ド底辺ランク冒険者の俺が、美少女ドラゴンを嫁にするまで。

はつひこ

第6話 勝負…終結と回収。

メーさんが俺の中に吸い込まれる様に入っていく。
髪の色は紺色から銀色へと染まっていき、体が内側から変質していく感覚を覚える。視界はとても澄み切っており、浮いてしまいそうな気がする程身体は軽い。


「レイさん…その姿は…」


俺の変貌を見遂げたニムが─…いや、俺以外の全員が唖然とした表情をしている。
そんな中、相手の盾役であるジルがハッと我に返り、その大盾で攻撃を仕掛けて来た。


「グランドクエイク!!」


大盾を振りかぶって地面に突き立てると、衝撃波の様なモノがこちらに向かって来る。
俺は襲い来る衝撃波に向かって手を伸ばし、自分の手のひらに力を込めた。すると、手を平の形が変わっていき薄い金属板のようになる。
そこに衝撃波が当たるとガンッ!と重い金属音を鳴らしながら、衝撃波が打ち消された。
その光景は、メーさんが洞窟の瓦礫を防いだ時と全く同じだった。


「なっ!?」


ジルは驚いた顔をしている。
先程までただ守られているだけだった俺が、いきなり自分で攻撃を防ぎ出したらそりゃ驚くか。同じ事をされたら多分俺も驚く。


「レイ、さん…?えっと、大丈夫…そうですよね…」
「ん?おお、心配ありがとな」


俺の豹変ぶりに困惑しているニム。
お互いにピリピリとした空気はまだ健在しているが、皆疑問を抱いて頭を捻っていた。
しかし、それも束の間の事。すぐさま気を取り直したリーダーとブロウが続けて攻撃を仕掛けて来る。


「パワースラッシュ!」
「アクアブレード!」


二人が一斉に近距離攻撃を仕掛けて来るが、身体を液状化させて攻撃自体を避けた。そしてその身体のままニムの下に行き、彼女を守る様に周りを旋回する。


「ニム、孤立した盾のやつを無力化する。あいつに突進してくれ」
「でも、他の奴らが…。私、今の状態だと魔法防御力が…」
「防御全般は俺に任せろ。言ったろ?守備専門になっちまうって」
「わ、わかりました…。ッ!」


俺の指示を受けると、ニムは一直線にジルの下へ突撃する。
ニムの肩を支えにしてひっついていたので、彼女の本気の移動速度を体験出来た。彼女は瞬発力が並じゃないから、最初から最高速度を味わう事になったが。気を抜いたら落ちてしまいそうだ。
なんて呑気に考えていたら、リーダーが身体加速でニムの前に現れる。既に大剣を振りかざしていた。
一瞬…ニムが足を止めそうになり速度が落ちたが、俺の言葉を思い出したのか再び加速。
当然、俺も自分の言ったことを破る訳にはいかないので、身体の一部を金属板化しそのままリーダーを弾き飛ばした。
ターゲットであるジルは咄嗟の事で対処出来なかったのか、中途半端に盾を振りかぶる─


「ぐ、グラン…」


しかし、それが彼の誤ち。


「ニム、打ち込め!」
「はい!」


勢いに乗りながら振りかざしたニムの拳が、相手の腹部にめり込んいき、


「ごはッ!?」


唾と血が混ざったモノを吐き出しながら、ジルは吹っ飛んで行った。吹き飛んだ先で壁にヒビとくぼみを作り、その場に倒れ込み気絶した。


「よし…まずは一人」
「レイさん、次は大剣のやつにしましょう。あと、出来れば一人で戦いたいです」
「…殺すないでよ?」
「……大丈夫です」


少し気になる間があったが、俺は信じてニムから離れた。


「じゃあ、魔法使いの方は俺が抑えとく」
「お願いします」


この状況に慣れたのか、ニムからはもう困惑の表情は伺えなかった。
ただ、気のせいだろうか─…彼女の機嫌が心底悪そうに見えたのは…。
俺はそのことを気にしつつ、ブロウの無力化に向かった。







