不能勇者の癖にハーレム築いて何が悪い?

スカーレット

31:魔王城はどんなところ?

「一体人の家で何してるんですかね? あんた方は確か城にいた兵隊さんだったと思うんですけど」


 人数で言えば十人前後。
 まともに戦っても余裕で勝てる相手ではある。
 家にはまだ押し入られた様子はない。


 そして俺の選択次第では王様に対する恩をここで、仇にして返すことになってしまう。
 ティルフィさんには辛い選択になるかもしれないが、どうしたものか。


「……勇者どの、あなたの動きが最近おかしいとの報告がありまして。なのでこの家を捜索させていただこうと言うことになっていました。どうか、ご理解を」


 恐怖を押して、一人の兵士が俺の前に進み出てくる。
 おかしいというのは、何処でのことを指すのだろうか。
 七海のところのことを指すのであれば確かにおかしいと言われても否定は出来ない。


 その手前のあのクソ野郎を殺した時のことだとしても、まぁ……。


「捜索して、何になるんです? 俺に直接問い詰めたら済む話ではないですかね?」
「ならばお聞きしたい。あなたは勇者でありながら、罪のない人を何人も殺めたという報告があります。事実なのですか?」


 事実かどうか、確かめようがないから俺に聞いている。
 そんな印象を受けた。
 正直あの村は丸ごと焼けてしまったから、痕跡らしい痕跡はおそらく見つけられないだろう。


 ということは、あの村の住人の中に生き残りがいた、ということになるんだろうか。
 それともあの時いなかった住人が帰ってきたかして、村の惨状を見て城に駆け込んだか?
 どっちにしても言い逃れが出来る状況ではない気がしてきた。


「勇者でありながら、という言葉の意味がわかりかねますね。勇者は英雄でなくてはならない? 誰が決めたんですか、そんなこと。俺のいた世界では勇者は勇気のある者、という言葉でしかない。つまりその勇気が必ずしも人々の為に、ということでなくてはならないなんてことはないはずです」
「……事実なのですね」
「あの村のことを指している様なので言っておきますが、さしたる努力もしないで人の力に頼り切り。そんな連中を生かしておく理由もないでしょう」


 俺の言葉に、兵士たちの顔が歪む。
 この人たちは正義の旗の元に戦うという、いわば信念を持っている人たちなのだろう。
 中にはついていけるかよ、みたいに考える人がいるかもしれないけど、今のところ彼らの信念は揺らいでいない様に見える。


 そして、彼らはきっとこの人数で立ち向かえば俺に勝利出来るかもしれない、という淡い期待も持っているのだろう。
 戦意を失ってはいない様だ。


「そんな身勝手なことを……」
「身勝手なのはどっちでしょうね。俺は正直、勇者なんかなりたいとは言ってないし、いざなってみたら人類の希望です? そんなこと言われたって、俺だって一人の人間です。希望だから感情も殺さないといけないんですか? だったらそんな称号はいらないですよ。そして……ここで倒れるわけにもいかないので、あんた方が襲ってくるのであれば、全力で手向かいさせてもらいます」


 そう言って俺が剣を抜くと、辺りに緊張が走る。
 まだ龍の力を使ってはいないが、昨夜の段階である程度力の上昇は実感できている。
 元々力の差がある現地人との戦いなら、まず遅れを取ることはないはずだ。


「残念です、勇者どの……お覚悟を!!」


 気合いと共に恐らくは団長クラスの人間が切りかかってくる。
 そしてそれに続いて部下の兵士が武器を構え、突進してくるのが見えた。
 割と全力の攻撃のはずなのに、その全てが俺にはスローに見える。


 動画なんかを見ている時の、スロー再生。
 あんな感じで相手のすべての動き……瞬きから息を吸い込み、吐き出す瞬間までもがはっきりと見て取れる。
 なるほど、これが力の上昇の恩恵なわけか。


 もしかしたらこれでさえ一端かもしれないが。


「おおおおおぉぉ!!」


 裂帛の気合いと共に振り下ろされた剣の刃が俺の鼻先を通って地面に突き刺さる。
 その刃を踏みつけて怯んだところに、踏みつけた反動でバク宙の様な格好で団長のあごを蹴り上げた。
 力は出来る限り抜いて蹴りつけたつもりだが、その一撃で団長は意識を刈り取られたのか倒れて動かなくなった。


「団長!!」


 やっぱり団長で合っていたらしい。
 部下が倒れた団長を見て怒りに燃え、槍を、剣を俺に叩きつけようと襲い掛かってくる。
 それを俺は一歩飛び下がるだけで回避して、剣を横に薙いだ。


「なっ……!」


 呻き声が聞こえて、兵士たちが倒れる音がする。
 団長と違うのは、その全員の上半身と下半身が俺の剣圧だけで両断されていることだった。


「……マジか。剣、歪んだりしてないだろうな」
「お疲れ様」


 バタバタバタと音が聞こえて、上空にいたみんなが下りてくる。
 龍族も人間の姿に戻り、まだかろうじて生きている団長を縛り付けていた。


「あれで大体何割?」
「ん……ほとんど力使ってないんだが」


 雅樂の問いに答えると、雅樂も含めてみんなの顔が青くなる。
 俺は何かおかしなことを言ったのか、と思ったがどうやら俺の力は予想外に上がっていたらしい。
 全力でやったらどうなっていんたんだろうか。


 多分剣とか力に耐えられなかったりするんだろうな。


「ああ、そういえばリン。龍族に伝わる宝剣を後で渡すわ。今取り出す準備をしてるのよ」
「取り出す準備? 何のこっちゃ」
「リンさん、龍族の宝剣は龍族を束ねる者だけが取り出すことができまして……ただおそらくリンさんが考えている様なやり方ではないので、あまり見ない方がよろしいかと」


