行き当たりばったりの総理と愉快な仲間たち
第三話
人は、強大な力を……いや、手に余るほどの絶大な力を手にした時、何を思うものなのだろうか。
少なくとも僕が思ったことは、何それ怖い、だった。
あのお説教の直後に聞かされた、来栖からの言っておかねばならないこと。
それは、僕に与えられた力についての説明だった。
『まずあなたは、この国において絶対的な権力を持っています』
来栖はこう言って、一枚の紙を取り出した。
そこには法案決定書、とタイトルがあって法案の名前、概要、そして僕の署名と捺印欄。
注意書きもある。
『ここにあります様に、この決定書は絶大な効力を持つ他、現総理大臣であるあなた……つまり、小暮修一総理のみが、この書類に記入をすることができます。また、この書類で決定された法案は、取り消すことができません。どんなに理不尽な内容であっても、あなたはその決定書によってこの国を変えることができるのです』
一体何を言ってるんだと、正直思った。
そんな便利なアイテムがあるんだったら、今まで散々モタモタグダグダと揉めてきた数々の会議とか、そういうものだって必要がないじゃないか。
多分僕じゃなくてもこんな感想は持つんじゃないだろうか、という話だ。
『信じていらっしゃらない様ですので、僭越ではありますが試しに私が記入してみましょう』
そう言って来栖は胸元のポケットから一本の万年筆を取り出す。
そして何か書こうとしてペン先をその決定書に、最初は優しく、徐々に力を込めたりしてこすりつけてみるが、インクがつかないどころか紙が折れたりすることもなく、傷一つない。
もう一つ驚いたのが、割と力を使ってやっていた作業のはずなのに、来栖は息一つ乱していないということだった。
本当に、何者なのか……というか人間なのだろうか、という感想を僕は持った。
『この様に、あなた以外には記入できないものとなっていて、効力は絶大。そしてあなたが考えていた様に、この紙がある限り会議などの過程は全てスキップできます』
スキップって、ゲームのチュートリアルじゃないんだから……。
それに何だか、来栖みたいな女からスキップ、なんて単語が出てくるとおかしい、そう思うのは僕だけだろうか。
スキップという言葉に対して持つイメージの違いかもしれないが、何となく愛想の欠片も感じられない来栖が無表情でスキップしているところなんかを想像してしまう。
そして、僕が考えていた、と言ったってことは……やっぱり何らかの方法でこの女は僕の心を読むことができる。
僕は努めて、顔に出さない様努力はしていた。
つもりではなく、いつになく必死に、一生懸命に。
逆に、それがダメだったのかな、とも思うが。
『基本的に私は、あなたが出す法案に反対も強制もできません。そして先ほども申し上げましたがこの書類で決定された法案は取り消すことができません。ですので、くれぐれも後悔なさらない様、よくよく考えて決定していただくことをお勧めいたします』
これはあれか、この女……もしかして、中二病?
そう思った時に軽く睨まれた気がしたのは気のせいだろうか。
しかし、そこまでの強制力をこの書類が持っているとして……仮にそれを通してしまった場合。
国民はどうなるんだろうか。
それを当たり前のものとして享受して生きる?
思考停止にも等しいこの国であれば、そうなる確率は極めて高いと言えるだろう。
「お考えの通りです、総理」
部屋のドアが開けられて、来栖が日中とは打って変わって薄着で僕の寝室に入ってくる。
家に帰れると思っていた僕だったが、前任の総理が退去するまでの間は首相公邸ではなく議員宿舎の一室を、と言われてそこに留まる様言われた。
確かこの来栖は、公邸が空いたらそこで官邸以外での仕事も行う、と言っていて、その理屈で行くと来栖は議員宿舎に逗留する僕と同じ部屋で過ごす、と。
ってことは……もしかしたらもしかしちゃうの?
