やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第94話

各地の騒動を収めに行くべきかそれともあの黒いオーラが充満する場所……あの辺りは確かヴァルハラだったはずだが……どっちへ行くべきか考えた結果、俺はヴァルハラへ向かうことにした。
ヘイムダルさんやオーディン様、バルドルと言った所謂戦闘タイプと言われる神が結集しているのだから、そう易々と落とされたりはしないだろう。
そう思ってはいるのだが、母に力をもらった影響だろうか嫌な予感がどうにも止まらない。


俺に何処まで出来るかわからないし、だけど確か睦月が他の戦地に向かっているはずだというのを思い出して、俺はヴァルハラへ向かって猛ダッシュした。
途中魔獣らしきものを何匹か撥ねた気がするが、そんなものに構ってはいられない。
どうせ生きてはいないだろうし。


「くっ、しつこい連中ね……ロキのやつ、おかしなヘマしてくれて本当……!」


しかし向かう途中で目に入ったのは、魔獣と戦う見覚えがある金髪のべっぴんさん。
見間違え様がない、紛れもないフレイヤだった。
全力ダッシュしていた俺は急ブレーキをかけ、即座にフレイヤの救出に向かう。


こんなことしてたら睦月は怒るかもしれないが、俺としても不義理な真似はしたくない。


「フレイヤ、避けろ!」
「へ!?あ、大輝!?」


声をかけるのと同時に手から発せられた熱。
それはちょっと前までのやや垂れ流しのものとは違い、収束した熱が鋭いビームの様になって、凄まじいスピードで数々の魔獣を貫いていった。
自分でやっといて何だけど、正直びっくりな威力だ。


「次来るぞ!」
「え、ええ」


ひとまずこいつらを片付けなければ、挨拶どころじゃない。
母の戦いの記憶から盗んだ技でもある、神力を刃の形に変えて放つやり方。
フレイヤに当てない様にしながら次々に生成して放ち、五分もかからずにフレイヤを取り巻いていた魔獣の群れは沈黙した。


「凄いわね……以前とは見違えたわ」
「ああ、母さんに力を底上げしてもらったって言うか……それよりそっちは大丈夫か?怪我とか」
「ええ、大丈夫……」


軽い擦り傷やらはある様だが、全力で顔だけは守っていたのか傷一つついていない。
変な拘りあるんだな……やっぱり美の女神だからなの?
ブレないやつだ。


「まぁ、恩人だからな。助けない道理はないさ」
「あなたなら、知らない人でも普通に助けるんじゃないかと思うけどね。でも助かったわ、本当にありがとう」


こんな風に礼儀正しくお礼とか言われると、さすがに少し照れくさくなってしまう。
ハーレムメンバーはロキに対してはもういい、って思ってるのが大半の様だったが、フレイヤに関しては女だからなのか未だに敵意が見えないこともないから、知られたら後で何か言われるかもしれない。
うん、報告の義務とかないし、黙っておこう。


「いや……それより、もしかしてヴァルハラに向かっていたのか?」
「ええ、オーディン様がヘルと戦っていると聞いたから」
「え、マジか。あの人大将なのに、戦線に出てきてるってことか?」


俺たちは走りながら話す。
オーディン様が出て行ってるなら、何とかなるんじゃないかって思わなくもないんだが……とは言っても俺はオーディン様の実力をほとんど知らないし、携帯作ってもらったことくらいしか記憶にないんだけどな。


「深い因縁があるそうよ。とは言っても、オーディン様は敵意よりもどちらかと言えば申し訳ない、みたいな思いでいたって話だけど」
「申し訳ない?どういうことだろう……」
「私も詳しくは知らない。というか、神界で知ってるのは限られた神だけって聞いてるわ。あの時集められていたのは、ソールとノルンと……ヘイムダルとバルドル。フリッグもだったかしら。そして全員に箝口令が敷かれて、未だにそのことを口外することは禁忌とされているらしいから」
「…………」


なるほど、となると母はやはり事情を知っている様だ。
だからあんなことを言っていたんだなと納得した。
だけど、救うってこととどうにも繋がらないのは、何でだろうか。


それに、もう一つ引っかかっていたことがある。
フレイヤは見たところ、そこまで戦闘力が高いわけではなさそうに見える。
いや、恩人に対して失礼だろって思う気持ちももちろんあるんだけど……さっきの魔獣相手に苦戦していた様だったから。


正直そんな調子でヘルと渡り合えるのだろうか、なんてことを考えてしまう。


「大輝の言いたいこと、何となくわかるわ。私がヘルと戦って大丈夫なのか、とか考えてるのよね?」
「な、何故バレたし!」
「まぁ、さっきの魔獣に苦戦していたからっていうのが理由なんだろうけど……だったら大輝、私を守ってくれる?」


全力ダッシュしながら、フレイヤは俺を上目遣いで見つめてくる。
器用なことするなぁ、と思うのと裏腹に正直ドキンとしてしまって、俺はたまらず目を逸らした。


「ま、まぁ……知り合いがやられるとこなんか見たくないからな。当たり前って言うか」
「あっはっは!!……可愛いわねあなた。心配しなくても、さっきのは全力じゃないから。消耗が激しいのと、『変身』するまでに時間がかかるから、あの時はあれで精いっぱいだったのよ」
「ぐぬ……」


どうも負け惜しみとかではない様に聞こえる。
それにしてもいい性格してるな。
あれだけ女を囲っている俺でも、正直フレイヤは綺麗だと思うし、油断してるとあっという間に落とされたりするかもしれない。


もちろんあいつらの恐怖という名の絆が、そんな色香から俺を守ってくれるんだけどな!


