不能勇者の癖にハーレム築いて何が悪い?

スカーレット

33:裏切りと共闘と


 あれから三日。
 まず手始めに、ティルフィさんが所属していた王国への報告もかねて、俺たちは城へとやってきていた。
 魔王の姿も龍族の姿も市井の人々の知るところではないだろう、ということもあって全員を連れてぞろぞろと王城に赴き、門番の兵に訝しげな視線こそ向けられたが何とか中へ入ることが出来た。

 最初は半分くらいの人間は宿屋にでも残して、という案もあったが残っているところを急襲されないとも限らない。
 先日の家を襲撃された例もあって、警戒するに越したことはないというのが魔王の意志だった。
 あんな風に兵を差し向けてくるということは俺たちの動向がある程度何処かから漏れていると考えるべきだ、というのがティルフィさんの意見。

 これには雅樂が疑いの眼差しを向けた。
 実は逐一王国に報告を入れていたのがティルフィさんなんじゃないか、と雅樂は思っていたらしい。
 一方俺の考えは違う。

 もしもこの世界に追跡魔法トレーサーの様なものが存在するとしたら?
 俺たちが知らないだけで、それを使うことのできる魔導士がいたりする場合に、俺たちの動向は筒抜けだったということも考えられる。
 もっとも魔王曰くそういう魔力は感じないとのことだったが、王国お抱えの魔導士であればもしかしたらそういうのを気取られない様に出来たりするかもしれない、というミルズの意見もあった。
 
 出発直前に魔王が急襲してきて唯一生き残った隊長に、何やら魔法をかけているのが見えたが、隊長そのものは家の裏手に放置してきている。

「三日以上留守にするからね。さすがに手足を縛って飲まず食わずで放置しといたら、死んでしまうかもしれないだろ? 栄養が最低限体に行き渡る様にするのさ」

 そんなことを言っていたが、恐らくそれだけではないはずだ。
 根拠こそないが、人質として使う可能性などを考えると、まず生かしておかなければ意味がないというのはわかる。
 だが、人質にするならあそこに放置してくる意味がわからない。

 もちろんあんなでかい人を抱えて城下町に入ったりしたら、一発で怪しまれることは間違いない。
 だからおそらく……。
 そんなことを考えていたら、王の間の目の前に到着した。

「しばしお待ちを、勇者どの」

 俺たちに先導して歩いていた兵士が王の間に入る。
 このまま乗り込むんじゃただの侵略者になってしまうということもあって、ひとまず廊下で待っていると数分ほどして扉が開き、俺たちは中へと迎え入れられた。

「……久しいな、リン」
「…………」

 言葉と裏腹に王様の俺を見る目は険しい。
 ティルフィさんもやや緊張の面持ちで俺と王を見ていた。
 おそらくこの王の様子から、ある程度の事情を察していると考えていいかもしれない。

「まずは、ドラゴンの討伐について……ご苦労であった。もっとも討伐ではなく和平に至った様だが」
「ええ、まぁ。なので別に褒美はいりませんよ。そもそもの契約と違っていましたから。ギルドには後で俺からも言っときますし」
「それには及ばぬ。フォルセブクが救われたことには相違ない。しかし、そこの者を何故連れ歩いているのか。そしてお前は、何故あの村を滅ぼした?」

 やはり知られていた。
 どうやって知ったのかは知らないが、方法はあったということだろう。
 手放しに俺たちを信用していたわけではない様だ。

「ティル、お前がリンにほだされたことはわかっている。国を離れるつもりがある、ということでいいのか?」

 こうして見ていると、質問の多い王様だなと思う。
 そんなにいっぺんに聞かれても答えようがないんだけど。

「……陛下、恐れながら申し上げます。私は今まで陛下に育てていただいた恩を忘れたわけではありません。しかしながら、私個人の意思として、リンさんについて行こうと考えております」
「それは、我々王国を敵に回しても、と言う意味か?」
「ちょっと待った。何をそういきり立っているのかわからないけど……私たちは別に争いにきたんじゃない。話をしにきたんだ。雰囲気でわからないのかな」
「貴様は、魔王だな? 俺の知る限り貴様は悪だ」

 随分一方的な物言いだな。
 もちろん、平和に暮らしてきた人間からしたら、魔族を生み出している大元が目の前にいたら悪、みたいな感想を持つのは致し方ないかもしれない。
 とは言っても、本人に争う意志がないのであればどういうことなのか、という事実確認くらいはしてもいいんじゃないかと思うが。

「ここで争う意志を見せるというのであれば、私は別に構わないよ。ただ、その場合あなたという親玉が目の前にいる状況が果たして吉と出るのかな? よくよく考えてみることだ。彼らも、ただただ呑気に事の報告をしにきたわけではない。何でもありになったら、結局得をするのは私たちなんだということを忘れない方が賢明だと思うが?」

