やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記
第34話
うん、何て言うか……あの時の朋美はまさに鬼気迫る感じで、この私であっても少しビビってしまった。
私が人間相手にビビるなんて……あったっけな、過去に。
役所の手続きが終わるまでの間で、私は先日の朋美襲来事件のことを思い出していた。
大輝なんかはすっかり縮み上がってしまって、桜子も明日香も宥めるのに苦労してたな。
私でもあれだけ怖かったんだから、生身の人間であるあの二人なんかもっとだろう。
まぁ大輝の自業自得としか言えないものでもあるし、今後に生かしてくれることを祈るのみだ。
「椎名さん、お待たせしました」
役所のお姉さん……おばさんかな、年齢不詳な感じの女性から声がかかって、これで粗方の相続関連の手続きが終わったと言える。
携帯の名義変更だけはどうにもならなくて、叔父さんに手続きの為の同意書と戸籍謄本を送ってもらったりしたんだけど。
役所を出た私は、足を止めてふと考える。
携帯、画面も割れてるし色気ないなぁ。
いや、それを言ったら睦月の部屋そのものがもう、色気の「い」の字もないんだけど。
何しろ部屋の壁紙から何から何まで、可能な限り真っ黒な部屋。
小物からカバン、服にベッドと布団等々、所有物の八割以上が黒で統一されていた。
もしかして、中二病?
検索エンジンなんかで検索した時のあの画面を思い出す。
だとしたらちょっとだけめんどくさいかもしれない。
学校の人間が一人も見舞いに来なかったのは、友達がいないから、ということが予想されるからだ。
いや、それだけならまだいい。
もしかしたらいじめに遭っていたりなんてことも考えられる。
友達がいないだけなら、必要以上に人付き合いをしなくて済むのだから寧ろ喜ばしいことだ。
しかし、いじめられているということは、いじめている人間も存在するということになる。
そうなると、必要以上に関わってくる愚か者がいるということ。
軽く用心くらいはしておくか。
私はその足で携帯ショップへ向かい、機種変更の手続きをすることにした。
幸いにも私好みの可愛らしいデザインでピンク色の機種があったので、それを一括で購入する。
現金一括で、と言った時にショップのお姉さんには驚かれたが、ちゃんと現金で払ってみせると安堵した様な表情になっていたのが印象的だった。
そして明日は学校に復帰しなくてはならない。
春海の時はお転婆に過ごしてきてしまったが、睦月の体では少し大人しくしていよう。
それに、せっかく大輝と再会できて……これからはあんな風に駆けずり回って奔走して、なんてことをする必要はないのだ。
やっと報われた、あの二万回以上に及ぶやり直しの成果とも言える、この今という時――。
大輝と同じ学校でないことだけが不満と言えば不満だが、これについてはもう転校という方向で考え始めている。
大輝がいない学校に卒業まで通うとか、もう正気の沙汰じゃないし。
なので転校の手続きや編入試験の準備が整うまでは、この睦月という人間の人となりでも探ってみるのが良いだろう。
なんて思っていたのに大人しく、というのは翌日の、それも家を出て十分も経たないうちに破られることとなる。
「椎名ぁ」
背後から何となく、良好な関係とは言い難そうな声で話しかけられて、昨日の予感は正しかったかもしれないなんて考えてしまう。
通学路で話しかけてきたのは、茶髪でセミロングの女子。
名前は……知らないしわからない。
ただ、私の名前を呼んできたってことは、睦月を知っているということになるのか。
丁度いい、第一友人かもしれないし話だけでも……。
「怪我はもう大丈夫なのかよ?あれだけの事故だったのに、よく生き残れたなお前」
まぁ、事故のことは案外有名だったらしいから、こういう頭の悪そうな女でも知ってて不思議はないか。
それにしても……何だろう、いじめっ子なのかわからないけど、こいつからは大した情報は得られそうにない気がする。
