やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第118話

俺は今、人生の岐路に立たされている。
目の前にあるとてつもなく大きな試練……これを乗り越えなければならないという現状。
睦月が言った第一段階という言葉の意味は、翌日にすぐ理解させられることとなった。


「大輝くん、睦月ちゃん。昨日はありがとうね」


俺たちが桜子の家に泊まりに行って、その翌日。
睦月のマンションで集まるなり桜子は恭しく礼を述べた。
集まっているとは言っても社会人組の愛美さんと和香さんはここにはいないのだが、桜子はぜひお礼をしたいんだと言う。


あんまりいい予感がしなかった俺としては、全力でそのお礼を回避……じゃなくて丁重にお断りしたかったのだが、睦月がそれくらいさせてあげようよ、なんて言いだしたから仕方ない。
何をするつもりでいるのかとか、そういうことを聞いていないうちに拒否るのも悪いということで、俺は経過を見守ることにした。


「今日はね、私ご飯作ってあげようと思って」


桜子のその言葉に、部屋の中が一瞬で騒然とした。
誰か、桜子が料理をしてるところなんて見たことあったか?
俺の記憶が正しければ、桜子は今まで出されたものを食べているところ以外見たことがない。


そう思ってみんなを見ると、みんなも同じ思いの様で血の気の引いた顔をしている。
あれ、胃腸薬の買い置きあったっけ。
いや、いざとなったら神力で何とか……等々考える。


しかし俺が驚いたのは、あの睦月でさえも血の気の引いた顔をしているということだ。
うわぁ、あんなこと言うんじゃなかった、って言うのがありありと伝わってきて、しかしどんまい、とも言ってあげられないこの状況。
あいと玲央だけは現状が理解できていないらしく、不思議そうな顔でみんなを見ていた。


そもそも何でお礼に料理なんだよ、という疑問。
お前に出来ることなら他にも沢山あるだろ、なんて考えてみるが……こいつに出来ることって何だ?
勉強以外で何か得意です、みたいなこと言ってるの聞いたことない気がする。


「ちょっと、どうするのよ大輝くん……」
「いや、俺に言うなよ……俺は丁重にお断りしようとしてたんだぞ?」


ぼそっと明日香が耳打ちしてくるが、俺としてもすっかりとやる気になってしまっている桜子にやめろ、とも言えない。
大体やらせてあげよう、って言ったの睦月だし。
もちろん料理だってわかっていたらきっと、やんわりとやめさせていたかもしれないのだが……これは睦月もうっかりしていたとしか言えまい。


ちなみに明日香はちゃんと料理ができるし、たまに簡単に昼ご飯やらを作って振舞ってくれることがある。
朋美は……中学までは究極に飯マズだった。
というか料理と錬金術をはき違えてないか?と言いたくなる様なものを一回食わされたことがあった。


それから猛練習して今はちゃんと人間が食べられるものを作るし、寧ろ努力の成果というべきか普通に美味しいと思う。
睦月も愛美さんもちゃんとしたものを作れるし、あいも俺が教えたからかどんどんそのレパートリーを増やしている。
一番意外だったのは和香さんだが、あの人は本当に何でもできる。


食に対するこだわりも半端じゃなく、私が作るなら妥協は絶対にしない、と豪語するだけあって完成度も高い。
独自に研究したレシピなんかもあるらしく、それらをまとめてホームページにでもアップしたらいいのに、なんて進言したこともあるが、あの人の機械に対する認識は老人レベルだった。
考えてみたら未だにガラケーを使っているし、しかもそのガラケーは何年前のだろう……というくらいにまず店頭で見かけたりはしないものだ。


そして、パソコンについても基本のタイピングは一本指で、と言った具合で最初は明日香が電源の入れ方から教えていたのが印象深い。
あれだけ綺麗で何でもできる人なんだから、もう少し頑張って完璧美人を目指してほしい、という気持ちがある一方で弱点があるから、ギャップ萌えみたいなものもあるのか、とも思う。


「私、もしもの為にお昼別で買ってくるわ」
「え、マジかよずるいぞ!俺が行くよ!」
「何言ってるの?あなたと睦月にお礼がしたいって桜子は言ってるのよ?その張本人がもしもの為に別でお昼買ってくる、なんて言いながら出るつもり?」
「くっ……それを言われたら何も言えねぇ……」


見事に明日香に論破された俺は、とりあえず緊急脱出という手段を諦めることとなった。
さすがに爆薬だの毒だのを生成したりはしないだろうし、ということで俺と睦月とできっちり見張り……ではなく監督をして大事にならない様気を付けよう、と意見は一致を見た。


「ちなみに桜子、料理最後にしたのいつだ?」
「んー……中三の時の家庭科の調理実習かな。親子丼だったと思う」
「…………」
「ああ、確かに作ったわね。大輝も覚えてるでしょ?」


