やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第181話


「何だ、私から血を?」
「あ、ああ。頼めるなら頼みたいんだけど……ダメかな」

ヴァルハラまできて、目の前にいたからと睦月が声をかけたのは何とヘイムダルさん。
兜の中の表情を窺い知ることは出来ないが、嫌がっているとも乗り気であるとも判断がつかない。
ロキもあまりヘイムダルさんが得意ではないのか、やや躊躇いがちに見える。

「別にちょこっとなんだし悪用しようってわけじゃないんだから、よくない?案外ケチなんだね、ヘイムダル」
「あっこら睦月!すみませんヘイムダルさん……」
「…………」

何でいきなり煽る様な言い方するんだよこいつ……これじゃ引き受けてもらえるものだって、引き受けてもらえなくなっちゃうかもしれないのに。

「そこまで言うのであれば、まずオーディン様の協力を取り付けてくるがいい。オーディン様が協力すると仰るのなら、私も協力することを約束する」
「はー、やっぱあのチビに会わないといけないのか。面倒だなぁ」
「……ごめんね、睦月」
「ああ、朋美が面倒なわけじゃないから。あの年寄りチビ、説教が趣味みたいなやつだから」

ヘイムダルさんが何か言いたそうだったが、このままやらせておくと二人とも喧嘩になりそうな雰囲気がしたので、まずはオーディン様に会おうということで睦月の背中を押してヴァルハラに入る。
昼寝をする様な時間ではないものの、夕飯とかそういう時間ではないんだろうか。
ヘイムダルさんが掃除してたってことはその辺心配ないのかもしれない。

「おお、大輝。スルーズも……って大所帯じゃの。何かあったのか?」
「何も聞いてないのかよ、使えないな」
「わしとて万能なわけではないと先日も言ったはずだがのう……」

しょんぼりしだしたオーディン様に簡単に事情を説明し、ヘイムダルさんがオーディン様に協力を取り付けてこいと言っていたことを伝えると、ふむ、と唸った。

「なるほどな、事情はわかった。まぁ神の血が必要ということならわしも別に構わぬよ。あれじゃろ、ヘイムダルが渋ったのは……」
「あー、その辺で。見てのお楽しみだろ、あれはどう考えても」
「……確かにそうじゃの。特に大輝や朋美は驚くかもしれんの」
「……?」

ロキも知っているのか特に言及することはないが、睦月もオーディン様もニヤニヤしている。
何か面白い秘密でもあるんだろうか。

「さて、じゃあ約束を果たしてもらおうか。ヘイムダル、逃げてないだろうな」

逃げる?
何でだろ。
俺みたいに注射が苦手、なんてことはなさそうだけど……。

「どうやらオーディン様はすんなりと協力してくれた様だな」
「まぁな。そこから見てるみたいだよ?」
「…………」

睦月が指さした先、ヴァルハラの入り口ではオーディン様がこっそり顔を出してこちらを伺っている。
やれやれ、とため息をついてヘイムダルさんがその腕を出すべく鎧を外す準備をする。

「あまり人に肌を晒すのは気が進まないんだがな」

え?理由それだけ?
人間なら極度の柔肌で日光浴びただけで危うい、なんて人もいるとは聞いたことあるけど、まさか神でそんなこと……しかももうすぐ夜だし。
そんなことを考えていると、ゴトっと音がして何か重いものが地面に落ちたのだと理解する。

「えっ……」

朋美の声がして、その視線の先にあったのは……。

「ほ、ほっそ!!腕めっちゃほっそ!!」

俺も思わず取り繕うことを忘れるほどに、超絶ごつい鎧を着ているその中から出てきた腕は、めちゃくちゃ細い。
もはや女の子?って言うレベルに。
この細腕であの巨大な剣振り回してるの?

そして残っている鎧との対比で、腕の細さがとてつもなく不自然に見えた。

「はぁ……だから嫌だったのだ。早くやるならやってくれ」
「あ、ああ……」

睦月は目に涙を浮かべ、腹を抱えて笑っている。
ごついおっさんの中身が超絶もやし!とか言いながら。
またヴァルハラ入り口の方からも吹き出す音が聞こえて、オーディン様もたまらず笑ってしまったのだとわかった。

正直こんなのを見せられてしまうと、兜の中も超気になる。
言うと怒りそうだからさすがに見せてくれとは言えないが、気になって今日眠れなくなったらどうしよう。
その時は覚悟を決めて、こっそり見せてもらえる様頼んでみるか?

「これで残るは一人か。誰かいるかな」
「うってつけのがいるだろ、さっきは姿見えなかったけど」
「……誰のことだ?」
「あ、私わかっちゃったかもしれない」

そう朋美が言うと、睦月も朋美も何となく表情が曇り、何故か俺を見てため息をついた。
え、俺何かしたっけ。
そんなことを考えている間にみんなはまたヴァルハラの中に入っていく。

中にいそうなのは……ノルンさん辺りか?

