やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記
第43話
「魔力だし、まーちゃんでいいんじゃない?」
桜子の能天気な声が聞こえる。
俺が考えていたよりもずっとありきたりで、良心的な案が出ていて驚きだ。
「そういえば何で睦月は持ち主になってあげないの?」
明日香が不思議そうに尋ねているが、確かにそれは気になる。
だって、睦月ならこんな魔力だか何だかも思いのままに操れるだろうし。
何でそうしないんだろうか。
「神は魔力を使えないんだよ」
「え?」
「純粋な神は、神力っていう力で何でもできるんだけど、その神力が魔力を排除しちゃうんだ。実は何度も試したことはあるんだよね。生意気な、と思って頑張ったんだけどさ」
「なるほど……神でもできないことってあるんだね」
桜子ががっかりした様に言うが、こればかりは体質みたいなものなんだろうから仕方ないんじゃないかと思う。
「だから現時点だと、基本的には人間にしか扱えないって話ではあるんだよね」
「でも、睦月が使役してるのは……」
愛美さんの疑問ももっともだと思う。
正直これに関しては答えに予想がつく気がするが。
「そう、これが例外で、物理的に恐怖統制みたいな感じでこき使ってる。まぁ、この本が私の手元にある限りは逃げられないしね」
厄介なのに捕まっちゃったなぁ、可哀想に。
俺って大事にされてるだけまだマシなのか。
「それで……あだ名の件はどうなったんだ?やっぱりそのまま行くことにしたのか?」
「ああ、そうだった。おい、お前は何か案とか希望はないのか?」
睦月が本人の意志を聞くなんてこと、するんだなぁ。
いや、するんだろうけど今回に関しては問答無用って感じに見えたから意外っていう感じなんだけど。
「我ですか……別に不名誉なものでなければ……ああ、でも出来れば可愛らしいものが良いです」
睦月以外が、魔力の要望に目を丸くする。
可愛らしいもの……だと……?
「あ、そうか言ってなかったね。こいつ元々は人間の女だったんだよ。魔力抽出の儀式の為に誘拐されて、複数の人間から抜かれた魂の集合体の、主人格になったのがそいつってわけ。貴族との婚約が決まってたんだけど、幸せの絶頂で誘拐された、ってとこかな。そうだよな?」
睦月が簡単に説明すると、桜子も明日香も驚いた様な顔を見せる。
愛美さんは複雑そうな顔をしていた。
「なぁ、その情報何処から仕入れてるんだ?」
そんな愛美さんが口を開く。
確かに気になるところではある。
「こいつの記憶読むくらいは簡単だからね。あんまりいい最期ではなかったみたいだよ」
「魔力抽出の為、だったっけ。魔力ってのは、魂そのものを取り出すことで得られるものだったってことか?」
愛美さんの質問を聞いて、俺の中でもある程度の答えが出る。
神力はその名の通り神の体内で生成される。
一方で魔力は人間の魂をどうにかしてできる、という類のものなのか。
「愛美さん鋭いね、大体合ってるよ。正しくは魂を加工して、ってことになるんだけどね。神界でも既にそのやり方は禁忌とされてるよ。肉体は埋められたり燃やされたり、ってことでまぁ何千年も前に消失してるんだけどさ」
「ということは……そのやり方さえわかってれば人間の体から魂だけを取り出して、魔力に加工できるってことか。何だか現実離れした世界の話だな……」
愛美さんがお手上げ、と言った様子で天を仰ぐ。
確かに難しい話だけど、簡単に言ってしまえば人間は誰でも魔力を持ち得るということだ。
もちろん簡単なことではないんだろうし、たとえば人一人がそれをやろうとしたらどれだけの労力が必要なのか、想像もつかない。
「大体合っていますよ。当時我に婚約者がいたことも、その婚約者が我のいなくなった翌月には違う女と結婚していたことも果てには自分の名前でさえも、もう過去のことで、忘れたことですから」
突如声が聞こえ、その内容の重さに全員が沈黙する。