「羨ましいの?それなら同じ様な目に遭わせてあげてもいいんだけど」
「はぁ?何言ってんだお前……」
朝イチでイラっとくる感じのこの女子からは、およそ友情という類のものは感じ取れない。
構うだけ時間の無駄かもしれない。
ただでさえ復学初日なのにこんなことで遅刻というのも、転校とかに支障が出そうだし。
そう考えて私は無言でその場を立ち去ろうとした。
「まぁ待てって。お前ん家、家族死んで保険金とか入って、お前保険金長者なんだろ?恵まれない子に愛の手を差し伸べてくれよ。今月ピンチなんだわ」
すれ違いざまに腕を掴まれて、私は立ち止まる。
復学早々こんなのに絡まれるなんて、本当についてない。
ちなみに正確にはまだ、保険金は入ってない。
もちろん、それなりの額の貯金があったから生活に不自由はないわけだが。
とは言ってもこんな頭の悪そうな奴に恵む金なんか、一円だってありはしないんだけどね。
そしていちいちゲスいし何より不謹慎だ。
「何に使うつもりか知らないけど、私があなたにお金をあげる理由が一ミリも見当たらないから。用事はそれだけ?ならもう行くけど」
「お前、言う様になったな。死にかけて強くなっちゃったとか、サイヤ人か何かなの?さすが中二病なだけあるわ」
おめでたいやつだな、と思う。
人生が楽しくて仕方ないんだろう。
そしてやっぱり睦月は中二病だったのか……。
「あのエターナルなんちゃら、見せてみろよ。今日は再会を祝して、この身に受けて進ぜようってな」
ヒャハハハ、と品のない笑いと共に両腕を広げる茶髪。
こうしてる間にも、何人かは私の後ろから同じ学校の生徒と思しき人間が通っているのに、誰一人助けようと言う意志は見せない。
なるほど、やっぱりと言うべきか……睦月はいじめられていて、それを周りが黙認していると考えるのが自然かもしれない。
「中二病か……ふむ。邪眼って、知ってっか……?」
「は?邪眼?エターナルなんちゃらはどうしたんだよ」
笑いを堪えた様な表情で私を見る茶髪。
この反応、中二病であることを弄られてのいじめに遭っていたということか。
本当に役に立たない……この程度の情報しか得られないならまさしく時間の無駄だ。
パチン、と指を鳴らすと、目の前の茶髪が突如呆けた様な顔になってその場に佇む。
口がだらしなく開いたままなので、みっともないし濡れティッシュでも詰めてやろうかと思ったが面倒なのでそのまま放置して歩き出す。
一時間もすれば目を覚ますだろうし。
強い催眠は現実の肉体にも影響を及ぼすことがある、ってよく言うけど多分あれは本当なんだろう。
ふと見たときに茶髪の全身に鳥肌の様なものが浮かんでいたし。
今頃は超絶凍り付く様な夢でも見ているはずだ。
バカに構って無駄な時間を過ごしたものの、何とか遅刻はしないで教室に到着することができた。
元半死人である睦月が教室に入ったのが珍しいのか、教室が一瞬ざわっとしたのを感じる。
そして、私の元にまたもニヤニヤと歩み寄ってくる人間が一人。
これまた女子なわけだが、ギンギンの金髪で私は頭が悪いです、と自ら主張している子だった。
腰辺りまであるロングヘアだが……この子は多分大輝でも好みじゃないんだろうな、なんて思った。
「あっれぇ、椎名じゃん!ひっさしぶりぃ!!元気だった?」
生きてたんだ?とか言わないだけマシなのかもしれないけど、この子のセリフからは悪意しか感じない。
ということは、さっきの茶髪の仲間か何かかな。
種族同じっぽいしな、どっちも頭悪そうだし。
「やぁだぁ、元気だったよぉう」
ちょっと考えて、ここはぶりっ子でも、と思って実際にやってみる。
しなりって言うんだっけ、ああいう感じでクネクネと。
私みたいな現役JKの美少女がこんなことやったら、男子の視線は私に釘付けになっちゃうなぁ……困った、私には大輝がいるのに。
と思ったら金髪はドン引きした様子で私を見ていた。
失礼なやつだな、普段絶対やらない様なことをやって見せてやったというのに。
レア演出だぞ?
