やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第51話

小さい頃から、周りからは変な女と思われてきた。
自分がどうも他の人間とは違う、という私の中の認識。
それは確かに間違いではなかったし、その原因が何なのかもわかってはいる。


正直な話、私みたいな変な女を理解できる男なんかそうそう現れないだろうし、現れたとしても私の家柄に尻込みして逃げ出すのが関の山だって、そう思って生きてきた。
しかしそんな変な女を理解して、家柄までも受け止めた男が現れたのだ。
自慢するわけじゃないし、ある時期までは恥だとすら思っていたことだが、私の家は関東でも有数の暴力団組織……わかりやすく言うならヤクザだ。


間違っても薬剤師ではないし、寧ろそっちならどんなに良かったか、と思ったことだってある。
そしてそれなら私の人生も大きく違っていただろうし、もしかしたら大輝くんとも出会っていなかったかもしれない。
大輝くんは家柄がどうだとか全く気にしない変人だったけど、知り合ってから少し経つまでは正直本当のことを打ち明けるのが憚られたこともあった。


本当のことを言えば、彼はもしかしたら恐怖して私から逃げてしまうかもしれない。
そんな風に考えて。


「ん?何で俺が明日香を怖がらないといけないんだ?」


我が家に来て、望月とも勝負をして翌日望月とお泊りデートまでした翌々日。
私は彼に聞いてみたことがある。
私や私の家が怖くないのか、と。


それに対する答えが先のものだった。


「俺が付き合ってるのはヤクザの組長の娘っていう人間じゃなくて、宮本明日香っていう一人の女の子なんだぞ?それにヤクザって悪く言われがちだけど、その地域を保護っていうか守るっていうか……そういう役割もしてるって聞いたことあるんだけど、違ってた?まぁ……明日香本人が怖いってことならたまにあるけどな」


今まで知り合ってきた人たちの、誰もそんなことを言ってはくれなかった。……いや一言余計だとは思うけども。
大輝くんが言った様に、ヤクザには確かにそういう側面はある。
しかし事実として、それを知る人は極端に少ないと思う。


暴走したり組の名前を使えることになって調子に乗った下っ端が、問題を起こしたりすることはよくあって、そのせいでヤクザが悪く見られがちではある。
しかし実際には短気な者もいれば、心優しい者もいる。
普通の会社とそこまで違わないものになってきているという事実は、あまり世間には知られていないのだ。


「だったら俺は感謝こそしても怖がるってことは特にないかな。更に言えば、和歌さんとも明日香の家がヤクザだから知り合えたってことにもなるわけだから。ああいう人間臭い人、俺結構好きだしな」


気を遣ったり取り繕ったリする様子もなく言う大輝くん。
彼の言うことだけをクローズアップすると、別に家柄を受け止めたという感じには見えないかもしれない。
それでも私には王子様が現れた、というほどの衝撃を受けるものだった。


最初に彼と知り合ったのは、まだ睦月が姫沢さんだった頃。
つまりは高校に入学してからすぐの頃だけど、その頃にはもう既に姫沢さんの彼氏として、彼は私の前に現れた。
彼は面倒見が良くて、気が利く。


その頃一度だけ姫沢さんと私と大輝くんとでお昼を食べたことがあって、その時もやたら細やかな気遣いをしているのが印象的だった。
もちろんその頃はまだ私も家柄のことなんか口にもしなかったけど、壁を作ってる様なところはあったし、そういうところを姫沢さんに弄られてから仲良くなったという経緯もある。
それでも大輝くんはそういう部分を全く気にしないで、まるで昔からの知り合いであるかの様に振舞ってくれた。


ただそれだけのことだった。
複雑な人間だと自らを評価していた私には驚きだったが、私が意外とお手軽にできているのだということをすぐに思い知ることとなった。
姫沢さんがいるとわかっていても、私は大輝くんに恋をしてしまったのだ。


もちろん友達の彼氏を奪い取ろうとか、そんな度胸はなかったから遠くから見ているに留まっていたし、積極的なアプローチも姫沢さんの存命中にしたことは一度もない。
原因はいくつかあるが、第一に姫沢さんが病に臥せってしまったことが挙げられる。
当時の大輝くんには姫沢さんしか見えていなかった。


そんな中で彼女の不在につけこむ様な真似はしたくなかったし、仮にそうしてみたところで彼には相手にされなかったんじゃないかと思う。
しかし、日に日に弱っていく姫沢さんを見る大輝くんの目が、心が、彼女の容態に比例して弱くなっていく様に見えた私としては、せめて姫沢さんが生きている間は強くあってほしいと願っていた。
だから厚かましいかもしれない、と思いながらも私は彼の傍を離れることはしなかった。


