自称『整備士』の異世界生活
12
「なぁ、エル?今しがたエル宛に木箱が届いたんだが、知ってるか?」
「ああ。受け取る、くれ。契約書、だ」
俺は今忙しいから、頼む。
「別に構わないが、夜更かしも程々にしろよ?」
「ああ」
あの後、雑貨屋の前でアリアンナ達と別れた後、俺は一直線に宿に戻った。
それは、ひとえに手に入れた魔石を調べたいと言う好奇心によるものだ。
魔石と空魔石を一つづつ先に貰っておいて正解だった。残りを配達してもらっているけれど、いつ届くか分からなかったし、待ち遠しかったからな。
まぁ、思ったよりも雑貨屋のオバさんは早く配達してくれたみたいだけど。
今はそれを父ちゃんが取りに向かってくれている。
それにしても、調べれば調べるほど魔石は面白い構造をしている。
外側付近には薄い膜が積み重なってて、内側には空洞が広がっている。しかし、ただの空洞ではない。普通に見ても分からないだろうけど、魔力を振動として流せば、そこには水のような液体がギッシリと詰まっているのが分かった。
試しに割ってみたくなったけれど、まだ調べたい事があるので父ちゃんが寝静まってから割る事にする。
次に、空魔石の方を見る。
空魔石を魔力補充用のスクロールの上に置いて魔力を流してみるけれど、魔石に魔力が向かう感じはしても頑なに中に入ろうとしない。
手に取って魔力を無理矢理捻じ込んでみれば、僅かに内側に入ったものの、すぐに帰された。
これが廃棄理由だな。
で、どうしてそうなるのか、だけど…。
それはもうおおよその察しが付いている。
魔石は外側に幾重にも膜のようなのが積み重なっているけれど、それは内側の液体が固まって出来たものだと推測した。
見た限りの変化を言えば魔石を覗けば向こう側が透けて見える。でも、空魔石は暗く、何も見えない。
これが見る限りでの違い。
そして、見るだけではなく、魔力を流して精密的な違いを確認してみる。
普通の魔石は、内部に液体。表面付近には膜の層がある。
空魔石は、内部に液体があるのは同じだけど、それはほんの僅かだ。膜の層が表面どころか内側の大半を占めているから、そうなっているんだろう。
要するに、魔石とは内側の液体がマナを貯め込む性質を持つ石の事だと一つの仮定を立ててみた。
これを何かに例えるなら、塗装用の缶があるとする。そこに塗料を入れて使用し、残ったのを捨てたとする。と、缶の内側には表面にこべりついた塗料が残る。
洗わずに置いておくと、それが乾いて層となる。当たり前だ。繰り返し続けると徐々に許容量を圧迫し、遂には何も入れる事が出来なくなる。
と言う訳だな。
仮定を立てて一満足。からの、更に知識欲が刺激される。
魔力を備蓄できる液体…それを凄く見てみたい。この手でとって、より詳しく調べたい…と。
お誂え向きに、まだ父ちゃんは帰ってきていない。魔力感知で探してみる限りだと、まだ下の階で受け取りをしている真っ最中のようだ。
…そうと決まれば、早速実行だ!
