やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第62話

――目を覚ました時、俺は見覚えのある部屋に寝かされていることに気づいた。
ここは愛美さんの部屋だ。
それは間違いない。


だけど俺は、確か彰さんを探す為に外に出て……それからの記憶がない。
体中が軋む様な感覚がある。
指を動かすだけでも、全身に痛みが走る様だった。


一体何があったって言うんだ……?


「漸くお目覚めか、寝坊助」
「愛美さん……?」


そうだ、睦月の家で愛美さんに部屋を出るな、とか偉そうなこと言って俺は出て……それからどうなったんだろう。
ここで寝てるってことは、返り討ちにでもあったか?
それとも車に撥ねられたりなんていう、無関係で間抜けなことになったとか?


「バカ野郎、いつも通りのお前で安心したよ……!」
「いでっ!?……え……?」


起き上がったばかりの俺に愛美さんが突如抱き着いてきて、安堵のため息を漏らす。
本当に何が何だか、というところだ。
誰か、説明してくれる人とかいないのか?


いつも通りじゃない俺って一体何なんだ?


「大輝、目が覚めたんだ?」


そう言って睦月も部屋に入ってくる。
看病イベントのノリなのかナース服を着ていて、俺はこんな状態なのにこみ上げる何かを感じてしまう。
しまうんだけど……何だよその手に持ってる尿瓶……そこまで世話されるつもりはねーぞ……。


たとえ全身の骨がバラバラになっていようと、トイレだけは自分で何とかしてみせる!!


「どう?痛む?」
「……ああ、痛いな。何なんだ?俺、トラックにでも撥ねられたのか?」
「んー……何て言うか、自爆?」
「は?」


俺、いつからそんな特技使える様になってたの?
そして自爆したなら何で生きてるんだ?


「大輝、今回のことどの程度覚えてるの?」
「どの程度って……いや、彰さんを探しに外に出て、それ以降は全然。気づいたらここに寝てたって感じで……」
「ふむ……」


睦月と愛美さんが顔を見合わせる。


「何処から説明しようかな……」
「何だ、あらましがわかってるなら俺も知りたいんだが」
「焦らないでよ。順序ってものがあるんだから」


軽い調子で睦月がそう言ってウィンクする。
ますます訳がわからなかった。


「じゃあまず……人間の力は普段、三十パーセントしか使えない、って話を聞いたことはある?」
「は?まぁ、漫画とかでも良く聞く話だよな。それがどうかしたのか?」
「なら……大輝がその残り七十パーセントを何かの要因で使っていた、って言ったら?」
「……は?何言ってんだお前は。意識してリミッターが外せるんだったら、世の中びっくり人間だらけだろ」


そう言ってから、俺は睦月が言わんとしていることに気づく。
無意識……つまり俺の記憶にない中で、俺がリミッター解除していた、ということか?
しかし、どんな状況でそんなことが起こるって言うんだ?


「うん、わかったみたいだね。全身ビキビキ言ってるでしょ。それが答えだね」
「……マジかよ」
「で、次ね。彰さんが……まぁ、私がある程度は治療したけど、相当な怪我をしていたの。私が止めなかったら、最悪の事態もあり得たかもね。何でだと思う?」
「え?愛美さんの逆鱗に触れたからとかじゃなくて?」
「おいこら大輝……お前いい根性してんな」
「あ、いや違うんですよ……それ以外思いつかなかったって言うか……」
「お前、後で話があるからな」


そう言って愛美さんは部屋を出た。
話だけで済むのかな、俺……。
ボコられるのは彰さんじゃなくて俺の方だったのか。


「愛美さんは、大輝を止めてくれたんだよ。まぁ方法は本人から聞いた方がいいかもだけど、愛美さんは誰より必死に大輝を止めた。これは事実だよ」
「へぇ……あの愛美さんがなぁ……」


何となく実感がない。
どんな方法で俺を止めたというのかも気になるところだが、愛美さんってそんなにアツい人だったのか。


「それと大輝ね、覚えてないかもしれないけど私ともバトルしてたんだよ?」
「は?俺が?お前と?何で?」
「あのままやらせてたら彰さんを殺してたと思うから、私が止めに入ったの。そしたら大輝、今度は私を標的にしてきたんだよ」


タチの悪い冗談だと思った。
俺が何でこんな、勝てるわけないとわかっている相手に無謀な勝負を?
あり得ない、と思いながらもこの体の痛みが真実味を俺に植え付けてくる気がした。


睦月と戦うに当たって、本能的にリミッターを解除していた、ということになるのか。


「二回くらい床に頭から叩きつけて、それでも立ち上がってきてちょっと怖かった」
「…………」


どう考えても生きていられるシチュエーションとは思えないんだが。
俺、どんだけ暴走してたんだよ本当……。


「それに私に色々暴言浴びせてきたし……どんな攻撃よりも、あれが一番堪えたなぁ……」


遠い目をして睦月が窓を見る。
俺が睦月に暴言とか、想像できない。
だって、そんなの浴びせたらどうなるかは俺が一番よく知っている。


ますます俺の意志ではないことがわかる気がした。


「……まぁそれはいいけどね。大輝が普通の状態じゃなかったのは一目見てすぐにわかったから。あと大輝の体ね、あの力についていけなくて疲労骨折寸前だったんだよ?まぁ、原因についてまだちょっとわからないんだけどね」


疲労骨折って……どんだけの負荷がかかってたんだ、俺の体。
それにしても、睦月にもわからないことなんてあるんだな。
俺の意識も記憶もない状態で睦月と激しくバトル……何度頭で反芻してみても、やっぱり現実味がない気がする。


