やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第179話


「おはよう、大輝。今日も学校でしょ?さすがにもう起きないと遅刻すると思うんだけど」
「…………」

日本には良妻賢母、という言葉がある。
最近のあいは甲斐甲斐しく俺の世話を焼いたりして、ちゃんと玲央の世話もして家事も漏らさずやっている。
元々人間ですらないはずのあいがここまでの働きを見せるなんて、誰が想像しただろう。

俺は何となく泥の中から這い上がる様な感覚と共に目を覚まして、頭を振って眠い頭を覚醒させる。
キャッキャ言いながら玲央が俺にしがみついて髪の毛を引っ張ってきて、更に目は覚めたと言えるだろう。

「こーら、パパこれから学校なんだから。寂しいかもしれないけどちょっと我慢ね」
「まぁちょっとくらいなら……ってこんな時間かよ!やべやべ……」

もう少し我が子と戯れたかった、なんて考えていたら割といい時間で、朝飯を食っている時間も危うい。
随分ぐっすりと眠りこんでいたのだと自覚した瞬間だった。

「とりあえずご飯、どうする?」
「あー……時間ないな。けどズルしてもいいなら食べられるかも」

顔を洗いながらいつもならこんな時間まで眠りこけることなんてないのに、と慌てた頭を落ち着ける。
いくらここから学校が近いとは言っても、のんびり朝食を食べている時間はない。
裏門辺りにならワープしても大丈夫だろうか。

「早弁?って言うんだっけ、大輝なら気付かれずにできるんじゃない?」
「あいお前……ロクな言葉覚えないな。どうせ睦月辺りの入れ知恵なんだろうけど。それか桜子辺りか?」

どっちにしても、あいが仕入れた無駄知識はここで無駄にならない様に、早弁という提案を俺は受け入れることにした。
実質二食分の弁当を持って、俺は家を出る。

「慌ただしくて悪い、頼んだぞ」
「はーい。ほら、パパにいってらっしゃーいって」

玲央を抱っこして、その手を掴んでぶんぶんと振るのを見るとあいも変わったなと実感する。
今日も騒がしくなりそうな一日の始まりだ。


「おはようございます、宇堂くん!」
「おはよう大輝、昨夜はお楽しみだったの?」
「…………」

何でこいつらが一緒に……。
ニヤケ面の睦月とやたら元気な橘さんが、俺の後ろから声をかけてくる。
こいつらいつの間にそんな仲良くなったんだよ。

「昨夜は椎名さんの家に泊めていただきまして」
「え?そうなの?」
「メール送ったじゃん。愛美さんと橘さんがうちに来てるけど、どうする?って。見てないの?」
「……マジだ」

言われて携帯を確認して、漸く事実を知った。
そしてそれと同時に昨日睦月が俺の代わりにバイトに行ってくれたのだということを思い出す。

「あ、そうだった……睦月、昨日はありがとう。あとごめん、昨日は何だか疲れちゃってて帰ってシャワーしてすぐに寝てたみたいだ」
「まーたまにはああいう仕事も面白いよね。愛美さんと二人だったからそこまで苦じゃなかったし。橘さんも私たちが終わるまでいたんだよね」
「……橘さん、そんなに暇だったのかよ。エロ本でも買って帰ればよかったのに」
「ひ、ひどいですよ宇堂くん……昨日来るかな、って思って待ってたのに」

しまった、早速失言を……。
睦月も心無しか蔑みの目を向けてくるし、これはやってしまったかもしれない。

「毎日飽きないわね、大輝くん」
「あー、何か大輝くん寝起きの目してる」

そこに明日香と桜子が加わり、更に俺の通学は騒がしくなる。
桜子も明日香も、もう怒ってはいないんだろうか。
いつもと同じ様に見える。

「昨日朋美のところに行ってきたそうね。どうだったの?」
「ああ、それなんだけど……」

昨日のことを話そうと思い、口を開いて未だに部外者である人物がいるということを思い出した。
橘さんに、この話を聞かせていいのだろうか。
朋美に対して変なイメージを植え付ける様な結果になるのはちょっとな……。

「橘さんならある程度事情知ってるから大丈夫だよ?昨日話しておいたから」
「え?」
「だって大輝、橘さんのこと拒絶できないでしょ。攻略されるのも時間の問題かなって思って」
「…………」

