やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第76話

あの後オーディンが連絡を取ってくれて、私たちは大輝の母であるソールに会いに行くことになった。
ちなみにオーディン曰く、ソールは大輝の気配を敏感に感じ取って今か今かと待っていた、とのことだった。
そういえば、大輝とソールって……。


いや、まだこれはいいか。
とにかく私たちはソールの元へとオーディンに飛ばしてもらい、ソールの待つ小屋のすぐ目の前へと転移することが出来た。


「すごい景色ね……人間界にも綺麗な場所って沢山あるとは聞いているけど、この景色はなかなか見られるものじゃないわ」
「携帯持ってくればよかったな……写真に収めておきたい」


等々みんなからは大評判の、小高い丘の上にポツンと存在するソールの家……小屋か。
神界の半分くらいを一望出来る様な高い場所にあるソールの家だが、この条件はソールからしても都合がいいとか何とか言っていたのを思い出した。
何でも太陽から近いから、力が何倍にもなるんだとか。


この神界で過ごすのに、そんなにポンポン力を行使しないといけない様な事態とかあるんだろうか。
そして大輝は、小屋の前で熊みたいにウロウロしている。


「…………」
「大輝、なんつー顔してんだお前……緊張してんのか?」
「そりゃ、まぁ……俺は実感ないけど、向こうは何万年って時間を待っていたなんて話だし……」
「どんだけ時間が経っていようと、お母さんはきっと大輝くんに会いたかったんだと思うから。そんなに心配しなくても大丈夫じゃないかなぁ」


みんなに励まされて、大輝は少しずつだが緊張を緩和させていった。
大輝の母で天然でマイペースって情報しか与えられていないから、多分みんなはソールを見たらびっくりすると思う。
一応あのクソの話の中で、生まれてすぐに大輝を手放さなければならなかった悲運の母、みたいなイメージはあるかもしれないけど。


「じゃ、行こうか……」


緊張に目を白黒させながら、大輝が一歩、また一歩と踏み出す。
距離にしたらおよそ五メートル程度なのに、三十秒くらいかけてその距離を歩いている。


「ドアとかないんだな……」


そう言って大輝は壁を拳で軽くノックする。
心なしかみんなも緊張の面持ちで大輝を見つめている様だった。


「待っていましたよ」


中からぬっと出てきた橙色の髪の女性を見て、一同が目を丸くする。
そんなみんなを見て、ソールは何故みんなが目を丸くしているのかが理解できず、ニコニコしながらも戸惑いの表情を浮かべていた。
大輝ですら驚いて見ているソール。


「……古代にもクローン技術ってあったのかしら……」
「そっくりってレベルじゃねぇぞ……まんま生き写しじゃねぇか……」
「髪伸ばして色変えたら判別つかないぞ、これは……」


そう、顔はほとんど寸分の狂いもなく、そっくり。
何で私は大輝と出会った時に気づかなかったのかって?
だって女に興味があんまりなかったのと、大してソールと仲良かったわけじゃないからね。


「漸く、この時が来ましたか。我が息子……人間界では何と呼ばれていましたか?この母に、自己紹介をお願いします」
「あ、え、えと……宇堂大輝、です。今は訳あって女神なんですけど……」
「そうでしたか……私の血を引いていながら男の子として生まれたので、何故なのかと不思議に思っていましたが。では、これからは女の子として生きる覚悟を決めた、ということなのでしょうか」
「は!?いやいや、違いますから!これは変身みたいな感じで……時間が経つと俺、人間の男に戻るみたいなんで……基本は男なんですよ」
「まぁ、それは難儀な……では、せっかくですから女の子として生きていきませんか?」


ソールの突拍子もない発言に、みんながざわつく。
せっかく男に戻れるってことがわかったって言うのに、何で女の子として生きないといけないのか。


「それより、大輝と呼んでもよろしいですか?」


それよりって何だよ、冗談だったのかよ……。
話が二転三転して、早くも和歌さんが脱落しそうな顔をしている。


「あ、ああもちろん……俺は何て呼んだら?母さん、とか?」
「そうですね……大輝、あなたは何歳になりましたか?これまでの封印がなければ、もう何万年も経っていますが封印が解けてからの年齢では見た目通りなのでしょう?」
「えっと、今年……これから十六歳になります。その何万年って、俺生きてたわけじゃないから……数えたらキリがないですよね」


