自称『整備士』の異世界生活

九九 零

14


フィーネ達を街の前まで送り、街に着くまでに俺はその中から離脱した。

「お、俺はどうすれば良いんだ…?」

「……すキに、しロ」

御者をさせた男には、俺の事を黙っている事と子供達を衛兵に引き渡す事を頼んで多少の金を握らせたので、おそらく問題はないだろう。

でも、やっぱり心配だったから最後まで見届けさせてもらった。が、杞憂で終わったようだ。無事、子供達は衛兵に引き渡されていた。

ちなみに、その子供達の中にアリアンナの姿もあった。彼女は彼女なりに皆を安心させようと頑張ってくれていたみたいで、事が簡単に進んで良かった。

俺の仕事は御者の隣に座って周囲の警戒に当たるだけで済んだからな。

誰かが俺に何度か話し掛けてきていたけれど、俺は聞こえてないフリをし続けていた。
なんせ、言葉を理解する事すら一苦労だったからな。

だから、街に辿り着くまで誰とも話していない。最後に御者と一言二言話したぐらいだ。
あと、フィーネに少し声を掛けたな。それはカウントされるのか?

まぁどっちでもいい。

フィーネ達が無事に衛兵達に引き取られるのを見届けた後、俺はさっさと宿屋に戻ってベッドに腰を掛ける。

「………」

ドッと疲れが押し寄せてきて、仰向けでベッドに横になって天井を眺める。

その間にも大量の情報が頭に流れ込んできて、正直かなり辛い。

今すぐにでも頭に留めてる魔力を元に戻したい気持ちで一杯だけど、強い躊躇いを覚えてしまう。

魔力を元に戻したとして、その後に襲い掛かってくるかもしれない反動。それが今更になって凄く怖いんだ。

心を落ち着ける為に、水の球体を作って顔を突っ込む。頭の中を少しでもクリアにしようと思っての行動だ。だけど、そう上手くはいかない。
ついでに、かいた汗とかを綺麗にして少しでも頭の中をスッキリさせる為に軽く顔も洗う。

「………」

ずぶ濡れになった頭を風で乾かして、再度、ベッドに仰向けになる。

「………」

……やるか。

余りスッキリした気分にはならないものの、少しヤル気が出てきた。その気持ちがある間に覚悟を決めて即座に実行に移す。

脳に送り込んでいた大量の魔力を元の位置に戻してやった。

刹那。俺は激痛に見舞われーーなかった。

「……?」

これほど無茶をしたのに、反動が来ないなんておかしな話だ。

頭痛はおろか、吐き気も眩暈も何も起こらない。至って普通。至って健全。
なんの変化もなく、魔力感知の範囲が狭まっただけ。

もしかして、魔力強化を使って脳に負担を与え続けていたから、脳が慣れたのか?
それで痛みが来なくなった…?

そう考えると合点が行く。
これは嬉しい誤算だ。これなら幾らでも脳を魔力強化させる事が出来るし、使い放題じゃね?

いやぁ、怯えて損しーー。

その瞬間、俺の意識はテレビの電源が落ちたかのようにプツンッと途切れた。


○○○


目が醒めると、知らない天井が目の前にあった。

……なぜ?

動揺や驚きよりも真っ先に出たのは至って普通の疑問。

昨日の記憶をどれだけ掘り返そうとも、俺は建物に入った記憶なんてない。
そもそも、野宿だったはずだ。

旅を始めてからベッドで寝たのなんて数日前に立ち寄った街ぐらいで、それからは馬車での移動がほとんどで野宿ばかりだったはず。

なのに、どうして天井なんてあるんだ?

気になって辺りを見渡してみると、隣のベッドで父ちゃんが寝ていた。
木窓からは太陽の溢れ日が漏れ、部屋の出入り口付近にはマナ・・が入った木箱と微弱なマナの反応のある木箱が置かれている。

マナが入った木箱が興味深くて思わず魅入ってしまったけど…それは後だ。
今は、この状況を理解するのが先決だと思う。

兎に角……ここはどこだ?