「お前、打ちどころでも悪かったのか?マジで気持ち悪いんだけど」
ますます失礼なやつだ。
中身が別人なだけでこれか。
「おいおい、お前自分がいじめられてたってことも忘れちゃったわけ?」
何と堂々と言ってしまっている。
普通なら巧妙に隠そうとするもんなんじゃないのか。
教育委員会にでも直接タレ込んだ方がいいのか?
「お前の母ちゃんが天然すぎてそれが原因になってた部分もあったっけか」
それにしてもよく喋るおサルさんですこと。
あれかな、人語を操れる様になって嬉しくてついつい喋っちゃうパターンかな。
なら壁にでも話してろよ、って思う。
「六月に生まれたから、名前は睦月にしよう」
クラスの誰かがぼそっと呟くのが聞こえた。
それを聞いた金髪がこれまた下品にゲラゲラと笑う。
六月だから睦月って何だろう。
旧暦の話をしてるんだったら、六月は水無月だった様な。
頭大丈夫だろうか、この子ら。
ん?待てよ……天然な母ちゃん……まさか。
はぁ……語感だけで名前をつけたってことか。
なるほど、確かに恥ずかしいエピソードかもしれない。
とは言っても……そんな人でも既に故人だ。
それも、何年も前の話ならともかく、つい最近の。
腐ってるなぁこいつら……桜子と同類の腐り方ならまだ許せたかもしれないのに。
「お?神の裁ききちゃう?」
私が軽く武者震いを覚えた時、金髪がはしゃいだ。
私が神であることに気づいた……?
いや、違うなこれは……睦月の仕業か……いじめに対抗する手段だったのかな、中二病。
まぁ何にしてもこのままじゃちょっと睦月が可哀想だ、無念だけでも晴らしてやるか。
「神の裁きか。面白いね、見たい?」
「おーおーやってみろよ!」
金髪の言葉に教室が湧く。
何処までも愚かな連中だ。
「んじゃま、リクエストにお応えして……」
「おお?」
「震えろ、人類よ。裁きの時だ」
ふっと私の体が浮き上がって、同じ様なタイミングで教室中の机が宙に浮きあがる。
金髪がきょとんとした顔をして、私を見上げていた。
「な、何してんだお前……どういう手品だよ……」
「え、何あれ……どういう仕組みなの……?」
「ちょっと、やばくない?先生呼んできた方がいいんじゃ……」
クラスメートが一気にざわめき立つ。
ああ、いい気分だ。
おとなしくだのお上品に、なんて私には到底無理な話だったんだ、と開き直ることにした。
やっぱり気に入らないやつはどんどん排除して行こう。
「さて、じゃあこれからこの机が全部あんたに降り注ぐわけだけど……覚悟はいい?」
「な、何言ってんだお前……そんだけの机が飛んで来たら……」
「運が良ければ生き残れるかもね。いっくよー?」
「や、やめ……」
金髪を始めとするクラスメートの大半が青ざめた顔をしたところで、担任の先生が入ってくる。
「何騒いでんだ?ホームルーム始めるからな」
男性の教諭の様だが、私にお悔やみの言葉を一言二言述べて、教壇に上がる。
机は先生が入ってきた瞬間に元に戻しておいた。
金髪が悔しそうな顔でずっとこっちを見ているのが見える。
一時間ちょっとして、通学路でちょっかいかけてきた茶髪が教室に入ってくるのが見えた。
先生に藤原と呼ばれていたが、正直どうでもいい。
私と目が合うと、何だか化け物でも見るかの様に目を見開いて、目を逸らしていた。
高校デビューの子なのかな、もしかして。
ケンカとかあんまりしたことなさそう。
さっきの金髪も大体は口だけなんだろうなと思う。
危なくなったらナイフとか出しちゃう系の。
そして昼休み、大輝にメールでも出そうかなと思ってたらさっきの藤原?と金髪に声をかけられた。
どんだけ私のこと好きなんだよこいつら……。