まぁ、朋美のイメージとか気にしてる段階で既に橘さんを迎え入れる為の心構えみたいなのを考えていた、と思われても仕方ないと思う。
もちろん意識的に彼女を受け入れようとかそういうことは考えていなかったけども。

とは言っても、何となく放っておくことが出来ない。
だから俺はきっと、答えを先延ばしにしてきたのだろう。

「まぁそうな……今すぐどうこうってのはちょっとだけど、朋美のことが落ち着いたらゆっくり考えてみようと思うんだけど、どうだ?」
「それもうほぼ肯定じゃないですか。でも、宇堂くんが前向きに考えてくれるんだったら私……少しくらい待ちましょうかね」

仕方ない子、とか苦笑いしながら明日香もその様子を見ていて、俺は改めて朋美のことを考える。
そういえば相談したいから、って昨日は解散したんだけど、いつ来るんだろう。
連絡寄越すって言ってたよな、確か。


「宇堂くん!お昼ですよ!いつになったら私に沢山注ぎ込んでくれますか!?」
「!?」

午前の授業終了のチャイムが鳴るや否や、橘さんは俺の教室に飛び込んできていきなり破廉恥なことを叫び出す。
遅れて入ってきた桜子と明日香がやや恥ずかしそうにしているのが印象的だった。
そして橘さんの甲高い声が教室中に響いたおかげで、俺たちは一瞬で晒し者になってしまう。

「……場所変えるぞ。ったく、本当にところ構わず変態的言動を……」
「えへへ、すみません。ついつい宇堂くんの顔見てたら」

それはあれか、俺の顔見てたら嫌がらせがしたくなる、みたいな。
睦月の悪いとこばっか真似しやがってこいつ。
仕方ないので、まだ少し暑いが屋上で昼飯を取ることにした。

「大輝くんのことが好きなのはわかったから、もう少し慎ましくした方がいいと思うのだけど」
「そうだね……さすがにあんなこと昼間から、しかも公共の場所で叫ぶのはちょっと……」

早速橘さんの被害に遭った二人がやんわりと苦言を呈す。

「まぁ……それも橘さんの持ち味かもしれないからね。とは言っても、せめて放課後にするとか色々方法はあると思うよ」

睦月も強くは言わないが、やはり多少思うところはあるのだろう。
珍しく苦笑いをしている。

「いや、何ならずっと封印しててもいいぞ。下ネタ言わないと死ぬ人間なんて存在しないんだから」
「宇堂くんは何気に残酷ですよね。そんなことして私が本当に死んじゃったらどうするんですか」
「アホか。そんなんで人間が死ぬんだったら、今頃死屍累々でまともな生活できんわ」

あいが持たせてくれた弁当を頬張りながら、目の前の小動物みたいな女の子を見やる。
自分の分はすっかり食べたくせに、俺の手元の弁当が気になって仕方ないのかずっと弁当を見つめている。

「……足りなかったのか?早弁用にって渡されたのあるけど、食うか?」

何だかんだ俺は真面目なのか早弁という気分にもならず、結局食べずにいた分を差し出すと、目をキラキラさせながら橘さんは弁当を受け取る。

「ん~!だから宇堂くん好きなんですよ。ややツンデレ気味なところもポイント高いです」
「やめろ、俺に新たなキャラ設定を追加するな。ただ余ったらもったいないし、あいにも悪いからな。それなら食べられる人間が食べてくれた方がいいだろ」
「大輝くん、そういうのもツンデレと言うのよ?」
「まぁ、大輝くんがツンデレなのは前からだよね、誰も言わなかっただけで」
「…………」

俺ってそんなにツンツンしてるか?
どっちかって言ったら朋美の方がその辺ふさわしい気がするけど。
そんなことを考えていたら朋美からメールが入る。

『今日、そっち行きたいから迎えに来てもらっていい?』

了解、とだけ返信をして俺はスマホをポケットにしまう。

「朋美から?今日来るって?」
「ああ、来る。昨日の話のこと、みんなにも相談したいって言ってたからな。あとで行ってくるわ」

こんな賑やかな昼食をしている俺だが、そういえば朋美は学校じゃどうしてるんだろう。
まさかとは思うが一人で……最悪便所飯なんてことは……。
もし朋美が普通の人間の女の子として生まれていたら、こんな風に離れて暮らす必要もなかったんだよな。

それだけに朋美のことは出来るだけ何とかしてやりたい。
決意も新たに俺は放課後のことに思いをはせた。

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