不能勇者の癖にハーレム築いて何が悪い?

スカーレット

30:目覚めと襲撃の朝

「朝日が……眩しいぜ……」


 翌朝。
 俺は穢され……じゃなくて一皮剥けたと言っていい。
 実際には泣こうが喚こうが代わる代わる……いつの間にかシルヴィアまで加わって、こいつらゴブリンかよ、と言いたくなるくらいに執拗にあれこれされた。


 羨ましいと思うやつもいることだろう。
 そしてこの世界には重婚を禁ずる決まりはない。
 ならヤりたい放題じゃん、なんて思うやつだっているかもしれない。


 だが実際にはそんなに上手く行くことばっかりじゃない。
 打ち止め、という言葉がある。
 これにラストオーダー、なんて読み仮名を付けたキャラがいたりするが、あんな可愛いもんじゃなくて、文字通りの打ち止めにされた、ということだ。


 つまり俺は再度不能に戻されたということになる。
 そして慌てたシルヴィアが俺にやつの血を直飲みさせたりしたものだが、一向に改善されなかった。
 お前らもう既に十分すぎるほど暴れただろ? と諭してみても聞く耳持たず、俺は執拗に嬲られた。


 しかしうんともすんとも言わない俺の武器を前にして、時間的なこともあってか次々に脱落していく人間が出始め、俺は漸く眠ることを許された。


「……? 何だか外が騒がしい気がする」
「もしかしたら襲撃があったのかもしれないわね」
「げ、もう起きてきたのかよアルカ」
「げって何よ。それより水浴びでもしてきたら? すごい匂いするから」


 お前だって人のこと言えないだろ、と言いたいのを懸命に堪えて俺はアルカに言われた通り水浴びをしに行く。
 襲撃というのがドラゴンのものなのだとしたら、これを討伐するのではなく止めなければならない、ということになる。
 シルヴィアに食われたりさえしなければ、別にそのまま討伐に赴いても良かったんだが……面倒なことになった。


「全員の支度が出来たら、とりあえずシルヴィアに説得に出てもらうしかないわね。多分住人は粗方避難しちゃってて街はほぼもぬけの殻になるだろうから、戦闘を避けて説得するくらいは出来るはずよ」


 まぁ、俺が前線に立ってたらそのまま戦闘になっちゃうし、それしかないか。
 水浴びを終えて服を着替えると、既にみんな準備は整っている様だった。
 宿の外は既に人の波が街の外へ向けて流れ出しているのが見える。


 向こうの世界でもテレビで見たことがある様な光景だ。
 大きな災害があった時、あんな感じだった。


「!?」


 そんなことを考えた時、大きな振動に襲われて俺たちは再び外を見る。
 建物の一つが倒壊して、あれは武器屋だった気がするがその面影は微塵もなくなっていた。


「始まったみたいね。行くわよ」
「全く、余韻に浸る間もなかったね」


 女子メンバーから不満が出たりもするが、今はそんな場合じゃない。
 そんなのまた溜まってくれば何とでもなる。
 確信はないが、そんな気がしていた。


「シルヴィア、昨日血流しすぎたんじゃない? 顔色悪いけど大丈夫?」
「少し何か食べたら大丈夫だと思うけど……果物いくつかくすねて行っても大丈夫よね?」


 受付の人間も既に逃げてしまっているのか、宿屋ももぬけの殻だ。
 客を第一に逃がそうとかそういう精神はなかったんだろうか。
 しかし宿泊客は俺たち以外にいなかったのか、逃げ遅れたりしている人間は見当たらない。


 またも轟音が聞こえて、何処かの建物が崩されたのだと予感する。
 建物の中にいるのは危険だと判断して、俺たちはとりあえず外に出ることにした。


「うわ……何かすごい光景……」
「ある程度予想はしてたけど、ここまでひどいことになってたのか」


 街の至る所で火の手が上がり、逃げ惑う人々。
 正直こいつらがどうなろうと知ったことではないが、ひとまずこの騒動を納めなくては話し合いもクソもない。


「シルヴィア、無血革命はさすがに無理だ。何人かの犠牲は覚悟してくれ」
「ええ? どうにかならないの?」
「あの数相手に丸腰で行けってのか? いくらお前を先頭にして進んだって無理だぞ」
「そうね、さすがに私たちはシルヴィアみたいに彼らを信用しているわけではないから。こちらの被害は一切出さない、くらいのことは約束してもらえないなら、申し訳ないけどこの話はご破算よ」


 聖職者にあるまじき発言な気がするが、既に何度も手を汚させているし昨夜のことで聖職者を名乗るのは厳しくなってのではないか、とも思う。
 なのであれば、やや手荒いやり方になったとしても誰も文句を言う人間はいないということになる。
 実にやりやすい。


「……とりあえず、みんなはここに潜んでて。私、一回龍になって話をしてくるから」
「大丈夫なの? あんなこと言っといて何だけど単独で行ってどうにかなる様には思えないわよ」


 任せて、と言ってシルヴィアはメギドを雅樂に預ける。
 そして意識を集中させると、その姿が見る見る巨大化していき、青い龍の姿になった。


「……おお……」
「凄いわね……」


 シルヴィアが一瞬こちらを見て、そのまま龍の群れに向かって飛んでいく。
 どうなることかと俺たちはシルヴィアを目で追い、見守ること数十分。
 龍の群れがぱっと消えて、あらゆるところで起きていた轟音が収まった。