いや、俺だって人並みに怒るくらいのことはあるし、彰さんに対して愛美さんにあんな顔させたのは許せないって思う気持ちはあったけど。
とは言っても彰さんクラスの人間を俺がいとも簡単に倒したとか、睦月とバトルしたとかもう何がなんだか……。


「あたしはお前がただの、現役男子高校生であることを思い出させる様なことを言っただけだから。特に覚えてないならそれでいいよ」
「…………」


愛美さんが飲み物を手にして部屋に戻ってくる。
目がそれ以上の追及はするな、と言っていて、思わずその迫力に俺は黙ってしまった。
しかしその顔が少し赤くなっていて、愛美さんにも恥じらう感情とかあるんだな、なんてことを考えてしまう。


「今はお前がお前としてちゃんとここにいる、ってそれだけで十分だ。そうだろ、睦月」
「まぁ、そうだね。傷ついた私の心は今度ちゃんと癒してもらうけどね」
「俺、そんな酷いこと言ったの……?」
「まぁ……その件については今度ゆっくり、色々なところを苛めながらお返しと共に伝えさせてもらうね」
「…………」


うん、笑顔が怖い。


「正直愕然としたけどね。でも普段と様子が違うから、と思って殺す……じゃなくて止めるつもりで私も応えたんだけど」
「おい、今殺すとか言わなかったか?」
「聞き間違いだと思うよ」


あくまでしらばっくれるつもりなのか、睦月がそっぽを向く。
俺の意志ではなかったにしろ、引っ込んでろとか言われたのが相当堪えたんだろう。


「いやいや、お前殺す、までちゃんと言ってたから」
「大輝……あなた疲れてるのよ」
「…………」


んな懐かしいネタこんなとこで披露すんなや……。


「失礼するよ」


聞き覚えのある声と共に彰さんが部屋に入ってくる。
ていうかまだこの人いたのか。
見る限り手当ても終わってるみたいだし、とっとと帰ればいいのに。


「そんな顔をしないでくれ、大輝くん。謝りにきたんだよ、これでも」
「謝りに?何故です?」
「まず、愛美と再会したことそのものは待ち伏せていたとかではない。これは理解してほしい」
「…………」
「信じるかどうかは君に任せるよ。本題はここからなんだけどね」


愛美さんと睦月は黙って彰さんと俺を見守っている。
どうやら二人は先に事情を聞いたのかな。


「愛美と再会した時、僕の中で引っかかっていたことが、わかった気がしたんだ」
「…………」


何がわかったのかは知らないが、別に気にしてないから早く帰れよ、なんて思ってしまう辺り俺はまだまだ人間が出来ていないのかもしれない。


「実は、僕には付き合っている女性がいるんだ」
「……はい?」
「聞こえなかったのかな。僕には、付き合っている女性が……」


なるほど。
愛美さんと別れて、その後彰さんは彰さんでちゃんとよろしくやっていたということになるのか。


「愛美の時と同様に、彼女とは結婚の話が出ていてね。そういう話になれば愛美のことも思い出さないわけにいかないわけで」
「…………」


まぁ、そこで思い出さない様な卑劣漢には見えないし、そんなんだったら愛美さんだってトラウマに感じたりなんてしなかったんだろう。


「愛美はちゃんと自分の幸せを見つけられたんだろうか、って考えていた矢先に再会したというわけなんだ。あの時彼女を見捨てたのは他でもない僕だけど、もし愛美があのことを引きずって今も変わっていない様なら、僕は僕の責任において彼女を何とかしなければと思った」
「再会した時に浮かない顔をしていたのが、今回ちょっかいかけた理由なんだとしたらちょっと違いますけどね」
「ああ、それも愛美から聞いた。あのお母さんに会ったんだってね」
「ええ、まぁ……」


やっぱり聞いていたのか。
まぁ、ここまできたら何を話していたとしても不思議はないだろう。


「まぁ、簡単に言ってしまえば、僕はその不安を君にぶつけてしまったとも言える。申し訳なかった」
「……まぁ、もう過ぎたことですから」


そう思うなら最初からやんなきゃいいだろうに。
しかしこんな風に素直に謝られると何となく、こっちが悪いことをした気がしてくる。


「俺も、何か記憶にはないけど色々したみたいだから……お互い様じゃないですか」
「とりあえずお大事にしてくれよ。君は僕よりも重症なんだし。無理して何かあったら、今度こそ僕は愛美に殺されてしまうかもしれないからね」


どうやら帰る様で、彰さんは部屋から出て行った。
まぁ、愛美さんだってあんなことがあってこの人を家に泊めようなんて思わないだろう。
とは言っても元々この人も住んでたんだっけ、この家……そう思うと何だか複雑な気分だ。


「まぁ、何にしても今日はとりあえずゆっくりしてもらった方がいいね。バイトもないみたいだし、今日はここにお泊りでいいでしょ」


俺の意志も愛美さんの意志も全く無視で、睦月は勝手に俺の所在を決めてしまう。
とは言っても逆らってどうなるわけでもないし、どう考えてもプラスになるとは思えない。
なので俺は言われるがまま今日は愛美さんの部屋に泊まっていくことにした。


睦月と愛美さんはリビングで何やら話し込んでいる様だ。


そういえば愛美さん本人は自分でケリつけたいっぽかった様に見えたんだけど……俺が無意識で解決しちゃったみたいで、本当に良かったのか?
いやそもそもあれって解決になってるのか?
解消にすらなってない様な……そんなことないのかな。


何はともあれ、どうやら危機は去ったのだ……何が何だかわからないうちに。
俺の記憶に全くないけど。
愛美さんは、どう思ってるんだろうか、今回のことを。


何か忘れている様に気がしないでもないけど、ひとまずはよしとしよう。
そう思ってガッツポーズを決めた時、またも部屋のドアが開けられて、愛美さんが入ってきたのだった。

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