起き上がり、何度かバランスを崩しかけて転けそうになりながらも窓を開けて外の景色を見てみればーーそこは街の中だった。

太陽の傾き具合。人の動き。建物の多さ。大気中に含まれるマナの種類。それらを考えるに、時刻は早朝。
ここはどこかの街であり、人が大勢住んでいて、マナの流動が異様に激しい地。

思考がハッキリとしてくるにつれて、視界に違和感を感じ始める。
痛みや痒みがある訳じゃない。ただ、なんて言うか、いつも見えている範囲よりも視界が少ない感じがするんだ。

試しに右目を手で覆い隠してみる。と、視界は何も変わらない。

次に左目を覆い隠してみればーー目の前が真っ暗になった。

寝違えたか?どうも右眼がイかれてるようだ。
全く見えない。

一体、俺はどんな寝方をしてたんだ?
ってか、寝てる間に何があった?

それを知るためには…父ちゃんに訊くのが最善か?
でも、父ちゃんだしな…。ちゃんとした回答が返ってくるとは思えない。

それに、父ちゃんに訊くのはなんだか嫌だ。

出来れば、この状況を自分の力だけで把握したいんだけど…さすがにそればかりは無理だろう。個人の力にも限界というものがある。

過去でも見れる魔法があれば良いんだけど…そんな便利な魔法は俺の知る限りない。できて時間を止めるぐらいが関の山だ。

なので、俺は完全にお手上げ状態。
父ちゃんに事情を訊くしか方法が思い付かない。

………取り敢えず、顔洗うか。

気になる木箱の側を通り抜け、部屋の扉を開けると廊下に出た。
廊下には幾つも扉があり、部屋があるようだ。

どうも宿屋に似通った作りをしている。
いや、宿屋なんだろう。

階段を探せば、部屋から出て左手側にあった。そこを降りて行くと、開けた場所に出た。

右手側に食事処と出入り口を思わせる両開きの扉。左手側には片開きの扉が一つ。階段の裏手にも廊下が伸びている。
どうやらここは本当に宿屋で間違いなさそうだ。

で、井戸まではどう行けば良いんだ?

確か、部屋の窓を開けた時に、目下に見えた中庭にあった筈だ。
位置取りから考えるに、左手にある扉ではない。右側にあるのは飯処で、腹は減っているけれど、今は関係ない。

と言う事は、残る階段の裏手に続く廊下だな。

そちらを選んで少し進むと、左右の分かれ道に出た。井戸に向かう側を目指しているので、右を選び、その先の扉を潜り…井戸を見つけた。

その前で、スキンヘッドの筋肉ダルマが激しい筋トレをしている。スクワットだ。

「ん?」

筋肉ダルマが俺の存在に気が付いてニカッと朝日よりも眩しい笑顔を向けてきくる。
スキンヘッドが朝日を反射して眩しい。

「良い朝だな!坊主!」

ほんと、眩しい頭だな。

とは言わないでおこう。

「ああ。…井戸、使う、たい」

「変な喋り方だなっ!ガハハッ!いいぜ!っと、坊主の身長じゃ届かないだろうし、代わりにやってやる!少し待ってろよ!」

それはありがたい。

「助かる」

確かに、俺の今の身長じゃ厳しい。
別に届かないわけじゃないけれど、背伸びしてようやっと届く感じだな。

だから、その申し出は素直に嬉しい。

「ほらよ!」

「ああ。感謝、だ」

井戸から汲み上げた水を、わざわざ桶に移して渡してくれた。

顔を洗うだけだったから桶に移す必要はなかったんだけど…折角の好意だ。文句は言うまい。

桶を覗き込むと、見慣れない黒目黒髪の少年の姿がある。俺だ。
随分と眠たそうな顔をしているな。

右目は…瞳孔が開ききっている。死んだ魚みたいな眼だ。…閉じておくか。

始めてジックリと自分の顔を見たけれど、生前の俺の幼い頃とそう大差ない。強いて言うならカッコよくなったな。イケメンだ。
まぁ、顔なんてのは所詮は飾りみたいな物であって大事なのは中身だ。

