不能勇者の癖にハーレム築いて何が悪い?

スカーレット

11:ファーストキスは何の味?

 夜の宿屋のロビーに、どうにも穏やかでない空気と沈黙、そして食器類がかち合う音が響く。
 簡単に言えば、ヴァナと俺以外のメンバーが俺に向ける白い視線をスルーしながらの夕飯を食べているところなのだが、すっかりとヴァナが委縮してしまっていて、食事を楽しむとかそういうものとは無縁の様だ。
 それでも食べられるだけマシ、と思っているのかきちんと残さず食べているところは評価できる。


「あ、そ、そういえばさ……薬、見つかったのか?」


 たとえ見つかったとしても、そんな出処不明の怪しい薬なんか飲みたいか、って言われたら答えは当然ノーなんだが。
 ただ、どう考えてもこの状況がヴァナにとっていいものになるとは考えにくく、何とかして空気を柔らかいものに出来ないか、と考えた結果出てきた言葉があれだった。
 だって、あんな重い家庭で育って……いつまでだったのかとか、そういうのは詳しく聞いてないけど、やっと解放されたと思ったらこんな険悪な雰囲気とか、可哀想じゃん。


「それは何? 見つかってたら飲んで治して私たちとまぐわいたいって言うサイン?」
「おい、子どもいるんだからそういう話は……」
「ああ……リンの世界だとそういうのもっと年齢が進んでからじゃないと認められないんだっけ?」


 比較的機嫌が悪くないミルズが、肉をかじりながら俺に問いかけてくる。
 俺に聞かなくても雅樂に聞くとかすればいいのに、と思うが今はそんなことは問題じゃない。


「十八未満の人間に手を出したら捕まるな。割とその辺の規制は厳しいみたいだ」
「こっちは、同意して手続きさえ済んでればそう言うの、特に制限はないわね。精通と初潮が来てるなら、別に何歳でも構わないみたいだけど」
「え、そうなの?」


 知らなかったし、知りたくもなかったことを知ってしまった気分だ。
 一瞬でこの儚げな、無垢そうな少女を見る目が変わった気がする。


「あ、その、私は未経験です。家からほとんど出してもらえませんでしたし」
「でも、父親に乱暴されてたって言ってたわよね」
「おいこらアルカ。人のトラウマほじくる様なのは……」
「いいんです、リンさん……乱暴っていうのは、性的なものを含んではいませんでした。主に爪を剥がされたり、殴られたり蹴られたりっていう……」
「…………」


 思いもよらず重たい返しがきて、全員が沈黙する。
 正直想定していたよりも、この少女は過酷な人生を歩んできたのかもしれない。


「ま、まぁ世話になる身分なんだから、ある程度の身の上話は聞いておく必要あるでしょ」
「おい、お前……少しは反省しろ。お前にだって人に話したくないことの一つや二つ、あるんじゃないのか?」
「な、何よ……リンはこの子の味方なわけ?」
「味方とかそういう話は今してないだろ。人のトラウマを……」
「リンさん! 大丈夫ですから……何でも聞いてください。アルカさんの言う通りですから」


 何だろう、うちのメンバーにもヴァナの一割でいいから、こういう慎ましさを分けてもらいたい。
 アルカなんか慎ましいのは胸だけで、態度は胸の何倍でかいんだよ、って話だ。


「でも凛、その子引き取るとなると、手続きとかどうするの?」
「それなんだけど……俺も良く知らないから、明日紹介所で聞いてみようかなって」
「まぁ紹介所で私たちのメンバー扱いにして引き取るのが一番楽だよ。手続きもそこまで重いものはなかったと思うし」


 ミルズはいつでも冷静で助かる。
 まぁ、今は少し不機嫌な様ではあるが、そこでも私憤を抑えてちゃんとした意見を出してくれるのはありがたい。


「でも私、戦闘とか経験ないんですけど」
「んー、直接戦闘に加わるんじゃなくて、荷物係とかやってもらうのもいいかなって思うんだけど。家で留守番してもらうのはありがたいけど、残ってるが故の危険ってのも考えられるわけだし」


 確かにあそこは街からは少し離れているし、魔物も出る。
 一応の結界があるとは言っても、絶対に安全とは言い切れないのだ。
 なら連れて歩く方が、この子の安全を考えるなら確実ではあるかもしれない。


「そうだな、荷物持ちしてもらうのと、戦利品回収とかやってもらえるならクエスト効率上げる結果になるかもしれないし、それでいいんじゃないか?」
「一回辺りの分け前は減るかもしれないけど、回数こなせる様になるんだったら結果的に儲けは増えるもんね」
「でも……ヴァナさんはあまり力がありそうには見えませんから、そこまで大量の荷物は厳しくないですか?」


 ヨトゥンから見て、ヴァナは非力そうに見えるらしい。
 俺から見ても、その辺は期待してはいないが……慣れればある程度は可能ではないかと考えている。
 今までの様にみんなで持つ分はきちんと持って、という感じでやっていけばプラスアルファの戦利品が得られるというわけだ。


「全部任せるんじゃなくて、今までみたいにみんなで持てる分は分担する感じにしたら、増える結果にならないか?もちろんあんまり抱えたくない、ってことなら仕方ないんだけど」
「それでいいんじゃないかな。何にしても効率があげられるならそれに越したことはないんだし」
「えっと……私、分け前は最低限でいいですから。戦闘をされる皆さん最優先で」


 本当に慎ましい子だ。
 これが本性なんだとしたら、天使みたいな子だと思うんだけど……どうなんだろうな。
 今まで親から虐げられてきて、それでも何とか生き延びてきたこの子からしたら、このパーティで過ごす日常というのは恵まれたものになるのかもしれないが。


