やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第85話

「やぁ、きたよ母さん」


今日は、週一回の恒例行事とも言える母親との約束の日だ。
俺は一人で母の住む神界へと来ているのだが、何故一人なのかと言うと、睦月も含めて母が苦手だから、ということらしい。
初対面の時には確かに割と辛辣なことを言われていたし、気持ちとしては理解できなくはないかもしれない。


「まぁまぁ、ようこそ大輝。この一週間を、私は一日千秋の思いで待っていましたよ」
「大げさだよ……俺、死んだりすることはもうないみたいだし、こうして毎週ちゃんと来られるんだから」


照れもあってこうは言ったが、こんな風に言ってもらえるのは嬉しいし、俺としてはいるはずがないと思っていた母に週一回でも甘えていいのだという現実は嬉しかった。
そして睦月たちもそんな俺の心境を理解してくれているのか、水入らずで楽しんでこい、なんて言って送り出してくれた。


「ほら、これが前に言ってた人間界のお菓子。色々な種類のもの買ってきたよ」
「まぁ……この母に土産など、本当に立派に育って……」
「うわ……ちょっと、苦しいって母さん」


コンビニで目についたものをとりあえず買っただけなのだが、ビニール袋に入った菓子を渡すと母は思い切り俺を抱きしめてきた。
母の身長は俺よりも高い。
自慢でもあるらしい豊満な体つきをしてはいるので、その胸に顔が埋まって呼吸が止まるかと思った。


というかノルンさん以外みんな、今のところ俺が会った神はそれなりに身長ある様な。
羨ましいことだ。


「あら、ごめんなさい。しかし、ママのおっぱいというものが恋しくはありませんか?母乳は出ませんが、もしよければ吸うくらいなら」


そう言って母がいきなり諸肌脱ぎになろうとしたので、俺は慌てて止める。


「いや待って!俺はもうそういう年齢じゃないから!ちゃんと食事もできるし!大体そんなことしたなんてみんなにバレたら……」
「みんな……ああ、あの雌どもですね」
「…………」


おおっと猫ですらなくなったぞ……いや、猫でなくなって一応人間として意識はした、ってことなんだろうか。
きっとそうだ、そうだと思うことにしておこう。


「私の可愛い大輝にあんなことやこんなことを……」


ゴゴゴ……と擬音が聞こえそうな感じでオーラを出し始め、大気が震えるのを感じた。


「お、落ち着いて!ほら、今日は二人で親子水入らずだから!」
「それもそうですね。それで……この菓子はどれが美味しいのですか?」
「どれ……うーん」


そもそも味の好みがあの時の会話でわかる訳もなく、ひとまず俺の好みで片っ端から買ってきたにすぎないのだから、俺からしたらどれも美味しいに決まっているのだが。
なのでまず馴染みのなさそうな板チョコを手渡してみることにした。


「なるほどちょこれいと、ですか。何だかいい匂いがしますね」


文明開化前の侍とかにお菓子渡すとこんな感じなんだろうか。
確かにチョコは未開封の状態でも、その甘い香りが食欲を誘ったりする。
バイトの後半に差し掛かった時なんかにあの匂いが来ると、空腹も相まってたまらない思いになったりすることもあったと思い出した。


「……ちょ、ちょっと!?」
「どうしました?」


何と母はパッケージを開けずに、そのままパッケージごと丸かじりしている。
そうか、こういう包装されたものを開けて食べるとか、そういう風習はないんだな……。


「ごめん母さん、俺が悪かったよ。これはこうしてこう……こうやって食べるんだ」
「ああ、そうなのですね。道理で何だか口の中がシャリシャリすると思いました」
「…………」


パッケージを剥がして銀紙を取り除き、中身を食べるだと教えると、そういう果実もありますね、なんて言いながらチョコを頬張る。


「……こ、これは!」
「どう?」
「こんなにも美味しいものが……人間界には溢れているのですか?」


どうやら気に入った様だ。
瞬く間にチョコは母の胃の中に消えていき、母の目がもっと、と言っている様に見えた。


「まぁ、溢れているというか……当たり前に売ってるかな」
「まぁ、それは……何と羨ましい」
「母さん、人間界に興味あるの?」
「実は以前一度だけ行ったことがあるのですが……この髪の色とこの美貌がが珍しかったのか、瞬く間に男性に囲まれて次々に求愛されまして」
「…………」


