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自称『整備士』の異世界生活

九九 零

3

朝、目を覚ますと母ちゃんが居た。
俺が寝ているベッドに突っ伏して寝ている。

起こしに来たって訳ではなさそうだし…。

ベッドと母ちゃんの間で押し潰されてる母ちゃんの胸が視界に入り、昨日の事を思い出して顰めっ面をする。

アレはトラウマになりそうだ。
いや、もう既にトラウマになってるかもしれない。

思い出さないようにしよう。

どうやら、母ちゃんは疲れているように見える。
なので、気を遣って母ちゃんを起こさないようにベッドから起きて、さっさとリビングに移動する。

いつも迷惑掛けているから、今日ぐらいはゆっくりして欲しいものだ。そして、俺一人を家に置いて出て行かないで欲しい。

そんな意図を込めて、体を冷やさないように母ちゃんに毛布を掛けといてあげた。

「かみ…」

リビングに着くと、机の上には朝食の代わりに紙が置かれていた。
計5枚の紙…やっぱり、勝手に使ったら怒られる…よね?

うん。きっとそうだ。
こういう事は、勝手な自分の判断で決め付けてはいけない。ちゃんと指示を仰いで、貰えるかどうかの交渉をするべきだな。

そうと決まれば、母ちゃんが起きるまで待つだけだけど…待つだけって言うのも暇だ。

暇すぎて朝食を作ってしまった。

メニューはサンドイッチだ。
硬くて黒いパンと動物の肉と野菜があったから、それを使って作った。

よくよく考えれば、この材料ですら母ちゃんが料理をすると紫色とか黒色をしてるんだよなぁ。
形容し難い変な味もするし。

一体、どんな料理をしたらそうなるんだろ?

なんて思いながら一人寂しく朝食を済まし、やる事がなくなってリビングをゴロゴロ。

「そうい、えば…」

ゴロゴロし続けて数分ほど。
ふと、昨日の事を思い出してゴロゴロを止めて、その場で胡座をかく。

「きのう?」

昨日、色々と精神的に追い込まれすぎてヤケクソ気味に父ちゃんの真似をして魔法を使ってみようとした。

そしたら、魔法みたいなのが発現したような気がしなくもないような…。まぁ、すぐに気を失ったから良く覚えてないんだけど。

「もういっかい?」

確か父ちゃんが使ってたのは物を切り裂く魔法だった筈だ。

「いや…にわ?…うらにわ」

ここでは危険だ。何が起きるか分からない。庭でやるのも他人の目がある。恥ずかしい。なら、一面草原が広がってる何もない裏庭でやるっきゃないだろう。

そうと決まれば、さっさと行動しよう。
立ち上がり、台所の隅に置かれている空の水桶を持って庭に出る。

取り敢えず、井戸まで行って水を汲み上げてから裏庭へと回って、

「よし」

これで外に出て怒られた際の言い訳は完璧だ。
『水を汲んだついでに休憩していた』とでも言えば良いだろう。

それじゃあ、始めようか。

「え、っと…。『ワレネガウはカゼのチカラ。ワがテキをキりサくヤイバとなれ…エア・カッター』」

何もない方向に手を突き出して、唱えるだけですら恥ずかしい呪文を頑張って吐き出す。

刹那ーー手の平から何かが抜けるような感じがして、手の平に少し強い風の動きを感じられた。

そして、酷い倦怠感が全身にのしかかってきた。

「ぅぅ…」

まるで全力疾走して体力を完全に使い切ったような疲労感。これは、三歳児には辛いな…。

疲れたら眠たくなってきたし…。
天気も良いし、ちょっとだけ寝よう。

その場で大の字になって、全身に暖かい日差しを浴びてながら俺はすぐに眠りについた。


●●●


「ごめんね、エル…」

ベッドに突っ伏せて眠るファミナが寝言を呟きながら片手を伸ばして布団の上をまさぐり、

「エルっ!?」

ガバッと顔を上げ、徐々に焦燥に顔を染めた。

ベッドで寝ていたはずのエルが居なくなっていたのだ。周囲を見渡しても、この部屋にエルの姿はない。

(まさか…一人で出て行ったんじゃ…っ!)

