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不能勇者の癖にハーレム築いて何が悪い?

スカーレット

20:二つ目の再会と狂気の始まり

 俺の家族。
 父と母、そして二つしたの妹。
 ごくごく一般的な家庭に育ったと思う。


 家族の誰かが俺と血のつながりがなかった、とか俺が拾われてきた子だった、とかそういう悲しいエピソードもない。
 この世界に転送されてこなければ、まず平和に地味な生活をしていたであろう自信がある。
 しかし高校に入って少しした頃。


 彼女の一人も出来ない俺に向かって、母はふざけ半分であり得ないことを言い出した。


『あんた七海ななみと付き合っちゃえば?』


 七海は俺の妹の名だ。
 もちろん可愛がっていたつもりだし、兄貴らしいことなんかほとんどしてやれてはなかったけど、それでもお兄ちゃんお兄ちゃんって俺を慕ってくれていた、数少ない女の子でもある。
 しかし血のつながりって言うのは遺伝子情報が近いから、嫌悪する様に出来ている、なんて聞いたことがあるのだが、七海に関してはそうじゃなかったのかもしれない。


『私たち兄妹だけど、その前に人間の男女なんだよね』


 ある日七海はそんなことを言って、俺に迫ってきたことがある。
 もちろん全力をもって拒絶させてもらって、父に頼み込んで俺の部屋の鍵をより強固なものに変えてもらったりもした。
 しかし、あの日母が放った一言を、おそらく七海は聞いていた。


 そして七海はきっと、俺を兄としてではなく男として見てきていたからこそ、雅樂と相容れなかったのかもしれない。
 そんな七海の思いにきっと、雅樂は気づいていた。
 だから雅樂は七海を無理に誘って遊ぼうと言ったことがなかった。


 何故今そんな話を思い出したのか。
 それは……。


「お兄ちゃん……会いたかった」
「…………」


 悪夢再び。
 俺と違って可愛らしい顔をしているのだから、もっと真っ当に別の男を探して幸せな恋愛をしてほしいと願っていた、兄としての俺の願いは叶わなかった様だ。
 涙目で、かつ虚ろな目をして俺を見る妹の顔を見て、俺は一瞬で事態を察してしまい、いつからこっちにいるのか、とかそういうことを聞く気にもならなかった。
 七海は、恐らくモンスターか人間の男に手籠めにされて、それでも救出されたかしてこの村で落ち延びていたのだろう。


 以前までの俺が知る七海ではもうない、と俺の中の何かが告げていた。


「リン、この子は……?」
「……妹だ」
「へ?」
「うん、七海ちゃんだね。久しぶり」
「…………」


 虚ろな目で雅樂を見て、そしてけらけらと笑う七海。
 俺たち兄妹は特に過ちを犯したわけではないが、もう既に正常ではなくなってしまっていた。
 おそらくこの場にいる全員が、七海の身に起こったことを察したのだろう。


 誰もどうしてここに、とかそういうことは言わなかった。
 村に到着してすぐに、俺たちは宿を探した。
 そして宿を確保して、荷物を置いて補給でも、と考えて村に出ようと思ったところで七海と鉢合わせをした。


 もう俺はきっと、この世界に誰が送られてきたとしても驚いたりはしないのだろう。
 七海を見た時も、ああやっぱり、と思ったし、見た瞬間に色々わかってしまって、向こうが気づくのを待っていたくらいなのだ。
 しかし七海がいきなり事情を話しださないとも限らない。


 公共の場でそんな事情を語られても困る、という思いから俺は七海を連れて部屋に戻り、みんなに紹介したのだ。


「お兄ちゃん……」
「ああ」
「お兄ちゃんが私をもらってくれなかったから……」
「…………」


 正直、聞きたくない。
 あんなにも眩しく清らかだった笑顔が、今は影も形もない。
 狂気に染まった笑顔、というのともまた違う。


 七海は転送させられた後で、右も左もわからない状態でいきなり昏倒させられ、気づいたらもうゴブリンの巣の中だったという。
 幸いにも身ごもった形跡がなかった、ということもあって冒険者がついでに救出してくれた、と話した。
 この世界で女が一人で生きていくことは、大変なことなんだと身内の話なのに俺は何処か他人ごとの様に聞いている。


 つまり、七海は何が言いたいのかと言うと、俺がもらってくれていればこんな後悔の念に苛まれたりもしなかった、ということらしい。
 よくわからない理論だ。
 大体兄妹だからって俺が妹とどうこうならなければならない理由はないし、世の兄妹は多分、それぞれが自分でパートナーを見つけてきているはずだ。


 それを俺に委ねて……いや違うな。
 近場で、それも限りなく近場で済ませようとしていたこいつに非はないのか?
 俺は真っ当に生きてほしいという思いもあって全力で拒絶してきたが、正直悪意があってのことではなかったと今でも断言できる。


