行き当たりばったりの総理と愉快な仲間たち
第一話
――夢を見た。
特筆すべき秀でたものもなく、ごくごく平凡な人生を歩んできた僕が生きてきたこの世界で、僕がこの国を、いずれは世界をも自由にして良い、と見も知らない爺さんに許しを得られる夢。
そんなバカな、と思っていたはずなのにも関わらず、僕にはそれが出来る、という根拠のない自信がもりもりと湧いてくるのを感じた。
もちろん夢の中の話なのだし、起きればまた変哲のない、取り留めもなくつまらない現実が待っている。
そしてこれが夢であるという事実を認識できているということは、僕はもうすぐ現実で目を覚ましてしまうということだ。
そのことを嫌でも思い知って、夢の中でまで僕はため息をついた。
「お主が次にその様なため息をつくのは、感嘆のため息じゃろうな。頑張って国造りに励むが良いぞ」
そう言ってその爺さんは煙と共に消えていき、僕も呆気にとられたまま目を覚ました。
まだ冷え込みのきつい一月の中旬というこの時期。
布団から出るのさえ億劫で、正直僕は毎朝一生布団の中で過ごすんでもいい、なんて思っている。
もちろん夏は夏で暑くて寝ていられるか、となるわけだが別に夏が嫌いということでもない。
しかしそろそろ起き出さなくては、学校に遅刻してしまう。
高校受験を控えたこの時期、僕だけでなく同学年の人間は似た様な思いを抱えていることだろうと思う。
「秀一! 早く起きてきなさい! お客さまが見えてるわよ!」
毎朝起こしに来る母の、そのセリフがいつもと違うことにまず、僕は違和感を覚えた。
名前が秀一であることは変わっていないし、声も母のもので間違いない。
何だ、お客様って。
時計を見ると、まだ朝の七時。
いつも通り僕が起こされて自室の階下にあるリビングへと、眠い目をこすりながら降りていく時間と寸分違わない。
こんな時間に僕を訪ねてくる様な人間に、心当たりなんかなかった。
一応言っておくと、隣の家に住む幼馴染はいる。
しかしあいつとは長いこと口を利いていないし、そうなれば当然僕を起こしに来るなんて言う殊勝なこともまずあり得ないだろう。
そして学校の友達はと言うと……僕には友達と呼べる人間なんて存在しない。
僕をいじめの的にしたがるやつなら、何人かいるがそれ以外は全員、教師も含めて見て見ぬふり。
そう、僕は空気と同列かそれ以下の扱いを受けているのだ。
まさか僕をいじめの的にしたがる様なやつが、わざわざこんな早朝から僕を訪ねてくるなんて言うのはさすがに異常だと思うし、あいつらだって多分こんな時間に外に出ていることなんかまずないはずだ。
兎にも角にもまず顔も洗っていないのに人に会うなんて非常識な真似ができるか、ということで僕はメガネをかけて階下に降りる。
先に顔を洗ってくるから、と母に一声かけて洗面所へ行き、歯磨きをしていると何だか外がいつもよりも騒がしい気がした。
今日は何か町内会の用事でもあったっけ。
まぁ、たとえそんなものがあったとしても僕には関係ない……だって、学校に行ってるのに町内会の用事に出られるわけがないんだから。
そんな呑気なことを考えながら歯磨きを済ませて顔を洗っていると、母から再度声がかかった。
「秀一!? まだなの!?」
どんな来客だか知らないが、そんなに急かされるとさすがにこちらとしてもイラっとくる。
もう少しだから待ってろよ、と思うし何なら家にでも上げて待ってもらえばいいじゃないか、と思うものの何となく母の様子が尋常でない気がした。
いつもなら漂っているはずの朝食の匂いもしないし、それどころか料理をしている様子すらなかった。
何となくの胸騒ぎと共に洗顔を終え、再びメガネをかけて僕は寝間着のまま母の元へ行く。
やっときた! という顔で母が僕を見て、僕に忙しなく手招きする。
母は玄関にいて、そこで手招きをしているということは外で待たせている、ということなのだろうと思うが、僕に外に出ろと言うことなのだろうか。
仕方ない、まぁ知ってるやつなら最悪家に入れて、なんて考えながら僕は寝間着のまま玄関まで歩いていき、サンダルを突っかけてドアを開けた。
「あ、出てまいりました!」
大人の女性の甲高い声。
大勢の人間が様々な機材を持って構えていて、僕はあっという間に囲まれてしまい、外がまだ寒いことすらも忘れる様な困惑。
何この人たち、僕何かしたっけ。
「……え?」
どの人も当然知り合いなどではない。
しかし、テレビで見たことがある顔も中にはある……気がする。
主に、朝の情報番組なんかで。
そして、僕が困惑していると家の中からテレビの音が漏れてきた。
「小暮修一総理! 日本史上最年少総理へのご当選、おめでとうございます! 今日から初仕事ということですが、何か一言!」
女性リポーター……って言うんだっけ、こういうの。
その人が僕にマイクを向けるのを合図にしたかの様に、他の人たちも僕にマイクを向けてくる。
後ろの方ではおそらくテレビカメラと思われるものを向けている人も見える。
一体、何が起こっている?
