不能勇者の癖にハーレム築いて何が悪い?

スカーレット

3:きっかけと再会

 俺がここへ来たきっかけ。
 それはよくわからない。
 トラックに撥ねられそうになったとか、橋から落ちたとか、ビルの屋上から転落したとか、そういう危険が迫った、みたいなことはとりあえずなかったはずだ。


 気づいたらここにいた、というか……寝て起きたらここにいた、という感じだった。
 地球にいた頃、もちろん俺には滝沢たきざわという苗字もあったし、家族もいた。
 騒がしくておっかない幼馴染の女の子も隣に住んでいたけど、そいつに殺されかけたとかそういう経緯もない。


 あいつも普段はおっかないが、俺を憎からず思っていたことは薄々勘づいていた。
 それに応える勇気もなければ、俺みたいな弱っちい男を彼氏になんて苦労する予感しかしない真似を看過できなかった、というのもあるが、俺は向こうじゃ彼女いない歴イコール年齢だった。


 こっちにきて彼女が出来て、ということもないが、時々あいつが凛、って呼んでくる声が恋しく感じることは今でもある。
 今思えばこの名前が男らしくない、ということでよくいじめにも遭ったし、その度あいつに助けられてきた気がする。


 こんな知らない土地で、今まであった生活が一瞬で色を変えて。
 そしていきなり俺は、戦うことを余儀なくされた。
 相手はでっかいゴリラみたいなモンスターで、今でもあの顔は忘れない。


 危うくチビるかと思うくらい怖かったし、武器は手にしていたものの扱い方なんて当然わからなくて殺されるのを待つばっかりだったあの時。
 死を覚悟した俺の前に、悠然とあいつらは現れた。
 一人は口の恐ろしく悪い、下品な女。


 一人は寡黙な感じなのにやたらスタイルがいい女。
 一人は下品ではないものの口が悪いのに聖職者を名乗ってる女。
 非常に不本意ながら、俺はこいつらに命を助けられ、それどころかこの世界の常識を教えられた。


 その時に俺は悟った。
 ああ、もうきっと元の世界に戻ることはできないのだと。


「どうしたの、何か今日調子悪そうね」
「……ミルズか。まぁ、確かに気分は良くないな」
「あれだけの力を振るえたのに? 贅沢だよ、リンは」
「…………」


 先日のゴブリン討伐。
 あれは俺にこの世界の残酷さを教える授業みたいなものだと理解した。
 実際に十分すぎるほどの現実を目の当たりにして、それでもやらなければやられるというこの世界の常識。


 元の世界がどれだけ平和で平穏だったかということを、嫌でも思い知る授業だった。
 そして俺には戦う力が与えられている。
 ならばこの体が朽ちるまで、俺は戦わなければならないのだ。


 ミルズが言う様に、俺と同じだけの力を振るえる人間はこの世界にはそうはいない。
 少なくとも俺はそう聞いている。
 もしかしたら何人かはいるのかもしれないが、俺を含めた異界人以外でそこまでの力を振るえる者はいない、というのがこの世界では常識なのだ。


「まだ未熟なのかもしれないけど、慣れたら私たちが束になってもきっと敵わないくらいにリンは強くなれる。それが異界の人の特権みたいなものなんだから」
「…………」


 仕方なかったとは言え、人を殺めたという事実は変わらないし、どれだけ取り繕ったところでその事実は消えてはくれない。
 別に悪夢に苛まれて、とかよくある漫画の設定みたいなことはない。
 寧ろそれが逆に俺にはショックだったのかもしれない。


 案外ケロリとしたまま、俺は焼け跡から戦利品を漁り、街へと戻った。
 そんな俺を見て、三人も多少の驚きはあったと聞いたし、俺自身もそこまで俺が薄情な人間だなんて思っていなかった。
 いじめられていたと言う事実があったから?


