やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第127話

明らかに怪しまれている。
もちろんそんなことはわかっているし、昔から睦月にも顔に書いてあるなんて言われるくらいだ、仕方のないことだろう。
だけど、和歌さんのお父さん……和義さんのことを、黙っていろと言われたことについては何となく納得がいかない。


俺としては言ってしまって、二人を引き合わせてやりたいと思う。
だけど、あの日最後に言った、あの人の言葉には有無を言わせない迫力があった。


『娘は私を父であると認識してしまえば、きっと不幸になる。今あんなにも幸せそうな娘を、自ら進んで不幸にしたいなんて親がいるだろうか』


そんなことを言われてしまったら、たとえ彼氏であっても俺としては何も言えない。
俺がもう少し器用な人間だったら、隠し通すことも出来たんだろう。
だけど俺が帰宅して早々に、みんなには何かあると思われてしまっている。


その時点で俺の隠し事なんてものは、通用しないんだということを再認識させられた。
大体、不幸になるって何だよ。
右手に何か変な力が宿ってて、全ての加護やらを打ち消しちゃってるとか?


それが理由なんだとしたら、さすがにいい歳して中二病とかいい加減にしてくれよ、くらいのことは言えるんだが……。


「私は仕事に行ってくるが、帰りに何か買ってきてほしいものとかあるか?」


和歌さんがいつもと変わらぬ調子で、俺に話しかけてくる。
この人も本当、俺のこと大好きだよな。
そしてそれが伝わってくるからこそ尚更、この人に隠し事をしているという現実がもどかしいし後ろめたい。


「や、俺は……和歌さんが元気に帰ってきてくれたらそれで」
「お、お前は朝から何を言ってるんだ。出勤前でなかったら襲い掛かっているところだ。じゃあ、行ってくるからな」
「望月、待って。私も家に用事があるから乗せて行ってくれるかしら」


そう言って明日香も和歌さんと一緒に出て行った。
二人とも、俺の様子がおかしいということには気づいているだろうし、何かを隠しているとみているはずなのだが放っておいてくれている。
かと言って本人が会うべきではない、と言っているのに俺がわがまま言って、会わせてやりたいなんて言うのを……誰に相談したらいいのかわからない。


だから心配をかけていることなどは承知の上で、俺は沈黙を保っている。


「大輝も、散歩してきたら?」
「え?」


洗濯を終えた睦月が俺に声をかけてくる。
こいつだけはきっと、俺が抱えている問題に気づいている。
確信まではなくても、きっと大体の事情を掴んでいるんだろうと思った。


根拠なんてないが、こいつはそういうやつだ。


「散歩いかないなら、私とスポーツでもする?」


そう言って起きだしてきたのは、全裸で浴室へ向かいながら目をこすっている朋美だった。


「は?スポーツってお前……何てカッコで!」
「別に見慣れてるでしょ。昨夜も散々見たんだから。それにこれからお風呂入るんだから、いいじゃない」
「…………」


朝から大変刺激的なことで。
睦月はクスクスと笑っていて、何だかイラっとさせられる。
さすがにこんな気分のままで家にいるのも、と考えた俺は睦月の提案通り散歩にでも出ることにした。


昼間っからそんな卑猥なスポーツに興じていたら、ダメな大人になってしまいそうだからな。




「とは言ってもな……またあの人と鉢合わせしそうな気がするし、あんまり気が進まないというか」
「それは、私のことかな?」


一人で歩きながらぶつぶつと呟いていると、背後からいきなり声がかかって俺は飛び上がる。
もちろん、声をかけてきたのは和義さんだった。


「い、いたんですか……」
「ああ、丁度散歩をしていてね。君も散歩かな?」
「ええ、まぁ……」


どうも調子が狂う。
俺の動向がいちいち掴まれているんじゃないか、っていう様な感覚。
しかしこの人から悪意だとか、そういうものは一切感じない。


またも俺は、気に入られてしまったのだろうか。


「今日は何となく暇そうだね。良かったらお茶でもどうかな」
「…………」


暇そうって失礼だな……それに睦月が散歩でもしてこいって言うから出てきたにすぎないってのに。
更に言うなら……男と茶なんか飲んで何が楽しいんだよ。
そう思っていた時期が俺にもありました。