史上最年少総理?
何を言っているんだこの人たちは。
『お主に国を、世界を変える力を与えよう』
不意に夢の中で聞いた言葉を思い出す。
まさか、そんな。
冗談にしても笑えない。
目の前の人たちの音声が、後ろの家の中のテレビからも聞こえてきて、気分がおかしくなりそうだ。
これはあれか、壮大なドッキリ……。
にしては金がかかりすぎている様に見えるし、仮にそうだとして、一体誰が?
まさか僕をいじめの的にしたがっていた、あいつらが?
いや、あいつらにそんな財力はないだろう。
考えれば考えるほどに、頭は混乱して行って何が何だかわからなくなった。
「緊張されてますか? 衆参両院の年齢制限が、小暮総理の為だけに一時撤廃されたことについても、何かあれば!」
そうだ、年齢制限。
社会の授業で習った気がする。
参議院は二十五歳、参議院は三十歳。
確かそんなことを学んだ記憶がある。
にも関わらず、僕の為に撤廃?
いやいやいや、本当何を言ってるのか、このお姉さんは。
ここに群がっている連中はきっと、ご機嫌なおクスリでも飲んだかして、頭がおかしくなっているんだ。
そうじゃなかったら、何を基準に僕がそんなものに選出される?
そもそも事前に僕の意志確認とか一つもなかったし、昨日だって何もなくそのまま学校は終わったし、夕飯は家で食べたし、親だって何も言っていなかったはずだ。
そして何の変わり映えもなく僕は睡眠を取って……あの夢を見た。
それだけのはずだ。
だがそれだけのことで、何で僕は今、こんなことになっている?
別に目の前の人たちからは、僕を責めようとかそういう意志は感じない。
この人たちの言っていることが本当なのであれば、とんでもないニュースだと思うし単純なインタビューというやつなのだろう。
ただし規模は僕が以前までテレビで見ていた、大変そうだなぁ、なんて考えながら見ていたものと同等もしくはそれ以上だが。
「秀一、何か言いなさいよ!」
家の中から母の声が聞こえる。
そういえばドアを開けたままで出てしまったが、母は寒くないのだろうか。
などとガラにもない心配をして、チラリと母を振り返ると母は家の中なのに、ダウンを着込んで茶を飲んでいた。
まだ全然事情が呑み込めていないが、どうやらマジなのか?