ちなみに金髪は杉本というらしい。
「ちょっと付き合えよ、椎名」
「はぁ?これからお昼なんだけど」
「いいから来いっての!!」
強引に腕を引っ張られて、屋上に連れていかれる。
一般生徒が自由に出入り出来ちゃう屋上とか、危ないと思わないのかな学校は。
「お前……一体何者だ?あのオドオドしてた椎名とは思えない様な変わり様だな」
「いやいや……私が椎名じゃなかったら誰だって言うの?」
「だったらさっきのアレは何なんだよ!?あれだって、普通に考えて……」
「普通に考えて、手品でしょ。何そんなにビビッてるわけ?」
「てめぇ……」
口が悪いなぁ……。
どっかのタコ坊主を思い出してしまう。
金髪ロングであの体格のタコ坊主とか、笑いの種でしかないんだけど。
「一個だけ、忠告しとくけど……これ以上私に関わらないで。私は静かに学校生活がしたいだけだから。あんたらが何もしなければ、私も何もしない。悪くないでしょ?」
「調子に乗るなよ、お前……またクラスメートの前でパンツ見せることになりたいのかよ」
「パンツ?」
「覚えてねぇのかよ、あんな強烈な出来事をよ」
覚えてるも何も、知らないことはさすがに私でも思い出せはしない。
こいつらじゃなくてもさすがにわからないだろうとは思うけど。
とは言え、何となくの想像がついてしまって、ゲスいことしてるなぁと思ったら無性に腹が立ってきた。
「パンツ……ね。そっかそっか」
「思い出したのか?もう嫌だろ?あんなのはよ」
「もう嫌だ、か。それを言うのは、君たちの方になると思うよ」
「はぁ?」
何て言うんだろう……生理的に受け付けないと言うのか。
そういう人っているんだなぁと思った。
こいつらが息をしているだけで、正直不愉快だ。
「ま、いいや。忠告はしたから。痛い目に遭いたくなかったら、黙って言うこと聞いておくのが利口だと思う」
それだけ言って、私は立ち去ろうとした。
まだお昼も食べていないのだ。
今日買ってきたパンはなかなか美味しそうだった。
「ま、待てこの野郎!!」
言いながら杉本が私の腕を掴む。
ついカチンときて、私もムキになってしまった。
「いい加減にして、って言ってるんだけど」
杉本の手を払い、杉本のまさしく目の前で停止する私の右足。
目で次は当てる、と威嚇すると杉本はヘナヘナと座り込んだ。
腰の抜けた様子の杉本を放っておいて、私はそのまま教室へと戻って行った。
……美味しそうだと思って買ったパンが美味しくなかった。
というか、別に不味いというほどでもなかったんだけど、期待していたほどじゃなかった。
このがっかり感はどこにぶつけたらいいのか……。
そんなことを考えながら放課後になって、私は帰り支度を始める。
結局今日一日頑張って得られた情報は、睦月が中二病で痛い言動なんかの目立ついじめられっ子だったってことだけだ。
全く、これじゃ何しにきたんだかわかりゃしない。
親しい人なんかいないんだろうな、この調子じゃ……。
周りもいじめを見て見ぬふりしてるくらいだし。
こんなことが認められてる様じゃ、日本の未来は暗いな。
「あの、し、椎名さん……」
そう思った時、私に声をかけてくる者がまだいた。
睦月って案外人気者だったのかな……早く帰りたいんだけど。
そう思って振り返った先にいたのは、小柄な女の子だった。
私が人間相手にビビるなんて……あったっけな、過去に。
役所の手続きが終わるまでの間で、私は先日の朋美襲来事件のことを思い出していた。
大輝なんかはすっかり縮み上がってしまって、桜子も明日香も宥めるのに苦労してたな。
私でもあれだけ怖かったんだから、生身の人間であるあの二人なんかもっとだろう。
