やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第92話

いつもの神界転送門に到着すると、いきなりそこかしこで爆発やら力のぶつかり合う衝撃なんかが感じられて、いきなり物騒な雰囲気だった。
幸いなことにヴァルハラにはそこまでの被害はないらしく、これならあとでヘイムダル辺りが直すことも簡単だろう。
しかしところどころで上がっている黒煙や、そこらに残る爆発の跡と思われるもの等、普段の神界ではまず見かけないものが目に入ると、どうも呑気にしてはいられないと思った。


「なぁ、時間なかったみたいだから深く聞かなかったけど、今回の敵って……」
「うん……昔神界にいて、ラグナロクの後で行方不明になった神がいるんだけど……」


私は簡単にヘルについての説明を行う。
元々神界には人間界に見られる様々な性質、性格を持った神がいる。
心穏やか……と言っていいのか微妙だが、ソールの様なのんびりした神からロキみたいな桜子とは違う意味で腐った神まで、多種多様と言っていいだろう。


性格が穏やかな者がいるから、残虐な者が目立つ、ということもある。
たとえば光が強ければ強いほど、そこに出来る影は大きくなる。
対照的なものがあるからこそ、それぞれが目立つということに繋がる。


そしてヘルはその残虐な方の神だった。
その出自などの一切が不明だが、普段のヘルは実はそこまで残虐ではない。
寧ろ普段は穏やかな部類に入れてもいいくらいだが、ひとたびスイッチが入るとそれこそ人が変わった様になる、という二重もしくは多重人格的な部分の目立つ神。


しかし、当時のヘルはオーディンに懐いていた様な側面を持っていた。
見た目には愛らしく、黙っていれば美少女とも言える見た目もあって、オーディンもヘルがヴァルハラに来た時にはヘルを可愛がっていた。
そしてそんな風にして可愛がられる自分自身を、ヘルも楽しんでいた様だった。


しかし、ヘルが来る様になってからそこまでの間を置かず、ラグナロクは起きた。
魔獣どもとの大規模な戦争になったが、当時のヘルは当然神界側として戦列に加わって、大いに貢献してくれていた。
そしてオーディンもその報せを喜んでいた。


オーディンを喜ばせたくて、必死で戦うヘルはオーディンに恋をしていた、というよりは父親への愛情の様なものを向けていたのではないかと思う。
父親が喜ぶから、率先して魔獣を倒す、というそんな感じの印象。
オーディンからしてみても、それで不利益を被るわけでもなく他の神の負担が減る結果になるのだから、と楽観していた。


ところが、ラグナロクが終わってみるとあれだけ奮戦していたヘルの姿は、何処にも見当たらなかった。
代わりにあったのは、うなだれる様にして黄昏ているオーディンの姿。
何かを知っているには違いないのだが、聞かないでやってほしい、とフリッグに言われて私は追及することはしなかった。


「つまり、原因についてはわからない、ってことなんだよな?」
「まぁ、そうなんだけど……冥界のゲートをどっかのバカが閉め忘れて、その隙を狙われた様だから冥界にいたって言うのは多分間違いない。何で冥界にいたのか、って疑問は残るんだけどね」
「話に聞く限りだと、ヘルは女神なのか?人間の常識に照らし合わせると縁起の悪い名前な気がしなくもないけど。暗黒の神なんだっけ?」
「うん、あいつの使う神力は普通の神と違って、真っ黒なんだよ。属性的にも闇で間違いないだろうし、合ってる名前だとは思うんだけどね」


ふむ、と唸って大輝は顔を顰める。
出た、大輝のフェミニスト。
女を殴るなんて、攻撃するなんてとんでもない、という考えがこんな生死のかかった状況であっても健在とは……。


ある意味で尊敬できる部分だが、この調子だとヘルに直接ぶつかるのは避けてもらうのが賢明か。


「まぁ、考えてることはわかるよ。ヘルと、戦いたくないんだよね?」
「……まぁ、気は進まないな。けど、やらないと神界が……」
「そうだね。だから大輝、戦う意志があるんだったらまずは、ソールの元に向かってほしい」
「母さんの?何でだ?」
「大輝の力の底上げが出来る何かを、ソールなら授けてくれる気がする。大輝の力を信じてないわけじゃないけど、出来ることはしてから挑む方がいいでしょ。こんな時だし、断ったりはしないと思うんだ」