 結局のところ、母があんなことを言わなかったら七海ももう少し冷静に生きていけたのではないかと思った。


「ねぇ、本当にこの子あんたの妹なの?」
「ああ。ただちょっとばかり人と違うみたいだけど」
「そう……」


 アルカはそれ以上追及することをやめ、俺と七海のやり取りを見守っている。
 過程はどうあれ、ここまで歪んでしまった兄妹の関係は、おそらくどれだけの時間をかけたところで改善できるものではないだろう。
 もし雅樂の様に初めからまともな武器を持っていたら結果は違っていたのかもしれないが、それももうもしもというあり得ない過去の話でしかない。


「七海。俺に、どうしてほしい? 兄として一つだけ、叶えてやるよ。どんなことでも」


 抱いてくれ、とか言われたらさすがにどうしようもないが、七海はきっと違う答えを持っている。
 そして俺にもその答えは何となくわかっていた。


「わかってるんだよね、きっと」
「ああ。だけどお前の望みはお前が自分で口にして、俺に伝えるべきだ。そうだろ?」


 敢えて俺は突き放す。
 ここで七海を甘やかすことは、きっと七海の為にならない。
 悪い夢だったと思って、全てを忘れて楽にしてやることが、兄として俺に出来る唯一の慰めだ。


「そっかぁ。お兄ちゃん、成長したんだね。雅樂ちゃん……お兄ちゃんを、よろしく」
「…………」


 思えば七海は辛い人生を歩んできたんだろう。
 兄妹に恋するなんて言う気持ちは理解できないし、これからもきっとそんなことは出来ない。
 何故なら、妹は今日この日、俺の手によってこの世を去ることになるからだ。


 七海が俺に、殺してほしいと口にした時……その一瞬だけ、昔の様な屈託のない笑顔に戻ったのを感じた。
 俺は何も言わず、その言葉に応える様に剣を抜く。
 みんなが息をのんで、雅樂だけは黙って俺たちを見守る。


「ねぇ……他に解決方法はないの? 殺すって……」
「それを七海が望んでいるからな。これ以上苦しめない様にそうしてやることも、俺の務めだと思う」


 向こうの世界で同じことを言われたら、俺は七海を殺すのだろうか。
 おそらく犯人を八つ裂きにしてやりたい、という気持ちは同じだと思う。
 ただこっちじゃもうその犯人であるゴブリンは残らず討伐されたと聞いているし、向こうでそうなったんだとしたら、犯人を追おうとまで考えただろうか。


 きっと思わなかった。
 こっちでは力を、武器を持っているからきっとこの選択に至ったんだろうと考える。
 そうじゃなければ、きっと見捨てるかただただ言葉で慰めるに留まっていて、七海は自ら命を捨てる選択をしていたのではないだろうか。


 そしてその事件はこっちで起こったことだから……俺は俺の手で妹の苦しみを取り除いてやりたい。




「……村長さん」
「ナナミさんは、亡くなられたのですか」
「ええ。墓地は空いていますか」


 みんなが見守る中、俺は七海の喉を刺し貫き、その人生を終わらせた。
 出来るだけ苦しませない様に、そう考えたら俺の中ではそれがベストだった。
 もしかしたら、雅樂に任せても良かったのかもしれない。


 雅樂ならもっと楽で簡単な方法を取れたのかもしれない。
 だけど俺が任された以上、雅樂に押し付ける様なことはしたくなかった。
 村長から案内された場所には、無数の墓石が軒を連ねている。


「ここなど、いかがでしょうか」
「ありがとうございます」


 妹を殺した。
 その事実があって、妹はもう物言わぬ躯になってしまった。
 なのにも拘わらず少しも悲しくない。


 むしろアルカ辺りが涙を堪えて俺と、俺の手に抱かれている七海の亡骸を見つめていたりするから妙なものだ。
 墓の中には、俺の髪を少しだけ切って一緒に入れてやった。
 はなむけになるのかわからないが、これで少しでも俺と一緒にいられるんじゃないかって、根拠もなくそう思ったのだ。


 理由などは聞かず、快く墓地を提供してくれた村長さんに礼を言って、花を手向けて墓地から出ようとした時、村長さんから声がかかった。


「こんな時に申し訳ないのですが……もしよろしければ勇者様、一つお願いを聞いていただけませんでしょうか」


 勇者だなんて名乗るものじゃないな、と改めて思う。
 勇者イコール力があるから、誰かを助けなければならない、みたいな風潮があるが、俺にはそれがどうにも煩わしい。
 助けを求める村長の目も、決して自分たちで何とかしようというものではなく、救いを求める者の目だ。


 しかし七海の墓の件もある。
 仕方なく俺は、村長のお願いとやらをとりあえず話だけでも聞いてやることにした。

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