行き当たりばったりの総理と愉快な仲間たち

スカーレット

第十七話

 蜘蛛の子を散らす様な、という表現を聞いたことがある。
 実際にそんなものを見たことはなかったし、正直僕らが標的にしていたのは各国の主要機関だけのはずだったが、やはり恐怖というのは人を狂わせるのだろう。
 通称白い家、そこを襲撃した僕を始めとする数機の戦闘機は、呆気なくその家を跡形もなく破壊した。


 上空に到着してから、五分もかからなかったと思う。
 そしてかろうじて生き延びたらしい現地の人間は、機能のマヒやら襲撃やらに逃げ惑い、一瞬でその国を混乱の渦へと追い込んだ。
 僕の指示通りにやってくれているのであれば、予め送り込んである人員の避難は既に済んでいるはずだ。


 そしておそらく、現地のテレビ局なんかも今は電気などが一切使えない状態になっていて、その被害を何処にも報じることが出来ないでいるだろう。
 僕の他の部隊に関しても、無事鎮圧できたという報告が入ったので僕らは空母であるイージスへと帰還した。


「……一瞬だったな」
「ええ、まぁ主要機能がマヒしていれば、完全にこちらの優勢ですから。ただ、砂漠地帯で有名な国だけは苦戦しているとの報せが入っております」


 あそこか……僕が生まれる以前にさっき落とした国と戦争をしていたんだったか。
 さすがに場慣れしているのか、誰かヘマでもしたのだろうか。
 どちらにしても、このままという訳には行かない。


「桜花、至急全隊員に補給の指示を。僕らも追撃するぞ」
「心得ました」




 それから一時間ほどして、僕らも再び出発する。
 何機かの戦闘機は撃ち落されたのか、砂漠に黒煙と炎が上がっているのが見える。
 覚悟をしていたとは言え、やはり身内の人間が犠牲になったのは辛い。


「む、こちらにもミサイルが飛んできますね。総理、操縦を代わって頂けますか?」
「は?それは構わないが……どうするんだ?」
「話している暇はありませんので……こうします」


 そう言うなり、桜花の姿がコクピットのすぐ目の前のガラスの外に移動する。
 どうやったんだ、今の……そして何と、飛来したミサイルを桜花は両手でがしっと受け止めて、投げ返した。
 敵に直撃はしなかったが、ミサイルは誰もいない場所で爆発して僕らは難を逃れた様だ。


「……な、なんだ今の……」
「お疲れ様です、総理。交代致しましょう」
「お、おう……」


 また何事もなかったかの様に桜花はコクピットに戻り、操縦桿を握っている。
 一体何が起こった?
 というか今のは現実なのか?


 変なGのせいでおかしな幻でも見たのではないか、という思いやら色々で頭がすっかりと混乱していたが、桜花はそんな僕に構わず次々ミサイルを撃ち込んでいく。


「総理、そろそろ弾が切れますが、次の部隊が追撃するべく出撃しているはずです。なので私たちは一旦撤退致しますがよろしいでしょうか」
「あ、ああ……いても役に立たないからな。一旦戻ろう」


 無線で何やら指示を飛ばし、桜花がまたも操縦桿を絞って僕らは母艦へと戻って行った。
 そして僕らが再び戦場に戻ることになったのは、全てが終わったあとだった。




「こちらの被害は?」
「十二名が死亡しました。負傷したのは三十二名です」
「……そうか」


 およそ三十分と少しの激闘の末にかの砂漠の国を制圧して、こちらの国の被害の状況を確認した時、僕は何とも言い難い気持ちに包まれていた。
 もちろん、参加してくれた部隊の人間はこうなることを覚悟していた者ばかりであることは僕も理解していた。
 しかしこうして目の当たりにしてみるとどうだろう、自分のしたことは間違いだったんじゃないか、なんて後悔の念が浮かんでくる。


 あれだけ家族を増やせだのと政策を立ててきて、その家族を失わせているのも他ならない僕なのだから。


「一方、米の国では三千人弱、その他の国では合わせて一万人強の死者が出た模様です」
「…………」
「総理、お気持ちはお察ししますが今は総理に動いてもらわなければなりません。どの国にも犠牲が出ている今、あなたが動かなければ、その犠牲はただの無駄死にになってしまうのです」
「……わかってる」
「どの国も、支配者はもういません。宣言を」


 通信関連のインフラが復旧したらしい各国へ向けて、僕はマイクを握る。
 やり遂げた後の達成感だとか、そんなものは一切なかった。
 あるのは、桜花に何を言われようとも芽生えてしまっている罪悪感と後悔の念。


