自称『整備士』の異世界生活
7
「ほんとーっに、すまんかった!」
翌朝。ワイワイガヤガヤと昨晩とは違った混雑と賑わい見せるギルドの一角で、大人が子供に土下座して謝る光景があった。
その大人と言うのが…非常に残念な事だが俺の父ちゃんだ。情けない…。
とは言え、謝っている相手は俺だけどな。
「ところで…」
チラリと父ちゃんの視線が俺のすぐそばに向けられる。
そこには、旅の荷物が入ったカバンと、子供がすっぽりと入れそうな大きさの鞄が置いてある。
「それはなんだ?」
その疑問はもっともだ。気にしてなかったら父ちゃんの目を本気で疑うところだった。
なにせ昨日までは持っていなかった物なんだから。
厳密に言うと、昨晩手に入れた物だ。
「分かる?」
「………ゴミか?」
考えた末に出た答えがそれか…父ちゃん…。
「はぁ…」
ついつい溜息が出てしまう。
「おっ!昨日の坊主じゃねぇか!」
そんな俺の元に手を上げながら見覚えのある冒険者が近付いてきた。
「お前の作ったアレ!試しに使ってみたらマジで凄かったぞ!安いくせにスクロールなんかよりも使いやすいし、ポケットに入るぐらい小せーから持ち運びも楽でスゲェー便利でなっ!…もしかして今日もやってたりするか?」
昨晩、ミルフィーの分を作り終えた後に真っ先に『俺にも作ってくれ!』と言ってきたやつだ。
初めは興味本位だったんだろうけど、それが本当に発動したのを見て、かなり興奮して追加で注文を出してきたのを良く覚えている。
「今日、ない」
「そうか。それは残念だ!なら、次やる時は絶対に教えてくれよっ!絶対だぞ!必ず買いに行くからなっ!」
「ああ」
どうやら知らぬ間にリピーターが出来てしまったようだ。
嬉しいような、嬉しくないような…微妙な気持ちになる。
「エル…お前…昨日、俺が居ない間に一体何をしてたんだ…?」
「金、稼ぐ、した」
そう言って、俺の等身大ほどの大きさがある鞄を投げ渡す。
「おもっ!?」
それを慌てて受け取った父ちゃんは…見事に押し倒された。
そりゃそうだ。なにせ、その中はギッシリと銀貨で埋め尽くされているんだからな。
金貨だけは他の場所に移し替えているけれど、銀貨だけでもかなりの重量になる。
そこから這い出すように抜け出た父ちゃんが、鞄の中身を確認するとーー。
「ふ、ふおぉぉぉぉぉっ!?」
一体、どこから声を出してるのか。
全く意味の感じられない奇声を発した。
「お、おまっ!これ…これっ!どうやって!?」
そう言って、父ちゃんは何度も俺と鞄の中を視線が行き来させる。
そんなの少し考えたら分かるだろうに…。仕方のない父ちゃんだ。
「少し、金、稼ぐ、した」
父ちゃんだけに任せるのは不安だったからな。
「少し…?」
「ああ」
俺には金の価値が分からないから、これがどれほどになるのかは分からない。
一晩で子供が稼げる額なんてたかが知れてるだろう。でも、宿代だけでも手に入っただけで十分だ。
父ちゃんは何やら納得のいかなさそうな顔をしていたけど、そんな父ちゃんは放っておいて俺はさっさと冒険者ギルドを後にした。
●●●
俺の名前はダンテ。家名はない。貴族じゃないからな。
昔はBランク冒険者まで登りつめてブイブイ言わせていたが、今では三児の親だ。立派になったものだと常々思う。
それはそうと、息子についてだが…。
一人目の息子である長男の名前はエル。
古代エルフ語で『元気に』と言う意味だ。
後で調べて知ったんだが、別れ際に使う言葉だったらしいんだ。…が、まぁ、細かい事は別に良い。
エルは小さい頃から変わったやつだった。いや、今も十分小さいけれど、もっと幼い頃の話だ。
なんと言うか、幼子の頃から妙に落ち着きを持っていて子供らしさが少ないやつだった。
今もそう変わらないけど、無愛想で、偏屈で、強情で、不気味で、口下手で、未だに言葉が上手く喋れてないし、文字なんて書く事はおろか読む事すら出来ない。
だけど面倒見は良く、器量良く、頭の回転は速いし、異様に聡くて、手先は器用。そんでもって、子供のくせして大人並みの馬鹿力の持ち主だ。
そんなやつだからこそ、凄く頼りになるやつでもある。
俺とファミナがエルを放ってアックとマリンに掛かりっきりになってしまっても、エルは我儘や駄々の一つも言わずに俺達の代わりに家事を黙々と全てこなしてしまう。
言葉遣いはアレだが、その仏頂面に似合わないほどのお人好しで、空気が読めて心優しい俺の自慢の息子だ。
だけど、人前に出すのは少し憚られる。
そりゃ凄い息子だって周りに自慢したくなるけど、それは普通にしていればの話だ。
エルは普通じゃない。
アイツの日課になってる、変な格好で寝る癖と、謎の日記擬きがその証拠だ。
日記擬きには、俺の知り合いの古文学者ですら解読出来ないと言わしめた文字が書き記されているんだが、描き始めてから7年。1日たりとも休む事なく毎日欠かさず書いている。
