悠久の旅人

神崎詩乃

【国営墓所編】その2

 冷たい床、黴臭い湿った空気……。ここは何処か身体が先に理解し、周囲を警戒する。
「クソッまたこの夢かよ。」  

 草介はこの世界の人間ではない。今見ている夢はそんな草介がこの世界に来た頃……10歳の頃の追体験である。

 草介はごく普通の家庭で育った。父親が貿易商をしていた関係で家には海外製の玩具が数多く存在していた。その中で、草介は奇妙なオルゴールを見つけた。なにかの動物の骨があしらわれた少し不気味なオルゴール。すぐに手に取り、開けてネジを回すと草介の意識は吸い込まれるように消えていった。最後に聞いたのはオルゴールにしては荘厳な曲だった。

 そして、次に目を開けると父親と母親も一緒にいた。周囲は深い森に覆われ、野鳥らしき声も聞こえてくる。
「な……ここは……京子、草介、無事か?」
「えぇ。大丈夫。」
「大丈夫だよ父さん。……えっと……森……の中だよね」
「一体何が……」

 自体把握に戸惑っていると近くの茂みがゴソゴソと動き出し、人が現れた。その人は野伏のような出で立ちで見定める様な視線を送ると父親に向かって歩き出した。

「助かった。すみませんが道に迷ってしまいまして、麓の村まで連れていってくださいませんか?」
「2ゴールド。」
「え? 」
「お前の値段だよ。」

  薄暗い森に鮮血が散った。
「キャー」
「うぐっえ?うわうわぁぁぁ血、血がァ!」
「父さん!?」
「くっ来るな草介!に、逃げろ京子!」
「耕一さん!」
「に、逃げろ……。」

 血が溢れ、大地を濡らす。肩口から袈裟斬りにされた父親がうつろな瞳で見つめてくる。
「ガキは生け捕り。女は……ガキの人質かな。」
「へ?」
「……。見世物として奴隷商に売っぱらっても二束三文の端金掴まされて終わるだろうし、」
「嫌!耕一さん!?いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「……五月蝿いな。」

 ごとりとスイカのようなものが転がってきた。遅れて血が噴水のように湧き出し、顔を濡らす。
「あぁ、つい殺っちまった。勿体ねぇことした。おいガキ、それ拾え。」
「……え?あれ?母さん……え?」
「拾えって言ってんだよ。愚図が!」

 殴り飛ばされ、無様にも転がって顔を上げると血まみれの母親の顔がそこにあった。

「……母さん……。」
「仕方ねぇ。お前は奴隷商に売っぱらう。クソっついてねぇ。」

 10歳という。多感な時期の精神的ダメージは後々まで響くという。この日から草介の異世界生活が始まった。

「草介。起きて。」

 悪夢は唐突に終わりを告げた。
「おはよう。朝だよ。」
「ん……あ?」

 白い髪。紅い瞳。幼さ残る整った顔立ちの少女が覗き込んでいた。

「あぁ。おはよう。昨晩はどうも。」
「……気付いたの?」
「まぁな。でも直前まで気づかなかった。ほんと隠すの上手くなったな。」
「……。ごめん。」
「あ?別にいいよ。よく寝れたし」
「嘘。魘されてた。」
「……。あぁ。まぁ昔のこと思い出しただけだ。気にすんな。」
「そう……?」
 草介の過去について知らされているシロは困惑した表情で草介の目を見た。
「さて、まずは飯だ。あとは情報の整理か夜には国営墓所の視察。やる事はあるからな。」
「わかった。」

 草介は音を立てずに扉まで移動すると勢いよく扉を開ける。すると扉の先にいた者が扉と壁に挟まれ、情けない声を上げる。

「おはようさん。朝から人の部屋の盗み聞きとはいい趣味とは言えねぇな」
「ひっ……ば、化け物……。」
「自分の理解を超えたものを『化け物』だなんて呼ぶのは些か問題だと思うぜ?」
「い、依頼し、しに来たんだ。」

 男は急いでいるのか狙われているのか窓の方をチラチラと見ながら話を続けた。

「こんな朝早くに?」
「そ、そうだ。こんだけ朝早けりゃ他の監視員達は寝てるだろうから……言うなら今しかねぇと……思って。」
「ご苦労なこってそれで?依頼ってのは『アンダーテイカー』にでいいのか?」
「あ、あぁ。そうだ。」
「本来ならギルドを通してからにしてもらいたいんだが」
「そ、それは出来ない。」
「後暗い理由でもあるのか?それとも消されるからか?」
「両方だ。今も俺は逃げてきたんだ。この先逃げ切れる保証もない。生きてるうちに……あんた達に依頼しないと……。」
「依頼料踏み倒す気満々で語るんじゃねぇよ。」
「い、いや、しっかり払うぞ。俺の弟が宝石商でな。おたくらは金よりそっちの方がいいだろ?」
「……随分と用意がいいな。とりあえずここに来る前に何があったんだよ。」

 草介が問い返すと男は顔色を悪くしながら語った。
「お、俺の名前はジャルゴ。この国で墓地担当の軍人だ。昨晩、俺は国営墓所の巡回をしていて……怪しいやつを見たんだ。直ぐに仲間と包囲したら……そいつは笑いながら仲間を殺したんだ!」
「へぇ。それでお前はなぜ生かされた?」
「て、手紙を預かっているんだ。そいつから。」
「今出すな。シロ、どうだ?」
「何も無い。ただ……。」
(この男……既に死んでるよ。)
(だろうな。)
「こ、これが手紙だ。」
「……俺たちの知り合いでは無いはずだが……なんなんだよ。」
「ひっ、や、奴が来た!う、後ろの窓に!あぁ、窓に!」
「あ?」
「草介、窓を見ちゃダメ。」
「……とりあえず……」
 草介は懐から拳銃を取り出すと男の頭に弾丸を叩き込んだ。弾丸は男の脳を破壊すると頭蓋骨の中で留まり、男は絶命した。
「不快だな。朝から汚ぇ手を使いやがって……。」

 男の死体を漁り、手紙を取り出すと乱暴に封を切る。そこには血で書かれた手紙が入っていた。

『やぁ、愚かな人間くん。多分初めましてこれを読んでいるということは私のプレゼントは満足していただけたかな?まだ死体の近くにいるなら早く離れた方がいい。その男には私が作成した爆弾を着けてある。これを読んでいる者には生き残って欲しいな〜。ゲームにならないからね。これはゲームに参加するためのチケットさ。これから数日、私達は国を変える。止められるものなら止めてみな。それがゲームだ。』

「ゲーム?」
「……ゲームだと?」

 この世界に来て6年近く経つがゲームなんて単語見たことも聞いたことも無い。つまりはこの手紙の作成者は転生者……もしくは転移者……となる。同じような人間がいないとは思っていなかったが、まさか実在するとは……。

「草介。準備できたよ。」
 シロが男の頭の中を探り、最後に見たであろう場所を特定した。
「門を繋げてくれ。」 
「ダメ。阻害されてる。」
「じゃあその阻害範囲の上に門を開いてくれ。」
「分かった。」
 瞬間移動魔法「門」。見た場所に転移する高等魔法である。1度見た場所でなければ門を出せず、更に大規模な移動は壮絶な魔力を要求するため、なかなか覚える者のいない魔法である。それで爆弾を抱えた男を送り返した。

「遅延解除。」

 急いで放り出し、門を閉めると遠くの方で爆発音が響き渡った。

「ったく……。どうするか」
「どうしようか」

 2人は顔を見合わせると手紙を見つめた。

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