やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第96話

勢いよく飛び出していったグルヴェイグ。
そして仕方なく俺も後を追って飛び出して行き、まずはオーディン様を取り押さえた。
そこまでは良かった。


バルドルも歓喜の表情で俺を見ていた様に思うし、急ごしらえの作戦にしては上手く行った、とその時は俺も思ったものだった。
しかし、ヘルはおそらく俺たちの存在に気づいていたのだろう。
よくよく考えたらそれもそうだよな、なんて思う。


だってあそこでいきなり魔力開放とか、神だったら気づかない方がどうかしてる。
もう少し穏やかにできなかったのか、と正直今にして思う。


「バルドル!もう一度オーディン様を気絶させられないか!?」
「そうしたいところなんですが……まだ神力が戻っていなくて……面目ない」


うわ、マジかよ……。
そんなことを思った矢先、オーディン様が俺の羽交い絞めを受けたまま杖を振り上げる。
先に杖、何処かに飛ばすべきだったか……。


だがここで、俺の中にあった母の戦いの記憶が、咄嗟にオーディン様の雷を回避させてくれた。
そしてオーディン様は飛来した雷を避けることができず、盛大に自爆をしてその場に倒れる。
……結果オーライってやつか?


だけどコンマ数秒の差で、危うく俺もああなっていたのだということを想像すると、ぞっとする。


「やるね、あなた……ソールの気を感じる。何者なの?」
「…………」


ヘルは気を失ったグルヴェイグを片手でこっちに投げながら、俺に問いかけてきた。
出オチもいいとこ……嫌な予感、的中ってか。
だけどオーディン様だけでも沈黙してくれてるなら、こちらとしてはまだ負担は……。


黒いオーラを纏い、漆黒の衣にその身を包んだ少女。
黒く長い髪からその表情の全貌は窺えないが、剣呑とした雰囲気がこいつは危険だ、と俺の中で警鐘を鳴らす。


「答えないの?この私を前にして、だんまりを続けるつもり?」


何でこんな状況なのに、そんなに俺の正体が知りたいんだよ、こいつ……。
いずれわかるかもしれないだろうに。
とは言っても別に答えるくらいはいいか、なんて思って俺は呑気にも答えてやることにした。


「ソールは俺の母だよ。それがどうかしたのか?」
「母……お母さんってこと?」
「あ、ああ……」


何なんだ?
俺の言葉を聞いた瞬間から、ヘルの顔がやけに険しいものに変わっていて、正直不気味だ。
睦月からは美少女だと聞いていたんだが、随分とその様子が違うものになってしまっている。


「そっか。親がいるなんて、羨ましい」
「!?」


そう言うなり、ヘルは俺に無数の衝撃波を飛ばしてきて、不意を突かれた攻撃に為す術もなく俺は吹っ飛ばされた。
反則くせぇ……。
仮に事前に聞かされていたとしても、何となく避けられなかったんじゃないかって予感はするけど。


「じゃあ、あなたに私の気持ちはわからないよ。消えて」


吹っ飛ばされても倒れることだけは回避できて一瞬は安心したのだが、更にヘルの追撃は続いた。
大体何なんだ、こいつの気持ちって。
理不尽だ、と思いながらもとりあえず今回の攻撃は避けることが出来た。


感情の流れというのか、強い憤怒の感情が俺にその攻撃を見切らせた、とでも言うのか。
ともかく今回は一度も被弾することなく攻撃を回避することができた。


「……生意気だね」
「悪いな、ここで倒れてやるわけにはいかないもんでな」
「そう。でも何故手を出してこないの?」


ギクっと擬音が入りそうなくらい、核心を突いた質問に思わずヘルから目を逸らす。
命がけの戦いの最中なのに、と思わなくもないがさすがに痛いところを突かれるとこちらとしても気まずい。
しかも理由が情けないものだから、余計にそう感じてしまうのかもしれない。


「まさか女は殴れない、とか言うの?」
「…………」


どうにも鋭くて困っちゃう。
というか、見てれば大体わかるよな、確かに。


「そうなんだ、優しいんだね。あなたの名前は?」


ふっと歪んだ顔を戻して、ヘルが俺に微笑みかけてくる。
何だ?
何なんだこの、起伏の激しさは。


「……宇堂大輝。今は女神だけど、人間の男と、ソールの息子だ。元は人間なんだよ」
「へぇ……じゃあその優しい大輝は、私を救ってくれるの?」
「……は?」


何なんだろう、本当に。
意味がわからない。
だけど、ヘルの言葉を聞いた瞬間から俺の中で何かこう、燃え上がってくる様な、だけど俺のものでない何かが渦巻いていく様な感覚があった。


