やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第117話

「お父さんと大輝くんと、何話したの?」
「んー、大輝くんがどういう子なのか、とか生い立ちとか?」
「ってことは私のことも粗方聞いた感じですか?」


大輝くんとお父さんがお風呂に入っている間……私と母、睦月ちゃんはガールズトーク……に当てはまらない年齢の女は一人いるが、歓談に花を咲かせていた。
大輝くんが語ったことはそこまで大した内容ではない様だが、主に睦月ちゃんが春海ちゃんだった頃の話だとか、私とは中学生の頃どんな間柄だったとか、そんなことを話していたらしい。
あの頃の私は腐女子全盛期でもあったし、思い出すと悶えたくなるんだけどまぁ、大輝くんは今入浴剤のCMよろしくお父さんと入浴中だから別にいいか。


「椎名さんはもう何万年も生きてる神なんだって聞いたけど……それだけ生きてると困ったりすることとかないの?」
「困ったり……あったかな。大輝を見つけてからは更に同じ時代を何万年分もやり直したから、正直それに比べると大したことはなかったって言うか……」
「普通の人間だったらとっくに気が狂ってるレベルだよね」


前にも何回か聞いたことのある話ではあるが、改めて聞くと途方もない話だと思う。
私ならきっと最初の数回でギブアップするだろう。
いや、私たちの中でもブレない代表とも言える明日香ちゃんでもきっと無理だろうな。


あいちゃんなら、あの冥界で何万年も過ごしたって話だし、もしかしたらメンタルだけは睦月ちゃんといい勝負するかもしれない。
ただあの子は大輝くんに執念を燃やしていたとかそういう理由がないから、途中で飽きてたかもしれないけど。
いずれにしても人間に耐えられる類の話ではまずないだろう。


「そこまで愛する彼の為に尽くして、でも他の子を割り込ませるって、相当な覚悟が必要だったんじゃないかと思うんだけど」
「まぁ、最初はそうですね……断腸の思いだった、って言うのは確かにあるかもしれないです。ただ、そうしなければ何をどうしようと大輝は死んじゃったんで、他に方法もなかったし、何より恋愛は二人きりでなければならないなんて、そんな常識は別に必要ないかなって」
「確かに突き詰めていけばそうなるのかもしれないけど……重婚禁止、とかはあるけど別に恋愛を複数人でしちゃいけないなんて法律ないもんね」


母の言うことはもっともだ。
というか、そういう概念すらぶっ飛ばすから神なんだろうな、って思うし。
結局重婚がどうこうなんてこの国に限定された話と言ってもいい話だし、何より人間が作った決まりごとの範疇なんだから。


神がそれに従って生きることを強要されるというのも何だか変な話だし、壊そうと思えば今すぐにでも壊せる常識の数々を守ったままで、今の現状を迎えている睦月ちゃんはやっぱり神なんだ、と私は思う。
その上で困ることなんて、大輝くんに危機が迫るとかそういう事情以外であれば、睦月ちゃんにとって些事にもならないんじゃないかな。


「まぁ、言ってしまえば人間界で暮らすに当たっては、私の思い通りに出来ないことの方が少ないですからね。ただ、それを全て思い通りにしたら人間界にいる意味もないわけで。人間がそれぞれの意志で動いているから、面白いと思える様なことも起きるわけですし」
「すごい考え方よね……私なんて毎日桜子とお父さんがまた喧嘩始めたらどうしようとか、晩御飯どうしようとか、その程度しか考えてないから……」
「それだって十分大事なことじゃないですか。それがあるから、今まで桜子は生きてきてるんだし、桜子がいなければ今のハーレムもあり得ませんから」


そんな風に考えてくれてるのか。
私なんてただの賑やかし要員で、せいぜい甘えんぼ代表みたいな位置づけにしかなってないから、いなくてもそこまで困らないんじゃないかって思ってたんだけど。
でもきっと大輝くんは、誰が欠けても嫌だ、なんて言い出すんだろうな。


ここ数か月で、大輝くんのことは大分わかる様になってきた気がする。
そして私は大輝くんやみんながそうして必要としてくれるから、私でいられている。


「お風呂ありがとうございました、いいお湯でした」
「いえいえ。お父さんと二人でなんて、落ち着かなかったんじゃない?」
「おいおい母さん……そりゃないだろ」


大輝くんと父が風呂から上がってきて、私は何となく緊張する。
今まで秘めてきた思いを、口にすることもしなかった思いを吐き出す瞬間が近づいているのだと……高校受験でもここまで緊張なんかしなかった気がする。
答案用紙は私に反応なんかしないし、無機物でしかない。


一方父や大輝くんは答案用紙ではない。
何か言えば反応をするし、その反応が私の意に沿ったものとは限らないからだ。
それに先ほど謝ったとは言っても、やはり暴言や失言の数々はぬぐい切れない。


「大丈夫だよ、桜子」
「睦月ちゃん……」


睦月ちゃんが私の頭に手を乗せると、不思議と心が落ち着いてくるのを感じる。
何か力を使ったのかは、今回に関してはわからない。
しかし父も母もリビングの椅子に腰かけたので、私も話し始めることに決めた。


「私……多分双葉ふたば楓翔かいとに嫉妬してた。まぁよくある話だけど、あの子たちが生まれるまではお父さんやお母さんの愛情は全部私に向いていたから。それが二人に向く様になったってことが、単純に妬ましかった」
「…………」


父も母も、表情を変えることなく黙って聞いている。
今回に関しては大輝くんも黙って見守ってくれているみたいだった。


「もちろんそれは親として当たり前なんだと思うし、そうしなければあの子たちも育たない。それは理解してた。だから私も、お父さんたちから見ていい子で、あの子たちから見ていい姉でいなきゃって思ってた。だから頑張ってきたんだと思う」
「……続けなさい」