ニムの目の前には、大剣を構えた青年がいた。


「さっきは油断したが、今度は負けないからな」
「そうですか」


ニムにとっては猿以下の雑種に等しい青年の気迫を受け、身体全体が嫌悪感に蝕まれる。
この戦いにおいて重要なのは、どのくらい加減した状態を維持できるかである。正直な事を言ってしまえば、今すぐ目の前の青年に本気の蹴りを何発も打ち込みたかった。だが、レイと交わした『殺さない』の約束があるので辛抱するしかない。


「戦う前に一つ聞いておきたい。何故、あの冒険者風情の味方をする?」
「…冒険者風情とは、レイさんの事ですか?」
「そうだ」
「なら簡単です。私の居場所はレイさんの隣。レイさんがそうすると決めたなら、私はそれについて行くだけです。他に何か?」


ニムが尋ねると、青年は「もういい」とだけ返し、剣先をニムへと向ける。


「悪いが手加減はしない─身体加速ブースト!!」


叫び声が聞こえた瞬間、ニムの真横に青年が現れる。そして、容赦なく首を狩る勢いで青年による大剣の一閃が振るわれた。
そんな絶対絶命の状況だったが、ニムにとっては茶番にも入らない。


「遅いですね─」


そう言うや否や、ニムは青年の大剣を素手で受け止めた。予想外の事態に青年は顔を顰める。
ニムの尋常無さを感じとったのか、青年は一度距離をおく。
しっかりと距離を取り、ニムの表情を初めて伺った青年は、少女の顔を見て考える前に尋ね初めた…


「…お前のその詰まらなそうな表情は何なんだ?」
「詰まらないですよ?でもそんな事より─」


嗚呼、確かにニムにとっては今の状況などクソ程詰まらない。何なら、レイの浮気相手と一緒にお茶会をした方が百倍ましだと思う程だ。
しかし、そんな事どうでも良かった。今はただ─


「─私、怒ってるんです」
「はっ?」


楽しく平和なクエストデートを邪魔されたあげく、種族は違えどモンスターという枠においては同じ立場にあたる者のボロボロな姿を見せつけられ、それだけでは飽き足らず自分の好きな人までも傷つけようとした。
普段温厚だと自負するニムでも、一瞬にして脳裏に『塵も残さず消す』と言う殺意が芽生えた。
それだけニムは怒っていたのだ。


「貴方の様なヘマはしません…一撃です」
「…言ってくれるな」


ニムの本気の言葉を青年は挑発と受け取り、お互いに構える。


「「ッ!」」


そして、同時に衝突した。
青年が剣を振るう動作をすると、ニムはそれより早く拳を突き出す。だが、


「掛かったな」


剣を振るう一連の動作はフェイントだった。
身体加速ブーストの力でニムの背後に回り、本命の一撃のために大きく剣を振りかぶる。
この予想外の事態が襲う中、ニムは素直に感心していた。


「なるほど…少し認識を改める必要がありそうですね」


猿以下の雑種から、貧相な知恵を持つクソザコナメクジ程度には警戒した方が良いとニムは学んだ。
ただ、人間より全機能が優れたモンスター…何なら、全生物の頂点と言っても過言ではないドラゴンのニムである。この程度の事態、ボンミスにするのもおこがましい話だ。


「はぁッ!」


背後にいるであろう相手に、ニムは回し蹴りをする。


「!?」


突然の蹴りに、青年は咄嗟に大剣を盾にした。そのおかげで直撃は防いだが、ピシッと言う小さな悲鳴が剣から響いた。


「あっ…」


零れるニムの間抜けた声。
青年が疑問に思っていると、途端にニムと青年の距離が離れていく。
ニムから見て斜め上に飛んで行った青年は、そのまま天井から地面へと打ち付けられ気絶した。


「どうしましょう…本気で蹴っちゃいました…」


ニムは力加減をミスっていた。
しかし、やってしまったものは仕方ないと無理矢理納得する。


「まあ…勝ちは勝ちですよね!はい!」
「…ニム?」
「!」


背後から自分の大好きな人の声が聞こえる。だけど、今は何故かその声を聞くと身体から冷や汗が吹き出て来た。







ブロウの魔法を弾きつつ、隙を見て液状化させた腕で相手を簀巻きにして吊し上げた。
思いのほか手こずってしまったが何とか無力化に成功。そして、ニムの方は大丈夫かと不安になりながら振り返れば、即死確定してそうな威力で相手を蹴り上げるニムの姿が。