これはもしかして……。


「あれ?何でそんなものがついてるの?それって、試練の黒渦だよね」


ヘルが心底不思議そうに、俺を見る。
好奇心に満ちた様なその目からは、先ほどまでの悪意も敵意も感じられない。


「お前も、知ってるのか。お察しの通り、これは試練の黒渦って言うらしい。これが出てくるってことは……お前が、ってことか」
「ちょっと何を言ってるのかわからないけど、大変だね。乗り越えられるの?」


今度は心配そうな顔をして、俺を覗き込んで……って、いつの間にこんなに距離を詰められた!?
だが、俺には何となくその距離を空けることが躊躇われて、覗き込んできたその目をただ見つめ返した。


「大輝は、私が怖くないの?」


そして俺の反応が意外だったのか、ヘルは驚いた顔で俺を見る。
俺だって正直意外ではある。
だけど、何となくこいつに害意や敵意を向けるのは違う、そんな気がした。


「いや……どうなんだろうな。正直最初は怖いって思ったかもしれない。だけどヘル、お前の苦しみというか……多分憤っていた感情なんだろうな、これは。そういうのが一気にお前から流れ込んでくる様な感覚があった」
「へぇ……それも試練の黒渦の効果なのかな。面白いなぁ。ねぇ大輝、私の寂しかったとかそういう感情もわかるの?」
「…………」


何なんだ、さっきまでの剥き出しだった敵意から一変してのこの状況。
頭が追い付いていかない。


『スルーズの力では鎮圧は出来てもヘルを救うには至らないでしょう』


そんな時不意に母の言葉を思い出す。
もしもこの言葉が正しいのだとすれば、ヘルは救いを求めている?
ヘルは、寂しかったと言った。


冥界の扉を抜けて、ここへ来る時……ヘルはどんな気持ちだったんだろう。
ヘルには悪いが、俺にはその全てがわかるわけじゃない。
だけど……。


「ヘル……俺には多分、お前の感情が流れ込んできても、全てを理解してやることは出来ないと思う」
「……へぇ」
「だけど……」
「だけど?」


ヘルの目は、俺に何かを期待する目だ。
もし、本当にヘルが俺に期待していることが、救ってくれることなんだとしたら。


「お前の気持ちを全て理解してやることはできないけど、お前の寂しかった時間を、埋めてやることくらいなら出来るかもしれない。もちろんお前の受け止め方次第だと、俺は思うけどな」


戦いの最中だって言うのに、何を言ってるんだろうか、俺は。
だけど、悪意も敵意も感じない相手に拳を、刃を向けるなんて真似は……俺には出来ない。


「お前を待つのは、ここで倒れる未来だ!!」
「!!」


ヘルの背後から声が聞こえ、いくつもの光が飛来するのが見えた。
そして俺の体も、それに合わせて勝手に動いていたと言えるかもしれない。


「ぐうっ……!!」
「え……」
「な……!」


強烈な全身への痛みに呻くが、辛うじて意識は保っていられている様だ。
だが今の一撃でかなりギリギリの状況ではあるのだが。
気付いたら俺は、ヘルを庇う様にして立ちはだかっていた。


俺に降り注いだバルドルの攻撃……光の刃は、鋭く俺の体の数か所を貫いていた。


「大輝……?」
「大丈夫だ、ヘル……この程度、すぐ治るから」
「大輝さん!何故ですか!!」
「バルドル……貴様……」


ヘルの体から、先ほどまでよりも強大でどす黒いオーラが漏れるのが見える。
気を抜いたら意識が飛びそうになりながらも、俺は動くことが出来ずにいた。
このままじゃバルドルが……。


「やめろ、ヘル……」
「バルドル……よくも、大輝をおおぉぉぉっ!!」


叫ぶや力を開放したヘルが、バルドルへの猛攻を仕掛ける。
攻撃が俺に命中してしまったことで放心したのか、そんな状態のバルドルにはそれを避ける術はなかった。


「ぐあ……」
「よくも……」
「ヘル、やめるんだ、俺なら大丈夫だから……」


呟きながら、俺はヘルに近づいていく。
まさしくバルドルにとどめを刺そうとしている様だが、そうさせてしまうわけにはいかない。
あいつは、まだ戻ってこられる。


確信も確証もないし、誰かに何でそう思うの?なんて聞かれてもまともな答えは用意できない。
それでも、俺がそう感じたから、と俺は言うんだろうと思う。
だから俺は力を振り絞って、ヘルに近づいてその細い肩を掴んだ。


「もうやめよう、ヘル……憎しみに憎しみをぶつけても、争いしか生まないんだよ」
「大輝……」
「俺なら、大丈夫……」


そう呟いた瞬間、こみあげてくるものがあって、俺はたまらずそれを口から吐き出した。
そしてヘルの顔に降り注いだそれは、その顔を赤く染めた。


「大輝……?」
「ぐ……大丈夫……だか……」


そこまで言った時、俺の意識は途切れた。
だが俺は意識が途切れる間際、確かに聞いた。
俺の名を叫びながら立ち尽くし、慟哭を上げるヘルの悲痛な声を。

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