まぁ大輝の自業自得としか言えないものでもあるし、今後に生かしてくれることを祈るのみだ。
「椎名さん、お待たせしました」
役所のお姉さん……おばさんかな、年齢不詳な感じの女性から声がかかって、これで粗方の相続関連の手続きが終わったと言える。
携帯の名義変更だけはどうにもならなくて、叔父さんに手続きの為の同意書と戸籍謄本を送ってもらったりしたんだけど。
役所を出た私は、足を止めてふと考える。
携帯、画面も割れてるし色気ないなぁ。
いや、それを言ったら睦月の部屋そのものがもう、色気の「い」の字もないんだけど。
何しろ部屋の壁紙から何から何まで、可能な限り真っ黒な部屋。
小物からカバン、服にベッドと布団等々、所有物の八割以上が黒で統一されていた。
もしかして、中二病?
検索エンジンなんかで検索した時のあの画面を思い出す。
だとしたらちょっとだけめんどくさいかもしれない。
学校の人間が一人も見舞いに来なかったのは、友達がいないから、ということが予想されるからだ。
いや、それだけならまだいい。
もしかしたらいじめに遭っていたりなんてことも考えられる。
友達がいないだけなら、必要以上に人付き合いをしなくて済むのだから寧ろ喜ばしいことだ。
しかし、いじめられているということは、いじめている人間も存在するということになる。
そうなると、必要以上に関わってくる愚か者がいるということ。
軽く用心くらいはしておくか。
私はその足で携帯ショップへ向かい、機種変更の手続きをすることにした。
幸いにも私好みの可愛らしいデザインでピンク色の機種があったので、それを一括で購入する。
現金一括で、と言った時にショップのお姉さんには驚かれたが、ちゃんと現金で払ってみせると安堵した様な表情になっていたのが印象的だった。
そして明日は学校に復帰しなくてはならない。
春海の時はお転婆に過ごしてきてしまったが、睦月の体では少し大人しくしていよう。
それに、せっかく大輝と再会できて……これからはあんな風に駆けずり回って奔走して、なんてことをする必要はないのだ。
やっと報われた、あの二万回以上に及ぶやり直しの成果とも言える、この今という時――。
大輝と同じ学校でないことだけが不満と言えば不満だが、これについてはもう転校という方向で考え始めている。
大輝がいない学校に卒業まで通うとか、もう正気の沙汰じゃないし。
なので転校の手続きや編入試験の準備が整うまでは、この睦月という人間の人となりでも探ってみるのが良いだろう。
なんて思っていたのに大人しく、というのは翌日の、それも家を出て十分も経たないうちに破られることとなる。
「椎名ぁ」
背後から何となく、良好な関係とは言い難そうな声で話しかけられて、昨日の予感は正しかったかもしれないなんて考えてしまう。
通学路で話しかけてきたのは、茶髪でセミロングの女子。
名前は……知らないしわからない。
ただ、私の名前を呼んできたってことは、睦月を知っているということになるのか。
丁度いい、第一友人かもしれないし話だけでも……。
「怪我はもう大丈夫なのかよ?あれだけの事故だったのに、よく生き残れたなお前」
まぁ、事故のことは案外有名だったらしいから、こういう頭の悪そうな女でも知ってて不思議はないか。
それにしても……何だろう、いじめっ子なのかわからないけど、こいつからは大した情報は得られそうにない気がする。
「羨ましいの?それなら同じ様な目に遭わせてあげてもいいんだけど」
「はぁ?何言ってんだお前……」
朝イチでイラっとくる感じのこの女子からは、およそ友情という類のものは感じ取れない。
構うだけ時間の無駄かもしれない。
ただでさえ復学初日なのにこんなことで遅刻というのも、転校とかに支障が出そうだし。