思春期真っただ中の男子中学生の願望とか欲望とか、叶うってことも……。
なんてな、そんなバカな話があるわけない。
「そうでもありませんよ、総理。あなたがそれを望むのであれば、私にはそれを叶える義務がありますので」
……そうだった。
こいつは僕の心を読むのだった。
口に出したわけではないとは言え、言い逃れが通用する様な相手とは思えない。
「総理、私にはあなたが円滑に職務をこなせる様務める義務があります。なのであなたのガス抜きを命じられれば、私の体を存分にお使いいただくことも可能です」
「…………」
何というか、今日一番の現実味のない話だな。
総理になった、という事実ももちろん現実味の欠片もないものだったが……それは今日一日の出来事である程度、受け入れられた様な気はしていた。
「ですが総理。あなたがそれを口にして、言葉にしていないという現状……それを心から望んでいるわけではない、そう私は判断させていただいております。おそらく何か、引っかかる何か……いえ、誰かのことがおありの様です」
「…………」
何でそんなことまで……確かに一瞬あいつのことを考えはした。
今朝会った時のことが頭をかすめた瞬間もあった。
だけど……だけど何で、そんなことまでわかるんだよこの女……。
「総理、あなたがいくら絶大な力をお持ちだとは言っても、まだ思春期のおこ……少年なのです」
「今お子様って言いかけなかった? 別に訂正しなくていいよ、言う通りだから」
「失礼いたしました。私もまだまだ修行が足りない様です。しかし総理、私は先ほど申し上げた様に、あなたの手足となって行く所存でございます。下世話な話、性欲処理であっても私は応じさせていただきますので、ご遠慮なくお申し付けください」
修行とは一体何のことを言っているのか。
またもこの女が只者ではなさそうな単語が飛び出してくる。
もっともこれが言葉だけのものであったなら、僕としてもまた始まった、くらいで済むのだが。
しかしそれでは済まされない様なことが今までに何度も起こってきている現状で、そんな呑気な認識では僕はこいつについていけないだろう。
もちろん今だってついて行けているわけではない、ということは重々承知している。
だけど、どうせなら少しくらい追い付いておきたいじゃないか。
こんな凄いやつが目の前で、僕の世話を焼いてくれるって言うんだから。
だったら僕も、出来る限りこの女を最大限有効に利用させてもらおうと思う。
本音かはわからないし、もしかしたら心の奥底ではこんな童貞臭のするクソガキの世話なんか、とか思われているかもしれないが、そう言った見方をしている相手の鼻を明かすのも、面白いんじゃないかなんて僕は考えている。
「ふふ、その意気ですよ総理。ですが……」
出会ってからおそらくは初めて見るのではないか、という笑顔を浮かべて来栖は僕に近づいてくる。
風呂上りだからなのか、何とも言えない良い匂いがしてくる気がする。
頭がぼーっとしそうな、そんな感覚。
「私はあなたを平凡な人間だなどと思ってはおりません。それは記憶しておいてください」
そう言って来栖は失礼、と呟いて僕の頬に唇を寄せた。
突然のことに頭が追い付かない。
一体何をされた?
「明日は、その書類に記入する内容を考えましょう。マスコミもまだ具体的なことを決めていないとわかった以上は、まだ動いてはこないでしょうから」
そう言いながら来栖は法案決定書の束を、僕の机に置いて自室へと戻って行った。
多分あの来栖という女は、僕にある種の期待をしているのだろう。
それが人間としての……総理としての力に対してなのか、男としての僕に対してなのかはわからないが……まぁ前者だろうな。
甘酸っぱい青春なんてものが僕の人生にあるわけはなく、僕は大学を出るまである程度頑張ったら好き勝手に生きようと決めていた。
そしてその好き勝手は物凄い勢いで規模を拡大したのだ。
なのであれば僕は、それを最大限活用しようじゃないか。
悶々とした感情を抱えながらそんなことを考え、僕はその悶々としたものを何とかすることにした。
……今日は刺激的なことが多かったからね、仕方ないよね。
