やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第75話

「ふむ……事情はわかった。ならソールには連絡をつけておこう。準備が良い様であれば、すぐにでも転送してやるぞ」


ひとまず神界に帰ってきて、私たちは無事に戻れたのだということを喜んでいた。
大輝は神界そのものを見るのは初めてだったらしく、こっちで暮らすのも悪くないな、なんて言っていたが、まずは人間界で高校卒業やらしてもらいたいという話になって、それもそうかと大輝はすぐに考えを改めていた。
そしてヴァルハラの外観については悪趣味な建物だな、と一言でバッサリと切り捨てていて、さすがにそれについてはみんなも笑いを堪えることができなかった様だ。


武器をそれぞれ返却して、オーディンが異常がないことを確認するとノルンがそれをしまう。
そして私たちは話を切り出すことにしたわけだ。


「それにしても、あの薬を置いていった時はどうしようかと思ったぞ。幸い大輝がゲートを作れたから戻ってこられたが、それがなかったらどうするつもりだったんじゃ、全く」
「魔獣の肉食って生活しろ、とか言ってたよな確か……」
「さすがにあんなの食べられる自信ないよ……逞しくはなれそうだけど、性格変わっちゃいそう。それに夏休み終わっちゃう」


私たちが出発した直後、私たちがいた場所の足元にその薬は転がっていたらしい。
一応言っておくと胸元に入れたからって、すり抜けてしまうほど私の胸は貧しくない。
というかかなり豊かな方だと思うし、富士子ちゃんの真似は容易いなんて思っていたんだけど。


「普通に考えたらまぁ、落ちるわよね。その服、ポッケとかついてないのかしら」
「……見ての通りだよ。人間界で流行ってる服みたいに機能的じゃないんだよね」
「まぁ、そんだけ胸があっても、さすがに隙間がありゃそうなるわな。桜子じゃなくてもそうなるのは目に見えた結果だろ」
「愛美さん、ひどくない!?私だって少しはあるもん!!」


一気にヴァルハラが騒がしくなって、オーディンがその様子を苦笑いで見ていたが、その視線はすぐに大輝に移った。


「して……紹介が遅れたが、わしがオーディンじゃ。スルーズが迷惑かけまくっておるじゃろ」
「あ、どうも……こちらこそ睦月……いやスルーズがお世話になっている様で」
「ふん、要介護者なのはそこのチビだけどね。オムツは取れたのか?」
「本当に失礼な小娘じゃの……そんなもん使ったことないわ。それより、大輝は神の力を持った様じゃが……正式に神界への登録を希望するか?」
「あ、ええ……とは言っても俺、女神みたいなんですけど」


そう、大輝はバルドルやヘイムダルの様な男の神ではない。
人間の時は男の子なのに、神になると女の子っていう突然変異種みたいな子になってしまった。


「前例のないことではあるが……ロキのやつ、こうなることを見越しておったのかの。だとしたら大したもんじゃと思うが」
「んなわけあるか。どうせ、単に私たちへの嫌がらせ……」
「おい睦月……」


言いかけたところで軽く大輝に睨まれて、私は言葉を中断する。
嫌がらせとかではなくて純粋に大輝のお願いを叶えてくれたのだということは重々承知しているが、何となくそれをそのまま認めるのは業腹だ。


「……まぁ、大輝の持っていた願望を叶えてくれたわけだけど。見越してたかどうかって言うと、本人に聞いてみないと何とも言えないところだよね」


確かに気になるところではある。
あのロキが名声なんかを口にして、それをほしがっているかの様に振舞っていたということも信じられない。
そもそも、大輝を女神に、というのはどういうことだろう。


何故このタイミングである必要があった?
わからないことだらけだ。


「もしかして、だけど……」


ノルンが躊躇いがちに私に声をかけてくる。
オーディンも含めてみんなの視線もノルンに集中した。


「何か気づいたことでもあるのか?」
「うん……黒渦と関係してるんじゃないかなって」
「!!」
「黒渦?」


大輝は耳慣れない単語に不思議そうな顔をしている。
みんなも私も、まだ大輝に話してないのに、と少々慌てたりしたもんだが、正直な話既に大輝は女神の力という超常的な力を手にしているのだから、話してもそこまでショックを受けたりはすまい、ということで洗いざらい話してしまうことにした。


「……ってことは何か?これを見越して俺にそんなものをロキが付与した、ってことか?」
「逆もあり得るけど……鶏が先か卵が先か、くらいの違いだとは思う」
「何か変だな、とは思ってたんだよなぁ……記憶がない間に色々やったり、意識はあるのに体が勝手に動いたりとかさ」
「ああ、あの子猫ちゃんよね。あれは傑作だったわ」
「そうだな、きんつばのこととかな」
「…………」