そう考えて私は無言でその場を立ち去ろうとした。
「まぁ待てって。お前ん家、家族死んで保険金とか入って、お前保険金長者なんだろ?恵まれない子に愛の手を差し伸べてくれよ。今月ピンチなんだわ」
すれ違いざまに腕を掴まれて、私は立ち止まる。
復学早々こんなのに絡まれるなんて、本当についてない。
ちなみに正確にはまだ、保険金は入ってない。
もちろん、それなりの額の貯金があったから生活に不自由はないわけだが。
とは言ってもこんな頭の悪そうな奴に恵む金なんか、一円だってありはしないんだけどね。
そしていちいちゲスいし何より不謹慎だ。
「何に使うつもりか知らないけど、私があなたにお金をあげる理由が一ミリも見当たらないから。用事はそれだけ?ならもう行くけど」
「お前、言う様になったな。死にかけて強くなっちゃったとか、サイヤ人か何かなの?さすが中二病なだけあるわ」
おめでたいやつだな、と思う。
人生が楽しくて仕方ないんだろう。
そしてやっぱり睦月は中二病だったのか……。
「あのエターナルなんちゃら、見せてみろよ。今日は再会を祝して、この身に受けて進ぜようってな」
ヒャハハハ、と品のない笑いと共に両腕を広げる茶髪。
こうしてる間にも、何人かは私の後ろから同じ学校の生徒と思しき人間が通っているのに、誰一人助けようと言う意志は見せない。
なるほど、やっぱりと言うべきか……睦月はいじめられていて、それを周りが黙認していると考えるのが自然かもしれない。
「中二病か……ふむ。邪眼って、知ってっか……?」
「は?邪眼?エターナルなんちゃらはどうしたんだよ」
笑いを堪えた様な表情で私を見る茶髪。
この反応、中二病であることを弄られてのいじめに遭っていたということか。
本当に役に立たない……この程度の情報しか得られないならまさしく時間の無駄だ。
パチン、と指を鳴らすと、目の前の茶髪が突如呆けた様な顔になってその場に佇む。
口がだらしなく開いたままなので、みっともないし濡れティッシュでも詰めてやろうかと思ったが面倒なのでそのまま放置して歩き出す。
一時間もすれば目を覚ますだろうし。
強い催眠は現実の肉体にも影響を及ぼすことがある、ってよく言うけど多分あれは本当なんだろう。
ふと見たときに茶髪の全身に鳥肌の様なものが浮かんでいたし。
今頃は超絶凍り付く様な夢でも見ているはずだ。
バカに構って無駄な時間を過ごしたものの、何とか遅刻はしないで教室に到着することができた。
元半死人である睦月が教室に入ったのが珍しいのか、教室が一瞬ざわっとしたのを感じる。
そして、私の元にまたもニヤニヤと歩み寄ってくる人間が一人。
これまた女子なわけだが、ギンギンの金髪で私は頭が悪いです、と自ら主張している子だった。
腰辺りまであるロングヘアだが……この子は多分大輝でも好みじゃないんだろうな、なんて思った。
「あっれぇ、椎名じゃん!ひっさしぶりぃ!!元気だった?」
生きてたんだ?とか言わないだけマシなのかもしれないけど、この子のセリフからは悪意しか感じない。
ということは、さっきの茶髪の仲間か何かかな。
種族同じっぽいしな、どっちも頭悪そうだし。
「やぁだぁ、元気だったよぉう」
ちょっと考えて、ここはぶりっ子でも、と思って実際にやってみる。
しなりって言うんだっけ、ああいう感じでクネクネと。
私みたいな現役JKの美少女がこんなことやったら、男子の視線は私に釘付けになっちゃうなぁ……困った、私には大輝がいるのに。
と思ったら金髪はドン引きした様子で私を見ていた。
失礼なやつだな、普段絶対やらない様なことをやって見せてやったというのに。
レア演出だぞ?
