不能勇者の癖にハーレム築いて何が悪い?

スカーレット

5:打ち明ける日がきた様だ

 困ったことになった、と思った。
 ここまで全部、恐らくは雅樂の計略通り。
 俺をあいつらから引き離す為の、ただそれだけの……というのはちょっと怪しいかもしれないが、つまり雅樂は俺を手元に置いておきたいのだろう。


 こんな考え方は自惚れもいいところだなんて思うが、目の前の雅樂の様子からはそのことを疑う余地などない。
 しかし、ここで俺が無駄な抵抗をしたところで死体が四つ増えるだけの話になる。
 いや、それだけで済めば御の字というやつで、この街ごと滅ぼすくらいはきっと訳もない。


 しかし先ほどから何度考えてもどうしたら良いのか、最善の答えは出ない。


「ねぇ、リンってば」
「私の凛を……馴れ馴れしく……」
「ま、待て雅樂、落ち着け!」


 剣呑な雰囲気を纏った雅樂は、その鎌に手をかける。
 その時、考えるよりも先に体が動いたと言っていいほど、俺の体は俊敏に反応した。


「え、ちょっと、凛!?」
「悪い、雅樂!!」
「え、何? どういうこと?」


 ミルズも雅樂も混乱しているが、俺は雅樂を両手で抱え、宿まで走った。
 当然混乱しながらもミルズはついてくる。
 こんなに人目のある場所で乱痴気騒ぎなんて冗談じゃない。


 何より生きていられたとしても、晒し者として生きるのはごめんだ。
 だから俺は宿の自分の部屋まで雅樂を抱えて走った。
 正直雅樂の身長が低くて助かった。


 元々非力な俺が、たとえ女の子と言えど人間一人を抱えて走るなんて、そうそう出来るとは思えなかった。
 しかし自分の、そして仲間の命がかかった状況でもあり、また雅樂は軽いこともあって俺は宿の自分の部屋までの道のりを駆け抜けることが出来たと言えよう。


「……ふぅ」
「ねぇ、凛? まさかこのメス豚どもを庇うつもり?」
「メス豚って言うのは、もしかして私たちのこと?」


 俺の足音が聞こえたのか、アルカとヨトゥンも部屋に入ってくる。
 何とも間の悪いことだ。
 しかし好都合でもある。


 こいつと戦って勝てる気は全くしないが、雅樂を抱えて走っている間に一つだけ思いついたことがあった。
 もしそれが上手く行く様であれば、俺たちは全員無傷で生きていけるはずだ。
 失敗すれば即全滅というこの状況ではあるが、唯一の光明。


 ならばそれに賭けるしかない。


「お前らも、落ち着いてくれ。こいつは雅樂。俺の元の世界での幼馴染なんだ」
「へぇ、こんなお嬢ちゃんがね」


 アルカ、お前もお嬢ちゃんみたいなもんだろ、と言いたくなるが、ここでそんなことを言えば今度はこいつらが敵に回りかねない。


「アルカだってお嬢ちゃんみたいなもんでしょ」


 って思って我慢してたのに、ミルズはあっさりと言ってしまい、早速状況が悪くなりそうな予感がする。


「こいつら……殺しちゃっていいの? 凛は、私を選んでくれるよね?」
「は? 何でいきなり殺されないといけないわけ? 何なのよこの子」


 もうやだ、帰りたい。
 そう思ってしまうほどにこの状況はシャレになっていない。
 私の為に争うのはやめて! とか言ってみたい気もするが、それも命がけなのだと考えるとさすがに口にするのは憚られた。


「待て待て待て。落ち着いて話し合おうじゃないか。茶でも飲んでさ」
「何が茶よ、この状況で落ち着けって方が無理でしょ」
「アルカお前、全てを狩る者って聞いたことないのか? 一級冒険者の」
「は!?」


 まぁぶっちゃけ俺は聞いたことなかったんだけどな。
 雅樂から聞いて初めて知りました、という感じのものだったし偉そうには言えないのだが、こっちの世界の人間ならそういう話に敏感なんじゃないかって、そんな淡い期待を抱いてみた。
 そして俺の出した名前は、予想以上の効果をこいつらにもたらした様だ。


「同胞殺しの異名を持つ、全てを狩る者……オールハント」
「超一級危険人物じゃないのよ……何でそんなのと知り合いなわけ?」
「知り合いじゃなくて幼馴染。こっちにはそういう文化ないのか? 俺の一個下の小さい頃からの友達だ」


 生まれつき殺人者だったわけでもないし、敢えて雅樂の肩を持つのであれば、同胞殺しも仕方なかったんだ、と思う。
 だって俺も、昨日似た様なことはしたんだから。
 回数や人数の違いは大いにあるとは思うが、やったことに違いはない。


 そういう意味では俺も雅樂も、等しく罪を背負っている。
 雅樂だけを異常者扱いするのは何か違う気がした。


「どっちにしても、凛は私を選ぶ。そうせざるを得ない。そうしなければこのメス豚どもはここでバラ肉になっちゃうんだから」
「何ですって!?」


 雅樂の言葉にアルカとミルズが戦闘態勢に入る。
 こいつらもこいつらで沸点低すぎて困る。


「頼むから落ち着いてくれ。俺に一つ提案があるんだが……」
「この状況で、どんな提案を出そうって言うの? 凛は私以外を選ぶなんて選択肢、ないはずなんだけど」
「それが、あるんだわ」
「何よリン、この小娘を選ぶって言うの? 私たちを見捨てて?」


