行き当たりばったりの総理と愉快な仲間たち

スカーレット

第十九話

「目の色は、元に戻りつつある様ですね。しかし総理、無理をされてはいけません。まだ病み上がりだということを、お忘れなく」
「ああ、わかってる。すまないな、心配ばかりかけて」


 桜花にぶん殴られて数時間。
 あの時のダメージで左頬が腫れあがって、官邸に帰った僕を見て怜美も穂乃花も目を丸くした。
 割と痛かったことは間違いないし、あれで目が覚めたというのはほぼ間違いないのだが、やりすぎだ、と怜美は桜花に詰め寄ったりしていて、僕は必死で怜美を止めた。


 穂乃花はそんな風に僕がある程度回復しつつあることを確認できたことに喜び、改めて僕に懐妊したことを伝えてきた。


「ある程度回復したとは言っても、まだ総理は病み上がりです。欲望に任せて襲い掛かるなんてことがない様お願いします」


 その日の夕飯の時間、桜花は怜美と穂乃花に向けて注意を促した。
 飯の時間にする話じゃないだろ、と思うが確かにそういう心配がゼロなわけではないし、来られたらきっと僕も応じてしまうであろうと考えられたことから、桜花に賛成しておいた。
 不満そうな顔を浮かべた二人だったが、また今度な、と言ってやると少しだけその険しい顔を引っ込めた。


「それから、総理は今日を含めて十日間の休みに入りますので、法案決定以外の職務は基本的に私たちだけですることになるでしょう。少々骨が折れるかもしれませんが、皆さんの力に期待してます」


 僕ならもう大丈夫なのに、と思う一方でそんなことを言ったらまた桜花が睨みつけてくるんだろうと言うことは想像できたので、僕としては今回お言葉に甘えさせてもらうことにした。
 体よりも心の異常の方が、人間にとっては脅威。
 今日かかった医者の言葉だ。


 たとえ一時的に落ち着いたからと言って、油断していると本格的にまずいことになりますよ、と脅かされて……というか多分医者は脅かしたのではなく事実を述べただけなんだろうが、僕にとっての抑止力としては十分だったと言える。
 休みと言ってもただの休日、ではなく次の仕事に向けて、復活を果たす為の休みなのだから。




『総理の体調不良、心配ですね』
『まぁ、あれだけの激務をこの三年間、ほとんど休みなしでこなしてこられたのですから……いくら若いと言っても限界はありますよ』
『ただの風邪とかなら良いんですけどね。先の奇襲攻撃等によるPTSD的なものも考えられますから、楽観はできないんじゃないでしょうか』


 翌朝テレビをつけると、情報番組で僕のことが取り上げられていた。
 というか実際、この三年で僕が話題にならなかった日はほとんどなかったのだが、今回は何となく出演者の人たちは神妙そうな面持ちだ。
 直接会ったことがある人もいれば、そうじゃない人もいるのに割とみんな、僕のことを心配してくれている様だった。


『ただ、今回の総理の働きによる効果は大きかった様で、実際この国に興味を持ってくれた方というのが、世界中で三割ほど増加しているという調査結果が出ているんですね』
『三割もですか!? それはすごい……』
『いや、これは単に好意的なものだけではないと思いますけどね』
『と言いますと?』
『総理の奇襲は、言い方を変えれば侵略行為です。もちろん、結果として勝利していたので我々に正義がある、という捉え方をしていますが……敗北していた可能性だって、あったわけですね』
『なるほど、では侵略されていると考えている人たちとしては、たとえば仇であるとか、そういう風に捉えて興味を持っている可能性もある、ということですね』


 確かにそうだろうな、と思う。
 割と的を射たコメンテーターを揃えている。
 ただし、一つだけ間違いがある。


 まぁ、これについては明言しなかった僕も悪いのだが、あの時は心に余裕がなかったという事情もある。
 その勘違いというのは、僕らは確かに勝利した。
 だから我々が勝利だ、というのはあながち間違いでもないだろう。


 しかし、世界はこの国に服従するのではなく、僕に服従してもらうことになるし、実際そうなっている。
 おそらくまだ火種が残る向こうの国へ行きたがらないコメンテーターで、実際に見てきたわけではないからああいった意見になったのだろうし、別に不快感を覚えたりはしなかった。