正直軽々しくあだ名とかつけていいのだろうか、なんて考えてしまうが……本人が何でもいいとか言ってたからな。
「とまぁ……こんな具合に可哀想なやつだから、せめて明るいあだ名にでもしてあげようと思うんだよね」
「か、可哀想って言うな!!」
靄が激しく揺れて、魔力が声を荒らげる。
さすがの睦月もちょっとだけ驚いている様だ。
「し、失礼……可哀想とか思われるのは心外です。もう何千年も前の話ですから。我はもう、人間だったことなど何とも思ってはいません」
「本当に?全く?」
「どういう意味ですか」
珍しく睦月の軽口に魔力が食いつく。
割とプライドの高いやつなのかもしれない。
「だって、志半ばで誘拐されて魂抜き取られて……しかも婚約者だった男は一か月程度で別の女と結婚したんだよ?普通に考えたら二股かけられてたんだと思うし、寧ろ邪魔者が消えて清々した、なんて思われてたかもしれないんだよ?無念じゃないの?ムカつく様な感情が一つも湧かないの?」
確かに言われてみればそんな気はしてくる。
いくら何でも、婚約者がいなくなって、ものの一か月やそこらで他の女と結婚するのか、と言われたら……現代ではちょっと考えにくいかもしれない。
時代が違うと言われればそれまでかもしれないし、当時の貞操観念がどういうものかもわからないけど、睦月の言うことは一理あると思う。
「もうその男の顔も思い出せませんから。我は別に今不満などありませんよ。それより早くあだ名を……」
「確かに不満持ったからって、その男だって何千年も前に死んでるんだろうからな。何もできないし……でも、何だか浮かばれないな」
確かに悲惨で同情の余地のある過去だと俺も思う。
なんだけど、明日香や桜子の反応は冷ややかなものだ。
実感が湧かないからか?
対する愛美さんは何となく共感している様に見える。
自分の婚期が近いからとかそういう理由もありそうに見えるが、何にせよ愛美さんは魔導書に対して思うところがあるのか、親身になっている様だ。
「とは言っても、これと言った案が出ないんだよな。可愛らしいものって言われても、価値観とかわからんし……」
さっきから色々考えているが、何も出てこない。
現世に恨みを持ってる、というほどでもなさそうだし……貞子とかつけようかと思ったけど本気で憑りつかれたりしたら怖い。
頭の中とかで延々こいつの声が聞こえるとか、ストレスでしかないだろう。
「ふぐちゃん」
「は?」
突然発せられた桜子の声に、一同がきょとんとしている。
どこから来たんだ、そのふぐってのは。
「不遇の運命だったから、ふぐちゃん。どう?」
「どうって……安直すぎないか?いや響きはちょっとだけ可愛い感じがしなくもないけど……」
俺がそう言ったところで、魔力の淹れたお茶が運ばれてくる。
お茶セット一式が浮遊してテーブルに運ばれてくる様は本当にシュールだ。
「呼びやすくはあるわね、ふぐちゃん」
明日香は賛成みたいだ。
愛美さんもうんうんと頷いている。
こいつらのセンスが俺には理解できない。
「まぁ、あだ名とかつけてもこの後すぐこいつ、本に戻るんだけどね」
「え?そうなの?もう少しお話しようよぉ!」
桜子が駄々をこねるが、何かしら事情はあるんだろう。
たとえば魔力の補充的な感じで定期的に本に戻らないといけないとか、そういうの。
「我ももう少し外の空気を満喫したくはあるのですが、外に出られる時間は限られています。一回で出られる時間はおよそ一時間半程度です。その後出られるまでにはまた最低でも三時間の充電期間の様なものを必要とするので、その点だけは不便を感じますが……別に現状主人等おりませんので」
「まぁ、使えなくなったらそれはそれでめんどくさいからね。休養が必要なのは仕方ない」
確かに神でも疲れるというのは睦月が身をもって実証してくれていることでもあるから、魔力だけの存在が疲れるということもあるのだろうし、現世に顕現していられる時間が限られているというのも納得ではあるな。