顔が良くても性格がクズだったら最悪だからな。

適当に顔を洗って、ついでに頭から水を被る。眠気が一気に吹き飛び、妙に気分がスカッとした気分になる。

「おう!大胆だなっ!ついでに坊主も身体を鍛えようぜ!」

なんてサムズアップするスキンヘッド。
その頭が眩しすぎて直視できない。

「ああ…」

思えば、筋トレなんてした覚えがないな。

折角だから、その申し出を受けてみるか?
汗を流すのは良い事だし、子供の内から鍛えるのも悪くはないもんな。

「そうする」

「よっしゃ!丁度、俺一人じゃ寂しかった所だ!そんじゃ、始めは腕立てからだな!」

「ああ」


○○○


「297!298!299!300!!ダアアアァァッ!!」

このスキンヘッド…元気すぎだろ…。

俺はと言えば、腕立て伏せ5回で力尽きていた。
その後に腹筋やらスクワットやらをしたけれど、全て5回を満たなかった。

完全に運動不足だ。

現在、スキンヘッドは大木を抱えて井戸の周りを兎跳びで回っている。
俺はやっぱり体力が保たずにゼーハーと息を切らせて井戸に背中を預けてそれを見ているだけになってしまっている。

体内の魔力の配分を調整すれば疲れなんて関係なく動き回れるだろうけど、体を鍛えるのにそれを使っては話にならない。
この疲労も必要だと俺は思っている。辛いけど…。

「鍛える、か…」

汗水流して兎跳びするスキンヘッドを見ていてシミジミと思った。

魔力を使って力を底上げしたとしても、自力が低ければ底上げした力も低いままだ。

このままではバイクを転かせてしまった時に力不足で起こせずに、途方にくれる姿が容易に想像できる。

そうなる前に基礎体力はキチンと付けておくべきだな。

「坊主!鍛えるつもりなら、このメニューを毎日!朝!昼!晩で熟すんだ!そうすれば、自ずと筋肉の鍛え方が分かる筈だ!ガハハハハッ!!」

兎跳びをしながらスキンヘッドが教えてくれた。

「もう我慢できねぇ!!朝から煩せぇーぞ!!この筋肉ダルマ!!」

そして、宿屋の窓が開いて、どこぞのオッサンの声が聞こえたかと思えばカンテラが飛んできた。

スキンヘッドの鍛え上げられた胸筋に当たるとガラスが辺りに砕け散る。

「ガハハハハッ!それは済まないなっ!ガハハハハッ!!」

なのに、スキンヘッドには傷一つ付いていない。大笑いを挙げながらトレーニングを続けている。

筋肉バカだな。

どこぞのオッサンは言っても無駄だと悟ったのか、諦めて窓を強く叩きつけるように閉めた。

「今日から、鍛、える」

「たらふく飯を食うのも忘れるなよっ!」

「ああ」

食事は体の基本だ。鍛えるだけじゃ意味がないと言う事だな。

スキンヘッドはまだまだトレーニングを続けるみたいなので、俺は体を拭いてから部屋へと戻る事にする。

朝から良い汗を掻いた。身体も汗を拭う為に拭いたから、気分がスッキリとしている。清々しいぐらいだ。

いつもは朝に弱い俺だけど、朝から筋トレをして汗を流し、全身を拭くと、さすがに目が醒めた。
ああ、気持ちの良い朝だ。

相変わらず片目は見えないままだけど、放っておいたら治るだろう。
子供の自己再生能力はバカに出来ないからな。

スキンヘッドと別れてから、階段を登り、廊下を歩き、元居た部屋の前へと戻ってくる。

……合ってるよな?

