行き当たりばったりの総理と愉快な仲間たち

スカーレット

第五話

 翌日、この国は来栖の言った通りその姿をガラリと変えた。
 僕が第一の仕事として発行した法案、それは――。


「物凄い影響力ですね。今まで当たり前であったものが罰則化されると、この国はこうなりますか」


 昨夜僕は決定書への署名まで済ませて、記者会見を開いた。
 来栖曰くその時の僕の姿は一昨日、つまり総理に就任した初日とは桁違いに堂々として見えた、とのこと。
 僕が発行した法案を発表することによって、マスコミが湧いた直後、テレビ局は各局電話が鳴りっぱなしになり、どの局も……地震があっても台風がきてもアニメを流し続けるという局でさえも、回線がパンクするほどの問い合わせを受けたそうだ。


 この決定書の凄いところは、直ちにその効果が発揮されて罰する側に関しては、ほとんど洗脳みたいな状態でそれが正しいこととして動くことになる。
 極端な話、呼吸をすることを罪とし、呼吸しているのを見かけたら死刑、なんていう意味不明なものであっても効果は発揮されるという。
 国を滅ぼしたいのであれば、これを発行することで僕は一瞬で国を滅ぼすことも出来る、というわけだ。


『しかしあれがダメ、ということになるとやはり個々の意志というものが完全に尊重されることになるわけですよね。厳罰化、ということになるということでしたが実際にはどの様な?』


 テレビの情報番組で昨夜の記者会見の様子が映し出され、当然ながらカメラは僕を映している。
 出る前にシャワーも浴びたし、特に気にするところはなさそうで安心だ。


『死刑です』
『は?』
『ですから、死刑です』


 会場が騒然とするかと思いきや、シーンと静まり返り、誰も言葉一つ発さない時間が十秒ほど。
 記者たちは皆、顔を見合わせて困惑している様だった。


『皆さんは数の暴力という言葉を聞いたことがあると思います。また、多数であることが正しいという現在の風潮はあっても、実際には少数派が正しかった、という例はいくつもあります。その様にして少数派が虐げられる原因である、民主主義。これを撤廃して多数決などを全て厳罰化することになりました』


 世の中というのは不思議なもので、多数の人間が当たり前のことをしているのだから、少数派の人間もその様に倣いなさいという風潮が強い。
 強いというよりも、ほぼ強制だ。
 それによって虐げられる少数派。


 そして多数であるから自分は正しいのだと錯覚して、思考停止にも等しい考えを持つ多数派が占めるこの国の現状。
 この国を腐らせている原因を作っているのは多数決、つまり民主主義であると僕は考えた。
 多数派に属しているから正しいなんて言うのはただの逃げ口上で、自分の考えを持たない或いは口に出来ない言い訳でしかない。


 そして、仮に多数派が正しいとした場合に、少数派を虐げてもいい理由にもならないだろう。
 実際に虐げられ封殺されてきた少数派の意見は、なかったものとして扱われることも少なくない。
 みんなこうしているから、というそんな理由だけで人に何かを強いるというのは、それだけで罪だ。


『では、今後は少数派が正しいということでしょうか?』
『そうではありません。今の世の中の、何かにつけて人に聞けばいい、という様な風潮が国力そのものの低下であるということです。つまり、多数であれ少数であれ自分のことを決定できるのは自分自身であって、他の誰でもない。誰かに聞いて決めた人間というのは、それで失敗した結果その意見をくれた人間を恨み、文句を言います。意見をくれたのはその人で間違いないでしょう。ただ、実際にその意見をもらって、それがいいと思い、決定したのは自分自身であるのにも関わらず、です』


 ここで思い当たる人間は多かったのだろう、初めて会場である官邸が湧いた。
 それにしても頭の悪い質問だなと思った。
 多数決が廃止されたら少数派が正しいなんて頭のおかしい極論が、何処から出てくるというのか。


『皆さんは、自分の意見がたとえば人と違うからと言って、それが自分の人生にとって有効なものであると予感した時に、それをいちいち人に聞かなければ判断が出来ない。そんな人間ばかりになってしまっているのが、今のこの国です。また、反対されたから、とかそんな理由で自分で自分を追い込んでおいて引きこもったりする人間も非常に多く、非生産的な結果を生んでいる原因にもなっています。この国の生産力の低下は少子高齢化と言われていますが、こうしたことによる引きこもり、つまりはニートの増加によるものでもあるということを、いい加減認識してもらおうと思い、この様な法案を通させていただきました』


 我ながらよくこんなことを言えたものだな、と思う。
 だって、僕なんかは自分で決めたわけでもないのに総理になったわけだし。
 多分聞いてて来栖も同じ様なことを考えたのではないかと思う。


「よくおわかりになりましたね。ですが、私は総理のお考えそのものに反対をする気はありません。そう言った側面を、この国は確かに持っています。そしてこの法案によって、この国は個々の意志を尊重する様になりますが……これだけでは不十分ですぐに脱落者は現れるのではないか、という懸念はありますが」