「おはようございます、総理。昨夜はお盛んだった様で何よりです。これなら今後も期待はできそうですね」
「…………」
来栖が一体何に期待しているのかは、ひとまず聞かないでおくことにしよう。
確かに来栖の言う通り、そしてある意味来栖のせいで色々捗ったのは認める。
お盛んだったという言葉から、ある程度色々連想してしまうのは、もう僕も男の子だから仕方ないとして。
「今日は特に出かけなければならない用事はありません。ですので、食事以外はこの宿舎の部屋で過ごすことになりますが、何かご要望等ありますか?」
昨夜の発電行為を、この女は知っているのだろう。
たとえ僕がトイレにいようと何処にいようと、この女は僕の動向の全てを把握しているのだろうと、僕はもう諦めることにした。
それに関連して、おそらくこの女は僕が考えていたことについても、ある程度把握していると考えて良い気がする。
「じゃあ、えっと……おやつとかはどうなる? コンビニとか行くことは出来るのか?」
「おやつですか。それは、専用の料理人に総理の望むものを作らせることができますので、出来れば外出は控えて頂きたいと考えておりますが」
まぁ、予想していたことではあるがそうだろう。
仮にコンビニに行くとして、来栖はついてきてくれるんだろうが……今話題の最年少総理がコンビニを視察! みたいな感じで新聞なんかのマスコミも動くだろうし、テレビを見ているであろう国民だって大騒ぎになる。
ならばここは大人しく、腹が減れば来栖に言いつけておやつでも作らせるのが無難だろうと僕は判断した。
「段々わかってきてもらえている様ですね。もちろん途中で総理がどうしても滾る欲望を抑えきれない、という場合にも御遠慮なくお申し付けください。私も尽力いたしますので」
「…………」
来栖には恥じらいとか、そういう概念はないんだろうか。
もしここで僕が調子に乗って、じゃあ脱げ! とか言ったら本当に脱いだりしそうである意味怖い。
「それを望まれるのでしたら、私としても服を脱ぐことに抵抗はございません。もちろん、それに伴って総理が欲望をむき出しにされた、ということがあった場合についても私が抵抗することはありませんから、安心してお申し付けください」
安心して言えることじゃないから、それ。
思春期男子の性欲ナメてると、痛い目見るかもしれないぞ?
……まぁ、来栖相手ならきっと、痛い目見るのは僕の方なのかな、なんて思ったりもするんだけど。
「私にも食欲、睡眠欲……そして当然のごとく性欲は存在します。もし総理が私との関係を望まれるのでしたら、喜んでお相手いたしますが……その場合には周りにバレたりいたしません様配慮は必要になるかと」
やっぱりだ。
これは迂闊なことを言うわけにはいかない。
そして本来であれば、クラスメートなんかと共にくだらない授業に精を出している時間ではあるのだが……僕は違う意味で精を出しそうになっていて、早くもトイレに行きたい、なんて考えている。
落ち着け……総理になったからって、衝動に任せて何でもしていいって言うものではない。
それに時間が経てばこんなの、また収まるはずだ。
今は仕事だ。
この国を変える為の……この国を、ハーレムに……いや違う!
いや極端な話、それも可能なんだろう。
だがその場合僕が死ぬ時は腹上死なんじゃないか、とか余計なことばっかり考えて考えが全くまとまらない。
「総理……失礼します」
そんな僕の考えを見透かしたかの様に来栖が僕に近づいてくる。
ふわっといい匂いがする。
そんなことを考えた瞬間。
「あ、く、来栖、待った……」
「いえ、今ただちに必要と考えられますから……大丈夫です、総理。着替えは用意がございますので」
そう言いながら来栖は僕の下腹部……厳密にはもう少し下の方をひと撫でした。
「ぬ、ぬわーーーー!!」
電撃が、全身を駆け巡る様な今までに経験したこともない様な衝撃を受けた直後、情けないことに僕は暴発してしまった。
「ご安心ください、総理。先ほどまでお召しになられていた下着は洗っておきましたので」
「…………」
何が安心しろ、だよ畜生……。
仮にも仕事中なのにあんな……ていうか何だあれ……僕が童貞だからあんなひと撫でされただけでああなったのか?