用意する物は、ハンマーと鉄板。
鉄板の上に魔石を置き、ハンマーを勢い良く振り被りーー。
ーーキィィィィンッ。
高音質な音と共に…ハンマーが跳ね返された。
硬い。硬すぎる。滅茶苦茶硬い。
そりゃそうだ。よく考えたら分かる話だ。
過去に何度か俺は他の物を魔力タンクとして利用できないかと試した事がある。
でも、結果はどれも最悪だった。石に魔力を突っ込めば一瞬で許容量を超えて大爆発を起こし裏庭を吹き飛ばしてしまった事だってある。
あの時は本当に母ちゃん達が居ない時に試して良かったと心から安堵した。
内部の魔力容量をオーバーすると物体は爆散する。俺はそれを身に染みて知っている。
その時に負った傷はかなり深く、魔法を使って治したのに完治には至らなかった。未だに胸元に大きな穴の傷跡が残っているぐらいだ。
その後も細心の注意を払いながら物に魔力を宿らせようとしたけど…余り上手くはいかなかった。魔力がすぐに抜け出たり、対象の物が壊れたりしていた。
唯一、魔法で生み出した物質にならマナが初めから宿っていたし、少しなら込める事も出来た。だけど、これじゃあ余り意味が成さない。
マナを貯蓄できる量が余りにも少なすぎたんだ。
そんな事があったからこそ、なぜ魔石がここまで硬いのか分かる。
おそらく、内側に魔力を溜め込みすぎても、いつしかのように爆散しないようにする為だ。
容量をオーバーする量を流すと余剰分が帰ってくるのも、外側…外壁が頑丈だから。そちらへは逃げれずに来た道を戻るんだろう。
さて、なぜ硬いかの考察は終えた。
今度こそは魔石をカチ割って中身を見させてもらおう。
楽しみだ…。
魔石を鉄板の上に置いたまま、両手を魔石から一定間隔空けて構える。
ハンマーで壊せないとなると、次に行うのはプレスになる。
プレスとは、圧縮だ。圧力による力と力によっての高圧圧縮だ。
本来なら圧力を加えて部品同士を結合させる時に使われる圧着機械で用途は違うだろうけど、細かい事は別にいい。
プレス機械は生憎と作っていない。構造は分かるけど、作ったとしても使い道は少ないからな。
でも、今すぐに必要だから…俺自身がプレス機の代わりになればいいか。
油圧の力で圧力を加えるのを、魔力の力で圧力を加えるに変更。
魔力の性質を鉄…いや、空気…そうだな。水だな。
取り敢えず、軽く慣らす所から。
魔石をちょいと強力な防御魔法で囲って、その中に水で満たす。あとは、出来る限り中に水を送り続けて防御魔法の限界に近付いた頃合いを見計らって徐々に縮めていけば良いだけだ。
ちなみに、発動中の防御魔法は物理防御魔法で、魔力を込めれば込めるほど強固になる。
それを応用して、縮めると縮めるだけ込めた魔力量が凝縮されるようにして、水圧に耐えれるよう縮めば縮むほどより強固になるようにした。
少しづつ。少しづつ。防御魔法を縮めていく。そして、初めは直径2mだったのが、直径30cmほどになった時。
遂に変化が訪れた。
ピシリと魔石が音を立ててヒビ割れが出来たのだ!
思ったよりも早かったな。
今からは慎重に圧力をかけてゆく。どれだけで壊れるかと、壊れる瞬間を見ておきたいからな。
ヒビ割れは徐々に大きくなり、魔石内部の魔力が漏れ出すのが見て取れる。
そして漏れ出した魔力が急激に膨れ上がるのもーー。
「やばっ!?」
咄嗟に圧力を加えるのをやめる!水を消して真空状態に!防御魔法を多重起動!
そして、念の為にその場で俯せになって頭を低くする。
…。
……。
………?
いつまで経っても予測してた衝撃が襲って来ない。何の変化も起きてない。それどころか、魔力感知は正常を示している。
不思議に思ってゆっくりと机の上の魔石を覗いてみれば…膨れ上がって爆発寸前だった魔力が安定していた。
魔力は急激に膨れ上がると爆発する。それは火などによっての火炎爆発ではなく…魔力爆発とでも言えば良いのかな?
火は発生しないけど、衝撃波を生じさせて辺り一帯を吹き飛ばすんだ。
起こし方は比較的簡単で、大気中の魔力との濃度の濃さを大きく変えてやれば良いだけだ。
大気中よりも濃度が薄かったら起きないけど、濃度が濃ければ魔力爆発を起こす。
これは大気中の魔力との濃度の差が一定値を超えると必ず起きる現象だ。濃度の差の大きさによって爆発の威力は変わる。
これまで試した中での最大威力は熊系統の魔物を一瞬の内で跡形もなく吹き飛ばすぐらいだ。
んで、今の魔石から漏れ出した魔力の膨れ上がり方は、その10倍程度。
この宿屋ぐらい吹き飛ばしそうな程の威力の爆発が起きそうになっていたわけだ。
危なかった…。
にしても、どうして魔力は安定したんだろう?
以前は爆発の研究をしただけで終えていたから、安定させる方法なんて考えていなかった。
どうしてだ?
今、魔石の入れている空間は防御魔法の中だ。厳密に言えば、内部の水を消したから無空間になっていて、外界との繋がりを完全に立たれている状態だ。
無空間で外界の繋がり…そうか、分かった!
濃度の変化がーー
「エルゥゥ…開けてくれぇぇ…」
「ちっ…」
このタイミングで帰ってくるのか。
折角、新発見をした所だって言うのに…。
「ああ。今開く、する。少し、待つ」
まぁいい。この楽しみは明日に取っておこう。
ああ…楽しみだ。
○○○
ーードンドンッ!