いつのことなのかはわからないが、何となくその様子はすぐに想像できた。
確かに美人で、見た目は二十代。
スタイルだっていい。


そして現代においてもまず見かけないであろう恰好をしている女性ときたら、目立つに決まっている。
魅了される男がいるのも何となくは納得できた。


「人間界はおそろしいところだと思いました。思わず恐怖を感じて、その男性たちを黒焦げにしたら騒ぎになってしまって……」
「……マジか」


やることなすこと、本当に俺の想像を超えてくれる母だ。
殺したわけではなかった様だが、そのまま母は神界へと逃げ帰ったそうだ。


「ですので、私一人で行くのは少し、勇気のいる行動なのです」
「そ、そうなんだ……」
「ですが、あの頃からかなりの時間経っていますし、もし大輝が一緒に行ってくれるということであれば、この母も勇気を振り絞ることができるかもしれません」


かなりって一体どんだけの年数なんだろう。
まぁ、聞かない方がいいよな。
そして母は暗に興味あるから、俺に案内しろと言っている。


実は菓子以外に、睦月から持たされたものがある。
それは人間の女性が普段着る様な洋服だった。


『必要になるかもしれないから、持って行って』
『ん?俺に着ろとか言うんじゃないだろうな……』
『それも面白いけど……まぁ行けば多分わかるよ』


そんなことを言って、睦月は俺にその服が入った袋を押し付けてきた。
なるほど、そういうことか。


「じゃあ母さん……実は人間界で悪目立ちしない様に、持ってきたものがあるんだ。これに着替えようか」


そう言って睦月から渡された服を手渡すと、母の顔が少し険しいものになった。


「……スルーズの匂いがしますね」
「…………」


匂いでわかるもんなの?
というかあっちだと一応人間の体のはずだから、匂いとかちょっと違う気がするのは俺だけ?


「その、用意してくれたのは確かにあいつなんだけどね。多分母さんに似合うと思う」
「……そうですか、では」


そう言って母はその場で全裸になって、その服を手にした。


「ちょっと!着替えるならそう言ってくれよ!」
「あら、良いではありませんか。親子なのですから、その様に遠慮をすることはないのですよ?」
「良くない!外出てるから、終わったら教えてくれよ」


努めて母の方を見ない様にしながら、俺は小屋の外に出た。
本当、神ってやつの考え方は元々人間だった俺には理解しがたいことばっかりだ。




「おお、似合う!綺麗だよ母さん」
「本当ですか?魅力的ですか?女として綺麗だと思いますか?」
「…………」


何でこう、ぐいぐい来るんだろう。
女として、って答えにくすぎる。
いや、正直母です、と知らされていなかったら間違いなく綺麗な人だな、とか言いながら見とれていた自信はあるんだが。


母の手を取って、とりあえず人間界にワープするべく意識を集中する。
さっきの強烈な抱擁以外で母に触れるのは、そういえば初めてかもしれない。
母の手は、太陽の神という名の通り確かに普通の人よりも温かく感じた。




「以前見た景色とは、随分違いますね」
「…………」


睦月の用意した服に着替えて羽を隠した状態の母は、珍しいものだらけであろう街並みを興味深そうに見ていた。
ってことはやっぱり、文明開化以前とか戦前とか、そういう頃にきたのだろう。
ということは母が来た頃に比べたら、相当騒がしくなっていることだろうと思われる。


「あ、ひとまず神とかそういうのは隠す方向で。騒ぎになるって言うより、頭のおかしいやつだと思われることもあるから」
「あら、何故でしょう?今の人間界において神というのは存在しないものとして扱われているのですか?」
「あー……実際見たことないって人の方が大半だからね。……あ、それに母さん綺麗だから誰かに母さん取られちゃったら俺、悲しいな!」


我ながら物凄くいいことを思いついたと思う。
母はきっと、こう言えば俺の言う通りにしてくれるだろう。


「そうでしたか、大輝はそんなにもこの母を……わかりました、今日は大輝に全て任せましょう」


どう見ても親子には見えない親子の、人間界の日帰り旅行。
俺に任せると言ってくれている母だが、どうにも連れて歩いたら波乱の予感しかしないのは、何でだろう。
どうか無事に神界に連れて帰れます様に……。

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