 龍族の男が俺に耳打ちする。
 一体どんなやり方をするつもりなんだろうか。
 とりあえずそれは後で聞けばいいとして、まずはこれからの身の振り方を考えなければならない。


 魔王に従属していた龍族に残された時間は少ないことだし、先ほど捕縛した団長をどうするか、という問題もある。
 まぁ俺の考えではこのまま葬ってしまうのが一番かと思うが、使い道を思いつくメンバーがいるかもしれない。


「まぁ、とりあえず中に入ってくれ。しばらく戻ってなかったから埃っぽいかもしれないけど」


 そう言って俺は全員をとりあえず中に入れる。
 他の兵士たちの死骸に関してはアルカとミルズで何とかしてくれるとのことだった。
 思いもよらない力で、言わば不可抗力で殺してしまったが、殺さなくても良かったかな、と今更ながらに後悔する。


 おかげでいらない仕事が増えてしまったのだから。


「んじゃまず……早速で悪いんだけど魔王の城ってどんなところなんだ?」


 敵の本拠地にいきなり乗り込む、とは言っても事前情報がゼロの状態で乗り込むのでは、ただの無謀な突進でしかない。
 ある程度の情報は仕入れておいて損はないだろう。
 本拠地と言うだけあって、罠とか強い魔物とかいたりするのかもしれないし、出来る用心はしておきたいという気持ちがある。


「魔王の城そのものは、以前王国として栄えていた国を乗っ取ったものですので、大したものではないと言えます。控えている魔物もそこまでの数いませんので、死角の方が多いのではないか、というのが我々の第一印象でした」


 俺は嘘を見抜いたりとか、そういうのが得意ではない。
 だからなのか俺には嘘を言っている様には見えなかったし、雅樂やティルフィさんと言った面々も特に龍族の彼の話に違和感は覚えなかった様だ。
 ということは、今の話そのものは信用に足る話である、ということか。


「つまり、攻め込むには特に苦労はしない、ってことかな」
「いえ……空から攻め入るのだとさすがに敵も察知しやすいでしょうし、我々は格好の的になってしまいます。そして正面から入ろうとする場合、門番は一応います。私が言ったのは、中に入った後のことなのです」


 なるほど、入ってしまえばあとはそこまで苦労することはないけど、入るまでが問題、ってことになるのか。


「裏口とかはないのか? 一応の避難経路的なものを城ってのは用意していることが多いって聞くけど」
「あるにはあります。しかし、おそらくですが回り込む間に門番に気づかれるでしょう。ならば正面突破が一番簡単な方法になるかと」


 その門番ってのは一体何者なんだ?
 視野がやたら広いとか、気配を読む達人的な感じなのだろうか。


「門番ってのは、魔物なの? それとも……」
「人間と魔物がそれぞれ一体ずつ。人間の方は男で、刀の扱いに長けていると聞いていますが、実際に目にしたことはありません」
「人間……」
「そして魔物の方は、腕が左右三本ずつあってそれぞれの腕で武器を振るいます」
「そっちは見たことあるの?」
「ええ、仲間の魔物も何度か襲われているのを見たことがありますから」


 見境ないタイプなのか。
 頭悪そうだな、という印象を受けるが、油断は出来ない。
 頭の悪いやつほど行動が先読みしにくい、ということはよくある。


 そして聞く限りパワー型の相手の様だし、正面から力で立ち向かっても正気は薄いかもしれない。


「その人間と魔物は、常に一緒にいるのか?」
「どうでしょう……我々も従属になってからすぐに各地を襲っていましたから……じっくりと見る時間はなかったのです」
「ふむ……」


 使えないやつめ、と一瞬は思ったが城にいなくてはそれを見ることはできないだろうし、仕方ないことだろう。
 常に一緒にいると仮定して、それをいかに分断させるか。
 そして分断させた後でどう立ち回るか、と言ったところか。


 簡単に考えていたが、思ったよりもしんどいことになりそうな予感がする。


「ねぇ、私たちも龍の血を飲んじゃう、ってのはダメなの?」


 雅樂の提案は、正直俺も可能であれば、というものとして考えてはいた。
 しかし今まで多分俺だけでなく、龍族の人間も頭にはあったのだろうと思う。
 それでも案として出なかったというのは、おそらく女には飲ませることが出来ない何かがあるのだろうと考えていた。


「女性が飲んだ場合、龍になることは可能です。しかし……」
「しかし?」


 説明する男性龍族の顔は暗い。
 やはりあまりいいことはないのだろう。


「龍から戻れなくなった者が続出したので、龍族の間では禁忌とされているのです」


 その話を聞いた女性メンバーの大半……つまりはシルヴィア以外の人間は、真っ青な顔をしてお互いを見た。
 昨日間違って俺の料理を味見、とかしてなくてよかったなと思う。
 もちろん必ずそうなるのではないのかもしれない。


 彼は続出した、と言っていたのだし、もしかしたら戻ることは出来ることもあるだろう。
 しかしどちらも絶対、とか確証のある話ではない以上、無闇なことは避けるべきだ。


「じゃあ、それはなしの方向で行こうじゃないか。とりあえず、龍の力が使える俺が前線に立つとして……」
「その必要はないな」


 方策が決まりかけたところで、予期せぬところから声が聞こえ、全員が戦慄する。
 一体どこから? 
 聞き覚えのない、若くも年老いても聞こえるその声。


 男なのか女なのかも判別がつかない声が、家の中に響いた。

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