やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第86話

「おい、見ろよ……あそこ、同じ顔が二つ並んでるぜ……」
「身長差あるけど、双子かな」


等々周りから声が聞こえ、俺は一つ失念していたことを思い出した。
そう、俺と母の顔は全くと言っていいほどに同じ造りをしている。
違うのはその性別と身長、スタイルくらいで顔に関してはコピーか、というくらいそっくりだということを、俺は忘れていた。


「ふふ、さすが私の息子。褒められていますね」
「いや、あれは褒めてるんじゃないと思うんだけど……」
「それにしても大輝の男の子の姿を見るのは、赤ん坊の頃以来ですね」
「ああ、そういえばそうだっけ」


人間界に降り立ってすぐに人間に戻った俺は、もちろん体は男だし、女神である時よりも身長だって高い。
それでも母の方が身長あるんだけど。
そして周りのひそひそ話を聞く限り、俺たちはやはり親子には見えない様だ。


……そりゃそうだよな。


「ところで今日は、どの様なところへ連れて行ってくれるのですか?正直な話、私は大輝が案内してくれるというのが楽しみで楽しみで……」
「…………」


何か期待値高いな……。
連れてきたの地元だし、そこまで期待されても大したとこ案内できる自信なんかないぞ……。


「あと、大輝の男の子として成長したところが見たいので、何処か見られるところに案内してもらえますか?」
「それはちょっと……」
「何故です?母に、成長の証を見せてはもらえないと?」
「いや、そういうんじゃないけど……具体的にどの部分のことを言ってるの?」


正直嫌な予感しかしない。
大体俺の成長が見られる場所って何だよ。
何を以てして成長と呼ぶつもりなんだろうか。


「もちろん、男性であるあか……」
「はい、よーくわかったよ、言いたいこと。うん、それは無理だ」
「そんな!あの雌どもには散々見せているのにですか!?」


今まで見たこともない様な憤怒の表情で、母は俺に詰め寄る。
いや、そんなもんこんなとこで見たがるのやめてもらっていいですか……マジ切れ案件じゃないでしょ、どう考えても。
母があんまりにも喚くものだから、どんどん人目が集中してくるのがわかる。


これは和歌さんとの初デートの時と同種の嫌な予感……。


「あそこ、痴話喧嘩してない?」
「しっ!見ちゃダメだって……よく見ろよ、同じ顔してんだろ?あれきっと双子だぜ。ってことは兄妹で……」


うん……和歌さんの時より数倍ひどい。
相手方が喚いたり叫んだりっていうのは、あの時と変わらないんだけど……主に俺たちが言われている内容がひどい。


「お、落ち着いてよ母さん……そんな短絡的なものじゃなくても、成長の証なんてものは多分色々なところで見られるものなんだと思うから」
「……これが息子の反抗期なのですね。母には見せられないと、そういう……」
「…………」


子どもかよ……。
とにかくここは人目がありすぎる。
早々に離れなければ、と思ったのに今日の俺はいつもよりも輪をかけて運が悪いと見える。


「おお、そこの綺麗なお姉さん!暇ならお茶しない?」
「おひょー!美女二人とか、俺たちツイてるな!」
「…………」


見るからに軽薄そうで、しかも一昔前のやり口でのナンパ……ていうか二人って、俺も女だと思われてるの?
それはともかく相手は二人だった。
母は聞こえていないのか、俯いてぶつぶつ言っている。


これはこれで怖いのだが、俺にはもう一つ恐れることがあった。
それはもちろん母で、ただちにこの男二人の命の危険がある。
なので、とりあえず俺も聞こえないふりでもしてやり過ごそうかな、と思ったのだが……。


「無視しないでよぉ!奢っちゃうからさ!」


そう言って男の一人が母の肩を掴んだ。
ああ、この野郎!と思うのと同時に、こいつタイミング悪すぎんだろ、という思いが浮かんで、どうするかと考えた一瞬で母はその般若の様な顔を男に向けた。


「……今、私は虫の居所が悪いのです。早々に立ち去って頂けますか」
「え……?」


ぎょっとした様な顔で二人の男は母を見る。
ああ、これは確実にやばい流れだ……。


「あ、こ、この通りあんまり調子よくないみたいだから、今の内に引き上げてもらった方が……」


あくまで平和的に、俺は解決をしようとした。
しかしどうも、神界の住民というのは騒ぎを起こさずにいられない様だ。


「面倒ですね、消し炭になっておしまいなさい」
「ちょ、母さん!!」
「え……?」


呆気に取られている男二人の目の前から、ひとまず母を抱えて俺は走り去った。
そのままとりあえず、人通りの多かった先ほどの駅前から二つ路地を入って、母を下ろして一息つく。