おそらく桜子もそうだったはずだ。
お互いに言葉にはしなかったけど、当時きっとわかり合えていたんだと思う。
同じ思いでいたからこそ、私たちは一緒にいられたんだと思っている。


そんな大輝くんは、姫沢さんが亡くなってからすぐにふらりと何処かへ消えて、施設に戻っていたのだということはその後すぐにわかったけど……とても見ていられるものではなく、また彼自身も言っていたがまさしく死んだ様な感じで……生きているというよりは死んでいないというだけの状態だった。
私も桜子も、果ては桜子や朋美の友達の井原さんまでもが彼を、姫沢さんの葬儀に連れて行く為に施設を訪れたし、その時にやや乱暴なことをしたという事実もあったがそれでも尚彼は動かなかった。


大輝くんはもうダメかもしれない、なんてことを私は思ったこともあった。
しかしそんな彼が動きだしたと連絡をくれた人がいたのだ。
それは大輝くんの施設の先生。


「まだ危ういから、もしよければ様子を見てやってほしい」


そんな内容の連絡を受けて、私と桜子は彼を何とか保護しなければ、と思い立ってすぐに彼を探しに出た。
多少のトラブルに巻き込まれながらも私たちは大輝くんを見つけることができて、体調にも特に不良等は認められないということがわかって一安心。
そう思っていたのに極端な性格をしている彼は、すぐにでも姫沢家との折り合いをつけなければと、姫沢さんの家へ行くと言い出した。


彼の言うことだからと私も桜子も、反対するよりは見守って、危なくなったら手を貸そう、そう決めて彼についていくことにした。
姫沢家が近づくにつれて彼の顔色はどんどん悪くなっていって、姫沢家に到着した頃にはその顔は土気色をしている様に見えた。


それでも彼は乗り越えて姫沢家との和解を果たしたし、実際大したものだったと思う。
生半可な覚悟で出来ることではないだろう。
しかし乗り越える頃には、彼には別の思考が生まれていたと後々彼から聞いた。


彼の中では、一人にしてほしいという思いが強まって行ったらしい。
あそこで私たちが何もしなければ今の大輝くんはなかっただろうと、睦月は言っていた。
最悪睦月と再会する前に死んでいた可能性もあったと。


彼は、聞くところによればそういう面倒な運命の元に生きているのだそうだ。
もちろんそんなことを言っていた睦月自身も普通の人間ではないし、正直睦月と出会ってからは現実離れした経験もいくつかしてきている。


そんな人間離れした力を持った彼女が傍にいることになって、私は果たして本当に大輝くんにとって、必要なのか?という疑問を持つ様になった。
正直、大輝くんがハーレムでなければ死んでしまう、ということは理解した。
だけどそれなら私でなければならない、という理由はないのではないか。


そんな風に考える様になっていた。


「最近、何か明日香元気なくないか?風邪でも引いたか?」


昼休みの教室。
今日も私と桜子に大輝くんというお馴染みのメンツで昼食をとっていた。
大輝くんが心配そうな顔で私を見て、桜子も大丈夫?と気遣ってくれる。


望月と大輝くんが初めてのデートを終えてから数日、私は確かに考え事をしていることが増えたかもしれない。
大輝くんにとって、私はどんな人間なのか。
それが気になって仕方がなかった。


大輝くんにとって、私は本当に必要とされているのか。
私がいることで、彼は本当に幸せを感じてくれているのか。
彼にとって、私はどういう位置づけなのか。


気になりだすと止まらなくなって、心の中にもやもやとした感情が生まれてくる。
一緒にいて幸せだと感じるのは変わっていない。
しかしそれは独りよがりになってはいないだろうか。


そう言った感情が、私の表情を曇らせる原因になっていることは明白だった。
なのに私には取り繕うということができない。
心配をかけることはわかっているのに、それができないでいる。


いや、わかっていた。
私は大輝くんに気にかけてもらいたくて、心配してほしくて、一番に見てほしい。
大輝くんから見たら、もしかしたら私などはハーレムの一員で沢山の中のその他大勢。


いや、もっと言ってしまえば睦月と愉快な仲間たち、くらいの認識かもしれない。
そういう風に考える人間でないことはわかっているはずなのに、そう言ったマイナスな考えが最近止まらない。


「そうかしら?まぁ、望月に鼻の下を伸ばしているのを見るのは少なくとも愉快ではないかもしれないわね。よほどデートが良かったと思えるものだったんだと想像できるから」
「…………」
「明日香ちゃん……?」


言ってから、しまった、と思った。
これではまるで、望月に嫉妬しているみたいだ。
望月の耳に入ったら、彼女のことだからきっと大輝くんに会うのを控えるなんて言い出すに違いない。