 一見挑発に聞こえる様な魔王の物言いだが、王様を少し冷静にさせる効果はあった様だ。
 ここで事を構えることになれば即刻王様が打ち取られて、混乱している隙に王国崩壊、なんてことも十分考えられるし、俺や魔王が共闘するのだからその可能性は十分高い。
 王様も冷静に考えてそれを理解するに至ったのだろう。

「申してみよ。大体の見当はついているし、それが成立しないこともわかってはいるがな」
「……そう考える根拠は?」
「人と魔物が相容れる世の中など、ありえないからだ」
「どうしてあり得ないのか、って聞いているんだけどね。私は正直なことを言うと、どっちかが悪でどっちかが正義、っていう風潮があまり好きではないんだ。どっちにも正義はあって、それをぶつけ合う……とは言っても命を奪い合うとかそういうのではなくてね。そういうことなら、私としても特に反対をする理由はないんだけど」
「戯言だな。昔からそうしてきている間柄だろう、人間と魔物は」
「そうかもしれないね。だけど、そうじゃないといけないって、誰が決めたんだ? 人間が頂点にいなければならない理由も、その逆も私からしたら理解しがたい部分ばかりなんだ」

 言いたいことはわかるし、ある程度の賛同が出来る部分もある。
 だけど人間の中に根付いてしまっている固定概念を変えるというのは、容易なことではないだろう。
 現に王様はほとんど聞く耳を持っていないし、おそらく話し合いが終わればすぐにでも俺たちを敵と見定めて攻撃の準備にかかるはずだ。

 つまり事実上の戦争状態が出来上がるというわけだ。
 これが長引けば民は疲弊して、滅びる国なんかも出てくる。
 そうなれば、人口を増やすことに一定の手順を必要とする人間側は圧倒的に不利になる。
 
 減れば減るだけ、親になれる人間がいなくなる、ということに繋がるのだから。
 そうならなくて済む様に、と魔王は歩み寄っている。
 驕った様子でもなく、無意味な戦争をしてどっちの得にもならない結果を避けないか、という提案をしているに過ぎないのだ。

 それを昔からそういう風潮だからと頑なに拒む王は、果たして民衆の為の王になりえるのだろうか。
 国も民も全て失って、それから後悔しても遅いだろうに。
 魔王は考えうるメリットもデメリットも全て説明する。
 
 俺だって正直、この国を出るまではこの王様は話せばわかる王様だと思っていた。
 だけどどうにも話し合いになる気はしない。

「話はそれで全てか。ならば俺は、全国王に通達を出さねばならない。早々に引き取ることだな」
「ふむ……それは和解が成立しなかった、と見ていいのかな?」
「そういうことだ。リン、そしてティル。お前たちには失望した」
「…………」

 ここでその返事は悪手であることが、王様にはわからなかったのだろうか。
 それとも、裏切るならとことんやって見せろと言う王様なりの意志なのだろうか。
 どちらともとれるが、魔王とは和平を拒まれた場合のことを打ち合わせ済みだ。

「そうか、なら仕方ない。どちらかが滅びる、なんて言うのは私の望むところではないんだけどね。そして王、あなたに恨みはないけど……ここまでだ」

 冷たく言い放った魔王から、魔力が漲っていくのを感じる。
 覚悟を決めていたであろう王様は、微動だにせずその様子を見つめていた。
 それぞれが武器を構え、王に歩み寄っていく。

「失礼します!! 敵襲です!! 数はおよそ三万!!」

 王室のドアが乱暴に開けられ、傷だらけの兵士が飛び込んでくる。
 パッと見ただけで、この兵士が助からないということは何となくわかった。
 そして直後に地響きの様な振動と、各地で起こる爆発音。

 ただ事でないことが、その雰囲気から伝わってくる。
 
「ミルズ、アルカ、ヨトゥン。悪いが街を頼む。雅樂、シルヴィア、ティルフィさん、それに龍族のみんなは敵の殲滅を。魔王、悪いがここは俺と二人だぞ」
「何、君と二人なら何とでもなるだろう。それよりぬからないでくれよ?」

 みんなが城を飛び出していくのを見届け、魔王が王様にバリアを張る。
 驚愕の表情で俺たちを見る王様だったが、そんなことに構ってはいられない。

「今あなたに死なれては困るものでね。ひとまずはここで大人しくしていてもらおうか」

 バリアを維持したままで、王様に睡眠魔法をかけて屋根裏に運び入れる。
 魔王曰く最低でも五時間は目が覚めないはずだ、とのことでかなり強力な魔法であることがわかる。
 再び何処かで爆発音がして、外が騒がしくなるのを感じる。

 フォルセブクの街の時と違い、今度の敵襲は魔王の予見していたものだ。
 そして勇者と魔王と言う本来真逆の立場での共闘が、今始まろうとしていたのだった。

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