「和歌のこと、もっと教えてほしいんだ。もちろん、他の子たちのこともね」
「……わかりました、場所変えましょうか」


何でだろう、この人のことは苦手と思いながらも嫌いではない。
不思議な人だと思う。
そういえばこの人、散歩をよくしているけど……リハビリの一環なんだろうか。


「元々運動は得意ではなかったんだけどね。だけど病気が完全に治ったわけではないから、こうして体力だけは落とさない様にって言う悪あがきさ」


自嘲気味に笑う和義さんは、消え入りそうな雰囲気こそ変わらないものの、俺を息子の様にでも思ってくれているのだろう、気に入られてしまったのだと観念することにした。




「何でも頼んでくれていいよ。私はこれから朝食なのでモーニングでも頼もうかな」
「あー……さっき飯食ってきたんで……コーヒーだけで」
「そうかい?大輝くんは細いし、もう少し食べた方がいいと思うけどな。まぁ、無理強いするもんでもないか」


そう言って店員さんを呼んで、注文を済ませる。
思えばこないだも奢ってもらっちゃったけど、いいんだろうか。
ガン保険とかってそんなに沢山もらえるものなのか?


そういえばさっき完全に治ったわけじゃないって言っていたな。
ってことは、また入院なんてことも……。


「君は凄いな。そこまで他人のことばっかり考えて……」
「いや、何て言うか癖なんですよ。よく自分のこと後回しにしすぎだって、みんなにも怒られるんですけどね」
「そうか、私は素晴らしいことだと思うよ。もちろん、自分のことを蔑ろにしていいってことではないけどね」
「そうですね……わかってはいるんですけど、目の前に困ってる人がいて、俺に出来ることがあるんだったら何かしてやりたいって、思っちゃうんです」


ふむ、と唸って和義さんは先に運ばれてきた紅茶を口に含む。


「それより……何で俺なんですか?他にもメンバーいるし、それこそ宮本組の娘とかでもよかったんじゃ……」
「いや、それは良くないだろう。私はね、娘に嫌われようとは思わないから」


確かに、明日香に声をかけていたらと想像するとあっという間に和歌さんへ話が行くのは簡単に想像できる。
相手が父親だとわかったとしても、おそらく和歌さんは敵として和義さんを見てしまうのではないだろうか。


「何で、って言われると難しいんだけどね。君なら私の苦しみを、少しずつでも緩和してくれるんじゃないか、って思ったんだ」
「…………」


確かに俺は神だし、人間が神に祈るっていう気持ちそのものはわからないこともない。
だけど何とかって言われても、それは病気の全快を望むのか、それとも和歌さんとの和解を望むのか……色々とあったとしても、俺に出来ることなんてたかが知れている。
睦月くらい熟練した神だったらまた話は違うのかもしれないし、何より和義さんは俺を人間だと思って接してくれているんだから、俺も人間として思いには応えていきたいと思う。


「大輝くんは不思議な子だと思うよ。一般的な父親であれば、何人も女囲っているなんて、ふざけるな、とかなりそうなものだとは思うから。だけど、君を見ていると私からそんな気持ちは消えて失せてしまうんだな」


買いかぶりもいいところだ。
俺がやっていることなんて、全員の同意の元で女を大勢侍らせているに過ぎない。
どれだけ正当化しようがそれは事実だし、みんなが文句を言わないし不平不満を唱えないから成り立っているというだけのことだ。


俺の力であるとか、人望であるとか、そういうものとはまた違う。
みんながどう感じているのかはわからないが、少なくとも俺はそう思っている。


「君はそうだな……手の届く範囲であれば、どんなことでも何とかしたい、そう思っているんじゃないかな」
「……俺自身にそんなつもりはありませんけど、それはよく言われますね」
「もちろん両手を伸ばして広げてみたところで、抱えきれる限界なんてのはたかが知れている。けど、大輝くんはそれらの限界を超えようというのではなく、最善で悲しみの少ない方法を取捨選択できる力を持っている様だ」
「俺、そんな大したやつじゃないですよ」


