やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第61話

睦月をもってしても鎮圧できない化け物。
それが今の大輝だ。


「……こりゃちょっと本気出さないとまずいかなぁ」
「は?お前本気じゃなかったってことか?」


睦月が信じられないことを言い出し、度肝を抜かれる。


「当たり前じゃん。本気でやったら殺しちゃうからね。殺さない様に手加減しながらっていうのが案外しんどいんだけど」
「…………」


手加減してたのか、あれで……。
そして殺さない様にっていうギリギリを見極めるというその確かな目。
やはり色々と次元が違うのだと思った。


「今から逃げるんだとそっち狙われるかもしれないから、そこでなるべく動かない様にしててね」
「え、ちょ、マジかよ!?」


あたしが慌てて止めようとする声も虚しく、睦月はまだ動かない大輝に向かっていく。
先ほどまでよりも激しく、大輝と睦月はぶつかりあっている。
睦月の方はそこまでの消耗がないかもしれないが、大輝の方はどうなんだろうか。


人間性を損ないながらも底上げされた能力は、体力を上げる役割も果たしているのか。


「おおおおおおおお!!」


当たらない攻撃を何度も繰り返すうち、大輝の呼吸が荒くなってきているのが見て取れる。
一方の睦月は最低限の動きでそれをかわし、しかし大輝がこちらに攻撃を向けてこない様注意している様だ。


「…………」


睦月が何を思ったのか大輝の攻撃を避けるのをやめて、受け止めたり受け流す戦法に切り替えた様だ。
おそらくは空振りで体力を過剰に消費させてしまうことを懸念したのだと考えられる。


「くっ……そおおぉぉぉ!!」


叫びを上げる大輝と睦月の拳がぶつかり合い、凄まじい衝撃波が生じる。
……これマジで現実なのか?
いや、正直衝撃波とかリアルで体験することになるなんて思わなかったよ、あたしの人生において。


そのまま睦月が上空に大輝を蹴り上げ、すぐに追いついて背後からまた地面に向けて大輝を叩きつける。
この時ばかりはさすがに衝撃で床が割れて、破片が飛び散っていた。
叩きつけられた大輝に更に睦月が猛攻を仕掛け、大輝はまたもピクリとも動かなくなった。


それにしても容赦ないな、睦月……。


「死んではないはずだよ。まだ大輝の鼓動を感じるから」


睦月が服についた埃を払いながら近づいてくる。
今度こそ、大丈夫なんだろうか。
というかどれだけ底上げされた力を持っていても、ベースが人間なだけにあれだけのダメージを与えて、後々問題になったりしないのか?


しかしそんなあたしの心配がいかに無駄なものだったのか、ということがすぐにわかる。


「俺に向かってあれだけの攻撃を仕掛けてくるなんてな……」
「ま、マジかよあいつ……」


ゆらりと大輝が立ち上がり、頭を振る。
ダメージは確かにある様だが、それでもまだ戦意は失っていない。
大輝が何処か遠くへ行ってしまう様な、そんな錯覚をあたしは覚えた。


そして大輝が冷たい目をしたまま、ゆっくりとこちらに接近してくる。
そのゆっくりとした動きはやがて害意を持って、速度を速めて倒れている彰へ向けられていることに気づいた。


「危ない!!」


気付いたらあたしは体ごと、倒れた彰の前に立ちはだかっていた。
――あたしの人生、こんな終わり方なのか……まぁ昔から割とめちゃくちゃやってきたしな……。
睦月ほどじゃなかったにしろ、あたしのやってきたことは母にも周りの人間にも多大な迷惑をかけてきたことは間違いない。


彰は確かに大人げないことをしたし、それ自体を許す気はないけど……それを差し引いても大輝を信じて過去を語ってやらなかったあたしこそ、今回の悪者に相応しい。
大輝に彼女殺しなんて汚名を着せることになっちゃうけど……それでも大輝は前を向いて生きて行ってくれたら嬉しい。
そんな風に考えて大輝の姿を目に焼き付けておこうと見ていると、大輝の動きがややスローモーションに見える。


それにしても呆気ない終わり方だな、と思う。
だけどあたしみたいなのが、仲間に看取られて死ねるんだったらそれはそれで幸せなことなのかもしれないって思える。
さよならだな、大輝……。


お前と出会えて、あたしは最高に幸せだった。
欲を言えばもっと、お前のことを知って行きたかったし成長を見守りたかった。
あたしのことも、もっと知ってほしかった。


などとグダグダロマンチックなことを考えて目を閉じ、衝撃を待つがその衝撃は一向に襲ってこなかった。


「……ん?」
「愛美さん、何してるの……逃げて……!」


恐る恐る目を開けると、睦月が私の目の前で大輝を、両手で抑えている。
ギリギリで抑えてくれたってことか。
しかし不意を突かれたからなのか、睦月はやや苦しそうにしていた。


「た、大輝……」
「愛美さんっ……うわっ!?」


先ほどまでの優勢が嘘の様に、睦月が反対側の壁まで投げ飛ばされた。
大輝の目は、あたしではなく彰を見ている。
そしてあたしはまだ、生きている……大輝だって、まだ戻ってこられる。


だったら……!!