私もさわり程度しか聞いてない内容ではあるが、どうやらきんつばは明日香の中で禁止ワードらしい。
物凄い勢いで睨まれて、やり返してやった、と言った様子だった大輝は一瞬で頭を下げた。


「まぁ、何のことかはわからないけど、もしかしたらロキは大輝が女神になるのを見越していたのかもね。その力に耐えうる為の力をつける為に、試練を課した……っていうのが私の考察なんだけど」


なるほど……確かに言われてみれば何の力も持たない人間に神の力を付与したところで、大輝の様に覚醒できる保証はどこにもない。
それどころか、耐えきれなくて死んでしまうというのは過去の歴史が証明していることだ。
つまり、大輝が女神化できるという可能性をロキは予め知っていたか、何らかの方法で知ったということになるのだろう。


「でも、黒渦ってまだあと四つくらい残っていたわよね」
「和歌の時のと明日香の時の、そしてあたしの時ので三つ。ロキは七つあるって言ってたんだろ?」


この騒動ですっかりと忘れていたが、まだ万事解決ということにはならないのだ、ということを改めて突きつけられる。
もちろん、女神化して神力を行使できる様になったことで、今までの様に大輝の意識が乗っ取られてしまうという可能性自体は低くなったかもしれない。
ただし、大輝は通常状態では人間の男で女神の力を行使するに当たっては変身する必要があると言っていた。


訓練を積むことで人間の状態でもある程度の力を使うことは出来る様になる、と聞いてはいるが次の黒渦が現れるのがいつなのか、ということがわからない以上それを頼りにするのは危険だ。


「……帰ったら訓練しないとだな。いつでもある程度の力は使える様にしてもらった方が、何かと役には立つんだろうから」


和歌さんは神妙な面持ちだ。
正直和歌さんに関しては今までの黒渦の被害という点において言えばそこまでの被害はなかったはずだが、あれはあれでトラウマものの出来事だったのだろう。


「訓練って言ってもなぁ……睦月、俺に色々教えてくれるか?」
「え?」


まさか大輝が私をいの一番に頼ってくれるなんて……こんなに嬉しいことはない。
こんな時だというのに、私は胸が躍ってしまう様な感覚を抑えるのに苦労した。


「あ、当たり前じゃん。これからのみんなにも関わることなんだから。それに、乗り越えると力が向上する、みたいなことも言ってたわけだし」
「乗り越えられなかったら爆散することになるけどね」


ノルンが余計なことを口走り、一瞬で大輝の顔色が悪くなっていく。
確かにロキはそんなことを言っていた気がする。
しかし、神の力を持っているのであればある程度のことには対応可能だろう。


ならばできる限りの訓練を積んでもらって、大輝にはあらゆることに対応できる様になってもらうのが望ましい。
……ってことはだ。
ロキの野郎、わざと黒渦を付けた、ってことか。


「まぁ、この段階で女神の力に目覚めさせたってことは、黒渦の試練が今までの比較にならないくらい苛烈なものになる、と考えてもいいかもしれないわね」
「…………」


明日香は明日香で恐ろしいことを思いつくものだ。
きんつばのことをまだ根に持っているのだろうか。
だが、これも可能性としては十分にあり得る話ではある。


単なる冗談として片づけられることではない、と私は思った。


「じゃあ、情報をまとめると……俺にはその試練?の黒渦とやらがついていて、既に三つは解決済み。残り四つあって、その出現タイミングやらは現状不明、ってことでいいのか?」
「大体合ってるね。補足するなら、今までの傾向から言って七つの大罪になぞらえたものになっている可能性が高い。和歌さんが暴食、明日香が多分傲慢、愛美さんが色欲」
「あたしを色欲って決めつけるのはやめてくれよ」
「いや、他に当てはまらないっしょ……」


一言で封殺された愛美さんが、ややむくれた様な顔になって、しかし強く言い返せないのか黙り込んでしまった。


「……まぁ、何にしても今のところうちのメンバー間で起きてることではあるけど……うちのメンバー間だけで済むならある程度気を付けてれば何とかなる気はするけどな」
「そうじゃなかったらまさしくお手上げだね。ぶっつけ本番の行き当たりばったりな対応しかできないんだから」


朋美はまだ被害者でないからか、ある意味で気楽な様だ。
まぁ、私もまだ被害者ではないから、似た様な意見を持っているんだけど。
何にしても、この辺のことはあの野郎にいずれ問いたださないといけないかな。