朋美にそう言われて記憶を探ってみる。
確かにそんな記憶あった様ななかった様な……いや。
あったわ。


確かに爆発はしてなかった。
だが、あの時俺は確かに聞いた。


『お米って洗剤で洗わないんだねぇ。勉強になるなぁ』


リアルでこのセリフを吐くやつとかどんだけだよ、と思いながらその方向を見て、そこにいたのは……桜子だった。
女子力低い系女子っているんだなぁ、とか戦慄したのを覚えているが、幸いにもあいつの作ったものは俺の口に入ることがなかった。


「ああ、思い出した。ってかそれ以降一度も料理してないってことか?それ確か一年くらい前じゃなかったか?大丈夫なのか?」
「何?私のこと信用してないの?大輝くん、ひどくない?」
「ち、違う……えっとあれだ、ほら怪我とかしたら!俺は桜子に、元気でいてほしいんだよ」
「……そんな目泳がせながら言っても、全く説得力ないよ?」
「おバカ……」


桜子と朋美から揃って冷たい視線をぶつけられ、俺の会心の言い訳は封殺される。
だけど考えてみてほしい。
もしも……指が飛んだりしてぎゃあああ!なんてことになったら……。


もちろん俺や睦月やあいがいるから、そんなのは一瞬で治すことは出来るだろう。
しかし桜子はそれが原因で料理が怖くなっちゃって、なんて目も当てられない。
勉強だけ出来たって、将来的に必要になるのは実技なんだから。


「桜子さんって、もしかして料理の経験あんまりないの?」
「ちょ、おま!!」


あいがさらりと、しかし誰も触れてこなかった部分に触れてしまい、睦月が慌ててその口を塞ぎにかかる。


「……そんなこと、ないよ」
「ほ、ほう……」


少し俯いた桜子が、キッチンを見る。
そこに置いてあったのは……牛乳と混ぜるだけのデザートだった。


「よく、兄弟にはおやつ作ってあげてたし」
「…………」


毎回おやつがあれじゃ、飽きちゃっておやつそのものにいいイメージがなくなりそうな気がする。
ソースは俺。
一時期あれが結構好きで、手軽に作れてしかも牛乳が嫌いな俺でも食べられるとあって、ほぼ毎日の様に食べた時期があった。


結果としてどの味にしても何だか代わり映えがしない気がしてきて、俺は飽きてしまい、しばらくは見るのも嫌だという日々が続いた。
桜子の兄弟がそんなことになってなければいいんだが……。
しかも今回はおやつではなくご飯、と言った。


ということはだ。
桜子が何を作るつもりなのかはわからないが、俺たちはその料理でお腹いっぱいにしないといけなくなるということなのだ。
あれ、俺神になったけど死ぬんじゃね?


「へぇ、桜子さんの料理、楽しみだなぁ」
「お、お前……」


知らぬが仏、とはよく言うが本当にそうだなと思う。
少なくとも今の会話では俺には楽しみに出来る要素が一つもなかった。
というか寧ろもうマイナス過ぎて死ぬ予感すらしてるんだぞ。


大体あいは、暗黒の神のくせに何でそんなポジティブなんだよ。


「じゃ、私行ってくるから」
「あ、おう……ずりぃな、ちくしょう」
「ちゃんと大輝くんの分も買ってくるから、安心なさいな」


そんなことを言いながら明日香はウィンクして、マンションを出た。
そういう話をしてたんじゃないってのに。
お気楽なもんだ、あんにゃろ。


「さて」


桜子が気合を入れる声が、俺には死刑台への号令に聞こえた。
そもそも何で、飯食うのに命賭けないといけないの?


「さ、桜子……ちゃんと去年の調理実習の内容は覚えてるよね?」
「当たり前でしょ。米を洗剤かけて洗うなんて、漫画の中くらいだよ」


気持ちいいくらいのドヤ顔で、無い胸を張っている桜子だが目の前の朋美の顔色は暗い。
よほどひどい目に遭ったんだということが想像できる。


「で……何を作るつもりなの?」


睦月も恐る恐る尋ねているが、やはり顔色が悪い。
ここにいる全員が食中毒でバタンキューとか、マジで勘弁してもらいたい。
いや……睦月とあいは最悪何とかするんだろうな。


だけど俺が何とかしたら、いけない様な気がする。


「んー、まずオムライスでしょー……それから……」


いや、もうオムライスだけで勘弁してください。
絶対オムライスにならないって自信があるし。


「あ、そうか冷蔵庫開けるね」
「う、うん」
「……お、豚肉だ!じゃあ生姜焼きと……」


シンプルに見えて、案外生姜焼きだって難しいし奥が深いんだぞ……こいつ本当に大丈夫なのか……?


「あ、お魚さんだ。じゃあこれをバターソテーにして……」
「あ、桜子……今バター切らしてて、買ってこないと」
「そうなの?あーでも、マヨネーズあるじゃん。これも乳製品だから代用可能だよね。大丈夫大丈夫」
「えっ……?」


俺を含め、あいまでもがきょとんとして桜子を見る。
ちょっと待って、マヨネーズが乳製品?
マヨネーズって何で出来てるかとか、知らないのかこいつ……。


今日俺は、命日を迎えるかもしれない。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品