まぁそれはいい。
とりあえず頭も体も心も、何となくすっきりはしている。
これなら確かに安心して職務に取り掛かることができるだろう。
だが……正直なことを言うのであれば、これからはああいう思春期男子を勘違いさせる様な行動は慎んでもらえると……助かるんだけどね。
「それでは総理、早速ではありますが……お考えの案がおありでしたら賜りたいと思いますが」
そんな風にさらっと、先ほどの僕の恥なんかはなかったことにされるとそれはそれで悲しい。
しかし来栖がそう言うのであれば、僕も期待に答えなくてはならないだろう。
そんなわけで僕は、昨夜発電しながら考えていたことを、打ち明けることにした。
少なくとも僕が思ったことは、何それ怖い、だった。
あのお説教の直後に聞かされた、来栖からの言っておかねばならないこと。
それは、僕に与えられた力についての説明だった。
『まずあなたは、この国において絶対的な権力を持っています』
来栖はこう言って、一枚の紙を取り出した。
そこには法案決定書、とタイトルがあって法案の名前、概要、そして僕の署名と捺印欄。
注意書きもある。
『ここにあります様に、この決定書は絶大な効力を持つ他、現総理大臣であるあなた……つまり、小暮修一総理のみが、この書類に記入をすることができます。また、この書類で決定された法案は、取り消すことができません。どんなに理不尽な内容であっても、あなたはその決定書によってこの国を変えることができるのです』
一体何を言ってるんだと、正直思った。
そんな便利なアイテムがあるんだったら、今まで散々モタモタグダグダと揉めてきた数々の会議とか、そういうものだって必要がないじゃないか。
多分僕じゃなくてもこんな感想は持つんじゃないだろうか、という話だ。
『信じていらっしゃらない様ですので、僭越ではありますが試しに私が記入してみましょう』
そう言って来栖は胸元のポケットから一本の万年筆を取り出す。
そして何か書こうとしてペン先をその決定書に、最初は優しく、徐々に力を込めたりしてこすりつけてみるが、インクがつかないどころか紙が折れたりすることもなく、傷一つない。
もう一つ驚いたのが、割と力を使ってやっていた作業のはずなのに、来栖は息一つ乱していないということだった。
本当に、何者なのか……というか人間なのだろうか、という感想を僕は持った。
『この様に、あなた以外には記入できないものとなっていて、効力は絶大。そしてあなたが考えていた様に、この紙がある限り会議などの過程は全てスキップできます』
スキップって、ゲームのチュートリアルじゃないんだから……。
それに何だか、来栖みたいな女からスキップ、なんて単語が出てくるとおかしい、そう思うのは僕だけだろうか。
スキップという言葉に対して持つイメージの違いかもしれないが、何となく愛想の欠片も感じられない来栖が無表情でスキップしているところなんかを想像してしまう。
そして、僕が考えていた、と言ったってことは……やっぱり何らかの方法でこの女は僕の心を読むことができる。
僕は努めて、顔に出さない様努力はしていた。
つもりではなく、いつになく必死に、一生懸命に。
逆に、それがダメだったのかな、とも思うが。
『基本的に私は、あなたが出す法案に反対も強制もできません。そして先ほども申し上げましたがこの書類で決定された法案は取り消すことができません。ですので、くれぐれも後悔なさらない様、よくよく考えて決定していただくことをお勧めいたします』
これはあれか、この女……もしかして、中二病?
そう思った時に軽く睨まれた気がしたのは気のせいだろうか。
しかし、そこまでの強制力をこの書類が持っているとして……仮にそれを通してしまった場合。
国民はどうなるんだろうか。
それを当たり前のものとして享受して生きる?
思考停止にも等しいこの国であれば、そうなる確率は極めて高いと言えるだろう。
「お考えの通りです、総理」
部屋のドアが開けられて、来栖が日中とは打って変わって薄着で僕の寝室に入ってくる。
家に帰れると思っていた僕だったが、前任の総理が退去するまでの間は首相公邸ではなく議員宿舎の一室を、と言われてそこに留まる様言われた。
確かこの来栖は、公邸が空いたらそこで官邸以外での仕事も行う、と言っていて、その理屈で行くと来栖は議員宿舎に逗留する僕と同じ部屋で過ごす、と。
ってことは……もしかしたらもしかしちゃうの?