「ふぐちゃんというあだ名、拝命しました。とは言っても契約ではありませんのでご安心を。またこちらに出てこられる場合には宜しくお願いいたします」
いいのか、拝命って……ふぐって言葉の意味わかってるんだろうか。
あのくぐもった声が少し弾んで聞こえたから、喜んでいるんだろうとは思うが。
ということはふぐちゃんというあだ名を可愛いと認識したってことか。
よくわからないなぁ……。
「じゃ、戻すからね。必要があればまた呼び出すと思うけど」
「そんなことは、なければないに越したことはありませんが。では」
睦月が本に魔力を戻し、厳重に封印を施す。
靄が消えると、桜子が心底残念そうにしている様だった。
「桜子、そんなに魔導書が気に入ったのか?」
「うーん……ていうか、何か本人は否定してたけどやっぱり可哀想かなって」
「なるほど。まぁ、睦月から聞いただけの情報だと確かに可哀想ではあるけど……案外睦月のこと嫌ってる様子じゃなかったし、みんなのお願いなんちゃらツアーとやらも実は楽しんでたかもしれないからな」
「そうかなぁ?大輝くんはそう思う?」
思いついたまま言ったつもりなのだが、俺としてはある程度の希望を持っていたいと思ったにすぎない。
だって、あんな非業の死を遂げて、その後の運命が一つも楽しくなかったら……その方がよっぽど不幸なんじゃないか、と俺は思ったからだ。
死ぬ前の運命が不幸だったからって、死んで魔力になった後の運命までもが不幸でなくてはならない道理なんてないんだから。
それに睦月はこう見えてツンデレ臭いところもなくはないし、大方魔導書を見つけた時に過去の記憶とか見て、そんなこと思い出す暇も与えないくらいのハチャメチャに敢えて巻き込んだんじゃないかなって俺は思ってる。
そして可哀想なんて言うな、というのはあの魔力の心からの本音なんだと俺は解釈した。
裏返せば、あの魔力は睦月と出会ってハチャメチャに巻き込まれたことそのものは楽しんでいるということに……ならないかな?
「しばらくは私の部屋にでも置いとくから、封印解いてほしくなったら言ってくれればまた会えるよ。それならいいでしょ?そう頻繁に出してあげるわけにはいかないけど」
「え、でも神界とかいうところに返さなくていいの?」
「こう見えて私は神界ではそこそこ信用されてるからね。悪用しようってわけじゃないし。それに、ここに盗みに入れる人間なんかまずいないから大丈夫」
睦月の言葉を受けて、桜子がほっとした様な顔になる。
こいつが一番ふぐちゃんとやらを気に入ったんじゃないだろうか。
「それより大輝、朋美から感想文書いておく様にとか言われてなかった?」
「ああ、そうだな。放置したらまた鉄槌訪問が待ってるかもしれないぞ?」
何でこう、愛美さんは俺のトラウマをほじくり返そうというのか。
思い出して軽く震えてしまった。
明日香が魔導書を手に、再びページをめくっている様だ。
「大輝くん、これを読んで感想って、どうやって書くつもりなの?素直に読めませんでしたって言った方が賢明だと思うわよ?」
「そ、それもそうか……今度朋美が来たら見せてやればいいだけの話だしな……あいつも絶対読めないだろうし」
結局読めるのは睦月だけということになるんだろうが、もし朋美が読めたらそれはそれで脅威だ。
あんなおっかない女にこれ以上の力とか持たせたら、俺の命の危険はより確かなものになってしまうのだから。
もちろんそんなことを言って朋美にチクりでも入ったら、まさしく俺の命が危険だから口には出来ない。
正直魔導書を睦月が取り寄せた時はどうなることかと思ったが、どうやら大ごとにはならず、平和なまま生きていくことは出来るみたいで一安心だ。
それから俺たちはいつもの様にくだらない話に盛り上がったり、俺が余計なことを言って説教を食らったりイチャついたりと、楽しく平和な時を過ごしていた。
しかしこんなにも平和でまったりとした時が、案外すぐに終わりを告げてしまうことを、この時の俺はまだ知る由もなかった。