そして大輝くんも、ますます怪しいと言った顔で私を見ていた。
――いや、嫉妬していないとは言わない。


事実大輝くんは、望月を相当気に入った様に見える。
ああいうピュアな人間を相手にすることで、発見できることもあるのだろう。
それに釣った魚に餌をあげないタイプだと睦月が以前評価していたが、その通りだと思う。


ともすれば、大輝くんが望月に熱を上げているのも今だけ、ということになる。
おそらくそう遠くないうちにまた平等に見てくれる様になるんだろうと思う。
それでも私は、傲慢な人間なのかもしれない。


一番に、なりたいと思っているのかもしれない。


「……ごめんなさい、本当に何でもないから」
「お、おい……」


何となく沈黙に耐えられなくなった私は、大輝くんと桜子を置いて教室を出た。
追ってくる様子もなかったので、わたしはその足で一人屋上にきている。
夏が近い。


嫌でもそう思わされる様な強い日差し。
生ぬるい風が吹いていて、そのせいもあってか屋上には誰もいない様だ。
そういえば、大輝くんは望月や組員に紹介できたけど……両親にはまだ会わせていなかった。


望月から大輝くんのことを聞いた父は、是非会ってみたいと言っていた。
母も同様で、望月や私が初めて入れ込んでいるということを知って、会いたがっている様だった。


「……もしもし、望月?今日、父と母は家にいるかしら」
『お昼休みですか、お嬢。少々お待ちください……今日は二人ともいらっしゃる様です。どうかしましたか?』
「今日、大輝くんを家に連れて行きたいの。そう父と母に伝えてもらえるかしら」
『わかりました。ですけど、大輝は今日大丈夫なんですか?』
「まだ伝えていないけど、必ず連れて行くわ。仮に予定があっても、キャンセルしてもらう。だから望月、急で申し訳ないのだけど車を出してもらえるかしら。彼を拉致して行こうと思うから」


携帯で用件を伝え、私の最後の言葉に望月は驚いている様だった。
そして望月も十年以上の付き合いということもあってか、私の異変には気づいているのかもしれない。
もっとも大輝くんと違って、彼女は空気を読んだのか突っ込んだことを聞いてはこないのだが。


少しだけ気分が晴れた気がして、私は教室へ戻ることにする。
無駄に心配をかける必要はないし、大輝くんをあまり心配させると彼はまた暴走して予想や期待の斜め上の方向の努力をしだすから。
見ていて滑稽で面白いのだけど、私としてもハラハラさせられるのは今日、気分ではなかった。


「明日香、大丈夫か?トイレ、長かったみたいだけど」


教室に戻って開口一番、彼は意味のわからないことを言い出した。
桜子がデリカシーないなぁ、なんて言っている。


「腹痛いなら俺、保健室まで付き合うぞ」
「……バカじゃないの?そんなんじゃないわよ。ちょっと電話しに屋上へ行っていたの」
「ば、バカってお前……心配したのに……」


さすがに辛辣な物言いだったかもしれない、と反省する。
現に大輝くんは少し凹んでいたから。
彼が本気で私を心配してくれていることはわかっている。


だから今日、私は彼の気持ちを確かめたかった。


「大輝くん、今日の放課後なんだけど何か予定あるかしら」
「え?ああ……睦月と会う用事が」
「そう。じゃあそれ断ってもらっていい?」
「は?」
「お願い。私に今日だけは譲ってほしいの」
「うーん……一応言ってみるわ」
「明日香ちゃん、どうしたの?何かいつもと違う様に見えるけど……」


桜子もさすがに心配になったのか、口を挟んできた。
引っ込んでろとかそういうことを言うつもりはない。
だけど今日ばかりは、誰にも譲ろうとは思えなかった。


「ごめんなさい、桜子。ちょっと考えていることがあって」
「そうなんだ……私じゃ力になれないこと?」
「桜子、もしかしたらほら……便秘とかかもしれないから……」


そう言った大輝くんを睨みつけると、大輝くんは恐怖を顔に滲ませて自分の教室へと戻って行った。
返事もせずに逃げるとは……まぁダメでも拉致する用意があるからいいか。
とは言え本当にデリカシーがないんだから……。


「困ったやつだね、大輝くんも明日香ちゃんも」
「え?」
「今日だけは、私も何も聞かないでおくよ。大輝くんに、言いたいこと言っちゃいな!」


何だか見透かした様な顔で桜子も自分の教室へ戻っていく。
仲間っていうのは、こういうものなのだろうか。
何にしても、この後の大輝くんを連れ出すことには苦労しなくて済みそうだ。

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