不能勇者の癖にハーレム築いて何が悪い?

スカーレット

23:聖堂の崩壊

 聖堂に地下でも掘ってあったのか、一体だけ生き残っていた魔物がいた様だ。
 三メートルはあろうという体長、がっしりとした体格。
 そしてそこに似つかわしくない翼と、頭部には角が見える。


「何よあれ……あんな魔物見たことないんだけど」


 その魔物を見たアルカが、戦慄した表情で後ずさるのが見えた。
 明らかに不機嫌そうなその魔物が、大きく咆哮する。


「な、何だ……!?」


 ヴァナ以外が武器を構え、攻撃に備えた。 
 おそらく言語が通じる類の魔物ではないのだろう、俺たちを一瞥して、特に襲ってくる様子はない。
 こいつがこの辺を統治している魔物なんだろうか。


「ヨトゥン、アルカ、ヴァナを連れて下がっていてくれ。残りであいつを駆逐するぞ」
「でも……」
「今は回復とかそういうの考えてる場合じゃない。それにお前らにも死なれたら困るんだ」
「リンさん、あれを」


 ティルフィさんが指さした方向。
 そこから、狼の様な魔物の群れが走りくるのが見えた。
 さっきの咆哮で駆け付けた援軍ってところか。


 正直油断していた。
 こんなところに巣くっている程度の魔物であれば、容易く駆逐できるはずだと。
 狼の数はざっと二十程度。


 数で言えばこちらは圧倒的に不利だ。


「囲まれたな……」
「私が狼は蹴散らすから、みんなであれを叩いて」


 雅樂が鎌を構えて、一歩前に出る。
 女にこの数を任せるのは、と思う一方でそれ以外にないと悟る。


「聞いての通りだ。みんな、雅樂に活路を開いてもらうぞ」


 全員が頷くのを確認したところで、狼の一匹が飛び掛かってくる。
 その一匹をティルフィさんが切り伏せ、雅樂が鎌を振り上げた。


「伏せて!!」


 縦横無尽に鎌が暴れまわり、俺たちを囲んでいた狼は瞬時に細切れになっていく。
 これなら……そう思った瞬間、雅樂が悲鳴をあげて蹲った。


「ウタさん!!」
「来ないで!!」


 討ち漏らした一匹に脇腹を噛まれたらしく、雅樂がふらつきながら立ち上がる。
 脇腹からはおびただしい出血が見えた。
 その一匹は更に他のメンバーに狙いを定めたらしく、飛び掛かる気満々だ。


「ミルズ、攻撃準備しておいてくれ。ティルフィさん、あの一匹がもしかしたら他の仲間を襲うかもしれない。注意してもらっていいですか」
「それは……一人であれを?」
「その通りです。雅樂が的になっているなら、雅樂を守ってもらいたい。そうでなければ、雅樂はアルカに回復させないとまずい」


 どう見ても浅くはない傷だ。
 放置すればそれだけ命の危険が増す。
 ここで雅樂を失ったら、俺自身どんな変化を起こすか想像もできなかった。


 そしてあのボスっぽいやつ……自分で戦う気はなかったみたいに見えた。
 戦闘力で言えば未知数。
 弱点なんかも見えない以上は、とりあえず仕掛けてみるしかない。


「行くぞ、みんな!! 頼んだ!!」


 死ぬ気に見えるのかもしれないが、そうじゃない。
 俺はまだこんなところで死ぬつもりはないし、絶対にこいつを倒して帰る。


氷の束縛アイスプリズン!!」


 ボスの足元めがけて魔法を放つと、直撃する瞬間に飛んだらしく完全には決まらなかった。
 しかし、前足と後ろ足、それぞれの左側を凍結させ、地面と接着させることが出来た。


「仲間に手を出すやつは許さねぇ……氷撃剣ブリザードソード!!」


 毎回思うが本当、この世界の魔法やら技の仕様は恥ずかしい。
 そしてめんどくさい。
 そして目の前のボスは雅樂を傷つけやがった。


 絶対に殺す。
 そう思って足の動かせなくなった目の前の魔物を狩るために近寄る。
 すると。


「グゥオオオオォォォ!!」
「んな!?」


 何と魔物は自らの左足が二本とも千切れるのも構わず、呪縛を解いて俺の斬撃を右の前足で払ってきた。
 地面に接着したままの前後の左足が、生々しい。


「こ、こいつ……足がちぎれてるのに……」


 これは遊びじゃない。
 もちろんゲームでもないし、死ねばそれまでのはずだ。
 いや……だからこそ、こいつもここまで必死に抗ってくるんだろう。


 ならば俺も、それ相応の振舞いをしなければならないだろう。


「悪かったな、俺はお前をなめていたかもしれない。ここらのボスだってんなら、それなりに威厳は保っておかないといけないよな」


 こいつは俺が何としても倒すとして……他に援軍とか来てないだろうな。
 ちらりと雅樂を見やると、その傍らに狼が倒れていて雅樂はアルカの治療を受けていた。
 これなら大丈夫そうか。


