やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第123話

「本当に大丈夫なの、桜子」
「まぁ、当然の反応だよね。だけど私も、無駄にみんなと駄弁ってるだけじゃないんだから」


もちろん他のことも色々やってはいるんだけど……まぁそれは親に話す様なことでもないし。
とは言ってもいずれ子どもでもできる様ならバレちゃうことではあるか。
何にしても私がご飯を作りたい、と言ったと言うことが家族には衝撃的だったということは間違いない。


「お前が包丁持ってるところなんて、今までに一度も見たことないんだが」
「だろうね」
「でも、お姉ちゃん牛乳と混ぜるデザートなら作れるんだよ?」
「双葉、余計なことは言わなくていいから」
「桜子姉がご飯ね……ちゃんと人様に出せるもの作れるの?」
「楓翔、包丁持ってる人間に必要以上に近づいたらダメだって、教わってない?手元が狂うことって、誰しもあると思うんだよ」


台所に立って、包丁を持ったままで私は弟の楓翔を見ると、楓翔は本気でビビった様で、慌てて寝室へと引っ込んでいった。
大輝くんから料理を教わった翌日、私は珍しく家にいる。
当然、大輝くんが言っていた通りに父や他の家族に私の成長を見せる為なんだけど、どうにも私は料理方面において信用がないらしい。


仕方ないことだとは思う。
食べるの専門だった娘が、姉が、いきなり料理します、なんて何の実験?ってなっても何も不思議なことはないのだから。
私が双葉や楓翔の立場だったらきっと、似た様な反応をした自信はある。


ただ、父の本気で心配そうなあの顔だけはちょっとショックだったけど。


「お母さんも手、出さないでね。私ちゃんとできるし、教わってきたことは覚えてるから」
「そ、そう……何か手伝うこととかは……」
「手を出さないで、って言ったよね?」
「あ、はい」


心配してくれてるのはわかるが、過剰な心配は信用がないのだと曲解してしまう原因にもなるのだということが母にはわからないのかもしれない。
まぁ、信用もクソも積み上げてきたのは勉強方面の実績ばっかりで料理に関してはゼロに等しいのだから仕方ない。
だが、その信頼は今日を境に一気に鰻上りになるはずだ。


それだけのことを大輝くんは教えてくれたのだから。
そして彼は、彼女たちは、私を信用して今日ついてくることを断念したのだ。


「あなた……この数日の間に何があったの?」
「別に?……ああ、大輝くんを殺しかけたかもしれない」
「な……お前……」
「そこからちゃんと生還した大輝くんが、私に料理を教えてくれたの」


割とてきぱき、教えられたとおりに私は準備が出来ていると思う。
材料が冷蔵庫にあるのは事前に確認してあるし、睦月ちゃんの家で使った器具も似た様なのがあるのは把握している。
そして私の動きを見て、父も母も妹も、信じられないものを目にした、という顔で私を見ている。


本来なら包丁は使わないで行けるものを、って思っていたがあの後実は睦月ちゃんが付け合わせ用のキャベツの切り方を教えてくれていて、少しだが野菜もとれるものになった。


「せ、千切りとか……」
「これが、本当にあの桜子なのか……」


母も父も失礼だ、と言いたいところだが勉強か読書(BL)かしかしてこなかった私を見てそう言いたくなるのは間違いじゃないだろう。
きっと母たちの頭の中には、火災保険何日でおりるかな、とかそういう心配百パーセントで私がまともなものをまともな手順で作っているなんて、そんな平和な妄想は欠片もなかったはずだ。


「あ、お母さん盛り付けだけお願いしてもいい?」
「え、ええ」


出来上がったものを台所に置いておくと邪魔だと言うことで、手を出すなとは言ったが盛り付けだけ手伝ってもらって、私は最後のオムライスに取り掛かった。




「……普通に、旨かった」
「美味しかったわね……」
「途中でお母さんが手伝ったり、してないんだよね、これ」
「桜子姉が、こんな美味しいもの作るなんて……」


食べ終わった家族が、それぞれ感想を漏らす。
ここまで絶賛されると何となくむず痒い感じがするが、気分は思ったよりもいい。


「キャベツはところどころ百切りになってたけど、初めてであれなら、及第点どころか合格点だな」
「初めて……まぁ厳密には二回めなんだけどね。まだもう少し慣れは必要かな」


確かに自分で食べてても千になってないのがあったな、というのは事実として確認していたので、反論はしない。


「これからはもっとちゃんと、出来る様になると思うし……お母さんも疲れちゃってたら言ってくれたら代わりに作るくらいはするよ」
「桜子が、こんなこと言うなんて……」


母は感極まったのか涙を浮かべている。
確かにそう思われるんだろうな。
昔私は、包丁なんか絶対握らない!とか言い放っていた記憶があるし。


父もわざわざ怪我をしに行く必要はないだろう、とか言っていたし、だからなのか私もそれでいいと思っていた。
だけど何だろう……あのあいちゃんでさえ、人間界にきてまだそんなに経っていないのにあれだけご飯作れる。
なのに私はそれでいいのか?と疑問に思い始めた。