思春期真っただ中の男子中学生の願望とか欲望とか、叶うってことも……。
なんてな、そんなバカな話があるわけない。
「そうでもありませんよ、総理。あなたがそれを望むのであれば、私にはそれを叶える義務がありますので」
……そうだった。
こいつは僕の心を読むのだった。
口に出したわけではないとは言え、言い逃れが通用する様な相手とは思えない。
「総理、私にはあなたが円滑に職務をこなせる様務める義務があります。なのであなたのガス抜きを命じられれば、私の体を存分にお使いいただくことも可能です」
「…………」
何というか、今日一番の現実味のない話だな。
総理になった、という事実ももちろん現実味の欠片もないものだったが……それは今日一日の出来事である程度、受け入れられた様な気はしていた。
「ですが総理。あなたがそれを口にして、言葉にしていないという現状……それを心から望んでいるわけではない、そう私は判断させていただいております。おそらく何か、引っかかる何か……いえ、誰かのことがおありの様です」
「…………」
何でそんなことまで……確かに一瞬あいつのことを考えはした。
今朝会った時のことが頭をかすめた瞬間もあった。
だけど……だけど何で、そんなことまでわかるんだよこの女……。
「総理、あなたがいくら絶大な力をお持ちだとは言っても、まだ思春期のおこ……少年なのです」
「今お子様って言いかけなかった? 別に訂正しなくていいよ、言う通りだから」
「失礼いたしました。私もまだまだ修行が足りない様です。しかし総理、私は先ほど申し上げた様に、あなたの手足となって行く所存でございます。下世話な話、性欲処理であっても私は応じさせていただきますので、ご遠慮なくお申し付けください」
修行とは一体何のことを言っているのか。
またもこの女が只者ではなさそうな単語が飛び出してくる。
もっともこれが言葉だけのものであったなら、僕としてもまた始まった、くらいで済むのだが。
しかしそれでは済まされない様なことが今までに何度も起こってきている現状で、そんな呑気な認識では僕はこいつについていけないだろう。
もちろん今だってついて行けているわけではない、ということは重々承知している。
だけど、どうせなら少しくらい追い付いておきたいじゃないか。
こんな凄いやつが目の前で、僕の世話を焼いてくれるって言うんだから。
だったら僕も、出来る限りこの女を最大限有効に利用させてもらおうと思う。
本音かはわからないし、もしかしたら心の奥底ではこんな童貞臭のするクソガキの世話なんか、とか思われているかもしれないが、そう言った見方をしている相手の鼻を明かすのも、面白いんじゃないかなんて僕は考えている。
「ふふ、その意気ですよ総理。ですが……」
出会ってからおそらくは初めて見るのではないか、という笑顔を浮かべて来栖は僕に近づいてくる。
風呂上りだからなのか、何とも言えない良い匂いがしてくる気がする。
頭がぼーっとしそうな、そんな感覚。
「私はあなたを平凡な人間だなどと思ってはおりません。それは記憶しておいてください」
そう言って来栖は失礼、と呟いて僕の頬に唇を寄せた。
突然のことに頭が追い付かない。
一体何をされた?
「明日は、その書類に記入する内容を考えましょう。マスコミもまだ具体的なことを決めていないとわかった以上は、まだ動いてはこないでしょうから」
そう言いながら来栖は法案決定書の束を、僕の机に置いて自室へと戻って行った。
多分あの来栖という女は、僕にある種の期待をしているのだろう。
それが人間としての……総理としての力に対してなのか、男としての僕に対してなのかはわからないが……まぁ前者だろうな。
甘酸っぱい青春なんてものが僕の人生にあるわけはなく、僕は大学を出るまである程度頑張ったら好き勝手に生きようと決めていた。
そしてその好き勝手は物凄い勢いで規模を拡大したのだ。
なのであれば僕は、それを最大限活用しようじゃないか。
悶々とした感情を抱えながらそんなことを考え、僕はその悶々としたものを何とかすることにした。
……今日は刺激的なことが多かったからね、仕方ないよね。
「おはようございます、総理。昨夜はお盛んだった様で何よりです。これなら今後も期待はできそうですね」
「…………」
来栖が一体何に期待しているのかは、ひとまず聞かないでおくことにしよう。
確かに来栖の言う通り、そしてある意味来栖のせいで色々捗ったのは認める。
お盛んだったという言葉から、ある程度色々連想してしまうのは、もう僕も男の子だから仕方ないとして。
