不能勇者の癖にハーレム築いて何が悪い?

スカーレット

15:王城で入浴

「リンさんはどうも、動きに無駄が多いですね。こちらに来る前は何か武芸を嗜んでいらっしゃいましたか?」
「……いえ、全くの素人です」


 城に案内されて、早速連れてこられたのは稽古場だった。
 さん付けで呼んでくれてはいるが、ティルフィさんはこう見えてもう二十五だというから驚きだ。
 せいぜい二十代前半くらいかと思ったのに。


 そして木剣を渡され、立ち合う様言われて打ち合うこと五合程度。
 いきなりダメ出しをされた。
 そりゃそうだろう。


 元の世界で剣道とか一切やったことないし、体育だって柔道も剣道もなかった。
 せいぜい小学校の頃に遊びで野球をやってバットを振った程度の記憶しかない。


「戦闘だけではなく、全てと言ってもいいくらい、人間の動きは呼吸が大事です。世界で達人と呼ばれる方々の大半は、まず呼吸を大事にします」
「呼吸……?」


 いや、呼吸ならしてるから。
 ていうかしなきゃ死んじゃうし、出来ないとなったらもうそれは身体異常でしかないだろう。


「拍子であるとか、そちらの言葉ではリズムと言いましたか。簡単に言ってしまうと、リンさんの攻撃は呼吸がバラバラで、踏み込みも打ち込むタイミングも出鱈目なんです」
「なるほど……」


 確かに素人がいきなり戦場に放り込まれて、誰かにちゃんと習ったわけでもない戦い。
 しかも大半魔法頼りで戦ってきた俺からしたら、呼吸だのリズムだの言われても何のこっちゃという感じではある。
 音楽の成績だって、三止まりだったしな。


「明日、王からあなた方へ装備をある程度お渡しすることになるかと思いますが……今のリンさんが使った場合、その武器の性能の半分引き出せればいい方でしょう」
「え、半分?」


 武器なんて当たったらいいんじゃないの? くらいに思っていた俺からすると、性能がどうとか言われてもイマイチピンとこない。
 もちろんRPGなんかで強い武器は性能がいいんだろう、とかその程度のことは考えたことがあるが。


「リンさんは素質そのものがないわけではなくて、圧倒的に知識と経験が足りない。ただそれだけなんです。ある程度の知識を習得して、経験を積めば異界人でもあるあなたは比類なき戦闘力を手に入れられるでしょう」


 そう言われれば確かに、異界人でもある俺は本来アルカたちよりも戦闘において秀でているはずなんだ。
 それが未だにポンコツだから、あいつらあんなにつらく当たってくるのかもしれないな。
 そう考えたら、何となくやる気が湧いてきた気がする。


「まずは踏み込みと打ち込みのタイミングを学びましょうか。本当ならもう少し勉強しないといけない部分はありますが、時間はそこまでありませんので」


 そう言ってティルフィさんが木剣を構える。
 先ほどまでの様に受け身なものではなく、今度は攻撃するという明確な意思を持った構えだ。


「私が打ち込むので、かわすか受け止めるかしてください。そして、その瞬間の踏み込み、つまり足元と手元を観察するのを忘れない様に」
「あ、は、はい」


 そんなこといきなり言われても、正直そんなの見ていられる自信なんかない。
 振り上げられた瞬間に目を瞑ってしまいそうだし、それこそ熟練の域の話になるんじゃ……。


「最初は誰だって怖いものです。しかしながら今までは仲間に助けられながら、それなりに楽なクエストをこなしてこられたということから、リンさんの成長は緩やかなのです。これから徐々に慣れて行きましょう」


 そんなわけで、ティルフィさんの地獄の特訓は開始されたのだった。




「どうしました、もう終わりですか?」
「…………」


 おそらく時間にしたら一時間程度。
 夕飯前のこの時間にこれだけ暴れたのは、多分生まれて初めてなんじゃないだろうか。


「まぁ、普段の運動量などから考えたら一旦休憩を入れるのがよろしいでしょう」
「ありがとうございます……」


 正直もう手足が言うことを聞かない。
 ティルフィさんの踏み込みなどに関しては、ある程度掴めたと思う。
 元の世界での実践経験なんか皆無だった俺からしたら、この短時間でそれだけ掴めたのは驚きだ。


 そしてその踏み込み、打ち込みを実践しながらの打ち合い。
 もちろん何発ももらったし、何回かは当てられた。
 比率で言えば俺が一でティルフィさんが九だけどな。


「……そういえば」
「はい?」


 息一つ乱さず、ティルフィさんが倒れている俺を見た。
 化け物だな、本当……現地人だって言ってたけど、マジなのか。


「誰でも最初は怖い、って言ってましたけど」
「ええ、そうですね」
「ティルフィさんくらい強い人でも、そうだったんですか?」
「……そうですね、私は元々臆病でしたから」


 遠い目をして、ティルフィさんは笑う。
 思い出したくないことでもあるのだろうか。


「私は、元々頭脳派だったんですよ。本の虫というやつですね。ですけど、剣術も同時進行で学ばされて……いつの間にか戦場に駆り出されていました」
「…………」
「初めての戦場で人が敵味方関係なくどんどん死んでいく……そんな景色を見て、ある程度の腕を持っていたはずの私は、気づけば失禁していました」
「へ?」


 失禁?
 ってもしかしてお漏らし?
 この美人が?