「……大輝!!目ぇ覚ませ!!こんなのお前らしくねぇぞ!!」


大輝の肩を掴んで叫ぶあたしを、睦月は遠くから見ている。
見られているのは少し恥ずかしいし、こんなのガラじゃないと思いながらもあたしは大輝に叫び続けた。


「お前がしたかったのは、こんなことか!?彰が死んだら、それで満足なのか!?あたしはそんなこと望んでないぞ!!」
「……愛美さん」


大輝は手を出すのを躊躇っている様だ。
少しは、あたしの言葉が届いているのだろうか。
もう一押し……もう少しなんだ、多分……!


「よく思い出せよ!!睦月にあんなことするの、お前らしくないだろ!?お前あとでボコられるかもしれないからな!!だけどな、ここで引くんだったら……」


悪いな、あたしは感動的なこと言えるタイプじゃねぇし、これから放つ一言も、最低の一言に尽きると思うが……。
それでも、思いは口にしなければ伝わらないことだって、あるんだ!!


「お前がここで引いて大人しくしてくれるんだったら!!あたしはお前の望むこと何でもさせてやるぞ!!どんな変態的なプレイでも!!あたしが恥ずかしいと思うことでも!!何でも!!お前の思春期の欲望、全力で満たしてやる!!」


そう言ってあたしは躊躇っている大輝に口づける。
大輝の全身がびくりと震えて、先ほどまで持っていなかった熱が戻るのを感じた。


「……どうだ、魅力的な話だろ!?あたしは彰のところなんかに戻ったりしねぇ!!」
「な、何でも……」
「!!」


それまで静かだった大輝が口を開く。
その顔は欲望丸出しの、ありのままの男子高校生を象徴するかの様に輝いて見えた。


「そ、そうだ!!何でもだぞ!!だから……」
「何でも……何でも……」


がばっと大輝に抱きすくめられて、睦月はそれを黙って見ている。
正直力入れすぎ、と思わなくもないし滅茶苦茶苦しくて目がチカチカしたが、もう少しだと思った。


「ぐ……どんなことでもいい!!あたしが、お前の願望全部満たしてやるよ!!」
「何でも!!うおおおおおおおおおおおおおお!!」


あたしを抱きしめたまま、大輝が全力で叫ぶ。
鼓膜が破れるんじゃないかと思ったが、何とか耐えた。
大輝の弱点は思春期の妄想だったのか。


「なん……でも……」


そしてそう言った大輝は、脱力してその場に崩れ落ちた。


「お、おい大輝!!」
「大丈夫、気を失っただけだよ」


シャツの肩の辺りが破けてはだけている睦月が、こっちへ向かいながら大輝を見る。
あれで怪我一つしてないとか、すごいな。


「……うん、脅威は去ったみたいだね。びっくりしたなぁ、本当」
「いや、そんなあっけらかんと言ってるお前に、あたしは驚きだけどな……それより脅威って一体何だよ?」


あたしとしては、正直気になって仕方ない。
またあんなことがあるんだとしたら、今度こそあんな風になる前に止めたいって思うから。


「とにかく、まずは帰ろう。話すにしても、ゆっくりした方がいいだろうから。それにしても今回は愛美さんのお手柄だったね」
「は?あたし?いや、あたしは特に……」


最後ちょっと叫んでただけだし、後半まではただ見ていただけなんだけど。
それでも少しでも助けになれたんだったら、あたしも胸を張って仲間だって名乗れるのかもしれない。


「愛美さんの叫びが、大輝を正常に戻したんだよ。叫んでた内容はかなり過激だったけど」


睦月にもそりゃ、聞こえているよな……。
でもあれしか思いつかなかったんだよ。
そして、大輝にはあの叫んでいた時の記憶までも失っててくれると非常にありがたい。


言ってしまったあとで何だが、何であんなことを言ったのか、と思うから……。


とりあえずあたしたちは、あたしの家まで送ってもらうことにした。
ここからじゃ少し距離はあるかもしれないけど、落ち着いて話せる環境にいる方がいいだろうから。
それに距離があっても睦月の力なら一瞬だし、慣れない力仕事をする必要もないからな。

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