色々と硬いかもしれない。

「…いいの?」

「ああ」

構造は全て覚えているし、材料さえあれば幾らでも作れるからフィーネにあげたところで特に問題はない。
新しいのを作ればいいだけの話だ。

「ありがとう…」

小さな声だったが、その言葉は聞き取れた。

声音が嬉しそうだ。
これで、父ちゃんに言われていた『慰める』は出来たな。

「ね、ねぇ、使ってみてもいい?」

「ああ」

自主的に練習しようとするのは良い心構えだと思う。
ついでに今の内に調整してしまおう。

「これが、矢、だ」


●●●


エルがフィーネにボウガンの使い方を手取り足取り教え標的の木に試射させている風景を影から見守る姿があった。

「中々戻って来ないから気になって来てみれば…随分と良い雰囲気になってるな」

「そうですね。フィーネったら、あんなに嬉しそうして…少し妬いちゃうわ」

ドンテとカリーナだ。

フィーネのボウガンの構えをエルが指摘し、一つ一つ淡々と丁寧に言葉足らずに教えるエルの姿。
それを見ていて、ドンテは小さく溜息を吐く。

「ウチのエルと来たら…。なんだか、すまねーな…」

「あれもエル君の良い所じゃないですか。私もまだ年頃で未婚だったら、間違いなく惚れてますよ」

「そうか?」

「そうですよ」

二人の生温かい視線が突き刺さる中、居心地悪そうにエルはフィーネにボウガンの使い方を教えていた。

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