「見てみたいですか?」
「い!? いやいやいや!! びっくりはしましたけど……別に見たくはないです」
「そうですか」


 そんないつでもどこでもお漏らしできます、みたいな栓の緩い女はさすがに萎える。
 とは言っても、元々勃ちませんけども。


「しかし、そんな風に失態を晒したからと言って戦が終わるわけではなく、私もいつの間にか剣を取って戦っていて……」


 自分で失態、と言っておきながら別に失禁したことそのものを恥じている様子はない。
 誇らしげにされても調子が狂うが、これはこれですごいと思う。


「気づけば敵の大将の首を取っていたんですね」
「…………」
「それでいつの間にか出世街道をひた走って、今の地位にいる、それが私です」


 何が言いたいのか、多分そんな無様なことになっても、ちゃんと生きて経験を積めば私くらいにはなれますよ、とかそういうことなんだろう。
 それだって、この人クラスになるのは何年かかるんだか。
 そう考えると気が遠くなりそうだ。


「あなたは恵まれた身体能力、素質その他諸々を持ち合わせています。今はまだそれらが目覚めていないだけで、しかし片鱗は見えてきています。オールハントさんに関しては、危機的状況が先立った為にその開花が早かった、というだけのことなんだと思います」


 その呼び方やめてやって、と一瞬思うが雅樂本人も特に嫌がっている様子ではないし、別にいいんだろうか?
 ……いや、ちゃんと名前があるんだから……と思うが考えてみたら明日には一旦お別れではあるんだよな。
 特に訂正の必要もないか。


「さて……では、少しでも早く目覚めてもらって、あなたの手の届く範囲でも守りたい仲間はいるのでしょう? 立ってください」


 そう言われて手を差し伸べられたら、いくら体が悲鳴をあげていても立ち上がらないわけにはいかない。
 まだ若いからなのか、限界だと思われた体はすぐに立ち上がることが出来た。




「ご苦労だったな。湯浴みの準備が整っている様だ、一緒にどうだ」


 苛烈な稽古を終えて用意された部屋に戻ろうかと思ったら、王様がプラプラと廊下を出歩いている王宮。
 王様ってのは何処もこんなもんなのか?
 そして、何が楽しくて男と風呂なんて……。


「何だ、まだ尻穴の心配をしているのか? 俺にそっちの趣味はないと言ったはずだが」
「別に、そういうんじゃないです……」


 敢えて考えない様にしてたのに、そういうこと簡単に口に出すのやめませんか?
 とは言え断っても何だかまとわりついてきそうな気がしたので、俺は諦めて王様と風呂に入ることにした。


「俺が呼ぶまで入ってこなくていいからな」


 風呂用の従者……それもやっぱり美女。
 六人ほどいるその女たちに声をかけ、王様は先に浴室へと入っていった。
 見られてても別にいいや、と開き直って俺も全裸になって浴室へ入り、体を流す。


 しっかし何だよこのでかい風呂……こんなに広い風呂、必要だったか?
 元の世界のホテルとかでもこんなでかい風呂、見たことないぞ。


「どうだ、ティルはなかなか厳しかっただろう?」
「ええ、まぁ」


 ティルフィさんの話をされているのに、俺の視線は逸らそう逸らそうと考えても、どうしても王様の股間に行ってしまう。
 何て言うか……とんでもなくでかい。
 小学校の修学旅行を思い出すな……。


 クラスに一人、慎平しんぺいという名前の男の子がいて、そいつがやたらご立派なイチモツをぶら下げていた。
 それまで慎平って普通に呼ばれていたのに、その日を境にあだ名がチン平になっちゃって、何だか可哀想だと思ったのを覚えている。
 その理論で行くと、この人はチン王とか?


 いや、そんなあだ名つけたらさすがにティルフィさん辺りにぶっ殺されるな。
 あの人は色んな意味で王様に心酔してるっぽいし。


「あれはあれで過去に色々あって苦労してるからな、許してやってもらいたい」
「別に……というか、感謝してるくらいですよ。俺なんか戦闘に関しては全くの素人でしたし。剣の扱いに関しても今日ほとんどを学んだと言ってもいい」
「そうか、それはティルに伝えてやってくれるか。あいつは照れるだろうが、あいつの自己評価は著しく低い。経験も知識も技術も卓越したものを持っているのに、自信だけはないんだ」


 意外なことだった。
 異界人である俺を一方的に圧倒できるほどの力を持った現地人が、何でそんなにも自信がないのか。
 そこが物凄く気になる。


「さて、じゃあそろそろ呼ぼうか。おーい! 入ってこい!」


 王様がパンパンと手を鳴らすと、浴室のドアがガラリと開いて先ほどの美女たちが全裸で入ってきた。
 ふん……以前の俺なら慌てふためいていたところだが、今の俺は一味違うぜ。
 何故ならそんなもん見た程度じゃ全く反応しないんだからな!


「失礼します」
「えっ」


 しかしそう思ったのも束の間、その美女の中にティルフィさんが混ざっていたのだから、俺としても動揺を隠せない。
 うーん、これは予想していませんでしたねぇ……。
 下半身は反応しなくても心はすっかりと反応してしまった。


 どうしてくれようか。

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