というか……あのメンバーで料理できなかったの私だけだし、それでいいってみんな言ってくれていたけど、甘やかされて調子に乗っていていいのか?とも思った。
それに、家族内で勉強は人一倍やっていても、他に役に立てることが私にはない。
弟妹の世話なんてのは姉として、やって当たり前だと思っていたから尚更その思いが強まったのかもしれない。


「桜子、お前はいい人たちに巡り合ったな」
「……やめてよ、恥ずかしいじゃん」
「恥じる様なことじゃないだろ」
「まぁ……かなりの遠回りはしたけど、私もその……親孝行って言うの?しておきたいかなって」


この言葉に、家族全員が驚愕の表情を浮かべる。
反抗期真っ盛りにある娘が、弟妹の悪い見本ですらあった姉が、こんな殊勝なことを言うなんて誰も想像していなかったのだろう。
大輝くんたちに感化されたと言えばそれまでかもしれないが、私にはちゃんと両親もいて兄弟もいる。


ならばそれが幸せであると思える様に自ら動くというのは、私の人生において無駄になることではない。
最近の大輝くんやソールさんなんかを見ていると……あの親子はちょっと危ういけど、悪くないなって思わされた。
これが成長ってやつなんだろうか。


「だからお父さん……それにお母さんに双葉に楓翔、今までごめんなさい。これから先、やれることなんてそう多くないかもしれないけど、少し私も自分を見つめ直してみるから」


こうして私の、家族との和解は成った。
不思議そうな顔をした両親や弟妹が印象的だったけど、私だって前に進んでいきたい。
やると決めたことはきちんとやるのが私という人間なんだから。




「そっか、上手く行ったか」
「うん、大輝くんやみんなのおかげだと思う」
「まぁ昨日の夕方時点で大輝の渦も消えたしね」


翌日の昼過ぎ、私は睦月ちゃんの家に赴いて昨日の結果を報告した。
渦については聞いていたけど、昨日のあれで解消したということはやはり私のわだかまりが原因だった、ということになるのだろうか。


「ああ、バイトしてたらふっと消えたからな。ああ、こりゃ上手く行ったんだなって思った。まぁ桜子がどう捉えてるかわからないから、結果の報告を待とうって話はしてたんだけどさ」


私としても個人的には満足の出来だったし、家族もあれで私を大分見直してくれたと思う。
もちろん料理自体は自分でも続けていきたいし、相手が誰であっても喜んでもらえるっていいことだなって思えたから。


「本当、桜子が料理なんてね。でもあれだけ出来る様になるってことは、やっぱり才能はあったんじゃない?」


朋美が笑いながら茶化す様に言うが、そこに悪意は見えない。
自分も飯マズだったという事実からは逃れられないと自覚しているのだろう。
言ったら殴られる……のは大輝くんだと思うから、ちょっと可哀想だし言わないけど。


それに今回の試練は正直大輝くんにとっては相当きついものだったんだと思う。
ロキさんが何を思ってつけたのかはわからないけど、あれを乗り越えるってすごい。
私だったらあんな毒みたいなもの食わされたら絶対トラウマになるし、最悪私のことを嫌いになってるんじゃないかな。


なのに変わらず接してくれる大輝くんは、やっぱり口だけでなく私を大事にしてくれているんだって実感できる。


「まぁ、人間やって出来ないことの方が少ないってことだろ。出来ないって思いこんでる人はそこで成長止まっちゃうって言うくらいだし」
「最初あれだけ食べるの躊躇してたのにそれ言う?」
「お前は結局一口も食わなかっただろうが……」


恨めしそうに睦月ちゃんを見る大輝くんに、明日香ちゃんがニヤニヤしながら問いかける。


「でも……あれだけの量よく食べたわね、大輝くん。そんなに桜子が好き?」
「バカだな、俺は全員等しく好きだよ。その等しく好きな彼女が一生懸命作って、あんな涙目で見られたら食わないわけいかないだろ」
「ぷっ……そんな赤くなりながら言うくらいなら言わなきゃいいのに」


睦月ちゃんが言う様に、大輝くんの顔は真っ赤でトマトみたいだ。
私の殺人オムライスを食べた時も相当赤かったけど、あれを遥かに凌駕している。


「う、うるさいな。ちゃんと言わないと伝わらないことだってあるんだよ。まぁ、多分もう言わないけど」
「何でよ、言いなさいよ。全員に好き好きって言い続けるのよ」


朋美も悪乗りしだして、大輝くんをからかいに走る。
まぁあんまり四六時中好き好き言われても、何となくありがたみがないというか嘘っぽく聞こえてきそうだから、ちょっと私は遠慮したいけど。
でも、こんなにも楽しく毎日が過ごせる様になったのは、間違いなく大輝くんのおかげ。


それに、睦月ちゃんも他のみんなも……私も大輝くんみたいに、誰が欠けても嫌なんだろう。
何か問題があって、ってことなら全力で解決に回って、そこまでして引き留める。
まぁ、睦月ちゃんや大輝くん、あいちゃんがいるならそんなのは問題にもならないんだろうけど。


「さて、今日は何食べようか」
「こうなったら満漢全席でも作ってあげちゃうよ」
「……誰が食うんだよ、そんなの」


すっかりと料理にハマってしまった私は、今日もみんなの技術やレパートリーを盗む為に台所に立つ。
いつか、みんなのお株を奪っちゃうなんてのもいいかもしれない。

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