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不能勇者の癖にハーレム築いて何が悪い?

スカーレット

16:旅立ちの朝

「痒いところなどはありませんか、リンさん」
「え、ええ」


 さっきまで木剣をぶつけ合っていた相手が、全裸で俺の体をあちこち洗剤を泡立てて洗うというこの光景。
 全くもって予想していなかった上に、いくら不能の俺でもこれはちょっと効いたと言わざるを得ない。
 もちろんいきなりカッチコチになったとかそんなことはないんだけど、先ほどまで王様とこの人の話をしていたというのもあって、動揺は大きい。


「どうしました? 先ほどからこちらを見てくれていない様ですが」
「あ、いえ……何というか目の毒と言いますか……」
「失礼しました。私の体など目に入れて申し訳ありません」
「あ、そ、そうじゃないです。何て言うか……あんまじろじろ見ても悪いかなって」
「そうでしたか。見られたからと言って減るわけではありませんから。それに、もしご希望がありましたら存分に触って頂いても構わないのですよ」
「!!」


 じゃあ遠慮なく!! なんてことになったら、今まで頑なにあいつらとの接触をしないできた俺の苦労はパーだ。
 それだけじゃない。
 雅樂あたり、遺言あるなら聞くけど? とか言って鎌とか出しかねない。


 言い分じゃなくて遺言なのかよ……。


「そ、それはその、機会があればまた……」
「リン、少々緊張しすぎではないのか? 女と風呂に入るのは初めてか?」


 おっさんちょっと黙ってろよ。
 向こうじゃこんな風に女性と風呂なんてまず機会ないから。
 何ならあのまま無事に生きてたら、一生なかったかもしれないっての。


「ティル、そういえばリンがお前に言いたいことがあるそうだぞ」
「え?」
「何でしょう、賜ります」
「ほれ……さっき言っていただろ、リン」
「あっ」


 あれか、感謝の言葉は直接言えって。
 しかしこうして目の前にいられてしかも全裸。
 そっちが気になって、感謝の言葉どころじゃないんだが。


 それどころか、俺の下半身が正常だったら感謝から顔射に変化していたまである。


「え、えっとですね……先ほどの稽古、ありがとうございました。俺、少しだけ自信がついた気がします」
「あら、そうですか……それは嬉しいお言葉。私などにはもったいのうございます」


 努めてティルフィさんを見ない様にはしているものの、先ほど王様が言った通り、照れているであろうことがその声音から伝わってくる。
 案外可愛いところあるんだな、この人。


「いや……実際助かったし、もしまた会うことがあればその時はまた稽古つけてもらえますか? ティルフィさんは俺にとっての師匠というか、先生みたいなものなので」


 そう、不思議な力でもあるところの魔法に頼り切っていた俺に光明を与えてくれた人と言う意味では、この人の力は非常に大きい。
 元の世界の様に、連絡先を交換しようとかそういうコミュニケーションが取れないのは残念だが、こちらに戻ることがあれば、また会うこともあるかもしれない。


「私などが先生だなんて……」


 そう言ってティルフィさんは俺の手を両手で包み込む様に握る。
 この時、何とも形容しがたい感覚が俺の体の中を駆け巡った気がした。
 何だろうか、この熱い感じ……腹の底から湧き上がってくる様な……。


「り、リンさん……それは……」
「へ?」
「お、おお! リン! すごいぞ! 見事だ!!」


 浴室内がざわめき、全員の視線がこちらを向く。
 全員が見ているのは、俺の下半身だった。


「な……こ、これは……!!」


 ば、バカな……そんなことが……!
 昨日今日会ったばかりのティルフィさんに、それも手を握られたという、それだけのことで俺の不能が……!?