うん、合ってるな。
室内にマナ溜まりが感知できる。マナが含まれた例の木箱だな。

扉を開けば、すぐ足元にマナの豊富な木箱が置かれている。左手側のベッドには父ちゃんがイビキをかいて寝ている。

間違ってなかったようだ。

「さて、どうするか…」

木箱の中身が気になって仕方がないけど、誰の物か分からないし…取り敢えず、父ちゃんを起こすか。
話はそこからだな。

「父ちゃん、起きろ。朝だ」

「うぅぅ…エルぅ…やめろ…やめてくれ…」

なにやらうなされている様子。

「起きろ、父ちゃん」

「ダメだ…父ちゃんはもうダメだ…俺を置いて先に行け…」

一体どんな夢を見てるのか気になるけど…兎にも角にも起きてもらわないと困る。

「父ちゃん」

「それはエルだ…エルがやったんだ…俺じゃない…」

誰に弁解してるんだか。
やっぱり揺すっても起きないな。
なら、仕方がない。最終手段を取らせてもらおうじゃないか。

「さっさと…起き、ろっ」

秘技、跳び肘打ち。
狙いは鳩尾。軽く跳び上がって、肘で強打する。

「グヘッ!?」

父ちゃんの体がくの字に折れ曲がり、大きく目を見開きながらベッドに倒れこんだ。

よし、起きたな。

「父ちゃん。朝、だ。起きろ」

「ぅぅ…エルか…もう少し優しく起こしてくれよ…」

「そうした。起きる、しない」

「だからってこれはないだろ…?」

「そんな事、より。現状、説明する、しろ」

「そんな事って…」

俺の言葉が悪かったのか、父ちゃんを落ち込ませてしまったようだ。
まぁ、それはいい。ようやく父ちゃんがベッドから体を起こしたんだからな。

まだ眠そうだ。それに、腹も痛そうにしている。そんなに強くやったつもりはなかったんだけど、当たった箇所が箇所だからな。少しは痛むだろう。

「今の現状は、俺がエルに叩き起こされた所だ。すげぇ痛い」

不貞腐れながら、父ちゃんの現在の状況を説明した。が、

「違う。ここ、どこ?なぜ、宿?」

「……はぁ?もしかして、寝惚けてるのか?ここはサルークだぞ?それに、昨日この宿屋に泊まっただろ?」

そうだったか?
なぜかその部分の記憶がスッポリと抜けてしまっている。

要するに、記憶にない。

「アレは何、だ?気に、なる」

「昨晩エル宛に届いた荷物だろ。俺に取りに行かせた癖に忘れるなよ。…もしかして、本当に寝惚けてんのか?」

「うぅむ…」

記憶にないぞ。

でも、あの木箱が俺のだと言う事なら開けても良いんだろう。

その前に一応確認を…。

「開ける、ぞ?」

「お前のだろ」

要は『勝手にしろ』と言う事だな。
了承は得た。後で誰に文句を言われようが、全て父ちゃんの責任だ。

ってなわけで、逸る気持ちを落ち着かせて、木箱を机の上へと移動させる。

父ちゃんが俺の側に立って開けるのを今か今かと待っている様子。どうやら父ちゃんも木箱の中身が気になっているみたいだ。

よし、開けるぞ。

父ちゃんから工具を借りて、木箱の蓋を留めている釘を丁寧に抜く。そして蓋を開ければーー。

「石?…宝石?」

大量の宝石のように輝く石が入っていた。いや、違う。これは宝石なんかじゃない。
よく見ると、石の内側から光が漏れ出している。

一つ一つにマナが微量に含まれた摩訶不思議な石だ。

一体これは何なんだ?
実に興味深い……はっ!これがあればアレが作れるんじゃないかっ!?

「なんだよ、ただの魔石かよ。期待して損した」

タダのマセキ…?

「これ、タダのマセキ、言う、か?」

「ああ、魔石だ。見た所、安物の魔石だな」

マセキ…。

ふ…ふふふ…。

「ふふふふ…あはははははっ!」

「なっ!エルが…エルが笑った!?今日は豪雨かっ!?」

父ちゃんは俺を何だと思っているんだ。
俺だって笑う時は笑うさ。

それにしても、これは良い!
面白い!最高に愉快な気分だ!

こんな代物があったなんて!夢が広がるっ!!
今まで作成を諦めていた物なんかも作れる!

ああっ!ああっ!!最高だっ!!最高の笑顔だっ!!

まさにエクスタシィィッ!!

……と。気分が昂りすぎた。
ちょっと落ち着こう。

マセキとはマナが含まれたこの石の事を指すんだろう。
俺がずっと欲しかった物が目の前に大量にある…あぁ…最高だ…。

誰だかは知らないけれど、これをくれた奴には感謝してもしきれない。
誰か分かれば出来うる限りの謝礼を渡したいほどだ。

脳内で次々と次に作る物を想像しながら、もう一つの木箱に手を掛ける。

これはさっきのマセキが大量に入った木箱とは違って、マナの反応は微弱だ。ほとんど無いのと同じで、僅かしか感じ取れない。

だけど、いざ蓋を開けてみればーー輝きを失ったマセキが入っていた。
実に興味深い代物だ。調べ甲斐がある。

「なぁ、エル?一人で興奮してる所悪いんだけどよ、そろそろ飯にしないか?」

マセキに興味が失くなった父ちゃんは空腹を訴えかけるように腹を抑えてジト目で俺を見ていた。

……そうだな。俺も腹が減ってるし、調べるのはいつでも出来る事だ。
取り敢えず、飯にするか。

「ああ」

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