桜子の能天気な声が聞こえる。
俺が考えていたよりもずっとありきたりで、良心的な案が出ていて驚きだ。
「そういえば何で睦月は持ち主になってあげないの?」
明日香が不思議そうに尋ねているが、確かにそれは気になる。
だって、睦月ならこんな魔力だか何だかも思いのままに操れるだろうし。
何でそうしないんだろうか。
「神は魔力を使えないんだよ」
「え?」
「純粋な神は、神力っていう力で何でもできるんだけど、その神力が魔力を排除しちゃうんだ。実は何度も試したことはあるんだよね。生意気な、と思って頑張ったんだけどさ」
「なるほど……神でもできないことってあるんだね」
桜子ががっかりした様に言うが、こればかりは体質みたいなものなんだろうから仕方ないんじゃないかと思う。
「だから現時点だと、基本的には人間にしか扱えないって話ではあるんだよね」
「でも、睦月が使役してるのは……」
愛美さんの疑問ももっともだと思う。
正直これに関しては答えに予想がつく気がするが。
「そう、これが例外で、物理的に恐怖統制みたいな感じでこき使ってる。まぁ、この本が私の手元にある限りは逃げられないしね」
厄介なのに捕まっちゃったなぁ、可哀想に。
俺って大事にされてるだけまだマシなのか。
「それで……あだ名の件はどうなったんだ?やっぱりそのまま行くことにしたのか?」
「ああ、そうだった。おい、お前は何か案とか希望はないのか?」
睦月が本人の意志を聞くなんてこと、するんだなぁ。
いや、するんだろうけど今回に関しては問答無用って感じに見えたから意外っていう感じなんだけど。
「我ですか……別に不名誉なものでなければ……ああ、でも出来れば可愛らしいものが良いです」
睦月以外が、魔力の要望に目を丸くする。
可愛らしいもの……だと……?
「あ、そうか言ってなかったね。こいつ元々は人間の女だったんだよ。魔力抽出の儀式の為に誘拐されて、複数の人間から抜かれた魂の集合体の、主人格になったのがそいつってわけ。貴族との婚約が決まってたんだけど、幸せの絶頂で誘拐された、ってとこかな。そうだよな?」
睦月が簡単に説明すると、桜子も明日香も驚いた様な顔を見せる。
愛美さんは複雑そうな顔をしていた。
「なぁ、その情報何処から仕入れてるんだ?」
そんな愛美さんが口を開く。
確かに気になるところではある。
「こいつの記憶読むくらいは簡単だからね。あんまりいい最期ではなかったみたいだよ」
「魔力抽出の為、だったっけ。魔力ってのは、魂そのものを取り出すことで得られるものだったってことか?」
愛美さんの質問を聞いて、俺の中でもある程度の答えが出る。
神力はその名の通り神の体内で生成される。
一方で魔力は人間の魂をどうにかしてできる、という類のものなのか。
「愛美さん鋭いね、大体合ってるよ。正しくは魂を加工して、ってことになるんだけどね。神界でも既にそのやり方は禁忌とされてるよ。肉体は埋められたり燃やされたり、ってことでまぁ何千年も前に消失してるんだけどさ」
「ということは……そのやり方さえわかってれば人間の体から魂だけを取り出して、魔力に加工できるってことか。何だか現実離れした世界の話だな……」
愛美さんがお手上げ、と言った様子で天を仰ぐ。
確かに難しい話だけど、簡単に言ってしまえば人間は誰でも魔力を持ち得るということだ。
もちろん簡単なことではないんだろうし、たとえば人一人がそれをやろうとしたらどれだけの労力が必要なのか、想像もつかない。
「大体合っていますよ。当時我に婚約者がいたことも、その婚約者が我のいなくなった翌月には違う女と結婚していたことも果てには自分の名前でさえも、もう過去のことで、忘れたことですから」
突如声が聞こえ、その内容の重さに全員が沈黙する。
正直軽々しくあだ名とかつけていいのだろうか、なんて考えてしまうが……本人が何でもいいとか言ってたからな。