父が目を伏せる。
いつもの説教をしてくる時に似てはいるが、何処か普段と違う様なその表情。
娘の言うことを全部まずは聞こう、という意志が伺えた。


「事実私は、勉強だけは何があっても頑張ってきて成績も学年でトップを維持してきた。多分心の奥底では、一度双葉たちに行っちゃった愛情がまた戻ってくるんじゃないか、みたいな報酬効果を私の中で期待していた部分もあったんだろうなって思うけど……結果としてはそういうことにならなくて、でも何かやりたいって思った時に成績を落とさないでいることはプラスになるはずって、私は思ってた」


事実プラスになったこともあった。
まぁBL認めてくれた、とか私が覚えてるのはそんなことくらいだけど。
ああ……あとはそのBL買う資金がもう少しほしい、って思って小遣いアップをお願いしたこともあって、それも叶ったなぁ。


「もちろん、BLを認めてくれたことがその一端なんだろうと思ったし、でもその前の犬のことは認められなかった。その違いは何なんだろうって考えた時に、何となくわかったんだよね」
「…………」
「BLは噛みついてきたりしないし、予防接種とかも必要ない。餌だって与える必要はない。……まぁ、私にとっては心の餌みたいなものだったけど」
「……台無しだぞ、桜子」


苦笑いで大輝くんが口を開く。
確かに途中まで真剣な感じだったのに、BLが心の餌、とか言った瞬間に睦月ちゃんは笑いを堪えている時の顔になっている。


「まぁ、つまりは私のことは双葉たちが生まれた後でも気にかけてくれていた、ってことなんだろうし私たちの安全やらを考えて、犬のことは反対してたんだろうって思う。実際、ほしいんだったら買ってやるって言ってくれてたしね」


たとえば何かの拍子に噛まれた、みたいなことがあった場合でもちゃんとした予防接種を受けたりしてるのと、拾ってきたのとでは危険度が違う、という様なことを父は考えていたのだろう。
だから捨て犬については可哀想ではあるが、親として反対せざるを得なかった。
そして私がほしいと願っているのであれば、叶えてやりたい、という思いもあったから、買ってやるって言ってくれていたのだろう。


「大輝くんのことについては、会う前に散々ボロクソ言いやがってこのハゲ、って何回も思ったけどね。実際に会わせてみてよかった、って思う」
「本当に口の悪い子なんだから……」
「まぁ、別に構わない。事実だからな、ハゲていたのは」


父も母も苦笑いの顔だ。
いた、とか過去形にしてるけど、また髪の毛伸びてきたらてっぺんハゲなことに違いはないんだけどね。


「私が反抗期だったから、大輝くんと付き合ってることについては変な男にノコノコついてったんじゃないか、みたいなことを心配してくれてたんだろうってことも今にしてわかるよ。娘の幸せを願ってくれてたんだろうって思うし。だから見合い話なんかも持ってきたんでしょ」
「まぁ、お前の言う通りだ」
「事実大輝くんは変な男ではあるけどね。価値観もやることも本当、変」
「……お前、一言余計じゃないか?」


だけど、そんな変な男だから私は好きになったんだろう。
睦月ちゃんの影響なのかその前からなのかはわからないけど、ブレない男。
自分の信念をちゃんと見据えて生きてる大輝くんが、私は好きなんだ。


「だがお前は、ちゃんと自分の幸せを見つけてきたじゃないか。俺はお前がそれできちんと幸せだって感じているのであれば、今以上に何か言おうとは考えてない」
「私もそうね……大輝くんだって椎名さんだって、とてもいい人だし、そんな二人の元に集まっているんだったら他の人たちもいい人なんだと思うわ。だから、いつか他の人たちにも会ってみたいって思うし」


二人がそう思ってくれてるんだったら、今日私は大輝くんと睦月ちゃんを連れてきたことが無駄でなかったんだと安心できる。
実際に大輝くんも安堵した様な顔をしているし、睦月ちゃんも頑張ったねって顔してくれてる。
父は酒も嗜むし、愛美さん辺りとは話が合うかもしれない。


そう考えると母が言った様に二人にみんなを会わせるっていうのも、今後考えてみるのはありなのかなって思う。


「今までその……割と頻繁に反発して暴言吐いてきたけど、今更昔みたいにべたべたされても気持ち悪いから、今まで通りで良いよ。それに双葉も楓翔もまだ親の愛情が必要だと思うし。もうすぐあの子たちも反抗期になるかもしれないけど、それまでは愛情注いでやってほしいかな」
「お前は、そう思いながらもずっといい姉で居続けた。それで十分だと思うがな」
「だけど大輝くんとどっち、って言われたら私は多分迷わず大輝くんを取るよ。だから、どうにも反対され続けられていたんだとしたら、多分家を出てまで大輝くんといる道を選んだと思う」


私の言葉に父が青い顔をしたが、結果として今ちゃんと和解に至っているのだからと母が宥める。
ここまでちゃんと話をしたのは多分初めてだと思う。
今までは喧嘩にはなっても話し合いって感じじゃなかったし、ただひたすらにお互いに押し付け合ってただけだったし。


今回ちゃんと腹の中を打ち明けることが出来たから、きっと私たち親子も、大輝くんとも大丈夫。


「これで、第一段階かな」


睦月ちゃんがそうつぶやいたが、気づいたのはきっと私と大輝くんだけで、父にも母にもその言葉は聞こえていない。
何のことかと考えてみるが私にはわからない。
だけど大輝くんは何となく理解していたらしく、すぐに青い顔をしたのだった。

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