不能勇者の癖にハーレム築いて何が悪い?

スカーレット

26:現れた少女

 小屋を離れて二日。
 俺たちは漸く依頼の目的地であるフォルセブク市街へと入ることが出来た。
 骨折していた腕に関しては、アルカの術で何とかある程度の回復を見たが、アルカ曰く無理したらまたすぐ折れるかもしれない、とのことだった。


 それでも両手を使って戦えるというのは大きい。
 片手のみでの戦いとなればハンデが大きすぎるし、何よりこれはゲームじゃない。
 死んだらまたやり直せば、なんてわけにはいかないのだ。


「とりあえず、これでまず宿は確保できそうですね」


 野宿に抵抗があったのか、ヴァナは少し安堵した表情で街並みを眺めている。
 ヴァナの言う通りではあるが、ここもドラゴンの侵入をかろうじて受けていないというだけで戦地になる可能性は十分にある。
 ここが戦場になることを見越して、宿以外でもある程度の休息を取れそうな場所などは見繕っておいた方がいいだろう。


「まぁ、何はともあれまずは補給と休息だね。特にヴァナとアルカ、あとティルフィさんには休んでもらった方がいいと思う」
「いや、買い出しなら俺と雅樂で十分だし、お前ら全員休んでろよ」


 俺がこう言ったのにはもちろん理由がある。
 あの小屋を離れてからは、先ほど言っていた通り野宿が続いていた。
 その間、俺たちの戦力低下を懸念してか優先的に休ませてくれたりしていたのだ。


 もちろんそう言った間にも魔物との戦闘はあった様だし、それでも大した怪我等しないでいてくれたのは僥倖と言えるだろう。
 しかしこれから先も必ずそう上手く行くとは限らない。
 現状としてこれ以上戦力を低下させるわけにもいかない以上、出来るのであれば全員が十分な休養を取るべきだろう。


「でも、それを言うならリンだってウタだって同じなんじゃ……」
「お前らより強く出来てるのが異界人なんだから、そんなの気にするなよ。とりあえず飯食ったら行こうと思うから、欲しいものあったらリストアップしといてくれよな」


 こうは言ったが雅樂も疲れは見えている。
 しかし俺と二人で出かけるというのが嬉しいのか、反対する様子は全くなかった。
 こいつも割と無理するタイプだから、気をつけておかないとな……。


 とりあえずの食事を済ませ、みんなで宿を取り、部屋に入っていくのを見届けて俺はヴァナから戦利品を受け取った。
 最後に換金したのがあの村だったから、相当な量になっている。
 これならある程度の金にはなるだろう。


 もちろん王様からもらった金がまだ十分すぎるほどに残っているし、早急に稼がなくては、という事情もない。
 RPGなんかだと最初にもらえたりする金とか小遣いかよ、ってレベルで少なかったから、あの王様の太っ腹具合には少々驚かされた。




「ありがたいよ、最近の戦闘のせいもあって、防具の需要が上がっててね。こういう素材は非常に助かるんだ」


 雅樂の提案で武器屋に換金しに行こう、ということになって俺たちは近くにあった武器屋を訪ねた。
 そこで渡した戦利品の数々が装備に加工できるということで、非常に喜ばれて同時に想定していたよりも倍近い金額での買取が成立した。
 もう少し粘って値上げさせることも出来たかもしれないが、一応勇者でもあるんだしそういうみっともない真似は自粛しておこうと考えたのだ。


 受け取った金を懐にしまい、俺たちは道具屋をめぐる。
 雅樂がアクセサリーなんかを見てため息をもらしているのを見て、何となくデートっぽいなと感じる。
 まぁ、俺が不能じゃなかったらこの後宿屋で……あれ? 不能でもそうじゃなくても大してやること変わらない気がしてきた。


「それ、ほしいのか?」
「え? あー……いや、可愛いなって。私みたいな殺人狂には似合わないかな」


 自分でそれ言うのか。
 ていうか俺だってそんなには変わらないんだけどな。
 変に悲観されても何となく空気がおかしくなりそうだし、雅樂からそのネックレスを受け取って店番に金を渡す。


「え?」
「ほれ、じっとしてろ。……っと、こんなもんか? 似合うじゃんか」
「…………」


 雅樂の首に購入したネックレスをつけてやると、雅樂は顔を赤くしてぼーっとしている。
 こいつ、こんなキャラだったっけ?


「ああ、あいつらには内緒な。全員からねだられたら面倒だし。それに同じのとか向こうと違って売ってないだろうからさ」
「わ、私だけ?」
「そうだって言ってんじゃん。変なやつだな」


 さっき変なもん食ったか?
 そんな風に考えたくなるくらい、雅樂は嬉しそうに見えた。
 先日熱を出した時も思ったが、何て言うかじっとしてれば普通に年相応な女の子なんだよな、こいつも。


「ありがとう、凛。大事にするから」
「ああ、いいよそれくらい。俺も雅樂には助けてもらってるんだし。本当に内緒だからな? 振りじゃないからな?」
「わかってるって。でも、嬉しい。お礼にチューしてあげようか。ね、ね」
「ああ、わかったからこんなとこでひっついてこないでくれ……ん?」