「お加減はいかがですか、総理」
「ああ、桜花……別に体は何ともないからね。むしろミサイル投げ返したりとか、おかしなことをしていたお前の方が僕は心配なんだが」
「はて、一体何のことでしょう? 私にそんな真似ができるなんて、本気でお考えなのでしょうか」


 どこまで冗談で言っているのか、判別がつかない。 
 とぼけてる様に見えないし、あの時のことをなかったことにでもするつもりなんだろうか。
 まぁ桜花がそうしたいと言うのであれば、僕としては特に反対をする理由もない。


 実際に桜花がああしなかったら、今頃僕は海のもくずと消えていたのかもしれないのだから。
 だから不思議なことではあったけど、恩義に感じていることは間違いないし、桜花はやはり僕にとって欠くことのできない存在であると、改めて思い知った。


「……まぁいいや。何ともないんだったら、それはそれで喜ばしいことだ。それより、僕の代理なんて真似させてごめんな」
「総理の身に何かあった場合には代理として動く、こんなのは別に不思議なことではないでしょう。それに副総理なんてものを今更立てたとしても、まともに機能するとは考えにくいですし」


 確かに。
 僕が総理になるに当たって、サブ的なポジションは必要ない、と僕は切り捨てた。
 各省庁の人間は国の運営に必要だから置いておいてるが、これも頭の固い年寄りは全員切り捨てたし、コンピュータの時代にも関わらず使えないとのたまうやつらも全員切って捨てた。
 実にスリムでスタイリッシュ、そしてスマートな内閣になったもんだ。


 この体制で三年の間、頑張ってきたのだ。
 これから先もきっと変わることはないのだろう。
 そして桜花がいるのであれば、僕もこれから先戦い続けることは出来る。


「国を治められましたが、今度は何をされますか? もちろん今すぐに考えて頂く必要はありませんが、簡単に思いついたことなどありましたら、それに沿った準備程度のことなら私たちでも出来ますよ」
「そうか、ならぼちぼち考えておくよ。悪いな、そんなことまで気を回させて」
「何を仰いますか、当然のことでございます」


 いつもの桜花だ、と思うのに僕の心は何故か桜花に磔にでもされたかの様に、目が離せない。
 どうしたと言うんだろうか。
 いつも見ている桜花の姿なのに、心が、鼓動が、高鳴って鳴りやまない。


 ……いや、鳴りやんだら死んでしまうんだが、静まらないって意味で。


「どうかされましたか?」
「いや……桜花、僕はお前を愛している。ずっと、ついてきてくれるか?」
「え……?」


 初めて見る、桜花の驚きの表情。
 そして僕自身も、自分で発した言葉に驚いた。
 何だよ、愛してるって。


 何を言ってるんだよ、僕は。
 仮にも桜花は仕事中だし、それに僕が恋愛感情?
 笑いの種にされるのがオチだろ。


 確かに妻だし何度も抱き合った仲ではある。
 だけど、愛情?
 そんな形のない不確かなものを、僕は信じてなんかいなかった。


 今までだって怜美に求愛されても、穂乃花に求められても、僕はそれに応えてこられた自信なんか欠片もない。 
 ただただ子どもを作って面倒を押し付けて……そんな僕が愛情だなんて。
 しかし。


「総理……私も、あなたを愛していますよ」
「え……」


 そう言って僕に口づけて、桜花は薄く笑って部屋を出た。
 何だか儚げな感じのする、不思議なキスだった気がする。
 桜花が部屋を出てすぐ、僕も何となく気恥ずかしい様な気持ちを抱えながら、もう一度眠りについた。




「起きられる? もうすぐ夕飯だけど」


 夕方になって、怜美が朱里を伴って僕の寝室へとやってきた。
 朱里はどんどん大きくなる。
 この年頃の子どもはやはり成長も早い様で、僕との会話を楽しむ傾向なんかもある様だし、何より僕の様な不愛想な子にならなくて良かったと思った。


 見た目にも、怜美に似たと思えるものだったしこれなら将来男に不自由することもないんじゃないかって思う。
 もちろん、そう易々と馬の骨にくれてやるつもりなどないが。


「ああ、大丈夫。もうみんな揃ってるのか?」
「ええ、今日はそこまで忙しくなかったから」


 怜美も何だか今日は機嫌が良さそうだ。
 癇癪を起こす様なことも最近は少なくなってきているし、怜美にも母親としての自覚が芽生え始めているのかもしれない。
 そんなことを考えながら僕は二人に手を引かれて、食堂へ向かった。