ファミナがそう思うのも仕方がない。
エルは妙に聡明な子供だ。
そして、昨日の事があった手前、怒って出て行ったかもしれない。と、焦りを覚えた。

慌てて立ち上がると、背中に掛けられていた毛布がスルリと床に落ちた。

「エル…」

あんな事をしたのに…。と、毛布を掛けてくれたエルの優しさを身に染みて感じて、涙を目尻に溜めて、エルを探す為に部屋を飛び出す。

リビングに向かうと、机の上には誰かが作っただろう趣向を凝らしたような朝食が用意されていた。

それを作った人で真っ先に思い付いたのはファミナの夫であるドンテ。
しかし、ドンテの料理は雑だ。料理なんてさせたら、肉の丸焼きなんて物が出てくるぐらい。
なので、すぐに違う人だと考え改めた。

そして、次に思い当たったのが、

「エル…」

ファミナの息子であるエルしか思い当たらなかった。

だが、エルにはまだ包丁すら握らせた事がない。火の起こし方すら知らない筈なのに…。

台所を覗き込むと、竃(カマド)に火を焚いた跡があった。
その上には、使用済みのフライパン。

「…あれ?水桶がない?」

食器を洗う為に台所の隅に置いている水桶が無くなっていた。

(もしかして…)

そう思ってファミナは急いで家を出て井戸まで向かうと、近所の奥様達が井戸端会議をしていた。

話を聞くと、エルはここに水を汲みに来たらしく、挨拶もなく家の裏手へと歩いて行ったそうだ。

奥様方の口から不満などが垂れ流されていたが、そんな事は御構いなし。急いで裏庭へと向かってみるとーー。

大の字になって気持ち良さそうに日光浴をしているエルが居た。

「かあちゃ。おはよ」

足音で気付いたのか、顔を上げたエルがたどたどしい口調で呑気に朝の挨拶をした。

その隣には、台所にあるはずの水桶が置かれている。現状を見るに、水を汲んだ後でここで休憩していたんだろう。と言うのが見て分かった。

「エルっ!」

心配したんだからっ!と怒りたくなる気持ちが込み上げてくるが、これでは怒るに怒れない。

堪らず。と言った風に、咄嗟に逃走を図ろうとするエルの退路に素早く移動し、前から優しく抱き締める。

そして、涙ながらに謝罪を口にする。

「エル。昨日は何も言わずに出掛けてしまって、ごめんね。心配掛けたでしょ?」

「……」

「もうエルを一人にしないから。勝手に居なくなったりしないから。だから、こんな酷いお母さんを許して…」

「……」

「エル?」

返事がなく、不思議に感じたファミナが、ふと視線を下に向けてみれば…エルが力尽きていた。

「エルっ!?」

無自覚ほど怖いものはない。

その日、エルの脳裏には絶対に忘れられないように深く刻まれた。
『胸。危険。注意』と。


○○○


夜。エルが寝静まった時間帯にリビングにて。

「ーーって事があって…」

今日の昼前にまたもやエルが気絶した事を説明すると、ドンテは呆れた顔を浮かべて深々と溜息を吐いた。

「なんて羨ま…じゃなかった。それで、渡せたのか?」

「ええ。すごく喜んでくれたわ」

そう言うファミナも嬉しそうな顔をして、喜んだ時のエルの顔を思い返す。

「なら良いんだ。これからも定期的に街まで行って買ってくる事にするから、必要な物があったら言ってくれ」

「うんっ、分かったっ」

キリッと表情を切り替えて返事をするも、すぐさまニヘラと表情を崩してダラシない笑顔を浮かべる。

エルに何を言われたかドンテには想像も付かないが、それほどまでにエルに喜んで貰えたのが嬉しかったのだろう。

嫁を息子に盗られてドンテも色々と気に思う事はあるが、好いた女が喜んでいるのを見ていると彼自身、自然と頬が緩んでくる。

「我が息子ながら、恐れ入るな」

将来、女たらしにならなければ良いが…。と、心の中で思うドンテだった。


●●●


例の『胸。危険。注意』を心に刻まれた日から数週間が経過した。

あの日以来、毎日父ちゃんが紙を買ってきてくれるようになった。
聞けば、母ちゃんが頼んでくれたらしい。

どうもあの日以来、母ちゃんの息子愛が強くなってるような気がするけれど気の所為かな?