「あ、危なかった……」
「何故止めたのです?あの様な無礼な輩は……」
「ダメだって……母さんが怒って力を振るったら、あんな連中簡単に死んじゃうんだから……」
「…………」


ふぐみたいに膨れた顔をする母だが、こんな顔何処で覚えてきたのだろうか。
本当、子どもみたいな人だ。


「それに、原因は俺だろ?悪かったよ。今度風呂で背中でも流すからさ、それで許してくれない?」


お母さんと一緒に風呂、なんて年齢でないことは重々承知している。
しかし、それ以外に考えられることが俺にはなかった。
うん、あとであいつらに説明は……黙ってればわからないよな、きっと。


「それは本当ですか、大輝」
「え?」
「男に二言はない。そうですね?絶対ですよ?」
「あ、ああ……」


何だこの物凄い食いつきっぷり……。
そんなに息子の息子の成長とか気になるものなのだろうか。
孫でいいなら、いつか見せてやるのに……。


何はともあれすっかりと機嫌を良くした母は、いつものニコニコ顔に戻って俺と腕を組み始める。
仲の良い親子ってこういうものなんだろうか。
別に嫌悪感とかあるわけじゃないから、俺としては別に構わないけども。




「これは、何でしょう?」
「ああ、それね。さっき食べたチョコレートをアレンジした食べ物。美味しいよ?」


とにかく外は暑いし、俺も走って喉が渇いたということもあって俺たちは近くの喫茶店に入った。
もちろんメニューを見ても母はわからないだろうから、ということでオレンジジュースとチョコレートパフェを母に、俺はアイスコーヒーを注文した。
手づかみで食べようとしていたので、スプーンを握らせるとああ、なるほどなんて言っていたからさすがに食器の扱いはわかるものだと思っていた。


「かひゃいれふね……」
「……それ、食べ物じゃないからね?それ、食器。それでその器の中のもん掬って食べるの」
「ああ、そういうことでしたか」


良く見ると、スプーンに歯型がついている。
本気でスプーンごと食べようとしたのか……。
パフェを食べて顔を輝かせた母は、ジュースを口にしてまたもはっとした顔をする。


「これは、果実の汁ですか?」
「ああ、うん……ジュースって言うんだけどまぁ合ってるよ」


汁……現代社会においては、あんまりいい意味で使われないことの方が多い言葉だと俺は思う。
もちろん母はそんなこと微塵も考えてはいないんだろうし、この人の前にいると何となく俺が物凄く汚れた人間な気がしてくる。




その後喫茶店の外に出て、この暑いのにタコ焼きの見た目と匂いに目を奪われた母は一歩もそこから動かなくなってしまい、仕方なく一人分買って食べ方を教えたのにも関わらずあっふ!!とか言いながら目を丸くしたりと、母は母なりに人間界を満喫した様だった。
それにしても太陽の神でも熱いものはやっぱ熱いのか。


まぁ、俺も猫舌だしな。


「ちょっと涼しいとこ、行く?」
「涼しいところですか?」


時刻は夕方の六時前。
まだ外は明るく、やっぱり暑い。
そして先ほどの連中もさすがにいないんじゃないか、ということで俺たちは駅ビルに入ることにした。


やっぱりせっかく人間界にきたのだから、思い出みたいなものを俺としてもプレゼントしてやりたい。
そう考えて、俺は母を連れて若者向けのジュエリーショップにやってきた。
大人向けってなると重たいし、何よりお高いんでしょう……?ってなっちゃうから。


「何だかキラキラしていますね。これも、全部食べ物なのですか?」
「いいえ、違います。……これはあれだよ、えーと……ジュエリーって言うんだけど。首飾りとか指輪とか売ってるだろ?」
「大輝、まさかあなたはこの母と婚姻を……」


何故そうなる……いや、女連れてこういうとこくるとそういう考え持っちゃうものなの?
ていうかこの人、息子好き過ぎだろ……。


「いやいやいやいや、さすがにその考えは危険だから。そうじゃないけど、でも息子からプレゼントしたいなって」
「……プレゼント……贈り物、でしたか。いいのですか?」
「俺がそうしたいんだって。ちょっと選ぼうか」