初めこそは俺も好奇心をそそられたが、今では不気味でしかない。
始めの頃はエルが悪魔に憑かれたんじゃないかって不安がってファミナが教会に駆け込んでしまったりしたぐらいだ。
その騒動は一度きりだったがな。
既に本棚には紙がギッシリと敷き詰められるほどの量にまで膨れ上がっている。
あれだけの紙を買い集めるのに一体幾らしたか…。計算したくもない。
正直、それを書いている時のエルは今でも不気味だ。
ロウソクの灯り一つ。薄暗い部屋で机に向かってニタニタと普段浮かべる事のない薄気味悪い笑みを漏らして熱心に文字を書き連ねる姿…。
不気味としか言いようがない。
それさえなければ自慢できる息子なんだ。
だが、今日。俺はエルに対して考えを改める事にした。
変な息子。奇妙な息子。不気味な息子。そんな汚名を綺麗さっぱり消え去ってしまうほど凄い事をしやがったんだ。
そう。それは、たった一晩で大金を稼いだ事だ。
まだ10歳に満たない子供。それも、外には碌に出ず、世間にも疎い俺の息子が、金に汚い冒険者達に騙される事なく大金を稼いで見せたんだ。
冒険者達の話を聞く限りだと『簡易スクロール』とやらを売っていたそうだが…俺はそんなもの知らない。
聞いた事もなければ、エルから一言も話してもらった事もない。
ただ、凄く便利だとベタ褒めされていた。
大きさはポケットに入るぐらいの小さな紙切れ。なのに、性能は本場のスクロールと大差ない…いや、下手すると、それ以上の物だそうだ。
俺も欲しかっ…ゲフンゲフンッ!どうして先に俺に相談してくれなかったんだって怒ってやりたい気持ちで一杯になったし、エルに信用されてないかもって不安にもなった。
だけど、それ以上に嬉しかった。
色々と不満はあるし、言ってやりたい事も沢山あるが、俺の息子がたった一人で大金を稼いだ事が不満を覆すほど嬉しかったんだ。
これが俺の自慢の息子だと大声で叫んでやりたくなったほどだ。
奇妙な行動ばかりするし、意味の分からない言葉をブツブツと呟く事もあるけれど、それでも、俺はこんな息子を持てた事が誇りに思えた。
これならエルが成人して家を出て行っても安心して見送れる。
そう考えると少し寂しい気持ちになるが、それ以上にその日が待ち遠しい。
俺的には『大きくなったら冒険者になりたいっ!』とか言ってくれるぐらい隣の家の娘ぐらいヤンチャに育って欲しかったんだが、それを言うとファミナが怒る事は明白だ。
なんにしろ、エルの未来は約束されたようなものだ。
金貨一枚で一年間働かなくても余裕で食っていける金額だが、それの倍以上を軽く稼いでくるほどだ。
昔は何事にも無気力で無関心だったエルが…今となってはこんなにも立派に育って…父ちゃんは凄く嬉しーー。
「父ちゃん。何する、してる。馬車、出る、する」
「ハッ!?ま、待てっ!すぐに行くっ!!」
「父ちゃん…荷物、忘れる、してる…」
「あっ!?い、いや!忘れてない!忘れてないぞっ!!」
「はぁ…」
なんだかんだ言ってやりたい事は沢山あるが…俺の子供に産まれてくれてありがとな、エル。
これからも頼りにしてるぞ。
●●●
エル達が立ち寄る予定の街サルーク。
そこに一台の馬車が向かっていた。
周囲を銀色に輝く鎧を着込んだ兵士達が囲い、ゆっくりと進む馬車に追随している。
馬車には赤い旗と鷹のシンボル。兵士達の胸にも同じシンボルが描かれている。
「あと少しでサルークだねっ!お姉ちゃん!」
「ええ。そうですね」
そんな馬車から漏れ出す無邪気な声と、お淑やかに、されど楽し気に返事をする声が聞こえてくる。
中を覗けば、エル達が普段着ている服なんかよりも、一段と良い素材が使われているのだと一目で分かってしまうほど仕立ての良い服を着た二人の少女の姿があった。
とても美しい金色の髪。透き通るような青い瞳。白い服が似合う姉と赤い服の似合う妹の仲睦まじい光景。
それこそ、薔薇が咲いたかのような空間。
彼女達の目的は、フィーネ達と同じく、このサルークの街で神の祝福を受けること。
「ミリア、すっごく楽しみ!お姉ちゃんが魔法が使えるようになったら見てみたい!」
「でも、魔法を授かれるかどうかは神様次第ですよ?」
「それなら大丈夫!ミリア分かるもんっ!お姉ちゃんなら絶対に凄い魔法を授かれるって!だって、お姉ちゃんは凄いんだもんっ!」
「ふふっ。ありがとうね、ミリア」
お姉ちゃんと呼ばれるミリアの姉は自分が授かれる魔法に想いを馳せて馬車に設けられた小窓から空を見上げる。
彼女達に良き出会いがあらん事をーー。
コメント
姉川京
読めば読むほど吸い込まれていく面白い作品だと思います!
これからもお互い頑張りましょう!
あともし宜しければ僕の作品もよろしくお願いします!