そして母も何の疑いも持っていない様だ。
そう思うと途端に口の中が渇いて、何か言わないと、なんて謎の使命感が湧いてくる。
起きる直前に夢の中で感じた、あの根拠のない自信が、僕の中に湧いてくる様な気がした。
もしも神がいて、その神が僕にそんな運命を与えたんだとしたら……なんて中二病みたいなことを考え、しかしこの現実はどうだと、自問自答する。
近所からも遠くからも人が集まって、最年少総理を一目見ようとしているこの群衆。
何だか、それらを見ていると気分が更に昂ぶってくるのを感じる。
僕なら大丈夫、出来る。
何でも思いのままだ。
だったら面白い国を、世界を。
僕は作って見せようじゃないか。
そして……いつかあの軽蔑した様な目を向けてきたあいつにも、一矢報いてやるんだ。
「お待たせしました。寝起きで少し寝ぼけていた様です。この度の自分の様な若輩者への選出、まさに身の引き締まる思いと諸先輩方の作り上げたこの国を任されたという重圧や、のしかかる責任を受け止めることで精いっぱいです」
僕が口を開くと、目の前のマスコミが湧く。
朝の住宅街にカメラのシャッターを切る音が何度も聞こえ、そして今言った僕のセリフが後ろのテレビからも聞こえた。
正直複雑な気分だ。
「この様な寝間着姿で申し訳ありませんが、寝起きと言うこともありますので、どうかお許しいただきたい。ですが私は、これから国民に寄り添い、国民の目線による政策を掲げ、実現してまいりたいと考えておりますので、どうか楽しみにしていてください」
そう言って頭を下げる。
正直なことを言うと、頭を下げながらも寒さと緊張とで体が震えてしまいそうなのを必死で堪えていて、もっと正直なことを言えば、冷えたからかトイレにも行きたい。
他にも何か、とか言いながらマスコミは次々にマイクを向けてくるが、早々に失礼したい僕はこの非常識な会見を切り上げる意志を示した。
「中途半端で大変申し訳ないのですが、時間が時間ということもある為に近隣住民の皆様にもご迷惑となります。後ほど改めて会見は開かせていただきたいと考えておりますので、この場はどうか引き上げて頂く様お願いします」
普段出さない様な、割と大き目の声でそう言うと、マスコミたちは物足りなそうな様子ではあったが漸く引き上げて行き、この住宅街に再び静寂は訪れた。
また野次馬も同時に引き上げていって、そこに残っていた人影が一人。
その少女は僕にあの時の様な眼差しを向けている……あいつか。
だが今の僕には、お前に構っている暇はないんだ。
一矢報いるのは、また今度にしてやろうじゃないか。
何故なら……。
「ああ! トイレトイレ!!」
そう言って僕は家のドアを閉めてトイレに駆け込み、事なきを得た。
普段見ている情報番組の中で、先ほどの様子のダイジェストが流れて余計に尿意を催したが、正直な話面白そうなことになりそうだ。
そんな予感が、僕の中に渦巻いていくのを確かに感じた。
特筆すべき秀でたものもなく、ごくごく平凡な人生を歩んできた僕が生きてきたこの世界で、僕がこの国を、いずれは世界をも自由にして良い、と見も知らない爺さんに許しを得られる夢。
そんなバカな、と思っていたはずなのにも関わらず、僕にはそれが出来る、という根拠のない自信がもりもりと湧いてくるのを感じた。
もちろん夢の中の話なのだし、起きればまた変哲のない、取り留めもなくつまらない現実が待っている。
そしてこれが夢であるという事実を認識できているということは、僕はもうすぐ現実で目を覚ましてしまうということだ。
そのことを嫌でも思い知って、夢の中でまで僕はため息をついた。
「お主が次にその様なため息をつくのは、感嘆のため息じゃろうな。頑張って国造りに励むが良いぞ」
そう言ってその爺さんは煙と共に消えていき、僕も呆気にとられたまま目を覚ました。
まだ冷え込みのきつい一月の中旬というこの時期。
布団から出るのさえ億劫で、正直僕は毎朝一生布団の中で過ごすんでもいい、なんて思っている。
もちろん夏は夏で暑くて寝ていられるか、となるわけだが別に夏が嫌いということでもない。
しかしそろそろ起き出さなくては、学校に遅刻してしまう。
高校受験を控えたこの時期、僕だけでなく同学年の人間は似た様な思いを抱えていることだろうと思う。
「秀一! 早く起きてきなさい! お客さまが見えてるわよ!」
毎朝起こしに来る母の、そのセリフがいつもと違うことにまず、僕は違和感を覚えた。
名前が秀一であることは変わっていないし、声も母のもので間違いない。
何だ、お客様って。