「とまぁ……こんな具合に可哀想なやつだから、せめて明るいあだ名にでもしてあげようと思うんだよね」
「か、可哀想って言うな!!」
靄が激しく揺れて、魔力が声を荒らげる。
さすがの睦月もちょっとだけ驚いている様だ。
「し、失礼……可哀想とか思われるのは心外です。もう何千年も前の話ですから。我はもう、人間だったことなど何とも思ってはいません」
「本当に?全く?」
「どういう意味ですか」
珍しく睦月の軽口に魔力が食いつく。
割とプライドの高いやつなのかもしれない。
「だって、志半ばで誘拐されて魂抜き取られて……しかも婚約者だった男は一か月程度で別の女と結婚したんだよ?普通に考えたら二股かけられてたんだと思うし、寧ろ邪魔者が消えて清々した、なんて思われてたかもしれないんだよ?無念じゃないの?ムカつく様な感情が一つも湧かないの?」
確かに言われてみればそんな気はしてくる。
いくら何でも、婚約者がいなくなって、ものの一か月やそこらで他の女と結婚するのか、と言われたら……現代ではちょっと考えにくいかもしれない。
時代が違うと言われればそれまでかもしれないし、当時の貞操観念がどういうものかもわからないけど、睦月の言うことは一理あると思う。
「もうその男の顔も思い出せませんから。我は別に今不満などありませんよ。それより早くあだ名を……」
「確かに不満持ったからって、その男だって何千年も前に死んでるんだろうからな。何もできないし……でも、何だか浮かばれないな」
確かに悲惨で同情の余地のある過去だと俺も思う。
なんだけど、明日香や桜子の反応は冷ややかなものだ。
実感が湧かないからか?
対する愛美さんは何となく共感している様に見える。
自分の婚期が近いからとかそういう理由もありそうに見えるが、何にせよ愛美さんは魔導書に対して思うところがあるのか、親身になっている様だ。
「とは言っても、これと言った案が出ないんだよな。可愛らしいものって言われても、価値観とかわからんし……」
さっきから色々考えているが、何も出てこない。
現世に恨みを持ってる、というほどでもなさそうだし……貞子とかつけようかと思ったけど本気で憑りつかれたりしたら怖い。
頭の中とかで延々こいつの声が聞こえるとか、ストレスでしかないだろう。
「ふぐちゃん」
「は?」
突然発せられた桜子の声に、一同がきょとんとしている。
どこから来たんだ、そのふぐってのは。
「不遇の運命だったから、ふぐちゃん。どう?」
「どうって……安直すぎないか?いや響きはちょっとだけ可愛い感じがしなくもないけど……」
俺がそう言ったところで、魔力の淹れたお茶が運ばれてくる。
お茶セット一式が浮遊してテーブルに運ばれてくる様は本当にシュールだ。
「呼びやすくはあるわね、ふぐちゃん」
明日香は賛成みたいだ。
愛美さんもうんうんと頷いている。
こいつらのセンスが俺には理解できない。
「まぁ、あだ名とかつけてもこの後すぐこいつ、本に戻るんだけどね」
「え?そうなの?もう少しお話しようよぉ!」
桜子が駄々をこねるが、何かしら事情はあるんだろう。
たとえば魔力の補充的な感じで定期的に本に戻らないといけないとか、そういうの。
「我ももう少し外の空気を満喫したくはあるのですが、外に出られる時間は限られています。一回で出られる時間はおよそ一時間半程度です。その後出られるまでにはまた最低でも三時間の充電期間の様なものを必要とするので、その点だけは不便を感じますが……別に現状主人等おりませんので」
「まぁ、使えなくなったらそれはそれでめんどくさいからね。休養が必要なのは仕方ない」
確かに神でも疲れるというのは睦月が身をもって実証してくれていることでもあるから、魔力だけの存在が疲れるということもあるのだろうし、現世に顕現していられる時間が限られているというのも納得ではあるな。
「ふぐちゃんというあだ名、拝命しました。とは言っても契約ではありませんのでご安心を。またこちらに出てこられる場合には宜しくお願いいたします」