 しかし桜花の言う様に僕が立ち上がらなくては、世界は支配者を失うことになる。


「聞こえているか、世界の国民よ! 日本語が出来る通訳がいるんだったら、僕の言葉をカメラに向けて翻訳しろ!!」


 目の前のカメラに向かって、僕は思ったまま叫ぶ。
 予め考えてきたセリフではあったが、こんな気持ちで叫ぶことになるなんて、考えた時には思いもしなかった。


「これから世界は、僕らの国の統治下に入る! 君たちは今、指導者も支配者も失った! 僕らがそれらを殺したからだ! これから世界の公用語は日本語だ! 半年の猶予を与え、その間で必死に日本語を覚え、話せる様になれ! そうでなければ、お前らは支配者たちと同じ運命をたどることになるだろう! いいか、これは提案なんていう優しいものじゃない! 命令だ! 強制だ! 死にたくなければ、それこそ死ぬ気で日本語を勉強するんだ!!」


 実際に僕には世界の嘆きの声は聞こえない。
 だが、僕の声に反応して落胆する者、不思議そうな顔をして事態が飲み込めていない者、混乱する者と様々な民の姿が見えた気がした。
 そして僕は、ポケットに忍ばせていた一枚の書類を取り出す。


「この法案決定書に書かれた内容は、これからまんま世界の法律になる!! この法案に従って生きられない者は全員、何者であろうと死刑だ!! 覚えておけ!! 理解できない子どもにも、年寄りにも、お前らが懸命に言い聞かせるんだ!!」


 そう、ここからは全ての国民を、僕が生かしていかなければならず、また全ての国の発展は、僕の肩にかかっていると言っても過言ではない。
 元々自国で展開されている法律は、まんま世界でも展開される運びとなって、実は予めチップは世界の人口のおよそ十倍の数既に作ってある。
 また、チップの特性として手の甲もしくは手首に埋め込むことで、体温と血液を感知して作動する仕組みになっている。


 もちろん障害や事故、病気で手首から先がなかったりという者もいるので、その辺は臨機応変に足首だったり首筋だったりに埋め込むことで対応できる。




 後日、世界各国の都市部から過疎化しているところまで、チップは行き届いたとの報告を官邸で聞いた。
 実際にこの国の監視下に置かれることとなった世界は、随分と大人しくなった様だ。
 反逆を企てれば何処からともなく嗅ぎ付けられて処罰を受け、強姦などが横行していた国でもそう言った犯罪被害は激減、潜在的な犯罪者の炙り出しにもチップは大いに役立っていると聞いた。


 心拍数が異常を検知すれば、直ちに警察とレスキューに連絡が入る。
 そしてチップを取り出せば、衛星がその行方を追跡すると言った具合に逃げ場はない。
 また一度銀行強盗を取り逃がしたことがあった様だが、その犯人が森林に逃げ込んだ際には持ち事焼き払って鎮圧したという例もある。


 正直やりすぎだろ、なんて思うことも多々あるが、僕の建てた恐怖統制国家は徐々にその形を見せ始めていた。
 取り返しのつかない、僕の刻んだ爪痕。
 しかしもう誰も、この世界を元に戻すことは出来ない。


「秀一、穂乃花ちゃんも妊娠したって」
「そうか」
「嬉しくないの?」
「…………」
「怜美さん、穂乃花さん、総理は今……と、ここで話すことではありませんね」


 そう言って桜花が二人を連れて事務室を出ていく。
 この数日、僕は何もする気になれず、心の中から何かがごっそりと抜け落ちてしまった様な感覚に支配されていた。
 先ほどの様に穂乃花が身ごもったことを聞いても、何の感情も湧いてこない。


 それでも記者発表だけはしなくては、と自国のマスコミを通して世界征服がここに成った、という報告をするだけして、質問は一切受け付けずに僕は公邸の私室に引きこもっていた。
 おそらく僕がこうなった原因を、桜花は良く分かっている。
 だから僕の代わりに、桜花は二人に説明してくれているのだろう。


 僕自身にもわかっていない、僕自身のことを。




「心神喪失、ですか」
「よくわからないけど、そう言ってたな」
「記者発表はいかがなさいますか?」
「…………」
「もちろん、無理にとは言いませんが……」
「なぁ、僕は今総理だけどさ」


 病院に連れていかれた帰り道。
 僕は自分の仕掛けた喧嘩で心神喪失の診断を受けた。
 これほど見事な自爆もないもんだ、なんて笑いそうになるが、笑うということが一切できなくなっていた。


 心はおかしい、楽しい、と感じていても、顔が強張って動かない。
 幸い朱里の世話は怜美がやってくれているし、時折桜花が代わってくれたりしているから、怜美の負担はそこまで大きくならずに済んでいる様だが。
 僕がこんな状態で国は、どうなるんだろうか。