ーードンドンッ!
深夜遅くに扉を強くノックする音で夢の世界から強制的にシャットアウトされ、追い討ちで睡魔が眠気に誘うのを騒音が邪魔する。
最悪のコンビネーションだ。
ーードンドンドンッ!
半目になりながら部屋の扉の向かいにいるだろうノックをする不届き者を睨み付け、静かになるのをひたすら待つ。
ーードンドンドンッ!!
ーードンドンドンッ!!
だけども、扉をノックする音は止まず、より過激になる一方。
「グゥゥ…グゥゥ…グガッ!?」
イビキをかいて寝ていた父ちゃんが驚いて飛び起きるぐらいに激しい。
「いったい、なんだってんだよぉ…ふあ〜ぁ…」
大きな欠伸をかましつつも、起き上がって扉を開きに向かう父ちゃん。
そうだ、そうだ。一発ガツンと言って黙らせてやれ。
そして、俺に安眠を…。
…。
「はいはい、どうし…カリーナさん?どうしたんだ?こんな夜更けに?」
……。
「フィーネが昼から?え?なんだって?あぁ、泣くな、泣くな。ちゃんと最初から最後までキチンと話してくれ」
………。
「ああ…それで?…うん。……」
…………。
「えっ!?なんだって!?」
五月蝿いなぁ。
折角、気持ち良く寝れそうだったのに…。
「もう頼れる人はドンテさんしか居なくて…お願いします!フィーネを捜すのを手伝って下さいっ!!」
……フィーネ?
「分かった!俺も協力する!取り敢えず、昔の知り合いにも掛け合ってみるから、その内にカリーナさんはこの部屋で少し休んで気持ちを落ち着かせてくれ!すぐに捜しに行きたい気持ちは分かるけどな、冷静を欠いた今のカリーナさんじゃ無理だ。兎に角、少し心を落ち着けてからにしろ。良いな?」
「分かったわ…」
会話が終わったのかバタンッと扉が閉まる音がして、廊下を慌ただしく掛けて行く音がした。
この足音…父ちゃんだな…。
まったく、夜なのにそんなに足音を立てるなよ。近所迷惑だぞ。
それとな、父ちゃん。
「フィーネ…私が目を離したばっかりに…うぅ…うぅぅ…」
この人をどうにかしてくれ。
どうして自分の子供じゃない子が寝てる部屋で泣いているんだ。
おかしいだろ。どう言う状況だよ、これ。
どうしたらこうなるんだよ…。
「はぁ…。まったく…」
「ふえ……?」
これじゃあ、寝るに寝れないじゃないか。
起き上がると、カリーナの散々泣きじゃくっただろうクシャクシャになった顔が目に入ってきた。
なんて顔してるんだよ…まったく…。
「話せ」
「エル…ぐん…?」
どれだけ泣いてるんだ。
「深呼吸。あと、話せ」
「ありがどうね…エルぐん…」
そうして、深呼吸をした後にポツポツとカリーナが語った、今日の昼頃の話。
俺と父ちゃんが別れ、父ちゃんは冒険者ギルドに。俺は街を覆う壁に向かったぐらいの時刻の話だ。
カリーナ達は俺達とは別の安宿を取った後、すぐに"神の祝福"を受けに行ったらしい。
神の祝福を受ければ、神様から魔法を授かる事ができる。それは多種多様に渡り、フィーネが授かった魔法は水と風の派生である雷だったそうだ。
かなり珍しい魔法で二人揃って大喜びした。今夜は豪華にしようとフィーネと約束し、なんでも好きな物を一つ買ってあげるとも言った。
そして、その後のこと。
露店を見て回っている時、気になる物が売られていて、ふとそちらに気を取らた一瞬の内に隣に居たはずのフィーネの姿が無くなっていた。
どれだけ呼んでも、叫んでも、捜しても…捜しても…フィーネの影一つ見つからなかった。
諦めずに街中を探し回り…街の治安を維持する衛兵達に事情を話したけど、忙しいと言って取り合ってくれず、もしかしたら宿に戻っているかもしれないと一握りの希望に賭けて宿に戻るも、居なかった。
それでもめげずに探し回ったけれど夜中になっても見つからず、宿の店員からも帰っていないと言われ…そして、最終的にはこの街で唯一頼れる人である俺達…厳密に言えば、父ちゃんを頼ったそうだ。
ああ、確かに、それは泣くほど辛いだろう。
俺の実際にあった過去で例えるなら、愛車をコンビニの駐車場に停めて、買い物に行く。そして、戻った時には愛車の姿が失くなっていた。