何だかソールのまったりしすぎている雰囲気に、大輝は呑まれ始めている。
それはみんなも感じている様だが、何となく口を挟めないでいる様だ。


「そうですか、ではあなたは十五歳ということですね。そうなると、一般的な人間の子どもは反抗期に入る年齢。そうですね?」
「え、えっと、そうなのかな」
「大輝、あなたの好きな様に呼んでもらって構いません。私は母として、あなたの反抗期もきちんと受け入れる覚悟ですから」
「……はい?」
「聞くところによれば、人間界の子どもというのは反抗期になると親のことをババァだのジジイだのと呼ぶのでしょう?さぁ、どうぞおいババァ、金寄越せよ!とか言ってもらっても私は大丈夫ですから」
「ええぇ……?」


一体何処の誰がこんなクソみたいなことを入れ知恵したのだろうか。
あまりに話がぶっ飛びすぎて、みんな何も言えなくなっている。


「そ、それよりその……母さん。何で俺、こんなに母さんにそっくりなんですか?びっくりするくらいそっくりなんですけど」
「ああ、そんなことですか。あなたの父に当たる人間は、決して造りの整った顔をしてはいませんでした。今はイケメン?と言うのでしたか」
「…………」
「一方私は、とても美人ですよね?」
「……あ、ま、まぁそうかな……うん……」
「私は行く先々でそう言われていましたから、てっきりそうなのだと思っていましたが……思い違いでしたか。ならばこれから私は醜女しこめであると……」
「いや、美人だから!それは間違いないよ、母さん!」
「そうですか、それは安心しました。話を戻しますね。私ほどの美人に顔が似ているとなれば、あなたはきっとモテモテになるだろうと、私は考えました」


あのシリアスな感じの出産劇の裏側で、こんなこと考えてたのかよこいつ……。
ちょっとだけ感動しかけた私の感動を、是非今返して頂きたい気分だ。


「どうですか、あなたは今モテモテですか?」
「え……あー……ど、どうだろう」
「ソール、大輝はモテモテだよ。ご覧の通りね」
「……あなたはスルーズではありませんか。久しぶりですね、いつからそこに?」
「…………」


マジで言ってるのか。
いくら私が消耗してるとは言っても、存在を認識されてなかったの?
それとも母として女は出来るだけ見たくないとかそういうこと?


「ま、まぁそれはいいよ……最初からいたけど。ここにいるのはみんな、大輝の恋人なんだ。私も含めてね」
「ど、どうも……」


簡単に紹介してやると、みんな次々に会釈などし始める。
あまりにもぶっ飛んだ、このソールの意外性に呑まれて自己紹介すら忘れてしまっていた。


「あら……あらあらあら、まぁまぁまぁ……そこの雌猫どもはみんな、大輝のものでしたか」
「ちょ、ちょっと母さん……?」
「メス……」
「ねこ……」


眉一つ動かさず、ニコニコしたままのソールの口から飛び出した発言に、みんな言葉を失う。
もちろん私も含めて。


「そうでしたかそうでしたか、それはそれは……モテモテみたいで、何よりです。私は母として、鼻が高いですよ」
「そ、そう……」
「大輝がお世話になっているみたいですが……これからはこの不肖の息子大輝の為に、みなさん尽くしてあげてくださいね」
「…………」


ソールって、こんなやつだったっけ……。
いや、こんなやつだった様な……何しろ前に会ったのが前すぎて、全然記憶にない。


「それからスルーズ、あなたが大輝の為にとてつもない回数のやり直しというのを行っていたこと、聞いています。あれがなければ大輝は私に会うこともできなかった、という話も。その点は非情に感謝しています。これからも大輝を、お願いできますか?」
「え、あ、ああ……もちろん……」


このセリフだけは何でか物凄く感情が籠って聞こえた。
おそらくは偽らざる本音というやつなのだろう。
母として、ソールは大輝をずっと気にかけていたというのがわかる言葉だった。


「そういえば土産とか何も用意してなかったんだけど、ごめん母さん」
「あら、そんなことを気にかけてくれていたのですね……こんなに心優しい子に育ってくれて、母は嬉しく思います。その気持ちだけで十分ですよ。こうして元気に成長した姿を見せてくれたのですから」
「ほらな?あたしの言った通りだ」