「まぁ、その辺は実際にクエストに出てから考えましょうか。で、今夜はどうするの? 話を戻すと、薬は手に入ったよ。三人は反対方面探してたから、手に入れられなかったみたいだけど」


 雅樂の言葉に三人がギリっと歯噛みするのが見えて、軽く戦慄する。
 もう少し言い方があるだろ……。


「そ、そうか……どんなのか見せてもらっていいか?」
「ほら、これ」


 毒々しい紫色の液体が入った小瓶を取り出し、俺の前に置く。
 蓋がされているから、匂いとかは特にしないみたいだが……。
 飲んでも大丈夫なのか、これ。


「あっちで言う何だっけ、バイ何とか。ああいう感じっぽいって言ってたけど」
「買ったのか?」
「うん、今回は特に殺す必要性なかったし」


 殺して奪い取った、とかではないなら別にいいんだが……それでもちょっとこれを飲むのは勇気がいるな。
 手に取ってみようとすると、その手を雅樂に掴まれて一瞬びくっとなってしまった。


「ねぇ凛? まさかとは思うけど、その薬捨てたりしないよね?」
「は?」
「飲んで大丈夫かな、これ……とか思ってたでしょ」
「…………」


 いや、誰がどう見たってこれ、大丈夫そうに見えないだろ。
 お前飲めって言われたら飲むのかよ?
 そう言えたらどんなに楽なことか……。


「お、思ったけど……せっかく苦労して手に入れてきてくれたんだったら、飲まないってわけにも……」
「その……リンさんのアレが機能しないのを治したいんでしたっけ……」


 おずおずとヴァナが口を開く。
 こんな幼い子にまで俺の性事情を知られているなんて……元の世界だったら自殺してたかもしれない。


「ああ、まぁ……笑いたかったら笑ってもいいんだぞ」
「笑いませんよ……この薬が飲んで大丈夫かどうか、私ある程度わかります」
「え?」
「野宿してた期間が長かったので、毒があるものとかは匂いで大体わかる様になったんです」


 過酷なだけの生活じゃなく、きちんと得るものがあった、ということか。
 その話が本当なんだとしたら、確かめてもらうのはありかな、と俺は思う。
 雅樂がダメ、とか言い出さなければお願いしてみようとは思うが……。


「いいんじゃない? 私もこれが毒じゃない、とは言い切れないし。何より凛に死なれたら困るもの」


 持ち主の了解も得られたことだし、じゃあ早速、と思ったら今度はミルズに止められた。


「こんなところで開けないんだよ。部屋でやろう。万一毒だったらここにいる人間全員に危機があるということになるんだから」
「あー……それもそうか」


 ひとまず食事を済ませ、ヴァナに瓶を渡して俺たちは部屋に戻った。
 鑑定結果はすぐに出る、とのことだったのであまり気は進まないが、俺は自室で待つことにする。
 俺たちが直結する為に買ってきた薬の鑑定を、よりによってあんな幼い子にさせようというのが俺からしたら、少しどうかとは思うが……今はそんなこと言っても仕方ないな。
 というかあれが毒だったらどうするつもりなんだろうか。


 そんなことを考えていたら、部屋のドアがノックされて雅樂が小瓶を持って入ってきた。
 返事もしてないのに入ってくる辺り、昔からこいつは変わってないなと思う。


「結果が出たわ。結論から言って、本物っぽい」
「そ、そうか。で、他のみんなは?」
「説明してなかったけど、これ飲む時の用法って言うのがあって……」
「用法?」


 飲み方ってやつだよな。
 それがどうしたって言うんだろう……みんなが一緒にこない理由になるのか?


「口移しで飲ませないと、効果がないって話だったわ。だから、凛に飲ませるのは私、ってことで話がまとまったの」
「…………」


 何だそりゃ。
 口移し……マウストゥーマウスというやつだ。
 つまり何?


 キスしながらじゃないとダメっていう、素敵なお薬なの?
 こじつけとかではないのだろうか。


「一応、薬売ってもらう時にそういう話で買ってるから……疑うなら別にそのまま飲んでもいいけど……効果なかったらわかってるよね?」
「…………」


 そんなこと言われたら、さすがに俺一人で飲むよ、とは言えない。
 効果がなかった時にどんな目に遭わされるか……。


「手に入れてきたのも私、だったら……飲ませるのも私。凛は、私じゃ嫌?」
「そんなこと……ない……けど……」


 何だこの展開。
 俺の人生に、こんな展開があるなんて思いもしなかった。
 いや、幼馴染がいるって時点で俺の人生かなり恵まれているとは思うが。


 その幼馴染が俺にこうして目を潤ませながら迫ってくるなんて……。
 俺の生殖能力が正常だったらあっさり流されていた自信がある。
 もちろん今の俺がそう簡単に流されると思ったら大間違いだ。


「んむっ!!」


 そんなことを呑気に考えていた俺がバカだった。
 こいつほどの能力があれば、俺に生むを言わせず飲ませるくらいは訳もないだろう。
 というか飲まされた。


 豪快に、そして乱暴に吸い付いてきた雅樂の唇から流し込まれた液体を、俺は思わず飲み込んでしまう。
 味は……見た目に反して甘い。
 それはあれか?


 雅樂の唇の味が、とかそういうの混ざってないか?
 そう言いたくなる様な甘さと、体に染み込んで行く様な感覚。
 効果が如実に表れたのは、数分後のことだった。

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