 だからそこまで冷静に刃を振るうことが出来たのか?
 俺の人生が充実していたなら、もう少しくらい躊躇ったりしたのだろうか。
 もしもなんて言うのは存在しない。


 あるのは殺した、そして何も感じることはなかった、というそれだけの事実。


「リンがああしてくれたから、私たちだって今無事でいられてるんだよ。リンがあの女たちを殺したのも事実だけど、私たちの命を救ってくれたのもまた事実。それは忘れないで」
「……ああ、ありがとう」
「変なの。私たちがお礼を言わないといけない立場なのに」


 そこまでのことをしたつもりはない。
 俺はあくまで俺の中の正義に従ったに過ぎない。
 たかだか一か月弱程度の付き合いだけど、俺はあいつらに傷ついてほしくなんかなかった。


 俺に力がなくて、そのせいであいつらを傷つけてしまうのだとしたら、それだけは許容できなかった。
 だから俺は自分の心を殺して刃を振るったに過ぎない。


「それはそうと……昨日出しに行った届け。リンがしたくなったらいつでも私たちは従うから」
「…………」


 不思議なもので、あれだけ女を抱いてみたいとか考えていたくせに、あんな風に女に手をかけることになった途端に俺の中の性欲は消えてしまった。
 果たして本当に消えたのか、影を潜めているのか。
 どちらにしても今の俺はあいつらにどれだけ何をされようと、反応出来る気がしなかった。


「あと、アルカもヨトゥンも今日はリンの調子が悪そうだから休みにしようって」
「……わかった」
「……ちゃんと、休みなさいよ。明日からはまた、冒険に出るんだから」


 そう言ってミルズは部屋を出て行った。
 俺たちは根無し草のパーティだ。
 厳密には、あの三人には帰る故郷がある。


 だけど異世界から来た俺を気遣ってか自分たちも故郷は捨てた、なんて言ってくれていて、割高な宿での生活を共にしてくれているのだ。
 幸い昨日のゴブリンとの戦闘における戦利品がそこそこ潤沢だったから、今日一日……それどころか多分一週間くらいは休んでも問題ない程度には金になった。
 とは言っても金は使えばなくなるし、黙っていたら誰かが与えてくれるわけでもない。


 それは元の世界もこっちの世界も変わらない摂理だ。
 だから何とかして俺は立ち上がらないといけない。
 そうしなければあいつらが路頭に迷うことになる。


 野宿でもいい、なんて言ってくれてはいるが、女を野宿させることに俺は反対だった。
 何が起こるかわからないし、遭遇したことはないが夜盗だなんだっていてもおかしくないのだから。
 それこそ昨日のゴブリンと同じか、それ以上にひどい目に遭わされることだって十分考えられる。


「……少し外に出るか」


 財布と剣だけ持って、俺は宿の部屋に鍵をかける。
 元の世界じゃ携帯なんかも持っていたはずだったが、こっちには当然ない。
 もっともあったところで通信も通話も出来ないと思うし、ただの時計にしかならないだろうが。


 外は昨日と同じ様に快晴で、風もほとんどない。
 あいつらは何をしているんだろうか。
 休みと言った以上、お互いのプライバシーにまで干渉するのはどうかと思うし、俺としてはほっといてもらえるならいくらか気が楽だった。


 もしかしたら、昨日出した届けの準備なんかをしているのかもしれない。
 あれだけ扇情的だと思っていたあいつらを見ても、何とも思わなくなってしまった。
 いや、元々一部扇情的ではなかったけど、それを差し引いても今の俺は色々な意味で役立たずだ。


 腹が減った様な感覚があって、俺は食えるものを探した。
 いつも通り、この街はあらゆるパーティの拠点になっていることもあって賑やかだ。
 屋台も無数に出ているし、どれも旨そうに見える。


 とは言ってもこっちにきた当初は味の薄いものばっかりだ、なんて思っていたけど慣れてしまえばそれもまた旨味というやつなんだろうと自分を納得させるに至った。


「串一つください」


 屋台で売っていた肉の串焼きを一本買って、俺は適当な日陰に座りながらそれを食った。
 元々小食だった俺は、その一本でもやや持て余し気味だったが、何とかして食べきる。
 三大欲求の一つが眠りについてしまっている今、二つ目までも眠らせてしまったら俺は死んでしまうのではないかと思ったから、多少の無理をしてみた。