あれは辛かった。
初めて新車で購入した原付だったのに、見つけた時には無残な姿となって川に投げ捨てられていた。
見つけれたのは偶然だったけれど、凄く嬉しかった。反面、凄く悲して、復讐心に燃えた。
ま、結局は犯人は判らず終いで、何人か別の泥棒野郎の逮捕に貢献しただけだった虚しい結末が待っていた。
ちなみに、原付は頑張って修理した。けど、それ以来一度も乗る事なくガレージの奥に仕舞ったまま俺が真っ先に生涯を終えてしまった。
そんな過去を思い出すと、カリーナへの同情よりも、全く別物の怒りが湧き出してきた。
今更怒っても仕方がないっていうのにな。
「ふぅ…話を聞いてくれてありがとう、エル君。少し落ち着いて来たわ」
「ああ」
それは良かった。
「それじゃあ、私はもう一度フィーネを捜しに行ってくるわ。邪魔して悪かったわね」
涙を拭いて立ち上がるカリーナ。
「ああ」
気を付けてな。
カリーナが部屋から出て行くのを見送ってから、天井に視線を移して一度大きく深呼吸をする。
「はぁ…煙、吸う、たい…」
タバコがこの世界にあるかどうか分からないけど、無性に吸いたくなってきた。
「ふぅ…」
無い物ねだりをしても仕方がないけどな。
新鮮な空気で我慢しておこう。
えーっと、カリーナの話した事を要約するに、フィーネが行方不明になってしまったんだろ?
なるほど、迷子だな。
まったく…俺の周りに居る奴等は世話のかかる奴ばっかりだな。
もしフィーネが迷子になっているのなら今頃は腹を空かせているだろうな。晩飯食ってないって言ってたし。
…いや、子供だし、寂しくて泣いてるか?
まぁ、どちらにせよ早く見つかるといいな。
「さて、寝る、か」
ここは大人達に任せよう。
父ちゃんだけだと心配だけど、知り合いに掛け合う的な事を言っていたし、カリーナも探しに行ったし、大丈夫だろう。
俺はこの街に詳しくないし、探すのを手伝って邪魔してもアレだ。
それに、なによりも…眠たい。
まだ10歳の子供の俺には、この時間は辛いんだ。だから、足手纏いになるよりも大人しく寝ていた方が良いに決まっている。
きっとそうだ。
明日になればフィーネも見つかっているだろう。
きっと、そうなるに違いない。
だから、寝よう。
…。
……。
………。
…………。
……………。
「……………寝るない…」
眠たいのに、寝れない。
なぜかは分かっている。
『本当に見つかるのか?』
『父ちゃんに任せて大丈夫なのか?』
『もしかして怪我して動けないでいるんじゃないか?』
『明日になっても見つかってなかったら?』
『カリーナが心配していた。俺も手伝った方が良いんじゃないか?』
『俺みたいな子供でも、何か役に立つんじゃないか?』
そんな心配事が心と思考を埋め尽くし、俺が眠りに落ちるのを全力で阻止してやがる。
「あぁ…くそ…」
そうならないように自分に言い訳して誤魔化してたのに、やっぱり無理そうだ。
眠たい。凄く眠たい。
でも、このままじゃ安眠出来る気が全くしない。
動くのも、起き上がるのすらも億劫だけど…この不安が心に住み着いてる限り、俺は気持ち良く寝れないだろうな…。
「はぁ…仕方ない…」
だから、起きるしかない。
起きてフィーネの捜索を手伝うしかない。
父ちゃん達が上手くやってるようだったら良いんだけど…。
なんて思いながら、動きたくないと駄々をこねる身体に鞭を振るって起き上がらせる。
兎に角、今は眠気覚ましにカフェインとアドレナリンが必要だ。
カフェインは興奮と覚醒作用がある。眠気に勝つには最適な薬だ。
アドレナリンは心拍数と血圧を上昇させる。ヤル気を出させるにはこれしかない。
前世では、エナジードリンクとしてよくお世話になった想い出が詰まった薬物だ。
今回もそれらにお世話になろう。
魔力をカフェインとアドレナリンに変化させて血中に流す。量を間違えれば流石に身体を壊すと思うから、少しだけな。
あとは時間経過で勝手に効果が現れるだろう。