時計を見ると、まだ朝の七時。
いつも通り僕が起こされて自室の階下にあるリビングへと、眠い目をこすりながら降りていく時間と寸分違わない。
こんな時間に僕を訪ねてくる様な人間に、心当たりなんかなかった。
一応言っておくと、隣の家に住む幼馴染はいる。
しかしあいつとは長いこと口を利いていないし、そうなれば当然僕を起こしに来るなんて言う殊勝なこともまずあり得ないだろう。
そして学校の友達はと言うと……僕には友達と呼べる人間なんて存在しない。
僕をいじめの的にしたがるやつなら、何人かいるがそれ以外は全員、教師も含めて見て見ぬふり。
そう、僕は空気と同列かそれ以下の扱いを受けているのだ。
まさか僕をいじめの的にしたがる様なやつが、わざわざこんな早朝から僕を訪ねてくるなんて言うのはさすがに異常だと思うし、あいつらだって多分こんな時間に外に出ていることなんかまずないはずだ。
兎にも角にもまず顔も洗っていないのに人に会うなんて非常識な真似ができるか、ということで僕はメガネをかけて階下に降りる。
先に顔を洗ってくるから、と母に一声かけて洗面所へ行き、歯磨きをしていると何だか外がいつもよりも騒がしい気がした。
今日は何か町内会の用事でもあったっけ。
まぁ、たとえそんなものがあったとしても僕には関係ない……だって、学校に行ってるのに町内会の用事に出られるわけがないんだから。
そんな呑気なことを考えながら歯磨きを済ませて顔を洗っていると、母から再度声がかかった。
「秀一!? まだなの!?」
どんな来客だか知らないが、そんなに急かされるとさすがにこちらとしてもイラっとくる。
もう少しだから待ってろよ、と思うし何なら家にでも上げて待ってもらえばいいじゃないか、と思うものの何となく母の様子が尋常でない気がした。
いつもなら漂っているはずの朝食の匂いもしないし、それどころか料理をしている様子すらなかった。
何となくの胸騒ぎと共に洗顔を終え、再びメガネをかけて僕は寝間着のまま母の元へ行く。
やっときた! という顔で母が僕を見て、僕に忙しなく手招きする。
母は玄関にいて、そこで手招きをしているということは外で待たせている、ということなのだろうと思うが、僕に外に出ろと言うことなのだろうか。
仕方ない、まぁ知ってるやつなら最悪家に入れて、なんて考えながら僕は寝間着のまま玄関まで歩いていき、サンダルを突っかけてドアを開けた。
「あ、出てまいりました!」
大人の女性の甲高い声。
大勢の人間が様々な機材を持って構えていて、僕はあっという間に囲まれてしまい、外がまだ寒いことすらも忘れる様な困惑。
何この人たち、僕何かしたっけ。
「……え?」
どの人も当然知り合いなどではない。
しかし、テレビで見たことがある顔も中にはある……気がする。
主に、朝の情報番組なんかで。
そして、僕が困惑していると家の中からテレビの音が漏れてきた。
「小暮修一総理! 日本史上最年少総理へのご当選、おめでとうございます! 今日から初仕事ということですが、何か一言!」
女性リポーター……って言うんだっけ、こういうの。
その人が僕にマイクを向けるのを合図にしたかの様に、他の人たちも僕にマイクを向けてくる。
後ろの方ではおそらくテレビカメラと思われるものを向けている人も見える。
一体、何が起こっている?
史上最年少総理?
何を言っているんだこの人たちは。
『お主に国を、世界を変える力を与えよう』
不意に夢の中で聞いた言葉を思い出す。
まさか、そんな。
冗談にしても笑えない。
目の前の人たちの音声が、後ろの家の中のテレビからも聞こえてきて、気分がおかしくなりそうだ。
これはあれか、壮大なドッキリ……。
にしては金がかかりすぎている様に見えるし、仮にそうだとして、一体誰が?
まさか僕をいじめの的にしたがっていた、あいつらが?
いや、あいつらにそんな財力はないだろう。
考えれば考えるほどに、頭は混乱して行って何が何だかわからなくなった。
「緊張されてますか? 衆参両院の年齢制限が、小暮総理の為だけに一時撤廃されたことについても、何かあれば!」
そうだ、年齢制限。
社会の授業で習った気がする。
参議院は二十五歳、参議院は三十歳。
確かそんなことを学んだ記憶がある。
にも関わらず、僕の為に撤廃?
いやいやいや、本当何を言ってるのか、このお姉さんは。
ここに群がっている連中はきっと、ご機嫌なおクスリでも飲んだかして、頭がおかしくなっているんだ。
そうじゃなかったら、何を基準に僕がそんなものに選出される?