 やたらめったらくっついてくる雅樂を引き離そうともがいていると、何やら街のところどころが騒がしくなってきているのを感じた。
 一体何が? と思って見ていると、小さい龍を肩に乗せた女の子が悠然とこちらに向かって歩いてくるのが見える。
 ピンク色の髪の、十代半ば……つまり俺たちとそう変わらなそうな年齢の女の子の目は俺たちを確実に見据えていた。


「おい、あれ……龍だよな」
「うん……でも、この街にも一応結界張ってあったと思うんだけど」


 雅樂の言う通りこの街にも術士がいて、入口には結界が施されていた。
 もちろん人間である俺たちは普通に通れたわけだが、龍の子どもが街に入っているということでちょっとした騒ぎになっている様だ。
 しかし、あの女の子は普通に通ってこられた、ということなのだろうか。


 それとも、結界が壊された?
 後者だとしたら非常にまずいことだろう。
 この街が襲撃される予兆でもあるのだから。


 そしてまだみんなは宿で休んでいるところだ。


「あなたね、勇者って」


 その女の子は俺の前で足を止めて、にやりと微笑んだ。
 肩の上に乗っかっている赤い、小さな龍も俺を見ている。
 敵意の様なものは感じないが、どうも世間話をしに来た感じではない。


「まぁ、一応な。違う国のだし、ここには派遣されてきた、いわばアウトソーシングって言うか」
「凛、何言ってるの……」


 俺としても何が言いたいのかわからないが、聞いてる側からしたらもっと意味がわからないことだろう。
 しかし目の前の女の子はふふ、と笑って龍の頭を撫でる。


「何でもいいわ。派遣されてきたってことは、あなたとそこの女は龍を討伐しにきたってこと?」
「…………」


 答えていいのかどうか、返答に迷う。
 正直な話、こいつが敵じゃないという確証はない。
 たった今知り合ったばかりの、それも名前も知らない女。


 雅樂がデートっぽい、みたいな感じで喜んでいたのに水を差されたということもあり、おそらくあとで不機嫌になるであろうことが推測される。
 俺としては正直、一刻も早くこの場から離れておきたかった。


「沈黙は肯定と受け取るわよ。そして、そうなんだとしたら話があるんだけど」
「いきなり出てきて何なの、あんた。せっかくのデートを……」


 うん、そうだよね。
 予想通りすぎてびっくりだわ。


「あなたはオールハント? 聞いていた通りの情報ね。他の仲間は何処なの?」
「お前が何者なのかもわからないのに、答えてやると思ってるのか?」


 さすがにこれ以上こいつにペースを握られているのは危険だと考え、俺は口を開く。
 今にもこの女に掴みかかりそうな雅樂をとりあえず手で制して、俺はじっと目の前の女を見つめた。


「それもそうよね。とりあえず場所変えて話さない? どうにもここは人目が多すぎるわ」


 大半お前のせいだろ、と言いたいところだがここで問答していても何にもならない。
 雅樂も何となく納得いかない様子ではあったが、俺がついて行く意志を見せると仕方ないと言った様子で俺についてきた。
 何なら宿に戻っていていいんだぞ、と言うと冗談でしょ、と怒られた。




「とりあえず食事しながらでいいかしら。私お腹空いてて」
「……ああ」


 自由なやつだな。
 俺たちはさっき食べたからと飲み物だけ注文して、目の前の女を改めて見る。
 取り立てて美人でも可愛いという風ではないが、見る人によっては好みだったりするかもしれない。


「私はシルヴィアよ。この子はメギド」
「…………」


 街の一角にあった料理屋に入り、三人で少し奥まった席に腰かける。
 しかし何というか可愛がってる風の龍なのに、名前がちっとも可愛くないな。
 こいつがつけた名前なんだとしたらセンスを疑いたくなる。


「それでね、話なんだけど」
「待ってくれ。会って早々で申し訳ないが、先にいくつか確認させてほしい。それも不可能だって言うなら、その時点でご破算だ。俺たちも暇なわけじゃないんでな」
「別にそれくらいいいわよ。何なの?」
「まず、お前は敵なのか? それとも味方か? どっちでもないってのは出来ればなしで行きたい」
「どうして?」


 疑問の声をあげたのは雅樂だ。
 どっちでもない、というのはどっちにもなりえるということで、曖昧な立ち位置にいる人間ほど面倒で扱いにくいものはない。
 仮に味方になるんだとしても、既に大所帯の俺のパーティには歓迎できるか微妙だし、敵なんだとしたらこれ以上の問答が無意味だからだ。


「まぁ、そうよね。でも、私の話を聞いたあなた次第と言っておこうかしら。リンとウタだったかしら。あなたたちの目的はわかってる。だからこうして話をしにきたのよ」
「っていうことは、俺たちが頼まれている任務に関連すること、って認識でいいのか?」
「そうなるわね」


 運ばれてきた料理に舌鼓を打ちながら、シルヴィアは答える。
 そうなると、龍を討伐するに当たっての頼み事。
 ついでに何かやってほしいことでもあるんだろうか。


「あなたたちに、龍を討伐するのをやめてほしいの」


 シルヴィアは事も無げに言い放ち、料理を次々処理していく。
 俺と雅樂はその発言に顔を見合わせ、ただただ驚くのみだった。

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