それまでに出来る事でもやっておこう。
まず、フィーネの魔力を思い出す。
フィーネの魔力は、小さかった。それこそ、子供が握り拳を作った程度の大きさだ。
それでいて本人に似て活発で、同じ形を維持する事がなく激しく燃える黄色い炎だった。
イメージとしては、炎を纏った雷が小さな箱の中で燻っているような感じだな。
次に、範囲を縮めていた魔力感知を徐々に広げて行く。
次々と他の魔力が感じ取れてしまい、その分だけ頭痛が酷くなってくる。
でも、それは一時の我慢だ。
フィーネが見つかりさえすれば、頭痛とは即座にオサラバできる。
範囲を広げるに連れて、普段肉眼では見れない物が鮮明に分かってしまう。魔力感知も制度が無駄に上昇して、必要のない情報までもが頭の中を埋め尽くす。
宿に泊まる人達の魔力。建物に宿る魔力。大気を埋め尽くす魔力。大地に含まれる豊かな魔力。建物のあちこちに居る小動物の魔力。
宿だけではなく隣の家。その更に向こうの家々。俺を中心に、街中に存在する全ての魔力が感じ取れて行く。
…あ、父ちゃんだ。
その周囲に他の魔力もある。おそらく、父ちゃんの言ってた助っ人かな?
でも、近くにフィーネらしき魔力はない。
より範囲を広げ、広げ、広げーー。
「…うぷっ」
やば…っ!?
急いで窓際に駆け寄り、窓から顔を突き出して口を開けた途端、
「おえぇぇぇぇ…」
胃袋の中身を全て吐き出してしまった。
街の大半の魔力を感じ取れてはいるけれど、その代償としてガンガンとハンマーで頭を殴られてるような頭痛はするし、眩暈や吐き気もする。
正直、気分は最悪だ。
腕や足に力が入りにくくなってきて、まともに立っていられずにその場で座り込んでしまうほど辛い。
でも、そこまで辛い思いをしたのに未だにフィーネは見つかっていない。
それに、
「もう限界…」
俺の魔力感知がこれ以上広げる事が出来ない広さにまで達してしまった。
街の三分の二。それが俺が魔力を感じ取れる限界だった。
「まだだ…」
まだ終わっていない。
これが俺の限界なわけがない。これ以上自分の意思で広げれないだけだ。
俺の限界は俺自身ですら把握していないんだ。いつもは無茶を避けていたからな。
でも、今回は少しばかり無茶をしてやる。
丁度いい機会だ。自分の限界を見極めてみるのも良いだろう。
魔力感知の範囲を広げるには、俺が魔力を感じ取れるようになったキッカケの時ように、脳へと魔力を大量に流し込んでやればいいだけだ。
そうすればーー頭痛が和らいだ。
吐き気も収まり、眩暈もなくなった。
思考がクリアになり、何もかもが鮮明に見えるようになった。
頭打ちになっていた魔力感知の範囲が急激に広がり、街全体を覆い尽くす。
まるで、街に満ち溢れている魔力と一体になったかのような気分で全能感に満たされる。凄まじい量の情報を容易に処理できる。
どこに何があり、どれが誰で、どんな魔力を持っていて、どんな姿形をしているのか。
全てが手に取るようにわかる。
なのに…感じ取れる範囲内にフィーネは居ない。
要するに、街の中にフィーネが居ないんだ。
これ以上範囲を広げても俺の魔力はまだまだ余裕があるけれど…なんだか嫌な予感がする。
これ以上広げない方が良いと俺の中の誰かが囁いているような気がする。
でもな…なんだかんだ言ってたけど、正直な話、やっぱり俺もフィーネが心配なんだよな…。
友達の娘みたいな感じだし。
だから、躊躇いは一瞬。迷いを殴り捨てて、勢いに任せて更に脳へと魔力を送り込んでやる。
みるみると魔力感知の範囲が広がり、あっと言う間に街の近辺を把握した。
鼻水が垂れてきたので、乱雑に袖で拭う。
そして、ある一定を超えた辺りから、感じ取れる景色が一変した。
動物から魔物。植物から小さな微生物。川の動き。草の揺らめき。大地の僅かな振動。風の動き。ほんの僅かなものまでも感じ取れてしまうほど敏感になった。
脳の奥深くを針で突き刺されたかのようなチクリとした小さな痛みを感じたと同時に、右眼から涙が溢れ出してきて頬を伝う。