「リンさん! こちらはもう大丈夫の様です!! 私も加勢に……」
「来るな!! こいつは俺が片づけます。辺りの警戒をお願いします」


 一瞬驚いた顔をしたティルフィさんだったが、俺の覚悟を見届けようという気持ちがあったのか、すぐに頷いて剣を構える。
 さて、決着をつけようか。




「で、どうするの? このままフォルセブクの中心まで向かうの?」
「……そうだな、また頼み事とかされてもめんどくさいし」
「……勇者の言うこととは思えないわね」


 あのでかい魔物を討伐して、村から受けた依頼そのものは完了した。
 もっとも依頼主はこの世の人ではないし、礼とかもらえるわけでもないんだけど。
 そして雅樂の傷は幸いにも致命傷には至っていなかった様で、アルカの加護で何とか治癒は間に合った様だった。


「今回は数が多かったので、そこそこに戦利品がありますよ」


 ヴァナはヴァナで戦闘に参加できないなりに、自分の仕事を全うしてくれた様だ。
 もちろん今回に関しては拾ってくれなくてもいいよ、なんて思っていたのだが。
 何故なら王様からもらったお金はかなり潤沢だし、正直この人数でも一か月くらいは遊んで暮らせるのではないか、というくらいの額はある。


 更に、ヴァナに関してはこれからもっと危険な場所へ行くというのに、連れて行ってもいいのだろうかという疑問が浮かんでくる。


「ありがとう、大変だったろ」
「いえ、これくらいしかできることがありませんから」


 本当にいい子だと思う。
 俺たちについてくるなんて選択をしなければ……もし王宮で仕えることができるとか、そういう選択肢があったなら。
 この子は真っ当にいい人生を歩めたはずなんじゃないかと思った。


「なぁ、ヴァナ」
「嫌です」
「……いや、まだ何も言ってないだろ」
「これから危険な旅になるから、何処かで留守番してろ、って言うんですよね」
「…………」


 知り合ってそこまで経ってないはずなのに、考えが丸ごと読まれている。
 そんな俺とヴァナを見て、他のみんなは笑っている。
 笑いごとじゃないんだけどなぁ……。


「私は、リンさんについて行くと決めたんです。もし留守番してろって言うのであれば、リンさんが留守番するときですね」
「それは出来ないわ。俺が頼まれてる案件だからな、今回は」
「だったら私も留守番なんてできません。残念でしたね、私結構しぶといですよ」


 何てことだ……。
 俺はとんでもない子を巻き込んでしまったのではないだろうか。


「諦めなさいよ、リン。みんなリンが好きで付き合ってるんだから」
「お前はよくそんな恥ずかしいことを堂々と言えるな」


 得意げにアルカが俺を笑いながら睨んでくる。
 昔人気だった芸人みたいな器用なことするな、こいつ。


「何よ、あんたは私たちが嫌いなの?」
「んなわけねぇだろ」
「そうだよね、ウタがやられた時一番怒ってたの、リンだし」
「ミルズまで……」


 これが嘘なら、まだこの野郎と怒ることもできようが全部本当のことだから始末に負えない。
 多分雅樂だから、とかじゃないんだと思うが……俺って割と仲間を大事にしてるんだな、とは思う。
 あんなに怒りの感情が湧いてくるなんて、考えもしなかったからな。


「わかったよ。諦めた。だけど、危険なことはしないでくれな。非戦闘要員を危険に晒したいなんて俺は考えてないし、それこそヴァナにだって、これからもっと楽しいことが待ってるはずなんだから」
「リンさんについていくのが、私からしたら楽しいことですから。もう、怖がったりしません」
「…………」


 俺がどんな人間でも、ついてくるってことか。
 仮に俺が仲間を囮にして自分だけ助かろうとする様なクソ野郎だったら、どうするつもりなんだろう。
 それでもこいつはついてくるとか言うつもりなんだろうか。


 人間って誰でも自分が可愛いものなんじゃないのか?
 何でこんなにも献身的になれるんだろう。


「怖がるも何も……俺は別に必要なこと以外はしていないつもりなんだけどな」
「それでもやっぱり怖い顔してたら、怖いものですよ」


 それは一体どんな顔なのか。
 いちいちそんな状態の時に鏡を見たりする機会はないし、正直自分じゃわからない。
 だから周りの反応で判断するしかないのだが、俺はそこまで恐れられる顔をしていた、ということになる。


「まぁ……凛が取る選択がどんなものでも、私たちはついて行くから。最近ちょっと顔も引き締まってきた様に見えるし?」
「…………」


 鬼気迫る、って感じって評価されたり引き締まってきたって評価されたり。
 どっちなんだよ、って思う一方でどっちでもいいか、と思う俺がいる。
 そしてもうすぐ、ドラゴンの軍勢に襲われているというフォルセブクの中心、その一角へとたどり着く。


 すぐに戦闘になるのかはわからないが、顔だけでなく気持ちも引き締めておく必要がありそうだ。

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