そう言ったところで和義さんが頼んだモーニングセットが運ばれてきて、俺もコーヒーを口に含む。
量が少ないのはエスプレッソだからなんだろうか。
アイスにしたら良かった気がする。


「俺は……過去に彼女を死なせたことがあるんです。厳密には死んでなかったっていうか……まぁ説明がつかない様なことがあったりして、今もそいつは一緒にいるんですけど」
「ふむ、興味深い話だね」
「でも、そいつが死んだって思った時……俺、世の中に絶望しました。誰が悪いわけでもなかったし、何よりも俺に力がなかったからあんな結末になったんだってことも、すぐに理解はしたんですけどね」
「……君がしている経験は、誰もが出来ることじゃないよ」


まるで駄々っ子をあやす様な、諭す様な笑顔を和義さんは向けてくる。
春喜さんが理想の男性なんだとしたら、この人はまさしく理想の父親像に近いかもしれない。


「今だって、何とかしてやりたいって思うことは沢山あります。だけど、人にはそれぞれ意志があって、そこに俺の意志やわがままを割り込ませたらいけないって言う思いもあるんです。だから、俺は和義さんとの約束を守り続けているわけで」
「それについては、つらい選択をさせてしまっていると思う。本来まだ年端もいかない少年に任せるべきものではない、そう頭ではわかっているんだけどね。それでも君にお願いしてしまっているね」


辛い、というのは間違いない。
ただ、それは約束そのものを守ることが辛いのではない。
その結果としてみんなに嘘ついたりとか、和歌さんと和義さんを会わせてやれないというのは俺の中のエゴなんだということもわかってはいる。


だけどここで俺がわがままを言ってしまえば、和義さんを困らせることになる。
和歌さんが不幸になる、と言ったその意味はきっと……。


「そうだね、私はもうそんなに長くはないから」
「…………」


一番聞きたくないと思っていた言葉を、俺は聞くことになってしまった。
いや、薄々心の何処かではわかっていたんだ。
きっとこの人はもうそんなに長く生きられないんだろうって。


だからこそ……最後に一目でもいいから、和歌さんと会って話して、納得してから……って思っていた。
そんな俺の思いは間違っているのだろうか。


「それに、会えない理由は一つだけじゃないんだ。これについては話すことで巻き込んでしまうことも考えられるから言わないが……」
「ふざけるな」


背後から聞こえてきた、馴染みのある声に俺も和義さんも一瞬動きを止める。


「……和歌さん?何で……仕事って言ってませんでしたっけ」
「あなたが私の父親か。大輝が世話になっている様だ」


俺の言葉には応えず、和歌さんは和義さんの横に立った。
気まずそうな顔をしながら、明日香もその後ろについてきていた。


「明日香も……何でいるんだ?」
「ごめんなさい、睦月から連絡をもらって……やっぱりあなたの様子が気になったから」
「悪いな大輝、騙したことは謝る。だが、聞き捨てならない話をしている様だったので、割り込ませてもらった。どういうことなのか、説明してもらおうか」


そう言った和歌さんの目は鋭い。
以前明日香の家に初めて行った時の様な、相手を品定めする様な目を和義さんに向けていた。


「答えてもらおう。不幸になる、というのはどういう意味だ?場合によっては……」
「望月、落ち着いて」
「和歌さん、その人は……」
「立派に育ったものだな。あんなに小さかったお前が……こんなにも立派になって」


和義さんが目を伏せ、おそらくは和歌さんが生まれた頃のことに思いを馳せているのだろう。
しかし和歌さんとしてはやはり心中穏やかでない様で、剣呑な雰囲気は微塵も崩れていない。


「こうなってしまっては仕方ないな。大輝くん、こっちに座るか?和歌も、宮本組のお嬢さんも、座ってもらえるだろうか」


そう言われて俺は和義さんの隣に移動して、和歌さんと明日香は俺たちの前に腰かける。
何とも想像していなかった、異色のメンバーでのお茶会が今、始まろうとしていた。

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