 今にも噛みついてきそうな勢いのアルカを、ヨトゥンがそっと止める。
 どうやら一番冷静なのはヨトゥンか。


「落ち着けって。俺は……どっちも選ばないし、言い方を変えればどっちも選ぶ」
「…………」
「…………」


 言い方がまずかったか?
 しかし、結果的にそうなる俺の作戦。
 過程はもう体で示すしかないとして、結果だけ示してやれば後々差異はあるにせよ、みんな一緒にいられるはずだし、俺のパーティの戦力強化にもつながるはずだ。


「双方、武器を引いてくれないか?」
「無理な相談ね」
「そうだね、ここでこいつらを生かしておく理由が、私にはないもの」
「どうしてもか?」
「くどい。ここでこいつを止めなければ、どんどん他の冒険者は死んでいくことになるよ」
「そうか……」


 やや芝居がかっていたかな、と思いながらもそのまま俺はため息をついて、剣を抜く。
 刃が鞘を走る音に、一同が息をのんだ。


「やるつもり?」


 私に刃を向けるつもりなのか、と雅樂の目は言う。
 しかし俺がしたいのはそういうことじゃない。


「まぁ落ち着けって。これはな、こうするためのもんだから」


 そう言って俺は刃を自らの首に当てる。
 全員がガタっと動こうとするのが見えた。


「動くな!!」


 俺の声に全員がびくっとして、一斉に動きを止める。


「あ、あんた何してんのよ」
「凛……どういうこと?」
「見ての通りだ。まず雅樂……こいつらを殺すつもりなら、俺もここで命を絶つ。そうなればお前の目的は一切なくなるってことになるな」
「…………」
「それからお前ら……雅樂とやり合うつもりなんだったら、同じ様に俺はここで命を絶つ。そうなったらお前らはここでこいつに殺されるだろうな。さて、どうする?」
「凛……そんなこと私がさせると思ってるの?」


 こいつがどれだけの速さを持っているかはわからないが、もしかしたら止めようと思えば止められるかもしれない。
 しかしそれだってこいつからしたらイチかバチか、という賭けに近いものになってしまうだろう。


「雅樂、お前が俺の腕を、足を切り落として止めようと、俺は必ず死を選ぶ。俺を生かし、全員が生きて幸せになる方法は、ただ一つだけだ」
「…………」
「…………」
「仲良くしろとまでは言わない。だけど争うつもりなら、俺はどっちも選ばない。和解してくれるなら、俺はどっちも選ぶ。さぁ、どうする?」


 正直言って、こっちもイチかバチかという感じではあるのだが、これしか思いつかなかった。
 どちらかを選べば必ず歪みが生まれる。
 なら、俺の命を賭けるしかない。


 ハッタリでも何でもなく、俺はこいつらが争う姿勢を取るのであればその場で首を切り裂いて自決するつもりでいる。


「最低の提案してるの、わかってんの?」
「そうだな、最低だ。この上なく最低で、情けない提案だ。だけど、お前らを選んだとしてお前ら三人と体の関係になるんであればそれだって最低だ。だったら三人に一人増えても最低であることは変わらないはずだ」
「凛、どっちも選ぶってことは私も選んでくれるってことでいいの?」
「そうだ。俺にとってはお前ら全員大事だし、天秤にかけるなんてことは出来ない。俺からしてみたらみんなが同価値だ。誰も失うつもりはない。誰かを失わなければならないんだったら、俺はこの命を捨てる」


 だって……命を助けてもらったこいつら。
 そして……昔から俺を支えてくれていた雅樂。
 どっちかを選べなんて、俺には出来ない。


 そこまで薄情になれないし、恩知らずでもないつもりだ。
 だったら俺に取れる行動はこれが限界ということになる。
 そしてその限界を超える時は、俺の死ぬ時なんだ。


「俺は全員と一緒にいたいし、全員を守っていきたいと考えてる。それに……全員が一緒にいるメリットは沢山あるだろう? 逆に俺がどっちかを選ぶことにメリットなんか一つもない」
「私は……リンがそれでいいのでしたら、別に構わないと思っています」


 ヨトゥンが剣を下ろし、戦う意志を捨てた。
 ミルズもアルカも警戒は解いていない様だが、武器を下した。
 残るは雅樂だけだ。


「お前はどうするんだ、雅樂。一つだけ言えるとすれば、お前には幼馴染というアドバンテージがある。だったら、蔑ろにされたりって心配もなくやっていけると俺は思うけどな」
「はぁ……あの凛が、ここまでの度胸を見せるなんてね。人って成長するんだ」


 雅樂がため息をついて、大鎌を背中に背負う。
 張りつめた空気が、少しずつ弛緩していく気がした。


「ここで一個、言っておかないといけないことがあるんだ」
「……言っておかないといけないこと?」


 全員が、俺に注目する。
 こいつらにはおそらくわかっていない。
 俺が何を言おうとしているのかを。


 俺が告げる事実は、四人の少女にとって、非情で残酷な現実を突きつけるものになった。

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