それはそうと、父ちゃんが毎日のように買ってきてくれる紙のお陰で一台目の愛車は完成した。
その愛車バイクの愛称はニンジャと呼ばれていて、その中でもかなり古い型のものだ。

癖が大きく、融通の利かない我儘な愛車だったが、それでも大好きだった。
俺の愛車達の中で、一番お金と時間を費やしたのも良い思い出だ。

そして、次の愛車の制作に移った。
制作とは言っても、紙に書き、そのパーツが動くのを妄想をして楽しんでるだけだけどな。

それと同時進行で魔法の件も勉強をしている。
いや、勉強と言うよりも、実験に近いかもしれない。

父ちゃんと母ちゃんには秘密にしているが、どうやら今の俺でも魔法を使えるようなのだ。

それが発覚したのは『胸。危険。注意』の日だ。あの日以来、俺は魔法とは何なのか自分なりに調べてみる事にした。

現在分かっているのはーー。

魔法を使うと体内から何かが抜け出て、魔法が発現する。

魔法は呪文を変えると、若干の差異が応じる。
例えるならば、

『我願うは風の力。我が敵を切り裂く刃となれ。エア・カッター』

だと、手の前に空気の塊が生まれて消えるだけなのに対して、

『我願うは風の力。敵を切り裂く刃となれ。エア・カッター』

だと、手の前から風の刃が放たれる。
『我が』の詠唱をしなかっただけなのに、大きな違いだ。

あと、限界ギリギリまで魔法を使うと、次の日は昨日よりも多く魔法が使えるようになっていた。

今分かっているのはこれぐらいだ。

妄想と魔法の実験は寝る前に行っており、最近では日課となりつつある。
順番的には、初めに妄想。次に魔法の実験だ。
まぁ、実験とは言っても、窓から外に向かって魔法を適当に撃ちまくってるだけだけど。

そんな毎日を過ごしている。

「エールーっ」

「かあちゃん。おもい…」

そして、これも日課だ。

朝起きると母ちゃんが抱き着いてくる。
食後にゴロゴロしていても。暇だから家事の手伝いをしていても。父ちゃんの出迎えの時も。寝る前も。四六時中、ずっとこんな感じだ。