「加減はしろとあれほど…」
「すみません…咄嗟の事だったので…」


目に見えて分かる程しょぼくれるニムの姿は、俺の中にある『説教』という二文字を撤退させていく。


「まあ、わざとじゃないなら良い…のか?」
「そ、そうです!わざとじゃないならセーフです!」
「開き直らない」


ニムに向かって軽くデコピンをすると「あうっ…」と言う可愛らしい声が漏れてきた。
いや、こんな事してる場合ではない。忘れていたが、相手には死にかけの人が一人いるのだ。早く回復しなければ。
そう思い至り、俺は床に横たわる青年に回復薬を飲ませる。これで回復薬のストックは残り一本だ。
薬を飲んだ青年はすぐさま目を覚まし、寝ぼけ眼でしばらく周囲の様子を伺っていた。


「おはよう。気分はどう?」
「……ああ…俺は負けたのか…」


俺の質問には答えず、全てを悟った顔で折れた大剣を握りしめていた。そして、悔しさにまみれた様子で俺に言ってくる。


「騎士隊にでも何でもさっさと突き出せば良い。ただ、どうかブロウとジル…俺の連れは見逃して欲しい…頼む」


何故だか異様に聞き分けの良い密猟者だった。どうやら根っこからの悪人と言う訳ではなさそうだ。


「レイさん、さっさと切り刻んで吊し上げましょう!何やら私が燃やしますよ!?」
「ニム、落ち着いて…」


鼻息荒く興奮気味のニムを宥める。
ニムにはいつか優しい対処というものを覚えて貰いたい。
これからのニムへの教育方針を考えながら、俺は未だに吊し上げになっていたブロウをリーダーの下に返した。
リーダーとジルの安否を確認した後、ブロウは訝しげに俺を見つめる。その目は『通報しないのか?』とでも言いたげな様子だった。


「今回は全員見逃す。ただ、次に無害なモンスターを襲ってるのを見つけたら、その時は出る所まで出て貰うからな」


少し強めに言うと、リーダーが「ありがとう…」と一度礼を言ってきた。そして、気絶したままのジルを担ぎ、俺とニムが来た方の出口へと向かっていく。


「ヘルツバットには気をつけてな」
「大丈夫だ。俺達はこんなでも全員上位のB級冒険者だからな」
「そっか」


B級ともなれば安心だ。
確かな安心感を胸に、俺は三人を見送った。
これで一件落着はしただろう…。そう思った途端に身体の力が抜けていき、俺はその場にドサッと倒れ込んだ。


「だ、大丈夫ですかレイさん!?」
「ああ、大丈夫。ちょっと疲れただけだから」
「や、やっぱり…メー様を無理矢理体内に取りこんだから…」
「それとは関係ないよ」


疲労の原因が俺のスキルの副作用か何かだと勘違いされていたので、ニムの頭を撫でながらしっかり訂正をしておく。


「ほんとに…メー様を体に入れたままで大丈夫何ですか?そろそろ出した方が…」
「別に時間制限とかはないけど…。まあ、事も済んだし解除してもいっか」


心配した様子なニムを横目に、俺は身体の力を抜く。すると、メーさんが零れ落ちるように俺の中から出てきた。
プルんプルんと揺れるメーさんから異常は感じず、いつも通り陽気に跳ねている。


「メー様が戻って来ました…」


訳が分からないとでも言いたげに、ニムはメーさんを抱き上げる。上下左右のあらゆる角度からメーさんを眺め、ニムは不思議そうにしていた。
そんなニムの姿に温顔な視線を向けていると、背後からズズズッっと大きな物体が動く音が聞こえて来る。振り返ると、今まで気を失っていたビッグスパイダーが目を覚ましていた。
身体の傷は治っていたが、足の数は七本のまま。さすがにあの大きさの部位の再生は出来なかったようだ。
目覚めたビッグスパイダーは俺に近付き、じゃれる様に自身の顔を擦り付けてきた。