「まぁ今回は大輝の母でもあるソールに会いに行きたいということじゃったしな。確かにソールに子どもがいた、という話は噂程度で聞いたことがあったが……実際に確認したことはなかったな」
「マジか?なら最初にそれ言えよ。それとも見た目はそんななのに脳みそだけ老人だからボケちまってたか?」
「…………」
「す、すみませんオーディン様……お前、口が悪いぞ……」
「…………」


大輝は割と肩書に弱いのか、こんなちびっ子相手にヘコヘコしている。
まぁ神界の神に登録されるのであれば事実上の上司に当たるわけだから、大輝の態度はある意味で正しいんだけどね。


「で、話を戻すが……ソールについてはどんな神か知っておるじゃろ。大輝や他の人間は知らんかもしれんが……あれとの会話は大変かもしれんな」


そんな、要介護者みたいな言い方してやるなよ、目の前に息子いるのに。
大体要介護者は自分の方だろうに。


「大変って言うのは、どういうことなんでしょう?人間の言葉が通じないとかですか?」
「いや、それはない。現に大輝、お前はわしらとも普通に会話できておるんじゃから。そこはソールだって同じじゃよ」
「ふむ……」
「ソールは大輝が思ってる様な、普通の女じゃないよ」
「……へ?」
「ソールは何て言うか……マイペースと天然を絵に描いた様なやつだから……」
「ま、マイペースで天然って……」


まぁ、それだけ聞くと相当めんどくさい女、というのをイメージするかもしれない。
というか確かにめんどくさいと思う。
何て言うか、話が二転三転するのなんか当たり前だし、自分で言ったことやしたことを速攻で忘れたりするんだから。


更に言えば、本人に全く悪気がないから始末に負えない。
大輝の父親もまた、変なのを奥さんに選んだものだと感心する。


「まぁ、どういう神なのかはともかく、やっぱり何か怖いな……マイペースで天然って聞くと、余計に……」


あれだけ言っても大輝の覚悟は決まらない様だ。
一方みんなは大輝の母に興味津々で、これからどんな展開になるのか想像もしてないんだろう。


「太陽の神か……大らかな人ってイメージだね」
「そうね、温かいイメージだわ。私の母とは正反対なイメージよ」
「お嬢、さすがにそれは……姐さんもあれでちゃんとお嬢のことを考えておいでなので……」
「まぁ、あたしの母とは全く違うんだろうな、って言うのは想像できるけど」
「私のお母さんは普通に文句ない人だからなぁ……そういえば大輝、お母さんにも鼻の下伸ばしてお父さんにキレられてたよね」
「よくそんなの覚えてるな……今の今まで俺は忘れてたのに……でも今更本当の母親なぁ……。俺の中ではある意味で姫沢家の両親の方が親っぽいんだけど」


大輝はまだ少し渋っている様だ。
姫沢家の両親をそんな風に思ってくれていたというのは、私としても少し嬉しい。
しかし、それぞれの親のイメージというのが語られる中、桜子はソールのイメージを語るにとどまっている。


自分の親のことは、語りたくない様な恥ずかしい話なんだろうか。
まぁ和歌さんも語ってはいなかったし、何にせよ事情があるのかもしれないから深くは突っ込まない様にしないと。


「それはそれとして、手土産とか用意しなくていいのかな。いくら親でも、そういうのって大事だと思うんだよ」


大輝は行くまでの時間をどうしても遅らせたいのか、要らぬ心配をしている。
まぁ確かに、人間界の食べ物とかソールは馴染みがないんだろうし珍しいんだろうな、とは思う。
それに大輝が持って行ったんだったら、もしかしたら喜んで食べるかもしれないが。


「わかってねぇな、大輝……お前の元気に成長した姿を見せてやることが、何よりの土産になるんだろ?」
「……まぁ、確かに。すごいですね愛美さん。伊達に長く生きてないっていうか」


また余計なことを、とは思うが乗り気でないのは変わっていない様だ。
いい加減覚悟決めたらいいのに。


「お前は一言余計なんだよ!ったく……まぁ、そんなわけだから次回また行くことがあれば、その時買ってったりすりゃいいんじゃねぇの?食の好みとかあるかもしれねぇんだから」
「なるほど、確かに……」


拳骨を食らって頭をさすりながら大輝が少しだけ納得した様な様子を見せる。
しかし何で愛美さんの年齢の話に触れたりなんて……せいぜい桜子くらいだよ、それが許されるのは。