「あれ見て」
「え?」


もうすぐヴァルハラ、という場所にきて俺は岩陰でフレイヤに手を引っ張られて止められた。
そして言われた通りにフレイヤが指さした方向を見ると、ヴァルハラの目の前に倒れている人影と、相変わらずのダークなオーラ、ピカピカと光るオーラがぶつかり合っていた。
案の定、ヘルと戦っているのはバルドルの様だ。


「あそこに倒れてるの、ヘイムダルさん……?」
「オーディン様の姿が見えないわね……」


言われてみれば確かに。
さっきフレイヤから聞いた話と違うのか、と思ったがヘル……と思われる女神の攻撃の背後から、オーディン様がバルドルに飛び掛かるのが見えた。
どういうことだ?


「オーディン様はきっと、負けたんだわ……」
「は?主神って言うくらいだから、強いんじゃないの?っていうかあれがヘルで合ってたのか」
「相手が悪いのよ、今回に関しては。さっきも言ったでしょ、因縁があるって。それを盾にされたんだとしたら、オーディン様と言えど全力で戦えなかった、ってことは十分に考えられるわ。で、その後でオーディン様は操られたんじゃないかしら」
「…………」


どうしたものか。
正直なところ、オーディン様かバルドル辺りがサクサクっとやっつけてくれて、俺は女を殴ったりしないで済む展開なんてのを望んでたんだけど……。
さすがに甘すぎたか。


「大輝、前にスルーズから聞いたことあるんだけど、あなたフェミニストなんですってね」
「……何だろう、あんまり褒められてる気がしないけど、女はあんまり殴ったりしたくないかな」
「なら私がヘルは引き受けるから、あなたはバルドルと一緒にオーディン様を何とかなさい。正直私が全力で行っても勝てる保証なんかないけど……それでも時間稼ぎくらいは出来るかもしれない」
「大丈夫なのか?逆の方が良かったりしないか?」
「スルーズがこの場にいれば、私の役目は間違いなくスルーズなんだけどね。でもいないんだったら、いる者だけで何とかするしかないわ。覚悟を決めなさい」


そう言ってフレイヤは、精神を集中する為か目を閉じる。
さっき言っていた、変身というやつだろうか。


「私の中にはもう一つの人格が眠っているの。そいつを目覚めさせることで、私は全力を引き出せる。……もっとも下品なやつだし、私としてはあんまりそういうの見られたくないから、気は進まないんだけどね。だけど非常時だし、そんなことを言っている場合じゃないわ」


ということは何だ?
中二病的な感じなのだろうか。
思い込みは確かに人の力を引き出す、なんて話を聞いたことはあるけど……。


「見た目もちゃんと変わるから、よく見ておくといいわ。普段はまず見られないから」


フレイヤの言葉の直後、フレイヤから普段の神力とは違うものを感じる。
何なんだこれ……いや、以前何処かで感じたことあるぞ、これは……。


「魔力か」
「ご名答。フレイヤのやつは眠ったよ。私は魔女、グルヴェイグ」


そう名乗ったフレイヤ……じゃなくてグルヴェイグは、確かに先ほどまでの美しい金髪ではなく黒……ではないな。
紫?濃い感じの紫色の髪に変わって、目も普段の穏やかそうな感じから一転、鋭いものに変わっている。


「わざわざ名乗ってもらってすまないな。俺のことはわかるのか?」
「ああ……フレイヤのやつが食いたい食いたい言ってたからな、心の中で。まぁ任せてよ、あんなのちょちょいと捻ってやるから」
「…………」


グルヴェイグから感じる魔力は確かに凄まじい。
かつて見た魔導書とは比べ物にならないものがあると思う。
だが何だろう、言葉のところどころから感じる出オチ感。


俺の杞憂であってくれればいいんだが。


「覚悟はいいか?あんまり長い時間、この姿でいられないから、早速行くぞ」
「あ、ああ……」


本当に大丈夫なんだろうか。
正直俺には、このグルヴェイグなる者が数秒後に倒されてました、みたいな未来しか見えないわけだが。
そしてそうなったら、俺の負担は倍どころじゃ済まなくなるわけで……。


実際そうと決まったわけじゃないけど、あの態度は何となく不安しかない。
ヘルの神力、正直普段感じる睦月のより高い気がするし、根拠のないあのグルヴェイグの自信は何処から来てるんだ?


……睦月!頼むから早く終わらせてこっち来てくれよ!!

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