「総理って、普通に任期があると思うんだよ」
「そうですね、前任まではそうでした」
「ってことは?」
「ええ、ご想像の通りです。総理には生涯現役で総理大臣を務めてもらうことになります。任期などというものは当然ございませんし、逃げ出すということもできません。何故なら自ら、その逃げ道を塞いでしまわれたのですから」


 確証があったわけではないが、この答えは何となく想像できていた。
 そう、僕は無意識で自分の逃げ道を塞いだ。
 多分、自分が流されやすい人間であることを自覚していたからだろう。


 仮に桜花が、怜美が、僕に逃げてもいいんだ、みたいなことを言った場合に僕は、逃げ道を残していたらきっと逃げていたから。
 だから自発的に、塞ぐことを選択した。
 桜花にしても怜美にしても、穂乃花にしても……僕が手を出したことでその人生を決定してしまった様なもので、心神喪失なんて大層なものにかかるとしたら寧ろ僕より彼女たちの方が、と考える。


 なのに被害者面をして今こんな状態。
 自分の足で歩けているだけまだマシなのかもしれないが、今の僕にまともな職務が務まるとは思えなかった。


「ですので、総理。逃げ出すことは出来ませんが、しばらくお休みを取りましょう。そうすることで、総理はまた立ち上がることができるはずです。少なくとも、私はそう信じています」
「…………」


 そんな風に手放しに信じられても、正直困る。
 僕はあの頃から結局何も進歩していない、ただの子どもに過ぎないんだから。
 立場が総理だろうと世界の支配者だろうと、僕が子どもであることには違いない。


「……総理、失礼します」


 そう言って桜花が、僕を真っすぐに見る。
 そして。


「……っ!」


 衝撃と共に視界が思い切りブレて、僕は桜花に殴られたのだと理解する。
 とてつもない痛みと、熱。
 かつて怜美を傷つけた時を思い出す様な、そんな痛みだった。


「しっかりしてください、総理。あなたは今や世界の王なんです。その為に犠牲を払うことも厭わないと、あなたは決めてここまできたのではないのですか? そんなあなたがここで折れてしまったら、誰がこの世界を支えていくんです? 私たちに出来ることは、あなたの補佐であってあなたの代わりは何処にもいません。……人を死なせたことが、そんなにショックですか?」
「……ああ、ショックだ。僕の与り知らないところで誰が死のうと気にはならなかったのに、目の前であれだけの人間が死んで、僕はそのことにショックを受けて……だけど、そのショックを受けている自分自身にショックを受けたよ。僕ってこんなに弱い人間だったんだ、って」
「そうですか……ですが、身も蓋もない言い方をすれば、人間は生きていれば遅かれ早かれ死ぬものです。永遠に生きていられる生物など、この世に存在しません。あの怜美さんだって、穂乃花さんだって、朱里さんだって……そしてあなたであっても、いずれは死を迎えるのです」


 そんなことは、わかっている。
 僕の母だって、怜美の両親だって、いずれは死ぬ。
 もし桜花が人間なのであれば、万能であると思われていても、その摂理に逆らうことなんかできやしない。


「あなたが掲げた政策を成し遂げるための、必要な犠牲。今回はその範疇を超えたものだったかもしれません。ですが、想定外のことは世の中にいくらでも転がっているものです。あなたはこの世界を、征服してそれで終わりの人なんですか?」
「…………」
「もしそうなのだとしたら……先日死んでいった人々は皆、ただの犬死にになりますね」


 何故だろう。
 今までのどの言葉よりも、この言葉は僕の心に響いて消えてくれなかった。
 犬死に、つまりは無駄に死んでいった、ということ。


 そんなことにさせておいて、いいのか?
 誰一人望まなかった死を、意味あるものにしてやることも僕の務めなんじゃないのか、桜花は言葉にせずともそう言っている気がした。


「この状況にあっても私は、まだ総理を信じています。総理だからこそ、出来ること。総理にしか出来ないことがまだまだ、この世界には沢山あるのです」
「…………」
「あなたは私の夫で、怜美さんと穂乃花さんの夫で、朱里さんの父親、そして今度穂乃花さんも子どもを産むことになります。更に言えば、あなたはもう世界の王であり、この事実は決して覆りません。どうか、そのことを改めて認識して、お考え頂きたい」


 官邸前に車が到着して、僕は桜花に手を引かれて車外に出る。
 こんな風になってしまった僕を、桜花は見捨てないでいてくれる。
 今すぐでなくていいのです、そう言いながら手を引いてくれる桜花に、僕の中で徐々に答えは固まりつつあった。

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