愛美さんがドヤ顔をするが、ソールは見てすらいない。
本当に女は視界に入れたくないらしい。
そして大輝は先ほどまでの気乗りしない様子が嘘の様に、母との邂逅を楽しんでいる様に見える。


「母さん、何か好きな食べ物とかないの?今度来る時は、是非そういうの持ってきたいんだ。人間界の食べ物とか、馴染みないんだよね?」
「食べ物ですか。普段はその辺の草をソテーしたり、たまに洞窟へ赴いて蝙蝠こうもりなどを捕まえて食べていますが……」
「…………」


何だか野生児みたいな生活してるな……。
もちろん小屋で暮らしているだけ、和歌さんの幼少期よりもマシなのかもしれないが……。
しかし大輝の中のイメージはかなりぶっ壊れてしまったのではないだろうか。
現に話を聞いて絶句しているし。


「え、えっと……じゃあその、甘いものとかは?母さんきっと気に入ると思うんだよ」
「甘いものですか……たまにイズンの農園のリンゴを拝借したりしますが、それ以外は基本野草と蝙蝠ですね。ああ、たまに鳥が食べたくなって捕まえることはありますが」
「…………」


何というか人間からしたら凄絶な生活っぷりに大輝を含めてみんな、言葉を失っている。
私としても、人間界の食べ物をたまに差し入れてやろうかな、と思い始めていた。




「何て言うか……すごいカーチャンだったな……」
「想像してたのと随分違うわね……」
「やっぱり神って人間とは大分考え方が違うのかな……」
「雌猫って言われた……私たち、猫扱い……?」


あの後ひとしきり雑談をして、私たちはソールの小屋を後にした。
大輝には定期的に会いたいらしく、最初は三日に一回くらいこっちに来いとか言われていたが、学校等あるから無理、と言うとならば週に一回、これ以上は譲らない、と言われて大輝も渋々了承した。
あと大輝の成長を見たいから様子を覗いてもいいか、などなど無茶なことを言い出したのでさすがに適当にお茶を濁して半分逃げる様な感じで小屋を出てきたのだ。


「ま、まぁそれはいいとして……この後どうするんだ?」
「何よ、私たちが猫扱いされたままでいいって言うの!?」
「違う、そうじゃない……俺がそんな風にお前らを扱ったことなんてないだろ?ありゃ母親としてのヤキモチみたいなもんだから、深く考えたら負けだぞ」
「…………」


朋美が噛みつくも、大輝は以前ほど恐れた様子がない。
女神化して少し自信の様なものがついたということだろうか。
この後か……本音を言うのであればとっとと人間界に戻って休みたい。


あのクソの言うことは気になるし、正直黒渦の件に関してはわからないことばっかりなのが気がかりではあるけど……また今回みたいにみんなで解決は出来るんじゃないかって、もちろん確かなものはないけどそんな予感がする。
女神化した大輝を使って何かするつもりなのか、それとも別の狙いがあるのか……いずれにしてもまずは目の前の残り四つの試練を乗り越えることが先決だろう。
そしてその前にみんな、休息を取る必要がある。


大体、みんなソールのことやら衝撃的なことが多すぎて忘れていたかもしれないが、神力で筋力増加してたりしたから、明日辺り絶対酷い筋肉痛に見舞われるはずだし。
とは言え、もうあと数時間もしたら大輝は男の姿に戻ってしまう。
何となくこの姿も可愛いし、もったいないと思った私は冥界にいた時から我慢していた衝動を解き放つことにした。


「……え?」


大輝の手を取ってそのまま引き寄せてキスをすると、みんなが驚いた様な表情で私と大輝を見る。


「私は別に女の子のままでもいいけどね。でも、続きは人間界に帰ってからってことで。とにかくまずは帰ろう」


ぽかんとした表情のみんなを連れて、私たちは人間界に戻ることにした。
大輝もぽかんとしながらもきちんと手を握り返してくる。
漸く騒動がひと段落したことに安堵して手を握ったまま、みんなで顔を見合わせる。


「じゃ、みんな帰ろうか!」


私と大輝以外は筋肉痛に苛まれるかもしれないけど、それもこれもみんなで頑張った証。
今回のことで、みんなで頑張れば大体のことは解決可能であることもわかった。
誰も欠けることなく帰れる喜びを、私は蚊帳の外で面白おかしく眺めていようじゃないか。

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