私の言葉に再び考え込んで、大輝は軽く頷く。


「そうだな、いくら母さんの力を受け継いでるって言っても不十分じゃ意味ないし、足引っ張りたくないから。言う通りにするよ。だけど、お前絶対無理するなよ?」
「大丈夫、あいつにタイマン挑もうなんて、私も考えてないから。まずは各地の騒動を鎮めに行くことからかな」


こうして私と大輝は、別々に行動することになった。
二人でいるのに別々の行動なんて初めてだけど、そんなこと言ってる場合じゃない。
私は大輝が飛び立つのを見届けて、まずは一番近くの戦場へと向かうことにした。


木々に囲まれた緑多き場所で何だか見覚えのある、懐かしい闘気が様々な方向に飛んでいるのが見える。
何事かともう少し進んでみると、一人の女神を魔獣が取り囲んでいた。
冥界に行った時とは異なり幸いにもロキの顔をしたのは一匹もいないが、以前見た魔獣との違いが見出せないことから、おそらく同種のものと推測されるものがその闘気に刻まれて息絶えていく。


「まさかとは思ったけど……スクルドか。久しぶりだね」
「スルーズ!良いところに来てくれました!」


私と同期の戦女神、スクルド。
ピンクの長い髪は、人間界の現代社会においてはイタいコスプレ女にしか見えないかもしれない。
かのラグナロクでは背中を守り合ったという経緯もあるが、今はどうも状況が違う様だ。


「トールが今は抑えてくれていますが、キリがありません!彼の加勢をしてやってもらえませんか!!私なら一人で何とかなりますので!!」
「あ、ああ」


相変わらず喋り方が暑苦しい。
昼夜を問わず場所も選ばず、スクルドはこんな喋り方をする。
暑苦しいから、戦闘が絡まない時は極力近寄らない様にしているのだが、厄介なのに見つかった気がする。


とは言えたった今言われたことを無視も出来ないので、言われた通りトールが戦っているらしい場所へと向かう。
そして向かった直後、背後で光が飛んだ。


「相変わらず滅茶苦茶な戦い方するなぁ、あいつ……」


闘気剣を得意とするスクルドは、オーディンから直々に授けられた剣の刃に闘気を纏わせ、それを飛ばしたり剣の能力を底上げしたりして戦う。
今飛んだのは、遠距離技の方の闘気だ。
それも一個や二個でなく、闘気が溜まった端からどんどん飛ばして魔獣を蹴散らしている。


あれならまぁ、加勢する必要はないか。
というわけで気を取り直してトールがいる場所へと急ぐ。
まぁトールはトールで戦神なんて言われてたくらいだし、あいつの真骨頂は一対多数の戦いにあるから、実を言うとそこまで心配はしてない。


だけどあいつ、持久力ないからな……。
やっぱり助けてやろう。
そう思った時、巨大な稲妻とつむじ風が辺りを包んだ。


「あいつ、敵が多いからってはしゃぎすぎだから……」


トールの昔からの悪い癖だ。
大抵はその隙を突かれてジリ貧になったりするんだから。
何度も注意は促してきてるのに、全く以て聞く耳を持たないので、私もいつからか注意するのが馬鹿らしくなってやめたという経緯がある。


「くそ、本当にキリがないな……」


いたいた。
肩で息をしながら、トールは雷槌ミョルニルを振り回している。


「よう、相変わらずな戦い方してんだね」
「スルーズか、久しぶりじゃないか!」


そう言いながらまたミョルニルを振り回すと、辺りに巨大な雷が降り注いで辺りの魔獣が黒焦げになって行く。
いつ見ても豪快な戦い方だ。


「お疲れの様だし、手を貸してやるよ。どっかのバカの尻ぬぐいとか、本当はめんどくさいんだけどな」
「最近ずっと平和ではあったからな。体も鈍ってるし、丁度いいだろ。ほら、そっち来てるぞ!」
「わかってる……よっと!!」


迫る魔獣の首に蹴りを叩きこんで、その首をへし折る。
そして間抜けにも口を開けて飛び掛かってくる魔獣の口に、爆発する性質の神力をぶち込んで体内から破裂させる、等々十分ほど戦っていくと、漸く魔獣はその姿を消した。