 そうだろうと僕も思う。
 だから僕は、次に出す法案も既にいくつか頭の中に用意してある。
 ひとまずは様子見が必要だろうとは思うが、概ね僕の考えた筋書き通りに事は進んでいくはずだ。




「凄いな……グループがほとんどいない。カップルなんかもほぼ見かけないみたいだ」
「そうでしょうね。グループは元々意見のぶつかり合う場でもありますから。これから予想される出来事としては芸能界ではいくつものバンドなどの解散、アイドルグループの解散、そう言ったものが目立つことになるのではないでしょうか」
「ふむ」


 この日、僕と来栖は軽く変装をして官邸の外に出てきている。
 官邸のある最寄り駅はそれなりに人がいる。
 それは以前から変わっていないが、目に見えて変わったのは僕たちが言った通り、グループで歩いている人間が目に見えていなくなっているということだった。


 僕はこうするから、私はじゃあこうする、という意見を個々が持って動くことで、それに合致する……つまり同じ意見を持つ者同士で徒党を組むことも出来るとは思う。
 しかしその人数が増えればまた意見はぶつかり、そうした時にそのグループは霧散するのだろうが実際にはその方が国の流れも面白いものに変わるのではないだろうか。
 今回の法案の肝は、言い換えてしまえば意見の押し付けの禁止みたいなものでもあるので、国民は自分で考える癖をつけるだろう。


 だって、そうしなければ極論としては死んでしまうわけだから。
 実は死なないでもいいわけだけどね。
 だって、多数決を禁止しただけで、人に意見を求めることを禁止したわけじゃないんだから。


 だけど今の世の中でそれに気づける人間がどれだけいるのか。
 深読みしすぎて曲解する様な人間が多くいるんだとすれば、それはそれで期待できる。
 考えている、ということではあるから。


「早くも、いくつかの音楽グループの解散がニュースになり始めている様ですね」
「そっか、まぁその辺は興味ないけどね」
「このままでは、カップルの減少及び結婚などの減少にもつながりませんか?」
「その辺についても考えてはいるよ。この国を潰したいってわけじゃないし、将来的に子どもが増えてもらわなきゃいけないってのは間違いじゃないから」
「失礼しました、私などが気を揉む必要はない話でしたね。お詫びに、胸を揉まれますか?先ほどの様に」
「…………」


 気を揉んだ、ということからの繋がりなんだろうがどうにも遠慮がなくなってきたな、この女。
 いや、これが来栖の個性だってことなら別にそれでいいんだけど。


「とりあえず官邸に戻ろう。次の法案を作るから」
「そうですか、では」


 また来栖が僕の手を取って、僕たちは官邸に戻る為に歩き出した。
 身長差のある男女が珍しいのか、はたまた意見の衝突が怖くないのか、みたいに見られている様な気はしたが、別に特に恐れる様なことでもない。




「次の法案は、どの様な?」
「うん。少子高齢化をこのまま黙って迎えるわけにはいかないからね。ある程度直結した法律にしようかと思ってる。来栖にこんなこと言っても釈迦に説法って感じだと思うけど、このままいけば年寄りだらけ、って言われてるけど怖いのはそこじゃない。年寄りどもが死んでいくことだと僕は思ってる」
「仰る通りです。このままいけば、この国の人口は間違いなく激減、そして労働力低下にもつながるでしょう」
「そうだね。つまり、必要なのはいかにして生き残るかじゃなくて、いかにして生産するかだと思うんだ」
「そこに気づかれるとは、さすがです。して、どの様なものを?」


 少子高齢化が危ぶまれている現状、それをなかったことにするかの様な、避妊薬等の存在。
 別に今子どもがほしくないから、というのは気持ちとしてはわかる。
 やりたいことがあるから、というのも理解は出来る。


 だが、本来は生殖行為でもあるものをただただ快楽の為に、という今の風潮も間違っている気がしないでもない。
 昨日までの僕なら、単純に快楽のみを目的としたセックスの全面禁止、なんて言う極端極まりない法案を作っていたかもしれないが、今の僕は違う。
 何故なら僕はもう童貞ではないからだ。


 そんなもん、したければ来栖に言えばいつでもさせてくれるだろう。
 ただただ禁止、というのではなくちゃんと付加価値をつけることが重要だと僕は考えた。
 もちろんすぐに効果が出るものではないので、さすがにこれには年単位での観察は必要になるだろうが効果自体がないというものにはならないだろう。


「結婚及び妊娠をしない、つまり快楽のみを目的としてのセックスの禁止。これだな」
「……それですと、総理も死刑になりませんか?」
「うん、だからこれの前にまず一つ、作らないといけないものがあるね」


 僕だってただただバカみたいに考え無しに法案を作ろうなんて考えてはいない。
 もちろん完璧な人間なんていないし、穴が出来てしまうのはどうしようもないだろう。
 だが考えられる限りの穴を埋めてこそのものだ、僕はそう考える。