いいのか、拝命って……ふぐって言葉の意味わかってるんだろうか。
あのくぐもった声が少し弾んで聞こえたから、喜んでいるんだろうとは思うが。
ということはふぐちゃんというあだ名を可愛いと認識したってことか。
よくわからないなぁ……。
「じゃ、戻すからね。必要があればまた呼び出すと思うけど」
「そんなことは、なければないに越したことはありませんが。では」
睦月が本に魔力を戻し、厳重に封印を施す。
靄が消えると、桜子が心底残念そうにしている様だった。
「桜子、そんなに魔導書が気に入ったのか?」
「うーん……ていうか、何か本人は否定してたけどやっぱり可哀想かなって」
「なるほど。まぁ、睦月から聞いただけの情報だと確かに可哀想ではあるけど……案外睦月のこと嫌ってる様子じゃなかったし、みんなのお願いなんちゃらツアーとやらも実は楽しんでたかもしれないからな」
「そうかなぁ?大輝くんはそう思う?」
思いついたまま言ったつもりなのだが、俺としてはある程度の希望を持っていたいと思ったにすぎない。
だって、あんな非業の死を遂げて、その後の運命が一つも楽しくなかったら……その方がよっぽど不幸なんじゃないか、と俺は思ったからだ。
死ぬ前の運命が不幸だったからって、死んで魔力になった後の運命までもが不幸でなくてはならない道理なんてないんだから。
それに睦月はこう見えてツンデレ臭いところもなくはないし、大方魔導書を見つけた時に過去の記憶とか見て、そんなこと思い出す暇も与えないくらいのハチャメチャに敢えて巻き込んだんじゃないかなって俺は思ってる。
そして可哀想なんて言うな、というのはあの魔力の心からの本音なんだと俺は解釈した。
裏返せば、あの魔力は睦月と出会ってハチャメチャに巻き込まれたことそのものは楽しんでいるということに……ならないかな?
「しばらくは私の部屋にでも置いとくから、封印解いてほしくなったら言ってくれればまた会えるよ。それならいいでしょ?そう頻繁に出してあげるわけにはいかないけど」
「え、でも神界とかいうところに返さなくていいの?」
「こう見えて私は神界ではそこそこ信用されてるからね。悪用しようってわけじゃないし。それに、ここに盗みに入れる人間なんかまずいないから大丈夫」
睦月の言葉を受けて、桜子がほっとした様な顔になる。
こいつが一番ふぐちゃんとやらを気に入ったんじゃないだろうか。
「それより大輝、朋美から感想文書いておく様にとか言われてなかった?」
「ああ、そうだな。放置したらまた鉄槌訪問が待ってるかもしれないぞ?」
何でこう、愛美さんは俺のトラウマをほじくり返そうというのか。
思い出して軽く震えてしまった。
明日香が魔導書を手に、再びページをめくっている様だ。
「大輝くん、これを読んで感想って、どうやって書くつもりなの?素直に読めませんでしたって言った方が賢明だと思うわよ?」
「そ、それもそうか……今度朋美が来たら見せてやればいいだけの話だしな……あいつも絶対読めないだろうし」
結局読めるのは睦月だけということになるんだろうが、もし朋美が読めたらそれはそれで脅威だ。
あんなおっかない女にこれ以上の力とか持たせたら、俺の命の危険はより確かなものになってしまうのだから。
もちろんそんなことを言って朋美にチクりでも入ったら、まさしく俺の命が危険だから口には出来ない。
正直魔導書を睦月が取り寄せた時はどうなることかと思ったが、どうやら大ごとにはならず、平和なまま生きていくことは出来るみたいで一安心だ。
それから俺たちはいつもの様にくだらない話に盛り上がったり、俺が余計なことを言って説教を食らったりイチャついたりと、楽しく平和な時を過ごしていた。
しかしこんなにも平和でまったりとした時が、案外すぐに終わりを告げてしまうことを、この時の俺はまだ知る由もなかった。
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