行き当たりばったりの総理と愉快な仲間たち

スカーレット

第四話

「総理、本当にこれでよろしいのでしょうか」
「……ああ」


 昨夜、悶々とした頭ではあるが、何度も発電しながら考えた。
 こうしたらああなるんじゃないか、とか想像できることはとにかくシミュレーションして、想定できることは全て考え尽くしたと言っていい。
 そして決めかねていた部分があったことは間違いないのだが……先ほど無様にも暴発させられたおかげもあって頭の中が妙にクリアになったこともあって、僕は決断した。


 この国を、今日から変えてやろうじゃないかと。


「そうですか。では、この書類にご記入いただくのですが……失礼を承知で申し上げます。総理がこの書類への記入を済まされますことで、世界はガラリとその姿を変えることでしょう。まず、そのことについてはお覚悟、よろしいでしょうか」
「……そうだな、そう聞いているよ」
「了解いたしました。総理の決断の結果として、人を殺すことにも人の人生を狂わせることにもなり得る、ということについても同様と考えてよろしいでしょうか?」
「…………」


 嫌な聞き方をしてきやがる。
 正直、それについても散々考えた。
 国を変える、というのは確かに穏やかでなければならない、という風潮があって、今まではそういった制約があったからこそ、国造りというのは時間がかかると言われていたのだと僕は思っている。


 ならばその時間を短縮したいと考えるのであれば、大事の前の小事というやつだ。
 犠牲を払うことに関しては、僕は特に重大なことと認識していない。


「お覚悟、賜りました。しかしながら、人間というのはいかに覚悟を決めていようとも自らの手を汚すことになる時や、自らの手によって大きなことを為し得る、また自らの命を絶つ場合に関してもその覚悟が揺らぐことがございます。自殺に関して言えば、死のうと考えてもそれを実行し、確実に死に至れる人間というのは実はそこまで多くありません」
「……なるほどね。続けて」
「ありがとうございます。簡潔に申し上げますと、総理のお覚悟を言葉ではなく、行動で示して頂きたいと存じます」


 行動で……今この紙に記入するだけでは不十分、と言いたいのだろうか。
 それによって国は変わっていき、世界は確実に変革の時代を迎えるというのに?


「一度変えてしまった世界は、いかなる手段を用いても元に戻すことができません。よって、総理が変わった世界を見てしまった場合に、臆してしまって次の政策を打ち出すことを躊躇ってしまう、ということも考えられるということです」
「…………」


 なるほど、考えもしなかった。
 確かに僕は、度胸とか勇気と言ったものとは無縁な人生を送ってきた。
 たかだか十五年程度しか生きていないが、自分のことでもあるしそのことは自覚している。


 場合によっては人が死ぬところを目の当たりにしたり、そういうこともあり得るんだと、来栖は言いたいのだろう。
 そうした場合に、僕が尻込みしてしまって総理を辞めたい、なんて言い出すことを懸念しているのだ。


「その通りです。ですので先ほど申し上げました通り、まずは行動で示して頂いて、決して口だけではないのだということを証明して頂きたいのです。ご納得いただけますでしょうか?」
「……わかった、僕は何をすればいい?」


 言いたいことはわかった。
 だけど来栖の意図するところがわかった、というわけではなく自分で考えろ、なんて言われても今の僕には何も思いつかない。
 見当違いなことをしてがっかりさせるのも何だかな、ということで僕は恥を忍んで、こうした質問をぶつけることにしたのだ。


「そうですね、では」


 来栖が昨日僕に官邸を案内した時と同様に、僕の手を握る。
 そしてそのまま官邸を出ると、議員宿舎へと向かって歩き出した。
 一体何をさせるつもりなんだろうか。


「ちなみに現在は、平日の日中でもあるので宿舎の中には人っこ一人おりません。誰かが入ってくると言うこともまずありえないかと思います」
「…………」


 何を言ってるのか、と思うが僕はそのまま来栖についていくことにした。
 来栖が向かっているのは、僕と来栖が昨日から寝泊まりしている部屋だとわかった。
 ……いや、まさかな。


 覚悟って……。


「おそらくほぼご想像の通りかと。只今施錠いたしましたので、これで誰も入ってくることは適わないでしょう。さて、ここからがあなたへの課題です」


 想像の通りって、マジで言ってるのか、この女。
 そんなことを考えていると、来栖は見る見るうちにその整えられたスーツを一枚、また一枚と脱いでいく。


「お、おい……」
「お静かに。覚悟は決まっている、と伺っております。ですのでその覚悟をここで示してもらうのです」


 一糸まとわぬ姿になった来栖が、顔を赤らめたりすることもなく僕を見据えている。
 母以外の女性の全裸なんて、生で見るのはこれが初めてだ。


「言葉にせずとも、とは思いますが敢えて申し上げます。総理には私をここで思う存分、思うがままに犯してもらいます。獣の様に、悪魔の様に、私を蹂躙してみてください」
「な、あ……」