そう言って、母にどれが良いかと見てもらう。
店員さんも同じ顔をした二人がジュエリーを選んでいるのを見て、不思議そうな顔をしていた。
やっぱり親子には見えないんだろうな。


「大輝、これなどどうでしょう?」
「いいのあった?」


母が指さした可愛らしいデザインのネックレス。
値段としてもそこまで高いものではないが、デザインはもしかしたら若者受けするものかもしれない。
いかつい感じのとか選ばれたらどうしよう、なんて考えていたがどうやらその辺は一応女の感性を持っている様だ。


「もしよろしければ、試着されますか?」


複雑そうな顔をした女性の店員さんの勧めもあって、母に試しに着けてみてもらうことにした。
イケないことをしている兄妹とか思われてるんだろうな、きっと……。
それはさておいて個人的には似合ってると思うし、ネックレスなら着けててそこまで邪魔にもならないだろう。


「どうですか?似合いますか?」
「気に入ったなら、それ買うよ。どうする?」
「しかし、お金は大丈夫なのですか?先ほどもタコ焼きなるものをご馳走になりましたが」
「ああ、今日そんなにお金使ってないからね。気にしなくて大丈夫」
「そうでしたか……大輝はちゃんと、自分の力でお金を稼いでいるのですね。援助交際でしたか、そういうものを?」


母がそう言うと、店員さんが目を丸くして俺を見る。
予想もしなかった一言だ。


「い、いやしてませんからね!?ただのコンビニのバイトなんで!とりあえずこれください!!」
「あ、は、はぁ……こ、こちらへどうぞ」


目を泳がせながら店員さんにレジへ案内され、俺は和歌さんとのデートをまたも思い出す。
本当、誰があんな単語吹き込みやがった……。
あとで犯人見つけて説教だな、マジで。


「ご兄妹ですか?そっくりですね」


レジでの会計の傍ら、店員さんが世間話をしようと話しかけてくる。
その言葉を受けて母は、ふふ、と笑いこう返した。


「いいえ、親子です。私が母なんですよ」


案の定、店にいた人間のほとんどが目を丸くする。
まぁ、そうなるわな……わかってて俺も止めなかったんだけど。
だって恥ずかしいし、とっとと会計して店出たかったから。




「ふふ、大輝からのプレゼント……」


駅ビルを出ると外が漸く暗さを見せ始めている。
暑さも少しだけ収まってきている様で、仕事帰りのOLやサラリーマンなんかの姿も多くなってきた。


「名残惜しくはありますが、そろそろ帰りましょうか」


さっきまでウキウキ顔で首にかけたネックレスを弄っていた母が、寂しそうに呟く。
本当、この人息子大好きだな。
大体来週また行くんだから、そんな顔されると何だか俺が母に悪いことしてるみたいな気分になってくる。


「母さん。また来週行くから、そんな顔しないでよ。その時はほら、向こうで背中でも流すから」


決して疚しい気持ちで言ってるわけじゃない。
あくまで善意。
息子としての親孝行と、昼間にうっかりとしてしまった約束を早々に果たそうという、それだけのことだ。


絶対にあいつらには言えないけど。


「ふふ、わかりました。頂いたお菓子、食べてしまってもよろしいのですか?」
「もちろんだよ。あ、ちゃんと外の包み開けて食べるんだからね?ゴミはまぁ……置いといてくれたら今度持って帰るけど」
「その様な心配は無用ですよ。さぁ大輝、私は一人で帰れますから。あなたもあなたを待つ人たちの元へ」


母はそう言って、俺の額に唇を寄せる。
咄嗟のことに対応できなかったが、やっぱりこの人は息子が大好きな様だ。
そして気づいたら母の姿はもう消えていた。


それにしても俺を待つ人たち、か。
結局あいつらのことは何だかんだ認めてる、ってことでいいのかな。


「……全く。さ、俺も帰るかな」


母のいなくなった空間に向かって一人呟いて、俺は睦月のマンションへ向かう為に駅へ入って行く。
今日母には土産を沢山渡せたが、俺もあいつらにそれなり楽しい土産話が出来たかもしれない。
もちろん、一部伏せるべきところはあるけどな。

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