「何か楽しそうなことしてる?」

案の定エントランスにいたノルンさん。
さっきは姿が見えなかったが、何処に行っていたのだろうか。

「楽しくはないけど、まぁ……ちょっと頼みがあって」

睦月がそう言って、ノルンさんが俺に気づく。
その様子を朋美も睦月も見ていて、ノルンさんが心なしか上機嫌になった様に見えたのを残念そうに見ている。
何かあったんだろうか。

「何?大輝に絡むこと?」
「まぁ、完全に無関係ってことはないけど……どっちかって言うと朋美に関することで」
「そうなんだ……」

何でそんな残念そうなの?
朋美だと何か都合が悪いのか?

「……大輝、ちょっとノルンにお願いしてくれる?多分すんなり聞いてくれるはずだから」
「はぁ?何でだよ。お前の方が付き合い長いんだし、仲いいだろ」
「いいから!色々あるんだって」

こっそりと耳打ちしてくる睦月を、ノルンさんが鋭い眼差しで見ている。
喧嘩でもしたのか、この二人。
まぁ付き合い長ければ色々あるのは何となくわからないでもないけど。

「えっと……ノルンさん、すみませんけど少しでいいので血を分けてもらいたいんです」
「ん?血?何でまた?」

あれ、運命の女神様でも聞いてない様なことがあったりするのか。
それともロキが意図的に伏せてたとか?
どっちにしても説明しなければ始まらないだろうということで、俺はノルンさんにも説明をしておく。

「……なるほど、厄介だね。大輝がそう言うんだったら、仕方ない。何リットルでも抜いてって!」
「あ、いやほんとちょっとでいいんです。必要分の大半はもう集まってて、残りは端数みたいなもんなんで」
「…………」

何だろう、物凄く不満そうな顔してる。
そんなに血を抜くのが好きなんだろうか。
まぁ神界に献血とかそんなシステムはないんだろうけど、そんなに血を抜くのが好きなら定期的に血抜きでもしたらいいんじゃないかな。

「そんなちょっとで私、役に立てるの?」
「もちろんですよ。というかそれがなかったら他の神様に頼みに行かないといけないし」
「……はぁ?」
「え?」
「ちょ、ちょっと大輝こっちきて」
「え、ちょ、睦月!?」

ぐいっと腕を引っ張られて、俺はノルンさんから少し離れたところまで連れ出される。
残されたロキとノルンさん、そして朋美はきょとんとしているが、すぐに朋美の顔がなるほど、と得心した顔に変わった。

「ダメだよ、あんなこと言ったら。ノルンのじゃないとダメ、くらいのこと言わないと」
「いや、事実神なら別に誰でも……」
「いいから!ちゃんと伝えるんだよ。色々あるんだって、言ったでしょ」

何故か睦月から怒られ、仕方なく俺はノルンさんの元に戻って改めてお願いすることにした。

「いや、何か手違いがあったみたいで……実はノルンさんのじゃないとダメなんですよ。美しい女神のでなければならない様でして」
「え、そんな決まりないけど……ぐふぉ!!」

口を挟もうとしたロキが睦月に思い切り蹴飛ばされ、エントランスの端から端まで吹っ飛ばされる。
その目は余計なことを言うな、と言っている。

「そ、そうなんだ?私、美しいの?そんな、照れるな……」

本気で顔を赤くしながら、ノルンさんが腕を出す。
だけどロキ、あっちの壁で伸びてるけど大丈夫なのか?

「……あたた……じゃ、じゃあ拝借するよ」
「は?ロキがやるの?」
「あ、えっと生憎俺はちょっとやり方わからないんで……」
「…………」

何でだ?
またも不満そうな顔をしたノルンさんが腕を引っ込めようとする。

「お願いしますよ、ノルンさん。すぐ済ませますんで」
「……仕方ないなぁ。二秒で終わらせてよね。それ以上触ったらセクハラで訴えるから」
「……あんまりだ」

何はともあれこれで、漸く必要分が集まったことになる。
何だかんだご満悦の表情のノルンさんに別れを告げ、俺たちはひとまずヴァルハラの外に出た。
たぷんたぷん音のする瓶に集まった血液を、朋美が飲む……飲めるのか?

「う……いけるかしら」
「ま、まぁ心の準備くらいはしてもいいと思うぞ」

瓶を受け取り、現物を目の前にして青い顔をする朋美。
何かあってもすぐ動ける様に、俺と睦月、そしてロキは身構えている。
本当に大丈夫なんだろうか。

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