 お前もとっとと脱げ、と言わんばかりに来栖は僕に近寄ってきて、自分のスーツを脱いだ時の様に丁寧に僕のスーツを脱がしていく。
 抵抗しようと考えるも、体は思った様に動かない。
 口の中が渇いて、昨日の家の前での会見の時の様に鼓動がドクドクと高鳴っていく。


 一応言っておくが初めては好きな人に、なんて乙女チックなことを考えたことはない。
 そうできるのが一般的には理想なんだろうが、生憎僕にはそんな思い人はいない。
 そう思ったはずなのに一瞬脳裏に浮かんだのは、あいつのあの笑顔。


 しかし同時に思い出す、あの軽蔑した様な眼差し。
 僕はどの道、もう戻れないところに足を踏み入れようとしているのだ。
 ならば鬼畜にでも何でも、なってみせようではないか。


「いかがなさいましたか、総理。いつでもどうぞ」
「ああ……来栖、お前こそ覚悟はいいんだな?」
「もちろんです。抵抗などは一切しませんので。総理が良いと思う様に動くことはしますが」


 僕は一歩、また一歩と足を踏み出し、ベッドで横になる全裸の来栖に向かって歩いていった。




「四回、ですか。先ほど、そして昨夜とお出しになられた回数が多すぎたのでは?」
「……放っといてくれないか」
「総理の年齢を考えますと、もうあと数回は頑張れると思いますが。それから、総理は基本的に優しいお人なのですね」
「……勘弁してくれ」


 来栖を犯す、そう決めて頑張った結果がこれだ。
 今まで生きてきて、これほどに心身ともに疲れたという経験はない。
 そして今までに経験をしたこともない様な感覚ばかりを、僕は経験した気がする。


「私は犯せと言いました。ですがあれではただの同意の上でのセックスにすぎません」
「…………」


 そんな単語を女の口から簡単に出さないでほしかった。
 そもそも犯せ、というのもおかしな話ではあるのだが。


「とはいえ、ああいった状況にあっても萎縮することなく、また何度も頑張れたこと自体は評価に値すると思います。私自身個人的にはもそれなりに良かったと思いますので、これならいけるのではないかと考えました」
「そりゃどうも……」
「ただ、一つ気になることがあるのですが」
「何だよ、今更」


 事後のベッドで二人とも全裸で寝転んでいるにも関わらず、会話に全く色気がない。
 僕も詳しい方ではないが、こういうものなんだろうか。
 というか色気を求める辺り、僕はロマンチストだということになるのかもしれない。


「行為の最中にキスもされていましたが、初めてだったのでは? よろしかったのでしょうか」
「……するもんなんじゃないのか、僕はそういうの詳しい方じゃないし、動画で見てたら大体していたからしただけだけど」
「一般的にはそうかもしれません。ですが、総理には気になる女性がいらっしゃるのでは?」


 ドキリと心臓が跳ねる。
 そしてその鼓動はおそらく、密着している来栖にも伝わってしまっていることだろう。
 まさか来栖は、あいつの存在までも知っているということだろうか。


 しかし、僕はあいつをそんな対象として見た覚えはない。
 いや、ないとは言わないというか……発電の為の材料にしたことならあるけど。
 そして、もうしてしまったことなのだからもう、取り返しもつかないし返せ、なんて言ったところで返ってくるものでもないだろう。


「確かにその通りですね。でしたら、私に妙案がございます。もう一戦ほど、頑張って頂けますでしょうか」
「えっ」




 あれから四時間。
 昼食や再度の確認があって、僕は目の前に置かれた書類……法案決定書を見つめていた。
 あの時来栖が言った妙案というのは、行為を重ねて経験を積み、テクニックであいつをメロメロにしてしまおう、というものだった。


 そんなバカな、と思いながらも僕は行為に溺れ、没頭して来栖から盗めるものは何でも盗んだ。
 一戦ほど、が二戦になり三戦になって、一体僕は何をしにここまできたのか、と思っているうちに昼になったというわけだ。


「では、総理。男として一皮剥けられたところで、こちらをどうぞ」


 そう言って来栖が胸元のポケットから取り出した万年筆を、僕に手渡してくる。
 頷きながらそれを受け取り、僕は改めてその用紙と向き合う。
 それにしても一言余計だと思うんだけど、どうだろう。


 だがもう、あそこまで頑張っておいてここから引き返すなんて言う選択肢は、僕の中にはもうない。
 覚悟は心身ともに決まった。
 だったらもう、ここから僕は世界の変革者になって行ってやる。


「来栖」
「何でしょう、総理」
「お前も、僕の共犯者だからな、これからも頼むぞ」
「承知しております。先ほどの様な使い方含め、いつでもご利用ください」
「…………」


 またそんなことを言われると、良からぬことを考えてしまうが……続きはこの仕事を終えてからいくらでもやったらいい。
 僕はペンを手にして、その書類に昨夜の決意を記してペンを置いて、来栖を見る。
 来栖の顔は、ベッドの中と違って無表情に近いものではあったが満足そうだった。

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