「総理、お体はもう?」
「ああ、心配かけてるみたいですまないな、穂乃花。それに他のみんなも、仕事増えて大変だろ」
「いえ、今までよりもやりがいがありますから」


 そう言ったのは亜紀だ。
 ここにきた当時はまだ八歳だったが、現在十一歳。
 いや、まだ十一歳なんだけどな。


 それでも、この三年で僕らの仕事において欠かせないほどにパソコンを使いこなし、簡単な雑務やデータ入力から必要があればハッキングまで一手に引き受けてくれる。
 何よりも子どもの脳だからなのか呑み込みの早さが半端じゃないということで、事務室で仕事をする大人が亜紀に仕事の仕方を聞いたりすることもあるというから驚きだ。
 ここにきた当初よりは、身長も伸びてやっていいことといけないことの区別もつき始めている。


 その他の子どもたちも誰一人脱落することなく、僕の為に動いてくれている。
 あの施設での一件の時はどうしようかと思ったが、連れてきてよかったと心から思う。


「穂乃花はあれか、発覚して間もないけど……そろそろ休んでもらわないといけなくなるな」
「いえ、総理……私も妻として、その名に恥じない行動を心掛けなくてはいけませんから。あまり、甘やかさないでください」
「怜美の時もそうだったけど、万全な状態で生んでほしいんだ。君の為だけじゃなくて、僕の為にも他のみんなの為にも、聞き分けてほしい。もちろん寂しいと言うのであれば、ちゃんと時間は作る様にするから」
「そんな、総理……総理こそ今は体を休めなければならない時ですよ。怜美さんの為にも、朱里ちゃんの為にも、そして私やこのお腹の子の為にも食べ終わったらまたきちんと休んでくださいね」
「そうよ、秀一。あんたほっとくとまた無理しそうだから……」


 気遣ってくれてるのは良くわかるが、何となく今までの三年が忙しかったからなのか、十日も休んで食っちゃ寝してたら太ってしまわないか、なんて心配になってくる。
 まぁそうなったらまた元気になってから考えたらいいか、と出されたものはひとまず平らげることにした。
 楽しく懐かしくすらある様な、夕食の時間。


 しかし、何かが足りない。
 何だろう、何か欠けている様な、そんな感覚。
 僕は大事なものを、何か忘れていないか?


 頭の中に浮かんでくるのに、その人影が頭の中でまとまって行かない。
 はっきりと思い出すことが出来ない。
 何だろう、このもどかしさは。


 酷く気分が悪い。
 思い出せないこともそうだが、僕にとってかけがえのないものな気がするのに、何で忘れているのか。


『総理……』


 突如頭の中に響いた、抑揚のない女性の声。
 僕はこの声を知っている。
 そしてこの声に、毎日助けられてこの声を聴きたくて、いつも歯を食いしばって頑張ってきた。


「おう……か……?」
「え?」
「おうか? って何? 人の名前?」


 僕の言葉を聞いたみんなが、不思議そうに僕を見て、そしてはっとした。
 僕の様子が尋常でないと思ったらしく、具合がまた悪くなったのではないかと、心配してくれているのだろう。
 だけど、そうじゃない。


 思い出したのだ。
 あの声と共に、僕の中に眠っていた感情が、思い出が。
 そうだ、あいつがいたから……なのに何で今、ここにいないんだ?


「なぁ、桜花はどうしたんだ?」
「だから、おうかって何よ? どうしちゃったの、急に」
「何言ってるんだ? お前だって散々世話になっただろ!? 僕の最初の奥さんだよ!! 旧姓は来栖桜花!!」


 あんなに世話になってきたってのに、忘れてるだと?
 怜美も穂乃花も、そんな不義理な女じゃなかったはずだ。
 そう思うと胸が熱くなって、つい大きな声が出てしまった。


「落ち着きなさいよ……何言ってるの。最初の奥さんは、私でしょ?」
「……は?」


 一気に騒然となる食堂。
 訳がわからない。
 一体何がどうなっている?


 僕は確かに昼間に、桜花に会っている。
 なのに、これは……この現状は……。


 そう思った時僕の意識はそこで途絶えて、最後に悲鳴が聞こえた。

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