 肉が刺さっていた、しかし食べきって今はただの長めの串に俺は意識を集中してみる。
 見る見る串は凍り付き、氷の重さに耐えられなくなった串は俺の手より少し上から折れた。


「こんな力あってもな……」


 心がこんなにも弱いんじゃ、力が可哀想だなんて考えてしまう。
 俺みたいなチキンよりも、もっと強いやつに宿ればよかったのに、と。


「あ、こんなところにいたんですね」
「ヨトゥンか。今日は休みなんだろ? 何か用事だったのか?」
「えっと……昨日出した届けのことで」
「…………」


 今はそんな気分じゃないから。
 そう言えたら楽だな、なんて考えて口から出そうになるのを必死で堪える。
 ただただ俺の都合なのに、そんな言い方をして傷つけたら、昨日自分の心を殺してまで守った意味がなくなってしまう。


「ああ、今夜……なのか?」
「リンが、大丈夫なのでしたら」


 戦闘状態と打って変わってしおらしく……アルカに言わせればぶりっ子だというが、俺にはこれがぶりっ子に見えないから困る。
 どっちかって言ったら二重人格みたいな感じにしか見えない。


「大丈夫……だと思う」
「そうですか、ならアルカから伝言がありまして」
「は? アルカから?」


 俺の言葉にヨトゥンがニコリと微笑む。
 戦闘の時の様な、歪んだ笑みとはまた違うのだがやはりこいつは何か普通じゃない気がする。


「ケツ洗って待ってろ、だそうです」
「…………」


 ケツって……俺に何するつもりでいるんだ、あいつら……。
 しかもそう聞いて尚俺の心も下半身も、ピクリともしないという。


「本当に、洗った方がいいかな……」
「……あれ、凛?」
「え?」


 突如聞こえてきた懐かしい声に、はっとさせられる。
 聞くはずがないと思っていた、恋しくさえあった、その声。


「やっぱり凛だ! 何でここにいるの!?」
「お、お前……雅樂うた……?」


 何故、こいつがここにいる……?
 何故、俺はこいつを見て胸が躍る様な感覚を覚えている?


「探してたんだよ、凛! 私、ずっと……」
「あ、ああ……」


 幼馴染であるその女の子の言葉を受けても、俺はバカみたいな返事しか返せない。
 いや、わかってはいたことだ。
 俺がいきなり世界から消えてしまったんだったら……こいつはきっと向こうでも俺を探していたであろうことは。
 しかし、何でこいつまでこっちに?


「私……ずっと元の世界で凛を探してた。警察に捜索願も出てたんだよ? だけどずっと見つからなくて……もう死んじゃってるんじゃないかって、会えないんじゃないかって、思ってた」
「……そうか」
「だけど、会いたいってずっと思ってて……ある日寝て起きたらこんなとこにいたの」


 何でこいつは、ここまで俺を……。
 こんな情けなくて、自分の行いにも責任を持てない男を。


「ねぇ、聞いてるの!? 凛ってば……ちょっと!?」


 そう思ったら体が勝手に、雅樂の体を抱きしめていた。
 こんな風に、子どもみたいな甘え方がしたかったわけじゃない。
 だけど、雅樂の温もりは俺に確かな安らぎと安堵感を与えてくれた。


「……もう、仕方ないなぁ、凛は。こっちきて、ずっと一人で戦ってきてたんだね。私と同じだ」
「え?」


 こいつは、こっちに来てからずっと一人で?
 俺は、あいつらに助けられて情けない戦いをしてきて、昨日漸くまともに力を扱える様になったばかりだと言うのに?
 ……って言うか、何だこいつの武器……。


「ところで……何を洗うつもりだったの?」


 俺をやんわりと引きはがして、背中に背負った大鎌を手にした彼女は、さながら死神の様な表情で俺を見た。

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