「今日は特に出かけなければならない用事はありません。ですので、食事以外はこの宿舎の部屋で過ごすことになりますが、何かご要望等ありますか?」
昨夜の発電行為を、この女は知っているのだろう。
たとえ僕がトイレにいようと何処にいようと、この女は僕の動向の全てを把握しているのだろうと、僕はもう諦めることにした。
それに関連して、おそらくこの女は僕が考えていたことについても、ある程度把握していると考えて良い気がする。
「じゃあ、えっと……おやつとかはどうなる? コンビニとか行くことは出来るのか?」
「おやつですか。それは、専用の料理人に総理の望むものを作らせることができますので、出来れば外出は控えて頂きたいと考えておりますが」
まぁ、予想していたことではあるがそうだろう。
仮にコンビニに行くとして、来栖はついてきてくれるんだろうが……今話題の最年少総理がコンビニを視察! みたいな感じで新聞なんかのマスコミも動くだろうし、テレビを見ているであろう国民だって大騒ぎになる。
ならばここは大人しく、腹が減れば来栖に言いつけておやつでも作らせるのが無難だろうと僕は判断した。
「段々わかってきてもらえている様ですね。もちろん途中で総理がどうしても滾る欲望を抑えきれない、という場合にも御遠慮なくお申し付けください。私も尽力いたしますので」
「…………」
来栖には恥じらいとか、そういう概念はないんだろうか。
もしここで僕が調子に乗って、じゃあ脱げ! とか言ったら本当に脱いだりしそうである意味怖い。
「それを望まれるのでしたら、私としても服を脱ぐことに抵抗はございません。もちろん、それに伴って総理が欲望をむき出しにされた、ということがあった場合についても私が抵抗することはありませんから、安心してお申し付けください」
安心して言えることじゃないから、それ。
思春期男子の性欲ナメてると、痛い目見るかもしれないぞ?
……まぁ、来栖相手ならきっと、痛い目見るのは僕の方なのかな、なんて思ったりもするんだけど。
「私にも食欲、睡眠欲……そして当然のごとく性欲は存在します。もし総理が私との関係を望まれるのでしたら、喜んでお相手いたしますが……その場合には周りにバレたりいたしません様配慮は必要になるかと」
やっぱりだ。
これは迂闊なことを言うわけにはいかない。
そして本来であれば、クラスメートなんかと共にくだらない授業に精を出している時間ではあるのだが……僕は違う意味で精を出しそうになっていて、早くもトイレに行きたい、なんて考えている。
落ち着け……総理になったからって、衝動に任せて何でもしていいって言うものではない。
それに時間が経てばこんなの、また収まるはずだ。
今は仕事だ。
この国を変える為の……この国を、ハーレムに……いや違う!
いや極端な話、それも可能なんだろう。
だがその場合僕が死ぬ時は腹上死なんじゃないか、とか余計なことばっかり考えて考えが全くまとまらない。
「総理……失礼します」
そんな僕の考えを見透かしたかの様に来栖が僕に近づいてくる。
ふわっといい匂いがする。
そんなことを考えた瞬間。
「あ、く、来栖、待った……」
「いえ、今ただちに必要と考えられますから……大丈夫です、総理。着替えは用意がございますので」
そう言いながら来栖は僕の下腹部……厳密にはもう少し下の方をひと撫でした。
「ぬ、ぬわーーーー!!」
電撃が、全身を駆け巡る様な今までに経験したこともない様な衝撃を受けた直後、情けないことに僕は暴発してしまった。
「ご安心ください、総理。先ほどまでお召しになられていた下着は洗っておきましたので」
「…………」
何が安心しろ、だよ畜生……。
仮にも仕事中なのにあんな……ていうか何だあれ……僕が童貞だからあんなひと撫でされただけでああなったのか?
まぁそれはいい。
とりあえず頭も体も心も、何となくすっきりはしている。
これなら確かに安心して職務に取り掛かることができるだろう。
だが……正直なことを言うのであれば、これからはああいう思春期男子を勘違いさせる様な行動は慎んでもらえると……助かるんだけどね。
「それでは総理、早速ではありますが……お考えの案がおありでしたら賜りたいと思いますが」
そんな風にさらっと、先ほどの僕の恥なんかはなかったことにされるとそれはそれで悲しい。
しかし来栖がそう言うのであれば、僕も期待に答えなくてはならないだろう。
そんなわけで僕は、昨夜発電しながら考えていたことを、打ち明けることにした。
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