「痛かっただろ…ごめんな、守れなくて」


そう謝罪の言葉をかけると、ビッグスパイダーはより強く擦り寄って来る。気にしなくて良いという事だろうか。
なんて風に俺がビッグスパイダーと戯れていると、ニムが「むぅ…」と不満そうな声を出しながら俺の腕に抱きついて来る。


「レイさんは渡しません!」


頬を膨らましながら、ニムはビッグスパイダーを睨みつける。
よく分からないが、両者の間にピリピリとした雰囲気が流れていた。


「ニム、急にどうしたんだ?」
「……レイさんには内緒です。女同士の闘いなので…」


確かにこのビッグスパイダーはメスだが、竜とクモ…勝負する必要があるのだろうか。そもそも何故雌個体限定なのか…


「うん、わからない」


俺は考える事を放棄した。
いつまでも悩んでたって事は進まないので、今は話を続ける事にしよう。
不機嫌なニムを宥めながら、俺はそう思い至り、ビッグスパイダーをそっと人撫でする。


「…レイさん、なんでそいつにばっか構うんですか?そいつはそいつでレイさんに懐いてますし。レイさんのお嫁さんは私なんですからね!」


ニムがビッグスパイダーにマウントを取りに行く。その必死な姿は何とも愛らしかった。それに対し、ビッグスパイダーは何とも余裕そうな佇まいでニムを眺めながら、懸命に自分の足を動かして何かを作り始める。


「ニム、この子は何をしてるんだ?」
「さあ?別に私は、こいつがレイさんに危害を加えなければ何でも良いのです」


なんてドライな反応だろうかと俺が苦笑していると、いきなりビッグスパイダーが白い大きな玉を渡してくる。よく見れば、それは糸の塊だった。艶やかに煌めく糸玉に俺は思わず─…


「すごい…」


と、声を漏らしてしまう。
クモの糸なのに全く粘り気がなく、その純白さは最早芸術作品の域に達している。これは家に帰ったら飾りたいぐらいの逸品だ。
ビッグスパイダーはそんな俺の反応を見ると、満足した様子で起き上がる。そして、その巨体を動かし元来た道を戻って行った。


「プレゼントで好感を持とうなんて…姑息な手を…」


ニムが何か歪んだ殺意を向けていたように見えたが、気の所為だと思い込んでおいた。
糸玉をカバンの中にしまい込み、今度こそ帰ろうと俺は起き上がる。


「じゃあ、そろそろ行こっか。はい、耳栓」
「…ありがとうございます。あとレイさん、帰ったらその糸玉燃やしたいです。色々鬱憤が溜まってるので」
「うーん…それは勘弁して欲しいかな。折角の貰い物だし、結構質も良いから飾っておきたい」
「…良かったですね。いい土産が回収出来て」


ニムは今もなお不機嫌だ。けれど、その顔も大変可愛かった。


「手でも繋いで帰る?」
「ッ!…はい!」


だが、やっぱりニムは笑った顔が一番可愛いと俺は思う。



***



「「…」」


洞窟の外までニムと出て来たが、そこで俺達はあるものを発見した。


『…』


─一人は大剣を備えた物静かそうな青年。
─また一人は大盾を備えた顔の掘りが深い男。
─またある一人はローブを来た魔法が得意そうな少年。


そう、あの三人組である。
耳から血を流し、洞窟の入口で気を失っていた。B級冒険者云々の筈では無かったのだろうか。


「なんて無様な格好でしょうか」


申し訳ないが、俺もニムと同じ事を一瞬思ってしまった。
しかし、放置しておく訳にはいかない。


「ニム、運ぶの手伝って貰って良いか?」
「……レイさんが頼むのなら…」


顔に『嫌です』と書いてあったが、何とか飲み込んでニムは承諾してくれた。
ブロウを俺が背負い、ニムは残りを肩に担ぐ。役割分担が逆に見えるかもしれないが、種族と言う観点から見れば妥当だと俺は思う。


「そう言えば、帰ったらカンナに事情話さなきゃいけないんだっけ…」


ニムへクエストについて教育しようとした所から始まり、バトルにビッグスパイダーの救助。そして冒険者三人の回収。
何だか今日は騒がしい一日だなと思いつつ、俺はため息を吐いて歩き出した。

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