そこまでしても、フィーネはまだ見つからない。どうやら街の近辺にすら居ないようだ。
まったく…世話のかかる奴だ。
より多くの魔力を脳へと送り込むと、範囲の広がり方が先程までと比べて格段と大きくなった。
街を囲う草原地帯から、更に向こうに点在する小さな林の数々。
反対方面には森が広がっている。
そこまで見えても、まだ足りない。
既に俺の魔力総量の三分の一は脳に移動させているのに、まだフィーネが見つかっていないんだ。
どこまで遠くに行ってるんだっ!て怒鳴りたくなってくるけど、処理しなきゃならない情報が多すぎて言葉が出てこない。
高熱を出した頭を冷やそうと俺の身体が額に大量の汗が浮かばせる。それを拭いながら、より多くの魔力を脳へと送り込み続ける。
そうして、ようやくフィーネを見つけた。
ここから約10kmほど離れた地点。森の中腹辺りを進む馬車の荷台に他何人かと一緒に乗っていた。
分かったのはそれだけだ。
俺の魔力感知は人の姿までは感知できないし、魔力のみしか感じ取る事が出来ないんだ。
でも、それだけで十分な成果だと言えるだろう。俺自身をベタ褒めしてやりたい気分だ。
フィーネの現状がどうなってるかまでは把握できないけど…まぁ、普段の行いを見てたら十中八九、家出だと思う。
冒険者を夢見ていたフィーネの事だ。どうせ、冒険者と一緒になって街を出たんだろう。人も大勢居たし。
まったく…。そう言う事なら一言ぐらいカリーナに告げてやれよ。せめて手紙でも置いておけば、俺も心配する事なく今頃は気持ちよく眠れてたってのに…。
さて、無事見つかった事だし、さっさと連れ戻しに行くか。
俺を心配させたバツだ。今回の家出は延期。カリーナにこっ酷く怒られてもらおう。
そう思い、即実行に移る。
閉じていた両目を開けば、右の視界が真っ赤に染まっていた。が、それを考えるのは後だ。今はそっちに思考を割く余裕がない。
かと言って、今、魔力感知の範囲を狭めるのはやめておいた方がいい気がする。ただの勘だけど、限界以上の事をしたから何かしら反動があってもおかしくない…ような気がして怖いんだ。
父ちゃん達に説明するのも、カリーナに説明するのもなしだ。もう、俺一人で行ってパパッと連れ帰って、全て終わらせる。
正直、この状態で居るのは辛いんだ。
体内で魔力を動かしている時点で魔力を消費する事はなくて時間制限なんて無いに等しいんだけど、常に膨大な情報量を処理し続けるのが精神的に辛い。
頭に留めている魔力量は取り敢えず現状維持にしておき…面倒事をさっさと片付ける為に行動を開始する。
現在、使える魔力量は4分の1程度。そこまで多くない。
魔力の消費量が少ない『風の刃』が千回ほど撃てたら良い方だと思う。
なので、節約重視で行く事にする。
全身に張り巡らせている魔力に脈動を与えるかのように、残る魔力の半分ほどを注ぎ込んで全身を強化しておく。
「………」
よし、行くか。
全身に力が漲るのを確認してから、窓枠に足を掛け、宿の庭に飛び降りーーと、見せかけて、足元に風を生み出して即席の足場を作り、トントントンッと空に向かって駆け上がってゆく。
そして、建物のある地点からある程度離れた所で、
「……っ!」
よいしょっと!
風圧と脚力の力で空高く跳び上がる。
足元で爆風が撒き散らされ、予想外なほど高く跳躍が出来た。
建物がある場所で本気で跳躍なんてしたら酷い事になるだろうと予測して予め空に移動していたけど、そうして良かったみたいだ。
振り返って跳び上がった地点を見てみれば、空中に歪な竜巻が発生していた。
巨大化する事なくすぐに消失したけど、建物の一つや二つ簡単に呑み込んでしまいそうな大きさだった。
怖い怖い。
まぁ、周囲に人や建物がある訳でもないし、気を付けて使えば別に問題ないんだけどな。
っと言う訳で、そんな竜巻を何度か発生させつつもフィーネの元へ急行する。
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