「少年法の撤廃と成人年齢の引き下げ。まずはこれだな」
「ふむ」
「言いたいことはわかると思うが、義務教育は十五歳、つまり中学校まで。そうだよね?」
「その通りです。実際学歴社会というものになってしまっているこの国において、義務教育期間というものはあってない様なものになってしまっていると言えるでしょう」
「そう、本来であれば家庭の事情などで働きに出たい、にも関わらず中卒ではロクな仕事に就けない。こう言った事情から、大学までが義務教育みたいな風潮がある」
「そうだと思います。でしたら、義務教育期間を大学まで延ばすというのは?」
「それじゃダメなんだよ。いいかい?結局大学までを義務教育とすると言うことは、それだけ国の財産からの支出も増える結果になる。そして、労働力そのものがその分だけ低下してしまうということにもつながる。少子高齢化が目に見えて解消されたのであれば、大学までの引き上げも良いだろう。長い目で見てきちんと学んでから就職をする方がいいというのも事実だとは思うからね」


 こんなこと、いちいち説明するまでもなく来栖はわかっているはずだ。
 わかっていて、僕の意見が揺らがないかを確かめるべく敢えての意見を出してきた、ということなのだろう。


「で、だ。少年法。これについてはもう機能していないというより、逆手に取る人間の方が多くて国家機関ともあろう者が手を焼いているのが現状だ。だから成人年齢を十五歳に引き上げて、少年法も撤廃する。江戸だとか明治くらいまでは、成人……元服とか呼ばれてたらしいが、十五歳だったって言うじゃないか。それでいいと思うんだ。二十歳である必要性は、少なくともこれからの世の中では全くない」
「確かにそれは間違いない様に思います。実際に若者が多く、今の様に少子高齢化ではない時代に作られた法律ですからね。現状通すのは無理がある、というものが多く存在しています」
「更に言ってしまえば、婚姻関係の要求年齢も十五歳で男女統一してしまう。これが一番だろう。セックスをするな、なんて言っても人間は快楽に勝てないことの方が多いのだから」
「そうですね。隠れてこそこそ、ということにならない為の救済とも取れます」


 その通りだ。
 実際に子作りを目的としてのものであれば、国はそれを支援する。
 しかし無責任にやるのは罪、という具合に線引きをする。


 国民の自由だのとそんなものを尊重しようとするから、その自由によって国自体が傾いているという現状がある。
 ならばそんなものは取っ払ってしまうのがいい。
 自由というのはやることをきちんとこなしている者が主張できるものであって、それをせずに主張するのは自由ではなく勝手である、ということをまずは浸透させる必要があるだろう。


「では、総理。私との結婚をする、ということでよろしいのでしょうか」
「そういうことになる。もちろん子どもが出来るかはまた運次第かもしれないが」
「結婚したい、ということですか?それとも義務だから仕方なくされるのですか?」
「…………」


 これまた答えにくい聞き方をしてくる。
 というか、僕には一切逆らわないと言っていたが、来栖に気持ちとか思想というものはないんだろうか。
 僕みたいなのと結婚とか、僕が女なら正直ごめんだなんて考えてしまいそうなのだが。


「私は、総理と夫婦になることに抵抗はありません。ですが、総理はそれでよろしいのですか? 総理のお気持ちとして、私を愛することができる、ということでよろしいのでしょうか」


 こんな発言が飛び出すということはこいつも人並みに女だ、ということなのかもしれないが、愛だの何だの言われても正直目に見えるものではないし、僕にはまだわからない。
 だけど、これから先来栖なしに僕の職務は全うできる気が全くしない。
 ということは、僕にとって来栖は必要な人材なのだ。


 日々の職務から性欲処理に至るまでの全てを面倒見てくれるのだから。


「こんな言い方は卑怯かもしれないが、僕にとって来栖は必要だ。だからずっと一緒にいてもらわないと困る。手放してしまう訳にはいかないからね」
「確かに卑怯ですね。ですが、昨日今日会ったばかりの相手に愛情がどうのと言われても、現実味が感じられないのは間違いないと思いますので、総理にしては合格点ではないでしょうか」


 何とも上から目線でいらっしゃる。
 まぁ来栖の経験値は僕なんかと比べ物にならないだろうし、正直こいつが総理の方が世の中もっとスムーズなんじゃないか、なんて考えることもある。
 しかし現実には僕が総理で、彼女は秘書だ。


 だったら彼女の期待に応えてやるのも、男としての甲斐性なのではないだろうか、と僕は考えた。


「じゃあ……いや、じゃあは要らないな。結婚しよう。法案を決定してから」
「畏まりました。夫婦として、職務におけるパートナーとして、末永く宜しくお願いいたします」


 深々と頭を下げる来栖に僕も会釈を返し、僕はこの日、二枚の書類にサインをした。

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