「相変わらず力押しの戦い方だな、スルーズ」
「お前に言われたくないっての。あんな力の無駄遣いして、バカなの?」
「男なら豪快に一撃で沈めるもんだ!お前みたいにな!!」
「ぶっ殺すぞこの野郎、私は女だ。……とまぁ、片付いたみたいだから私は他行くけど、お前も回復したら他助けてやれよな」
「ああ、お前も気をつけろ。ちなみにヘルはオーディン様が相手をしているらしい」
「……マジ?」


これはどうもよくない予感がする。
そもそも大将のくせに何戦場に出てきてんだ、あのジジイ……。
声明まであったなら、バルドル辺りに任せて引っ込んでればいいのに。


とは言っても各地の戦力の偏りが私としては気になるから、やはり各地の鎮圧が先決だろう。
嫌な予感を覚えながら、私は次の戦場までを駆けて行った。




あの辺りは、リンゴ園……ってことは今戦ってるのは……。


「フリッグ、下がってて!!」
「だけど……」


リンゴ園の管理人であるイズンが、二人を庇いながら魔獣と戦っている。
お茶していたところを襲撃されたのか、茶器や菓子と言ったものがそこらに散らばっていた。
下がれと言われてオーディンの妻であるフリッグは迷っているが、負傷者を一人抱えていて、とても戦えそうには見えない。


「ブーリがやられるのはまずいから!私なら大丈夫だから、エイル探して診てもらってよ!!」


今イズンは何て言った?
何でこんなとこでブーリが?
原初の神と言われているブーリ。


そのブーリは、あらゆる箇所から血を流して息を荒くしている。
非常時だから彼も戦闘に加わったということだろうか。
元々戦闘タイプではないと聞いているが、彼の真価は戦闘力そのものよりも想像力の高さにあると言えるだろう。


あらゆる神力の使い道や、新たな神の創造等多くの功績を残しているブーリは、こんなところで倒れていい神ではない。
そういう意味ではイズンが言っていた通りなのだが、フリッグに行かせるというのはいささか無理がある気がする。
何しろフリッグは体が小さく、見た目に反して怪力、とかそういう裏設定もない。


そうなると、二十センチ以上体格差のあるブーリを抱えてフリッグが逃げるのはいささか無理があるということになる。
簡単に言えば、置いて逃げるという選択肢がない以上は的にされる懸念が大きい。
となれば、取れる方法は一つしかないじゃないか。


「イズン、ここはリリーフしてやるからフリッグと一緒に行け」


次々襲い来る魔獣を薙ぎ倒しながら、悠然と現れる私。
うん、決まったと思う。


「スルーズ!?来てくれたんだ!?」
「ああ、片っ端からやっつけて回ってるんだよ。いいから早く行け。ブーリの傷、浅くはないみたいだし」


事情を聞きたいところではあるが、正直それどころじゃなさそうだ。
そして私も、目の前に集中しておかないと、後が閊えてるんだから。


「ありがとう!今度お礼するから!」


そう言ってイズンは、フリッグとブーリを右と左それぞれの手に抱えて走って行った。
あいつもあいつで滅茶苦茶だな……。


「さぁ、ここからの相手は私だ。心して来いよ、獣ども」
「愚かな……偉大なるヘル様に牙を剥くか」


言葉なんか当然通じるとは思っていなかった魔獣がその口を開いて、低い声で話すものだからさすがの私も面食らってしまう。


「……え、喋れるの?きも……」


見た目にはさっき薙ぎ払ってきたのと変わらない様に見えるんだけど、それは私に頓着がないだけで、実際にはコミュニケーションが取れるリーダー格のとかもいるんだろうか。
私の言葉をちゃんと理解してるやつがいたりするってことは、ある程度統率が取れてるってことかもしれない。
まぁ、どっちにしても先ほど同様に力で薙ぎ払うだけなんだけど。


「お前らの頭がヘルだってことなんかとっくにわかってるっての。後で締め上げに行ってやるからその首洗って待ってろって言っとけ。んで、今すぐお前らも覚悟決めろよ!!」


気合いと共に飛び出し、次々魔獣を薙ぎ払う。
まとめて薙ぎ払っていくと、何となく気分がいい。
ちょっとだけトールの気持ちが理解できる気がした。


それにしても、大輝はちゃんとソールのところへ行けたのだろうか。

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