「お前、打ちどころでも悪かったのか?マジで気持ち悪いんだけど」
ますます失礼なやつだ。
中身が別人なだけでこれか。
「おいおい、お前自分がいじめられてたってことも忘れちゃったわけ?」
何と堂々と言ってしまっている。
普通なら巧妙に隠そうとするもんなんじゃないのか。
教育委員会にでも直接タレ込んだ方がいいのか?
「お前の母ちゃんが天然すぎてそれが原因になってた部分もあったっけか」
それにしてもよく喋るおサルさんですこと。
あれかな、人語を操れる様になって嬉しくてついつい喋っちゃうパターンかな。
なら壁にでも話してろよ、って思う。
「六月に生まれたから、名前は睦月にしよう」
クラスの誰かがぼそっと呟くのが聞こえた。
それを聞いた金髪がこれまた下品にゲラゲラと笑う。
六月だから睦月って何だろう。
旧暦の話をしてるんだったら、六月は水無月だった様な。
頭大丈夫だろうか、この子ら。
ん?待てよ……天然な母ちゃん……まさか。
はぁ……語感だけで名前をつけたってことか。
なるほど、確かに恥ずかしいエピソードかもしれない。
とは言っても……そんな人でも既に故人だ。
それも、何年も前の話ならともかく、つい最近の。
腐ってるなぁこいつら……桜子と同類の腐り方ならまだ許せたかもしれないのに。
「お?神の裁ききちゃう?」
私が軽く武者震いを覚えた時、金髪がはしゃいだ。
私が神であることに気づいた……?
いや、違うなこれは……睦月の仕業か……いじめに対抗する手段だったのかな、中二病。
まぁ何にしてもこのままじゃちょっと睦月が可哀想だ、無念だけでも晴らしてやるか。
「神の裁きか。面白いね、見たい?」
「おーおーやってみろよ!」
金髪の言葉に教室が湧く。
何処までも愚かな連中だ。
「んじゃま、リクエストにお応えして……」
「おお?」
「震えろ、人類よ。裁きの時だ」
ふっと私の体が浮き上がって、同じ様なタイミングで教室中の机が宙に浮きあがる。
金髪がきょとんとした顔をして、私を見上げていた。
「な、何してんだお前……どういう手品だよ……」
「え、何あれ……どういう仕組みなの……?」
「ちょっと、やばくない?先生呼んできた方がいいんじゃ……」
クラスメートが一気にざわめき立つ。
ああ、いい気分だ。
おとなしくだのお上品に、なんて私には到底無理な話だったんだ、と開き直ることにした。
やっぱり気に入らないやつはどんどん排除して行こう。
「さて、じゃあこれからこの机が全部あんたに降り注ぐわけだけど……覚悟はいい?」
「な、何言ってんだお前……そんだけの机が飛んで来たら……」
「運が良ければ生き残れるかもね。いっくよー?」
「や、やめ……」
金髪を始めとするクラスメートの大半が青ざめた顔をしたところで、担任の先生が入ってくる。
「何騒いでんだ?ホームルーム始めるからな」
男性の教諭の様だが、私にお悔やみの言葉を一言二言述べて、教壇に上がる。
机は先生が入ってきた瞬間に元に戻しておいた。
金髪が悔しそうな顔でずっとこっちを見ているのが見える。
一時間ちょっとして、通学路でちょっかいかけてきた茶髪が教室に入ってくるのが見えた。
先生に藤原と呼ばれていたが、正直どうでもいい。
私と目が合うと、何だか化け物でも見るかの様に目を見開いて、目を逸らしていた。
高校デビューの子なのかな、もしかして。
ケンカとかあんまりしたことなさそう。
さっきの金髪も大体は口だけなんだろうなと思う。
危なくなったらナイフとか出しちゃう系の。
そして昼休み、大輝にメールでも出そうかなと思ってたらさっきの藤原?と金髪に声をかけられた。
どんだけ私のこと好きなんだよこいつら……。
ちなみに金髪は杉本というらしい。
「ちょっと付き合えよ、椎名」
「はぁ?これからお昼なんだけど」
「いいから来いっての!!」
強引に腕を引っ張られて、屋上に連れていかれる。
一般生徒が自由に出入り出来ちゃう屋上とか、危ないと思わないのかな学校は。
「お前……一体何者だ?あのオドオドしてた椎名とは思えない様な変わり様だな」
「いやいや……私が椎名じゃなかったら誰だって言うの?」
「だったらさっきのアレは何なんだよ!?あれだって、普通に考えて……」
「普通に考えて、手品でしょ。何そんなにビビッてるわけ?」
「てめぇ……」
口が悪いなぁ……。
どっかのタコ坊主を思い出してしまう。
金髪ロングであの体格のタコ坊主とか、笑いの種でしかないんだけど。
「一個だけ、忠告しとくけど……これ以上私に関わらないで。私は静かに学校生活がしたいだけだから。あんたらが何もしなければ、私も何もしない。悪くないでしょ?」
「調子に乗るなよ、お前……またクラスメートの前でパンツ見せることになりたいのかよ」
「パンツ?」
「覚えてねぇのかよ、あんな強烈な出来事をよ」
覚えてるも何も、知らないことはさすがに私でも思い出せはしない。
こいつらじゃなくてもさすがにわからないだろうとは思うけど。