 見る限り説得そのものは成功した様に見えるが……どうなったのだろう。




「イアン、紹介するわ。こちらは一応国から派遣されてきた勇者のリン」
「あなたが……やはり勇者は若者から選ばれるんですかね」
「…………」


 にこやかに、しかし半裸の龍族の男性が俺に握手を求めてくるので、とりあえずそれに応じる。
 ここで拒んでいきなり破談なんてのはさすがにごめんだ。
 昨夜散々触れたはずの人の肌だが、何だか久しぶりに人の肌に触れた様な感じがする。


「それで……シルヴィアが言っていたことは本当なのですか?」
「まぁ……そういう約束ですからね。それに、俺はシルヴィアの血を摂取してしまったから」


 俺の言葉に龍族の群れからどよめきが上がる。
 何かまずいことでも言ったのだろうか。


「ということは……あなたがシルヴィアの夫になるんですね?」
「……ああ、まぁ……そういう話でしたよね」


 一体何だと言うのだろうか。
 俺がシルヴィアの血を摂取した、というのはそんなにまずいことだったのか?


「だとしたら、あなたは確かに我々の支配者になる器だ。何しろシルヴィアは龍族の女王なのですから」
「……は?」


 今度は俺たちの側からどよめきの声が上がる。
 俺を含めて誰もそんな話を聞いた覚えはない。
 当のシルヴィアはどこ吹く風と言った様子で口笛を吹いていた。


「おい、お前何でそんなこと黙ってたんだよ」
「聞かれなかったし」
「そりゃ聞かないだろうよ。まさかそんな話になるなんて思ってなかったんだから。くっそ、ハメられたわ」
「悪いことじゃないでしょ。ただね、一つ問題があるのよ」
「問題?」


 龍族の男性が、俺に背を向ける。
 その背には何やら刻印がされている。
 焼き印とかインクでされたものではなく、明らかに魔力の通った刻印。


 俺の予感が正しいとすれば……。


「そう、魔王につけられたものなの。裏切ると、一週間程度で死に至る呪いだそうよ」
「マジかよ。シルヴィアにはついてなかったよな」
「私は元々魔王に忠誠なんか誓ってないもの。とりあえず騒動は沈静化出来たけど、時間はあまりないわ」


 龍族の人間の何人かは、不安をあらわにして俺たちを見ている。
 こいつらに魔王なんか倒せるのか、と。
 もちろん俺たちが倒せなかったら彼らは死ぬ、ということになるわけだが……。


「イアン、魔王城の場所はわかっているのよね?」
「ええ、もちろん。一日あればそこまで行くのは容易いですよ。ただ、彼らの実力がわからない以上そのまま命を預けるというのはいささか厳しいのでは?」


 イアンの言うことはもっともだ。
 だからと言ってここで殺し合いとかしてても仕方ない。
 直に城から憲兵も駆けつけてくることだろうし、ひとまずはここを離れた方がいいだろう。


「とりあえず、家に一旦戻りませんか? そこでもう少し煮詰めた話をしたらいいんじゃないかなって」
「そうだな、ヴァナの言う通りだ。一旦俺たちの家に戻ろう。ちょっと全員入れるかはわからないけど、龍族の人たちは飛べるんですよね?」
「あなたがたの国からだと……一日半程度になりますか、魔王城までは。周り道にはなりますが、このまま突っ込むよりはいいでしょう。ひとまずそこに向かいましょう」


 そんなわけで俺たちは久しぶりに家に戻ることになった。
 龍族の何人かが龍化して、その背に俺たちを乗せて。




「……久しぶりに戻ってきたな」


 たまにでも帰ってこられたらいいんだが……勇者に任命されたりしなければ、正直毎日でも帰ってこられたはずなんだけどな。
 しかし何だか様子が変だ。
 上空からだが何人かの人間が、俺たちの家の前にたむろしているのが見える。


「何よあれ……」
「あれは……兵士ですね。私がいた城の私兵です」


 ティルフィさんが連中の正体に気づき、剣を抜く。
 ということは、俺に何か用事なのだろうか。
 だけどそれだと俺がこっちに戻ってくることを予見していた、ということになるし何かと不自然な点が目立つ。


「ティルフィ、待って。リンの力を見てみたくない? 昨日の私の血がどれくらいの効果を出すのか見てみたいと思うんだけど」
「なるほど、じゃあリンさん一人で行かれますか?」


 マジで言ってるのか、こいつらは。
 正直あの程度の連中に、普通に戦っても負ける気はしないがこの話の流れだと、俺に龍の血の力を使って全力でやれ、と言っているんだろう。
 正直魔王との戦いも控えていることだし少し温存を、とか考えていただけに何だかもったいない気がする。


 変なところで貧乏性なのは俺の良くない癖かもしれない。


「……まぁいいや、わかったよ。みんなはそこにいてくれ」


 そう言って上空百メートルを下らない高さから飛び降りる。
 正直向こうの世界にいた頃の俺じゃ考えられない様な行動ではあるが、まず怪我一つしないで着地出来るという確信があった。
 そして地響きと共に地上に降り立った俺を見て、王様の私兵たちは恐怖と驚愕の入り混じった表情を見せるのだった。

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