「エル?女性に重たいは禁句よ?」

俺が母ちゃんに初めに抱いていた印象は、お淑やかだった。
なのに、今ではどうだ。

まるで子供じゃないか。

どうしてこうなったのか思い当たる節が全くないんだが…。

「かあちゃん。インク、ない」

「あら、そうなの?じゃあ、今夜辺りにお父さんに言っておくわ」

「……」

「どうしたの?」

今夜頼むとしたら、明日の晩に手に入ると言う事になる。
でも、インクは既に空っぽだ。

出来れば…。

「すぐ、ほしい…」

「そうなの?でも、そうね…。分かったわ。それじゃあ、エルは家で良い子にして待ってくれる?」

少し家を離れる事を迷ったみたいだけど、買ってきてくれるみたいだ。

「ああ」

頷くと、母ちゃんは満足気に頷いて俺の頭を優しく撫でる。
そして、お金の入った皮袋を手に、名残惜しそうに何度も振り返って俺を見つつも買い物に出掛けて行った。

ちゃんと家の前まで見送りをして、母ちゃんが買い物に出掛けるのを最後まで見送った後、リビングに戻って気持ちを入れ替える。

さて、母ちゃんも行ったようだし、そろそろ始めようか。

魔法の実践だ。

これまでは夜闇の中に適当に放っていたから、どんな風に出ているのか全く分からなかった。
なので、今回は威力や飛距離などを実際にこの目で確認しようと思ったのだ。

その為に大量に買い溜めされていたインクを全て使い切ってやった。
母ちゃんには悪いとは思うが、母ちゃん達が居ない間が一番都合がいい。

そんなわけで、裏庭に移動。

見渡す限りの草原。たまに野放しにされている牛が見えるぐらいで、誰もいない草原が広がっている。

じゃあ、始めるか。

「まずは…」

父ちゃんが使っていた魔法。

「『我願うは、風の力。敵を切り裂く刃と、なれ。エア・カッター』」

身体の中から手の平に向かって何かが抜け出る感覚がすると、手の平から風の刃が放たれた。

俺の身体よりも少し大きいぐらいの風の刃は地面を抉りつつ直進し続け、5メートルぐらい進んで消えた。

父ちゃんのは10メートル先の木材を軽く切り裂いていたので、まだ未熟と言う事だな。

次は、呪文を弄って新たに開発した魔法。

「『我願うは火の力。敵を切り裂く刃となれ。ファイアー・カッター』」

体内から何かが抜ける感じと共に、先程の風の刃と同程度の火の刃が放出された。
そして、5メートル程進んで霧散する。

「…おなじ」

他にも、水。土。岩。雷。氷。光。闇。鉄。全て試して、全て同じだった。

一体どれほど属性があるのか定かではないが、思い付いたのはこれだけで、それらは全て使えると言う判断で良いだろう。

それにしても…魔法と言うのはよく分からないもんだな。
無から有を生み出すなんて、現代人もビックリな所業。まるで、神の御業だ。

でも、それだけ出来ると言う事は、楽しめる幅も増えると言うことだ。
魔法で生み出した風や火と言った無機物は消えるのに対して、水や土と言った有機物は残る。

その辺は何か理由があるんだろうけど…考えたって判らない。

そんな事よりも、こんな都合のいい魔法があるんだ。
だったらーー作れるんじゃないか?

俺の愛車達をこの世界で再現できるんじゃないか?

この世界でたった数年しか過ごしてないけれど、この世界の文明レベルはかなり低いものだと感じた。

コンロはないし、水道もない。下水もなければ、トイレとかは最悪だ。
チラリと見た外も道らしき道はなく、踏み慣らされた地面が道になっている状態。
そして、車は一切走ってなくて馬車が一般的。

この世界で愛車の代わりになる存在と出会うのは望み薄…いや、望みがなさすぎる。

ならば、やるしかない。
愛車達を自分の手で作り上げるしかないだろ!

「ふふふっ…」

そう考えると、これからが凄く楽しみに感じてくる。

思わず笑みが溢れてしまう。

しかし、愛車達を己の手で作り上げるには今はまだ足りないものが多すぎる。

魔法は詠唱を変える事によって発現させる事のできる魔法が変わる。
だけど、それじゃあ効率が悪すぎる。
俺の求めるスペックを全て詠唱に注ぎ込んでいたら、詠唱だけで何日掛かるか分かったもんじゃない。

なので、記憶を頼りに物を作成する魔法を見つける必要がある。
それに、長々と詠唱するのもバカらしい。やはり詠唱無しで魔法を使えるようになるべきなのだと改めて思った。

あぁ、夢が広がる。

これほどまでに興奮したのはいつ以来だろう。
前世でも、ここまで興奮した事は無かったはずだ。

なんとしてでも作り上げてやる…!

っと、その前に裏庭を元通りに直さなきゃな。


○○○


その日の夜。

今日まで欠かさずに行なっていた妄想をお休みにして思考に当てる時間にした。

早速、呪文なしで魔法を使う方法と考えた物を創り出す魔法を編み出そうと思ったのだ。

だけどーー。

「『我願うは鉄の力。我が思う形と成れ。アイアン・クリエイト』」

再確認の為に唱えてみる。

すると、体内からゴッソリと何かが抜ける感覚がして、目の前に魔法陣が浮かび上がり、光の粒子が寄せ集まって歪な形をした鉄の塊が出現した。

俺が頭に思い浮かべたのは、長さ1メートル直径10φの棒だった。
なのに、出来上がったのは、グネグネにひん曲がった棒とは言えない代物だった。

それに、一度使っただけで倦怠感がドッと来る。

ただでさえ酷い倦怠感に犯されている状態なのに、二度目を行使した所為で立っている事も出来なくなってしまった。

フラフラと覚束ない足取りでベッドに腰を掛けて、座っているのも辛くてそのまま背中から倒れ込む。

まるで、酒を飲んで悪酔いをしたみたいな感じだ。目を瞑れば眠れそうなほど疲れ切っているのが分かる。

どうやら、今日はこれ以上の魔法行使は出来なさそうだな。

それにしても、今の今まで考えなかったが、今回でハッキリと捉える事が出来た。
魔法を使った際に体内から何かが抜ける感覚。

アレは一体…。

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