不能勇者の癖にハーレム築いて何が悪い?

スカーレット

19:過去との決別

「ここは通行料取ってんだよ。この先、危険だからな」
「…………」


 屈強そう……でもない男が数人。
 フォルセブクまで後一昼夜程度で到着できるかと思われた場所で、思わぬ足止めを食った。
 もちろん口だけでなく、一応の形式上のものなのか関所っぽいものがあって、その中からも何人かの男がニヤニヤしながら俺たちを見ている。


「あんたたち、フォルセブクの人か何かか? 危険ってどういう意味だ?」
「ドラゴンの軍勢が襲って来てるって話は聞いてるけど、そのことなんだったら私たち、それを倒しに行く様言われてきてるんだけど」


 俺たちの問いには答えず、男の一人が雅樂に歩み寄る。
 あーあ、よりにもよって一番タチ悪い相手に絡むなんて……。
 こいつら、死んだな。


 大体危険な場所だから通行料を取っているというのも意味がわからない。
 危険な場所だから封鎖されてます、ならまだわかるが危険に乗じて一儲けしよう、ということなのかもしれない。
 そしてあわよくば女も手に入れて、みたいなゲスな考えをお持ちなのだろう。


 まぁこんなやつらが何人死のうが、俺には一切関係がない。
 切り刻まれてモンスターの餌にでもなったらいいと思った。


「あんた……金本かねもと?」
「お、お前……」


 男の一人が、雅樂を見て驚きの声をあげる。
 何事かと思ってそちらを見ると、確かに見覚えのある顔がそこにはあった。


「リンさん、知り合いですか?」
「ええ、まぁ……元の世界の、因縁の相手ですね」


 金本と呼ばれた男。
 それは俺を向こうでいじめていたやつらの一人だった。
 こいつもこっちに来ていたのか。


 顔を見た瞬間に蘇る、嫌な思い出の数々。
 もちろんその悉くは雅樂によって救われてきているはずだが、記憶が消えてくれるわけではない。


「お前、滝沢じゃん。相変わらず女の影に隠れてんのかよ」
「…………」
「何よあれ。感じ悪いわね」
「アルカ、前に出るな。あいつは腐っても異界人だ。戦い方まで学んでるんだったらお前らじゃ分が悪すぎる」


 何となく嫌な思い出のせいで嫌な汗をかいてしまう。
 本能が、恐れているのか。


「ハーレムみたいな状態かよ。一人分けてくんね? こっち男ばっかでよ」
「…………」
「何とか言えって。昔みたいにさ、仲良くやろうぜ」


 下卑た表情で金本は俺を見る。
 雅樂は何故か何も言わずに俺と金本を交互に見ていた。


「リンさん、この男……異界人と言いましたか。それにしては戦闘能力はさほど高くない様ですが」
「まぁ、そうでしょうね。ただ、全く知らない顔でもないのがな……」


 またいじめられるかもしれない?
 そんなことはおそらくあり得ない。
 こいつだってただのバカじゃなかったし、戦闘になれば自分たちが圧倒的に不利であることは理解しているはずだ。


 だからこそ、俺にこうして揺さぶりをかけてきているのだ。
 俺以外の人間からしてみたら、きっと無駄な問答だと感じる様なものだが、金本からしたら手ごたえあり、と言ったところか。
 何しろ俺は正直、一刻も早くこの場を離れたいと考え始めてしまっているからだ。


 そしてその考えはおそらく顔に出てしまっている。
 出会い頭からしくじっていたのだ。


「おいおい、またビビッてんのか? お前、こっちきたのいつだよ。少しは変わったんじゃねぇのかよ」
「まぁ、いい思い出はないからな、お前に関しては」


 やっとの思いで答えて、俺は黙って剣を抜いた。
 こんな風に昔の因縁にビビってるやつが勇者とか、笑わせるよな。
 まぁ、勇者はあくまで勇者であって、救世主とは違う。


 正義の味方である必要もない。
 そんな考えから一つの答えが導き出された。


「うん、面倒だ。向き合う必要もない。みんな、下がっててくれないか?」
「は? あんた震えてるじゃない。何があったのよ?」
「いいから。雅樂も、下がっててくれ」
「…………」


 雅樂としては、きっと何か言いたいことがあるんだろうと思う。
 しかし今それを言わないのは、きっと俺自身で答えを見つけることが俺の成長につながると考えてくれているからなのだろう。


「お、剣なんか抜いちゃって……俺と……いや、俺たちとやるつもり?」
「ああ、そうだ」
「そんなガタガタ震えてるのにか?」
「ああ……武者震いってやつだよ。漸く、積年の恨みを晴らすことができるんだからな!!」


 雅樂が下がったのを見届けて、俺は剣に魔力を込める。


氷の爆弾アイスボム!!」


 そして金本めがけて、ではなく関所に向けて魔法を繰り出した。
 特殊な鉱物か何かで出来てるんでもなければ、関所はおそらく中の人間もろとも吹き飛ぶだろう。


「な……」


 雅樂に詰め寄っていた男たちが、腰を抜かして関所があった場所を見る。
 文字通り中にいた男数名と共に関所は吹っ飛び、跡形もなくなっていた。


「じゃ、次はお前だから。どっちがいい?切り刻まれて死ぬのと、魔法で殺されるの」
「な、なめてんじゃねぇぞ!!」


 脅されて漸く金本も腰から武器を抜こうとしたが、その腕を剣で払う。
 ぼとり、と音がして武器を握ろうとしていたはずの手が地面に落下して、地面の土に血が吸い込まれていくのが見えた。