「こ、こうしちゃいられない!!」
「あ、リンさん!?」
「お、おいリン!!」


 背後からかけられた声を無視して風呂場を飛び出し、着るものも煩わしいと感じた俺は、そのまま城内を駆ける。
 まさしく風にでもなったかの様に、全力で。


「ちょ……」
「え、何だ!?」


 すれ違う人たちが皆、悲鳴をあげたり驚きの声をあげる中、俺はひたすら走った。
 あいつらに見せてやりたい。
 ただそれだけを考えて。




「ちょ、ちょっとあんた! 何てカッコで!!」
「り、凛!? そ、それ……」
「ああ、みんな!! 見てくれよ!! こんなにも!! こんなにも元気に!!」


 駆け抜けた先で見つけた、あいつらの部屋。
 ノックなんて言う面倒なことは省いて、俺はドアを蹴り開けた。


「な、何が起きたの? 何が原因で……」
「それがさ、ティルフィさんが……」
「そこまでです、勇者どの。あちこちから苦情が入っておりますので」


 説明しようとしたところで、俺は兵士に捕まった。
 さながらドナドナの様に、それはもう無様に。
 それでも衰えることを知らない、不能から解き放たれた俺の暴れん棒は兵隊に囲まれても尚、いきり立っていた。


 そして翌日。
 すっかりとフルチン勇者などと言う不名誉なあだ名が定着してしまった俺だが、既に暴れん棒の猛りは収まっていた。
 何でかって?


 別にエロいシチュエーションでも何でもないのに、そう継続し続けられるもんでもないし。
 あの後俺は風呂場に戻され、全身を綺麗にされて解放された。
 そう、その頃にはもう徐々にしぼみ傾向にあって、ティルフィさんの何処を見ても元気になることはなかった。


 もしかして握られたりしたら、また違ったかもしれない、なんて考えるがさすがに今から握ってください、なんて言えるわけもないし、これからドラゴン討伐に出ようというのにそんなことを言おうものなら、また木剣でボコボコにされるんじゃないかと思う。
 そして俺たちは玉座の間で王様と謁見していたのだった。


「あー……何だ、その。昨夜は大変だったな、リン」
「ええ、そうですね……」


 すっかりと舞い上がってあんなわけのわからないことをやらかした上に、部屋に戻ったら既にしぼんでいて何をしようと無反応だった俺に対する、仲間たちの視線は冷たい。
 雅樂なんかはすっかりと逆上して、やっぱり一回ちょん切ろうか、とか恐ろしいことを口走っていて背筋が凍る思いをしたものだ。
 というか思ったのだが……俺、こっちきてからほとんどチンコのことしか考えてなくね?


 狩りをしてても、勃たない勃たない勃たない勃たない。
 雨の日も晴れの日も、勃たない勃たない勃たない勃たない。
 勃たないって言う言葉がゲシュタルト崩壊起こしそうな勢いだ。


 異世界転生ってもっと、こうワクワクする様な、おおー! ってなる様なそういうもんだと思ってた。
 そう考えると、ああいう異世界転生ってやっぱり作り物だよな、なんて考えてしまう。
 だって、ああいう作り物の世界でチンコがどうとか、まず出てこないじゃん。


「まぁ何だ……昨日あれだけ元気に猛り狂っていたのだから、治る見込みはある、と俺は思う。実は昨日あんなことにならなければ、一つ渡そうと思っていたものがあってだな」
「渡そうと思っていたもの?」


 そう言って王様が従者を呼んで、その従者が持ってきたものを俺に手渡す。
 何だこれ、でかいな。


「それは王家に伝わる秘薬だ。俺も何度か飲んだことがある、霊験あらたかなものでな。それはもうすごい効き目なんだが……まだ在庫がそれなりにあるので、一本丸ごとお前にやろう」
「はぁ……」


 薬、と言う言葉に俺も雅樂も他のメンバーも、やや青ざめた顔をする。 
 それもそうだろう。
 だって、先日の行商人からもらった薬で、危うく雅樂を絞め殺すところだったんだし。