とは言え、何となくの想像がついてしまって、ゲスいことしてるなぁと思ったら無性に腹が立ってきた。
「パンツ……ね。そっかそっか」
「思い出したのか?もう嫌だろ?あんなのはよ」
「もう嫌だ、か。それを言うのは、君たちの方になると思うよ」
「はぁ?」
何て言うんだろう……生理的に受け付けないと言うのか。
そういう人っているんだなぁと思った。
こいつらが息をしているだけで、正直不愉快だ。
「ま、いいや。忠告はしたから。痛い目に遭いたくなかったら、黙って言うこと聞いておくのが利口だと思う」
それだけ言って、私は立ち去ろうとした。
まだお昼も食べていないのだ。
今日買ってきたパンはなかなか美味しそうだった。
「ま、待てこの野郎!!」
言いながら杉本が私の腕を掴む。
ついカチンときて、私もムキになってしまった。
「いい加減にして、って言ってるんだけど」
杉本の手を払い、杉本のまさしく目の前で停止する私の右足。
目で次は当てる、と威嚇すると杉本はヘナヘナと座り込んだ。
腰の抜けた様子の杉本を放っておいて、私はそのまま教室へと戻って行った。
……美味しそうだと思って買ったパンが美味しくなかった。
というか、別に不味いというほどでもなかったんだけど、期待していたほどじゃなかった。
このがっかり感はどこにぶつけたらいいのか……。
そんなことを考えながら放課後になって、私は帰り支度を始める。
結局今日一日頑張って得られた情報は、睦月が中二病で痛い言動なんかの目立ついじめられっ子だったってことだけだ。
全く、これじゃ何しにきたんだかわかりゃしない。
親しい人なんかいないんだろうな、この調子じゃ……。
周りもいじめを見て見ぬふりしてるくらいだし。
こんなことが認められてる様じゃ、日本の未来は暗いな。
「あの、し、椎名さん……」
そう思った時、私に声をかけてくる者がまだいた。
睦月って案外人気者だったのかな……早く帰りたいんだけど。
そう思って振り返った先にいたのは、小柄な女の子だった。
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3
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89
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139
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1,658
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2,771
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183
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157
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1,392
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1,160
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3,548
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5,228
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408
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439
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62
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89
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42
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52
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6,199
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2.6万
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7,474
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1.5万
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