「まぁ、お主らが思っている様なイメージとは大分違う、とだけ言っておこうかの。スルーズの言ったままというのが正しい」
「そうだね、何て言うんだろ……ソールに関してはもう、何もかもが特殊すぎて……」


ノルンもソールを思い出して苦い顔をする。
こいつももしかしたらソールを相手にして疲れた経験なんかがあるのかもしれない。


「あと、大丈夫とは思うが一応忠告しておこう。ソールを決して怒らせたりせん様にな。普段は温厚でニコニコしとる様な神じゃが……あれが怒りだすと、さすがに手に負えん。そして戦闘力で言えばわしなどは足元にも及ばんからの。下手をしたらスルーズよりも上かもしれんからな」
「…………」


オーディンのとんでもない一言に、場が凍り付いたのを感じる。
確かにソールは太陽の神というだけあって、その力は太陽を源にしている。
しかも彼女は晴れている時だけでなく、たとえ雨が降っていようとも、その雨雲を蒸発させて太陽の姿を出してまでその力を行使できるという化け物なのだ。


そしてオーディンの言ったことはおそらく合っている。
大昔にソールと対峙した時、私はソールから何とも表現しがたい、底知れぬ何かを感じた。
力の神として名高い私を以てしても、おそらくこいつには敵わない。


嫌でもそう思わされたのを思い出した。


「でも俺、生まれた時は男だったわけだし……久々に会った息子が、時間が経ったら女の子になっていて、しかも女神の力に目覚めていました、なんて衝撃的すぎる気がするんだが」


まだ言っている。
往生際の悪い子だなぁ……まぁ前情報が前情報だから尻込みするのは仕方ないかもしれないけど。


「……変なこと気にするんだね」
「だって、生まれて数日とは言えあの人は俺の世話をしていたんだから……」


まぁ、そういう事情があれば、大輝が男だってのは見てきているということになるし、大輝の言いたいこともわからないではない。
だけど、このままじゃ大輝は会いに行かないなんて言い出しかねないし、私としても話しているうちにますます大輝とソールを是非会わせてやりたくなった。
大輝も、あのソールがどんなやつなのか知っておいた方が今後の為だと思うし。


「そっか、じゃあ会いに行こう」


私がそう言うと、大輝は驚愕の表情で私を見た。
驚愕の中に絶望が入り混じった様な、まるで女の子に告白しに行く直前の中学生男子みたいだ。


「は、話聞いてたか?驚かせたりがっかりさせちゃったり、ってことが……」


大輝がどんな人物を想像したかはわからないが、先ほど語られたことは全て事実だ。
考えてみると自分の母親がとんでもないやつだって知らされたら、この反応も自然といえば自然かもしれない。


「大輝、ずっと言ってたじゃん。お母さんが羨ましいって」


愛美さんが援護射撃に加わる。
確かにお見合い阻止の時に愛美さんのお母さんには会ったと言っていたっけ。


「うちの母のことも、鼻の下を伸ばしながら見ていたわよね」
「…………」
「それに私のお母さんのことも大好きだったじゃん」
「お、おいやめろ!」


私のお母さんというのは、もちろん姫沢家の母、秀美のことだ。
その昔恋心にも近い感情を持っていた様だし、私も実際にヤキモチを妬いた時期もある。
今じゃ単なる憧れだったんだって、ちゃんとわかってるけどね。


「誰かの、じゃなくて正真正銘お前の母親なんだからさ。いつでも会いに行ったらいいんだって」
「そうだな、私と違って大輝にはちゃんと母親が見つかったんだから。それに何万年も待ってくれていたんだ。お前の成長した姿を見たら、喜ぶんじゃないか?」


和歌さんの私と違って、というのはどういうことなんだろう。
施設で育ったらしいというのは聞いたけど、そういえば深いところまでは誰も聞いていないかもしれない。
あまり語りたくない内容なのかもわからないし、本人が言いたくなったら言うだろうから、今は聞かないでおこう。


他にやらないといけないこともあることだし。


「……じゃあ、改めて俺の私情に巻き込むみたいで申し訳ないけど、付き合ってもらっていいかな」
「もちろんだよ!大輝くんのお母さんって見てみたいって言ったじゃん!」
「そうね、私も興味あるわ。話を聞く限りだと髪の色は父親に似た、みたいなことを言っていたみたいだけど」
「マイペースと天然ってのがちょっと怖いけどな……まぁでも、考えてみたら大輝もその辺受け継いでる様なとこあるからな」
「は?俺がですか!?」


大輝も漸く行く気になったみたいだし、ソールには私もしばらく会っていない。
こうしてみんな大輝と付き合っていることだし、みんなで挨拶くらいはしておいた方がいいよね。

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