「あ!? あああああああああああ!!」
「うるさい」


 耳に障る声だ。
 そう思った瞬間、俺は喉元を剣で払っていた。
 耳障りな声が途切れ、喉から血が噴き出し、白目を剥いて金本は地面に崩れ落ちた。


「次は、どいつだ? 今度は俺がいじめてやる番、ってことでいいよな?」
「ちょ、ちょっとリン……」
「ダメだよアルカ、今の凛に近づいちゃ」


 後ろで聞こえた二人のやり取り。
 一瞬でも俺の仲間に手を出そうとした連中は、生かしておく価値もない。


「な、なぁ悪かったから……命だけは、助けてくれよ」
「言いたいことは、それだけか?」
「そ、そうだ、金!! 金いるだろ!? いくらあっても困らないもんな!! なぁ!?」
「…………」


 生き残った三人の男……おそらくは現地人なんだろう。
 その一人が俺にありったけの金を押し付けて頭を下げる。
 金は確かにいくらあっても困らない。


 まぁ、もらえるものはもらっておくとして……。


「この金で命だけは助けてくれ、ってことでいいのか?」
「そ、そうだよ、頼むよ!! この通りだ!!」


 なるほどな、命だけ……。
 なら、別に他のものはいらないってことでいいよな。


「わかった。立てよ。命だけは助けてやる」
「あ、ありがて……え!?」


 立ち上がった男三人が、お互いを見て驚愕の声をあげる。
 何故ならその男どもの体からは、二本の腕が切り落とされていたから。


「命だけ、って言ったからな。次足だ。逃げるなよ?」


 出血と痛みがひどくて声も出ないのか、男どもは失禁して涙を流しながら俺を見た。
 勢い余って大事なものまで切っちゃったらごめんな。
 そんなことを考えながら、俺は男どもの足を切り落とした。




「はぁ。つまらないことで時間を取らせてしまったな」
「…………」


 雅樂以外の人間が、俺を何処か恐れる様な顔で見ている。
 漸くフォルセブク領内の村に到着しようかというこの局面で、何だか俺の中で何かが壊れた様な感覚があった。
 もちろんその感覚自体はさっきの金本殺害のところから感じていたのだが、それを見ていた仲間の目が今までと違う、そのことに少なからずショックを受けたのかもしれない。


 生き残った連中が全員あの状態になったから、もしかしたら出血多量であいつらは死ぬかもしれないが、直接俺が殺したわけじゃないし、約束は破ってないよな。
 運が良ければ誰か通りがかって、助かるかもしれないし。


「ね、ねぇリン……あの男と、何があったのかとか聞いてもいい?」


 ひどく冷静にあいつらを屠ってしまったからなのか、アルカは何処か恐怖を感じて萎縮している様に見える。
 ヴァナなんかは一瞬気を失いかけたというくらいだから、俺の豹変ぶりは相当なものだったんだろうと想像できた。


「昔な、陰険ないじめに遭ってたんだよ、俺」
「いじめ……?」


 ありがちなことではあるが、靴を隠されたりノートを燃やされたりカバンを捨てられたり。
 いつも二、三人で動いていることもあって、俺はやり返そうとかそういうことは考えなかった。
 でも雅樂は違っていて、そんな俺を見て憤り、やつらに復讐しに行ったり、いじめの現場を突き止めてその場でバトルになったりってこともあったらしいと聞いている。


 一度は雅樂が頬を腫らして帰ってきたことがあって、その時ばかりは俺も怒りを覚えたものだったが、雅樂は笑って大丈夫だから任せて、とか言いながら木刀を抱えて連中を打ちのめしに行った。 
 その時にやりすぎたのか相手は腕とか鎖骨を骨折した、なんて話を聞いて一瞬は雅樂を怖いやつだと思ったりもしたが、それらはすべて俺の為にやってくれていたことなのだとわかると、恐怖よりも感謝が勝った。
 事実翌日から登校してきた金本らは全員が何処かに包帯やギプスをを巻いていて、こっぴどくやられたんだな、なんて呑気に考えていたのを覚えている。


「だから凛は、私への恩返しの意味も込めてあいつらを?」
「どうなんだろうな。恩返しだとしたら、倍返しどころじゃない結果になった気がするけど」
「何この二人……何か歪んでる」


 アルカが半ば怯えながら言う通り、俺たちは歪んでいるのかもしれない。
 しかしこの世界では即時量刑が許されているのも事実。
 仲間が危機だったんだから、と俺は自分自身を納得させた。


「ねぇ……あれがもし、仮に親友だったとしても、同じ様にしてたの?」
「どうだろうな。俺の中での優先順位は、お前らが最優先だから……ぶっちゃけお前らに危機が迫る様な状況になってたら、きっと殺してたんじゃないか?」


 こうして勇者は狂気に染まる。
 なんて中二じみたことを考えながら俺たちは村に入っていく。
 しかしこの考えが妄想でも虚妄でもないということを、俺は割とすぐに思い知るのだった。

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