 あれは俺の中では、ちょっとしたトラウマなんだよなぁ……。


「お前たちが薬で嫌な思いをしたことは聞いている。話に聞いた限り、お前たちが買ったのはおそらくただの興奮作用が強いだけの薬だ。しかしこれは少し仕組みが違ってな。一気に飲むのは体に毒というか、多分死ぬからやめた方がいい」
「…………」


 何だそれ、いきなり命の危機かよ。
 俺、一度口付けた瓶とかで時間空けてまた飲むの、苦手なんだよなぁ……。


「別にコップとかに注いで飲んだらいいでしょ。何でラッパ飲み前提なのよ」
「あ、それもそうか……」
「話を戻すぞ。その薬は魔法で精製してあるのだ。目的はただただ勃起の促進、それのみ」


 カッコよく言ってるつもりなんだろうが、全然内容がカッコよくないって言う。
 しかし、今聞いた内容が本当なのだとすれば、直接下半身に作用するということだろうか。
 だとしたら、飲みすぎた場合に俺自身が死ななくても、下半身が死ぬなんて結果になるかもしれない、とは思った。


「お前の不能がもし呪いの類でないとすれば、その薬を継続して飲み続けることで改善或いは完治も見込めるはずだ。持っていくといい」
「一回でどれくらい飲んだら? あと、一日何回ですか?」
「ああ、小さじ一杯程度でいい。あと、一日一回だ。二回以上は危険だから、やめておいた方がいい」
「…………」


 改善するためのお薬で死の危険とかマジでやめてもらいたい。
 ただでさえ薬に対してちょっと不信感あるってのに。


「そして……これらが今日お前たちに渡すと言っていた装備だ。各々良いと思うものを持っていくといい」


 ずらりと並べられた装備の数々。
 一目見ただけでも、今使っているものよりも良いものであるということはよくわかる。
 だけど雅樂は鎌がもしかしたら伝説級の武器かもしれないし、下手な武器より防具を選びそうな気がするな。


「リンさんには、これを」
「え?」


 ティルフィさんが持ってきた、一振りの剣。
 両手剣と片手剣の中間くらいの直剣だった。
 そこまでの重さも感じないことから、両手でも片手でも扱えると思われる。


「その剣は、特殊な鉱物で鍛えられていて、魔力を伝えやすい性質を持っています」
「……じゃあ」
「ええ、魔法剣に最適の一振りです。もちろん切れ味も丈夫さも折り紙付きですよ」


 ほのかに青い刀身、シンプルな装飾。
 これだよ、こういうのでいいんだよ。
 しかも魔法剣にも適してるとか最高じゃないか。


「魔力で対応できない様であれば物理で、どちらにも切り替えることができますので」
「ありがとうございます。大事に使いますよ」
「あなた方の旅の無事を、お祈りしています」


 そう言ってティルフィさんは俺に跪く。
 何だか女メンバーからの視線が刺さる様だ。
 別に鼻の下とか伸ばしてないぞ、多分だけど。


「では……ドラゴンの討伐を無事に終えたなら、一度報告に戻ってくれ。紹介所からの報酬とは別に、王宮からも報酬を出そうじゃないか」
「あ、そうか戻ってこないといけないんでしたね」
「報告はあんた一人でしなさいよ、リン……」


 昨日の一件があってから、アルカは目も合わせてくれなくなった。
 できればこの王宮からは一刻も早く離れたい、そう言っていたのもアルカだ。
 まぁ、気持ちはわからなくはないかな。


「一か月もすれば、この城の者たちも昨日のことなど忘れるだろうよ。そう気にすることはないぞ、娘」
「…………」


 一か月な……その程度で帰ってこれるのか心配なとこではあるけど。
 というか生きて帰ってこられるのかどうかも微妙だってのに。
 ともあれ準備は整った。


 出来るかどうかはわからないが、俺たちは隣国のフォルセブクへ向けて歩き出した。

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