そもそも事前に僕の意志確認とか一つもなかったし、昨日だって何もなくそのまま学校は終わったし、夕飯は家で食べたし、親だって何も言っていなかったはずだ。
そして何の変わり映えもなく僕は睡眠を取って……あの夢を見た。
それだけのはずだ。
だがそれだけのことで、何で僕は今、こんなことになっている?
別に目の前の人たちからは、僕を責めようとかそういう意志は感じない。
この人たちの言っていることが本当なのであれば、とんでもないニュースだと思うし単純なインタビューというやつなのだろう。
ただし規模は僕が以前までテレビで見ていた、大変そうだなぁ、なんて考えながら見ていたものと同等もしくはそれ以上だが。
「秀一、何か言いなさいよ!」
家の中から母の声が聞こえる。
そういえばドアを開けたままで出てしまったが、母は寒くないのだろうか。
などとガラにもない心配をして、チラリと母を振り返ると母は家の中なのに、ダウンを着込んで茶を飲んでいた。
まだ全然事情が呑み込めていないが、どうやらマジなのか?
そして母も何の疑いも持っていない様だ。
そう思うと途端に口の中が渇いて、何か言わないと、なんて謎の使命感が湧いてくる。
起きる直前に夢の中で感じた、あの根拠のない自信が、僕の中に湧いてくる様な気がした。
もしも神がいて、その神が僕にそんな運命を与えたんだとしたら……なんて中二病みたいなことを考え、しかしこの現実はどうだと、自問自答する。
近所からも遠くからも人が集まって、最年少総理を一目見ようとしているこの群衆。
何だか、それらを見ていると気分が更に昂ぶってくるのを感じる。
僕なら大丈夫、出来る。
何でも思いのままだ。
だったら面白い国を、世界を。
僕は作って見せようじゃないか。
そして……いつかあの軽蔑した様な目を向けてきたあいつにも、一矢報いてやるんだ。
「お待たせしました。寝起きで少し寝ぼけていた様です。この度の自分の様な若輩者への選出、まさに身の引き締まる思いと諸先輩方の作り上げたこの国を任されたという重圧や、のしかかる責任を受け止めることで精いっぱいです」
僕が口を開くと、目の前のマスコミが湧く。
朝の住宅街にカメラのシャッターを切る音が何度も聞こえ、そして今言った僕のセリフが後ろのテレビからも聞こえた。
正直複雑な気分だ。
「この様な寝間着姿で申し訳ありませんが、寝起きと言うこともありますので、どうかお許しいただきたい。ですが私は、これから国民に寄り添い、国民の目線による政策を掲げ、実現してまいりたいと考えておりますので、どうか楽しみにしていてください」
そう言って頭を下げる。
正直なことを言うと、頭を下げながらも寒さと緊張とで体が震えてしまいそうなのを必死で堪えていて、もっと正直なことを言えば、冷えたからかトイレにも行きたい。
他にも何か、とか言いながらマスコミは次々にマイクを向けてくるが、早々に失礼したい僕はこの非常識な会見を切り上げる意志を示した。
「中途半端で大変申し訳ないのですが、時間が時間ということもある為に近隣住民の皆様にもご迷惑となります。後ほど改めて会見は開かせていただきたいと考えておりますので、この場はどうか引き上げて頂く様お願いします」
普段出さない様な、割と大き目の声でそう言うと、マスコミたちは物足りなそうな様子ではあったが漸く引き上げて行き、この住宅街に再び静寂は訪れた。
また野次馬も同時に引き上げていって、そこに残っていた人影が一人。
その少女は僕にあの時の様な眼差しを向けている……あいつか。
だが今の僕には、お前に構っている暇はないんだ。
一矢報いるのは、また今度にしてやろうじゃないか。
何故なら……。
「ああ! トイレトイレ!!」
そう言って僕は家のドアを閉めてトイレに駆け込み、事なきを得た。
普段見ている情報番組の中で、先ほどの様子のダイジェストが流れて余計に尿意を催したが、正直な話面白そうなことになりそうだ。
そんな予感が、僕の中に渦巻いていくのを確かに感じた。
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